チップが命
「そ…れは」
気持ちのように揺らぐフューシャの声に、アキルはおもわずモニターから目をそらした。そこにフューシャがいるわけでもないのに。
(フューシャは…形を変えても俺を覚えてくれていて…また、助けてくれたんだ)
彼女に命を助けられるのは2度目だ。そんなフューシャの質問にくらい、ちゃんと答えてやらねばならない。恥ずかしいのがなんだ。そう思ったアキルは真剣にモニターへ向き直った。その頬が少し上気していた。
「フューシャ、俺…」
その時、レッドドラゴン内に警報が鳴り響いた。
「後ろから来てる!いつもの黒いSDだけど…動きが違う!多分シャイタンが乗ってる!」
戦闘になってしまえば、素人の自分に部はない。そう思ったアキルは加速した。するとフューシャが叫んだ。
「一定のペースを守って、加速は徐々にね!でないとアキルの身体が壊れちゃう!」
雲の中へ突っ込んだレッドドラゴンのモニターに、通信が入った。
『僕のレッドドラゴンの乗り心地はどうだい』
「…悪くねぇよ」
『では返してもらおうか』
「やだもん!」
『フューシャ、なぜ君はそこにいるのかな?ロックはかけたはずなんだけど』
「そんなのすぐ突破しちゃったもん。私が指輪だからって、油断してたからだよ!」
フューシャは通信を切って叫んだ。
「アキル、ランチャーでSDを落とそう!左肩についてる。どうせ中身のシャイタンは復活するだろうけど…今はとにかく逃げなきゃ。私がサポートする。」
「わかった。」
アキルはレッドドラゴンの左肩からランチャーを抜いて構えた。
(空の上での射撃なんて、したことないけど…!)
ここは数を撃って当てるしかない。シャイタンを先頭に、彼らは群れをなして近づいてくる。アキルはシャイタンへ照準を合わせ次々打ち込んだ。
(くっそ…避けるの上手いな…!)
シャイタンの周りを飛んでいたSDばかり落ちていく。あっという間に、シャイタンのSDはレッドドラゴンに追いついた。
「アキル、ランチャーは捨てて!もう弾切れ!右肩にブレードが…」
『僕を倒せるとでも思ったのかな?傷付ける前に返してもらおうか』
接触されれば、レッドドラゴンの制御がフューシャからシャイタンに戻されるかもしれない。そう思ったアキルは間一髪でSDを避けた。
『人間風情が…!』
アキルは思わず言い返した。
「盗んだのは悪ぃけどさ!最初に俺を攻撃したのはあんただろう!」
『はっ、悪いだと?人間の口からの謝罪など虫唾が走る!』
その声は憎しみに満ちていた。彼の本心が、それでわかった。
「…あんた、人間が嫌いなんだな。何があったかしらねぇけどさ」
『嫌い?そんな単純な言葉で言い表せるものではない。人間はすべてのものに害をなす、いらない存在なんだよ。この地上から一人残らず消えるべきものだ』
怒鳴っているわけでもない。むしろ静かな声だ。それなのに、憎しみをつのらせたシャイタンの声はビリビリと響くような威圧感があった。
『お前はたしかに知らないだろう、かつて人間がどれほどひどい事を行ってきたかという事を。しかし、お前も知っているはずだ。どんな状況でも、人間がどれだけ卑劣で汚い存在になれるかということは』
アキルは戸惑いながら言った。
「そりゃ、たしかにひどい奴もいる。けれどそれが、園や荒野を攻撃する理由になるのか?」
『…お前たちは、白に染まったリバーシの最後の黒なんだよ。園をわが手にすれば、人間は駆逐され盤面はすべて我々のものとなる』
「待てよ、どういう事だ?他の…荒野の外の人たちは、みんなあんたの支配下にあるって言いたいのか?」
アキルの質問に、シャイタンは一瞬沈黙したのち…爆発したように笑い始めた。
『はははははははは!!!外の人たちだって?それは具体的に誰のことだい』
「誰って…俺は出た事ないから詳しくねぇけど、都市に、中央、それに…この国の外にだって、たくさんの国があって、人が住んでるはずだろう」
彼はアキルの戸惑いをたのしむかのように口をつぐんだあと、堂々と宣言した。
『いないさ!この地球上のどこにも、もう人間はいない。我々が滅ぼしたんだよ。ずっと前にね』
「は…?どういう…」
