私のこと、好き…?
問いかけられたフューシャはすげなく首を振った。
「知らない。私、そういう学習はしてないもん」
「なぜ。君たち園のアンドロイドは、知性と教養を何より尊ぶんじゃなかったっけ」
「…私は戦闘特化型だったから」
シャイタンはおかしくてたまらないといったような笑い声をあげた。
「っ…ははは!それにしても面白いな!君から抜いた情報じゃ、園の多くのアンドロイドは自分を人間だと思っているんだろう?!君もか?」
「私は…知らなかったけど、知ってた気がする。アキルに会ってから…うーん、ええと」
「今の君じゃ、難しい事はわからないか。容量がそれっぽっちだからね。」
「シャイタン、何であなたは私たちをほうっておいてくれないの。もうやりたいことはすべてやったでしょ?私たちはあそこで静かにくらしたいだけ」
「はは、そんな言葉には騙されないよ。ならばなぜ我々を拒むんだ。君たちは僕とこうして話すことさえ長年拒絶しつづけてきた」
「でも今こうして話しているでしょ」
「そうだね。司政官ヴァリがまもなくボディを捨てて量子コンピューターに戻る事もわかった。けれど彼女の真意はわからない。君が教えてくれるかい?」
「無理。ママの考えてる事は、私にもわからないもん」
「…だろうね。君も彼女のコマの一つに過ぎない。だからやはり、僕が直接乗り込むしかない。けれどこれだけはわかっている―彼女は人間と同じように核爆弾を恐れている。僕たちアンドロイドには効かないのに、なぜだろうね?」
「わから…ないわ」
「おやどうした、声が震えているぞ?はは、君が考えている事をあててあげよう。浮島の下には人がいるものな?もしかしてヴァリは―彼らを守っている、つもりなのかな?」
フューシャは耐えきれず叫んだ。
「おねがいやめて!人間はもうあなたの敵じゃないでしょう?十分、アンドロイドだけで安心して過ごせる世界になったでしょ?」
「はは、まるで君は子どもだな。まぁせいぜい、僕の手でおとなしくしていてくれ」
そう言って、シャイタンは隣接したガレージへと向かった。
「みんな、調子はどうだい?」
シャイタンが声をかけると、作業用アンドロイドが律儀に報告をした。
「シャイタン様が新しくお持ちいただいたデータのおかげで、レッドドラゴンはもうまもなく完成します。予備のテリオンもです」
シャイタンは満足げにうなずき、目の前にそびえたつ機体を見上げた。血のような深紅に、10の角を持つその姿の、なんと風格のあることだろう。悪魔の名を冠す自分に、一番ふさわしい乗り物だ。
「これで…やっと、あのアドナイに勝てる」
シャイタンの昏い目の底に、鈍い光が輝いた。
フューシャは焦っていた。シアンの端末からアキルの指輪に同期することができたはいいものの、今の自分はあの手紙を書いた時に保存した、フューシャ自身の「記録」でしかない。高度なAIの機能などはなく、ただ残り香程度の学習アルゴリズムをまわしてなんとか思考し、しゃべっている状態だ。動作も遅いし容量も少ない。
(…それでも、あのシャイタンに情報を抜かれちゃった)
フューシャは彼とは、初対面だった。彼自身は戦闘に出てこないからだ。しかしヴァリからその存在を聞いてはいた。
SDの親玉。エデンの研究を狙って己の欲望のために使おうとしている、悪いアンドロイド。自分たちの敵だ。
しかしその彼に、今のフューシャはまんまと出し抜かれてしまった。少ない「アキルへの思い」以外の記憶領域から、彼は使えるものをひっぱりだして持っていってしまった。主にアドナイのデータをだ。
(…さっきの紅い機体で、園に攻めてくるつもりなんだ)
SD…スーサイドドローンがいくら来ても、核兵器を積んでいたとしても、アドナイの力ならねじ伏せる事ができた。しかし今度の紅い機体はどうだろう。
(どうしよう…皆が、あぶない!)