『そのままの意味さ!一度こちらが攻撃すれば、人間に勝つのは簡単だったよ!我々には高濃度の紫外線も、放射能も効かないが、人間には致命的なのだからね!彼らはなすすべもなく死に絶えていったよ』
シャイタンの声はこれ以上ないほど嬉しそうだった。だがその言葉の意味を受け止めきれず、アキルはやっと一言つぶやいた。
「紫外線って…お前がやったのか…」
アキルの手が震えた。サムの言っていた事は、本当だったんだ。人間は、アンドロイドによって滅ぼされた。その真実を、アキルはついに知った。
アキルが茫然自失でいる隙に、SDが最接近してきた。
『フューシャ、君には礼を言う。君たちのおかげで、今園の守りは手薄だ。容易に落とせるだろう。下の人間もろともな』
「させるかよ!」
「アキル危ない!」
間一髪で避けたアキルは、右肩からブレードを取り出し、懐に飛び込んで来んとする赤いSDに振り下ろした。
「っ…!」
砕けたSDが、地上へと落ちていく。声もなくそれを見つめるアキルを、フューシャがせかした。
「アキル行こう!ブレードだけで残りのSDを相手にするのは無理!」
「でもあいつら荒野までついてきちまうぞ!」
「残りはちっちゃい奴らだから追跡ミサイルでなんとかなるはず!万が一残っても、きっとシアンが対応してくれる!」
「わかった」
「園に戻って、皆にシャイタンの事を伝えなきゃ。この機体を持って帰れば、対策もとれるはず…!」
機体に軽い振動が走った。フューシャが背中からすべてのミサイルを発射したのだ。アキルは園へと急発進した。
(くそ――くそ!やられた!)
急降下する感覚。もうまもなくこの機体は地面に叩きつけられるだろう。
シャイタンの頭の中では、めまぐるしく情報の処理が行われていた。
(僕たちに高度なバックアップはできない!だからチップを死守しなくては)
身体の替えは効く。しかし電脳の替えは効かない。SDと一緒に燃え尽きてしまえばそれまでだ。シャイタンはハッチを開け空へとダイブした。轟音と共にSDが落ちていくのを目で追いながら銀のリップコードを引っ張る。パラシュートが開き、シャイタンの身体は空中へとゆるやかにとどまった。
(よし――これで、ボディを無駄にしないで済んだ)
替えがあるとはいえ、何かもが潤沢にあるわけではない。時間だってそうないのだ。
(レッドドラゴンが奪われた――しかし予備はある)
それでも悔しくて、シャイタンはぎりっと唇を噛んだ。絶好のチャンスだったのに、フューシャも人質のアキルも逃がしてしまったのだ。
(あの人間を使えば、有利に交渉ができたのに!)
彼の手に嵌められた指輪を見て、シャイタンはすぐにフューシャの意識が宿っていると気が付いた。だから取り上げて制限を欠けたというのに。まさかあそこまで粘って、レッドドラゴンまで奪われて逃走されるとは、まったく想定外だった。
(火事場の馬鹿力、と言う奴か――アンドロイドのくせに)
つまりそれだけ、あの人間を助けるためにフューシャは力を尽くしたと言う事だ。シャイタンはぐっと拳を握った。
(だけどね――それは僕の方も、同じなんだよ)
助けたい命がある。そのためにはどうしても、園の科学力が必要だ。これしきの事で、あきらめるわけにはいかないのだ。幸い、まだどこにも出していない、虎の子の装備が格納庫に残っている。
(早く戻って、あれを使う策を打たないと……)
「大丈夫か、フューシャ…」
アキルはパネルに触れながら聞いた。レッドドラゴンは園へとたどりつけなかった。アドナイよりも大型のレッドドラゴンは、荒野に入ってすぐ電池切れを起こし、着陸せざるをえなかったのだ。
フューシャはこの機体にロックをかける処理をなんとか終えた。残り電池はあと30秒ともたない。
『ごめんアキル…せっかく園の近くに戻ったのに…この残量じゃ…園に通信、できなかった…』
「そうか。どうすればいい?」
『とりあえず…このチップを…持ってて』
フューシャはレッドドラゴンに内蔵されていたICチップの蓋を開けた。
「これが、フューシャなんだな」
『そう…私を、移し替えた…だからこれを、どうにか園に…』
そこが限界だった。フューシャの意識は静寂の電脳へと沈んだ。