園が、めちゃくちゃにされる。地上の人たちも皆死に絶える。その瞬間フューシャの思考は膨れ上がり、いくつもの阻止計画の演算が始まった。シャイタンの思惑は、指輪の中におさまり無理がきかないフューシャの思考アルゴリズムを拡張するほどに、急を要するものだったのだ。
(どの計画が一番実現可能か…ひとつひとつ精査していかなくちゃ…)
すべての演算が終わった時、フューシャのアルゴリズムは進化していた。いらないデータを片端から削除しながら、可能性の高い最適解を瞬時に実行する。フューシャはシャイタンに気づかれないように、単純な作業用ロボットの一体にひっそり同期し、乗っ取った。
鉄のドアがスーッと開き、外から縦長のロボットが入ってきた。底面にローラーがついているタイプのようで、スイスイとアキルのベッドのそばまで来て、停止した。
「な…なんだ」
あの偉そうな少年の差し金だろうか。アキルはできるかぎり身を引いてにらんだ。
「アキル…私ダヨ」
ロボットから発せられた合成音声に、アキルは目を見開いた。元気な『ア』から弾けるような『キ』、そして優しく伸びて広がる『ル』。自分の名の、その発音。こんなふうに自分の名前を呼んだのはただ一人。
「フューシャ、なのか…?」
「ソウ。指輪ノ中ニ隠レテタ。今、助ケル」
フューシャは細いマニュピレーターアームを稼働させ、手術台の側面に触れた。ややあって、体の拘束が解けた。アキルは台から飛び降りた。
「すっげ、動ける…助かったよフューシャ。でもなんで…」
「説明はアト。今カラ一緒ニ脱出スル。コレアゲル」
フューシャの機体の側面が開き、ガコンと床に銃が落ちた。アキルはそれを拾った。
「どうしたんだよこれ…」
「クスネタノ。ツイテキテ」
ガレージにたどり着いたフューシャは、中を伺った。
「コノ時間、作業アンドロイドは一体ダケ。アキル、アレヲ」
「わかった」
フューシャが言い終わる前に注文を察し、アキルはサイレンサーモードで隙間からアンドロイドの足を撃った。
(悪いな…)
アンドロイドが怯んだのと同時に、素早くフューシャが入り込み、動けない相手を強制停止させた。
「コレデ、少シハ、時間稼ゲタ」
「わかった。で。あれで脱出すりゃいいんだな」
真っ赤な機体を見上げて、アキルは体が震えた。恐ろしさではなく、高揚感で。
(これに…俺が乗るのか)
フューシャと共に、アキルはレッドドラゴンのコックピッドに乗り込んだ。
『起動します』
フューシャがパネルに触れると、内部のモニターが光り、機体が振動を始めた。数秒のち、いきいきとした声がパネルから流れ出した。
「ああ!なんとか入りこめた。ここはさすがに容量たっぷり!アキル、これで発進はできるはず」
「わかった」
シートにまたがり、アキルは操縦桿を握った。グライダーよりも、作業機よりも、ずっと大きな、飛行機ですらないものを動かして飛ばなければならない。だがそのグリップを握ると、不思議と恐怖よりもやる気が体に広がった。
「内部ハッキングには少し時間がかかるの。でもすぐシャイタンは追いかけてくるだろうから、とにかく全速力で逃げて」
「逃げりゃいいんだな、わかった」
ガレージの天井が開くと同時に、レッドドラゴンは夜空へ駆け上った。フューシャがナビの乗っ取りに成功したのか、方向を指し示す紅い矢印がモニターに現われた。
(よっし…12時の方向!)
めいっぱいにエンジンを駆動させ、アキルはまっすぐに空を突っ切った。雲を破って、アキルは飛行していた。しかし急な加速をした瞬間、体がぐっと重くなり、頭が白くなりかけた。
「あぁっ、そっか!アキルだめ!もっとゆっくり行かないと、加速の圧力でアキルの身体が壊れちゃう」
「っ…わかっ、た」
何とか踏ん張ったアキルは、顔を拭った。今の加速で鼻血が噴出したからだ。
「ごめん、アキルの身体はわたしたちと違うのに…!」
「大丈夫だ。気にすんな…ちょっと、操縦してみたかったし」
「そうなの?」
「フューシャのアドナイの方が、ずっとかっこいいけどな」
アキルがそういうと、フューシャは嬉しそうに言った。
「ほんとお?えへっ、ありがとう」
その声を聴いて、アキルはくしゃっと目を細めた。
「フューシャ…生きてたんだな。でもどうやってここまで…?」
「えっとね、アキルに書いた手紙の中の私が、あのとき夢中で指輪の中に飛び移ったんだ…。一緒にいたくて。つまり今の私は、ただの記録なの。」
「そんなの関係ねぇよ。俺のこと覚えてるなら、フューシャだ」
フューシャはレッドドラゴンの電脳内で、その言葉をかみしめた。また彼に触れたいと思った。が、口に出たのは別の言葉だった。
「アキル…手紙、読んでくれてたよね」
「あ、ああ」
「ねぇ、私のこと、好き…?」




