あいつが痛かったり辛かったりしてないか
「会えないって…もう亡くなってるとか?」
「いや、会うのを禁止されてるっていうか…」
アロンはうーんと考え込んだ。
「話したいなら、その人の個人端末にメッセージを送れないか?」
「メール?ああ、そっか…」
初日に支給されたタブレットを、アキルはカバンから取り出した。こんな高性能の電子機器は、地上では見た事がなかった。が、ここでは生活に必要なもので誰もが持っていた。
「でもメッセージって、繋がってる人にしか送れないんだよな?」
「その人の名前はわかるのか?」
「ええっと…わ、わかんないかも」
アキルは言葉を濁した。
「なら、古典的だけど手紙なんてどうだ?」
「え、手紙?」
「そう。手紙を書いて、その人が通りそうな場所に置いておく。その人だけにわかる目印なんかあるといいよな」
「そうか…なるほど」
「なんて、大昔の小説みたいな方法だな、はは」
笑い飛ばしたアロンに、アキルは真剣に返した。
「いや、ありがとう。俺じゃ思いつかなかった」
するとアロンは照れたように少し笑った。
「そっか?役にたってよかったよ。会えるといいな」
手紙を書こう―…。と、思ったはいいものの、白い紙を前にして、アキルは一人固まっていた。
(な…何て書きゃいい?)
用なんて何にもないのだ。ただあの目に、何か返答をしたくて。それだけなのだ。だがその気持ちを、言葉にできる気がしない。だいいち文字だって、自分はまだ上手く書けないのだ。
(俺は…俺は何を伝えたいんだ?)
あいつに何て言いたいのか。どうなって欲しいのか。頭を抱えながら考え、アキルはふっと気が付いた。
(…あいつがまた、痛かったり悲しかったりしないか、それが気になるんだよな)
そしてそういう時に、誰かそばに頼れる人がいればいいと思う。フューシャに、笑っていてほしいと思う。アキはふっと息を吐き、まだ下手な字で一文字一文字精一杯書いた。
『げんきにしてるか?』
部屋にいる時間、フューシャはずっと窓から外を見下ろすのが習慣となった。窓からはこの園のほぼ全てが見える。庭園に、礼拝堂、研究施設に学校-…
(アキルも、学校が終わって帰る時間かな)
夕日に染まった庭を眺めながら、フューシャはぼんやりとそう思った。するとその緑の庭で、何か小さいものがキラリと光ってフューシャの目を引いた。
(なに…?端末の信号かしら)
そちらに目をやった瞬間、フューシャは驚いて思わず窓に両手をついた。
(あ、アキル…!?)
アキルは緑の庭園を歩きだし、林檎の木の下へ向かって姿が見えなくなった。いてもたってもいられなくなったフューシャは、部屋を飛び出して中庭へ向かった。ここはフューシャが歩くことを許されている、数少ない空間なのだ。
(アキル、どこ…!?)
ざくざくと下草を踏み、フューシャは林檎の木々の下であたりを見回した。
…しかし、そこには誰もいなかった。見間違いだろうか?フューシャはがっかりして肩を落とした。その時、林檎の木の根元に置かれた手紙に気が付いた。フューシャは封を切るのももどかしく、逸る手で手紙を開いた。そこには一言、大きな字で書かれていた。
『げんきにしてるか?』
小さい子どもが書いたような、たどたどしい字。署名もなにもない。けれどフューシャはそれを誰が書いたのかはっきりとわかった。
(元気!元気だよ、アキル…!アキルは?)
アキルは元気だろうか。地上からいきなり園へ来て、ちゃんと過ごせているだろうか。辛い思いをしていないだろうか。それとももう――新しい友だちに囲まれて、楽しく過ごしているのだろうか。フューシャは再びあたりを見渡した。
(いない…行っちゃったんだ。そうだよね、会っちゃダメって、きっとアキルも言われてる)
それなのに、アキルはこうして手紙を書いてくれた。フューシャは手紙を握りしめ、胸にあてて座り込んだ。
(アキル…会いたいよ…)
中庭の塀の外で、隙間から様子を見ていたアロンはひそひそつぶやいた。
「彼女…もしかして泣いてる?アキルが行ってやった方が…」
「いや。会ったらダメなんだ。もう行こう」
背を向けたアキルを、ばしんをサムが叩いた。
「会いたい奴って誰かと思ったら…フューシャ様って!一体どういう仲なんだよ!?」
「どうでもねぇよ。さっさと行こう、アロンだって俺らと一緒とバレたらやばいだろ」
この塀でかこまれた中庭は、別名「姫君の庭」と呼ばれている。フューシャのための庭だそうだが、植えられている植物はすべて植物学科の研究対象で、彼らが世話を受け持つ場所でもあった。アキルは簡単に事情を話し、研究員見習の立場であるアロンに頼んで裏庭まで入らせてもらったのだ。なぜかサムまでついてきたが。
「でもなぁ…泣いている女性を置いていくのはどうなんだ?俺たちが泣かせたみたいなものじゃないか」
紳士的なアロンは、アキルにせかされてもその場を立ち去りがたくしていた。サムは首をひねった。
「俺たちっていうか、アキルの手紙がだろ…うーん、司政官様に接触を禁止されてるなら、端末で話すのは難しいだろうし」
「そもそもフューシャ様と俺らただの生徒の端末が繋がれるわけないし、万が一つながったとしても記録が残ってばれてしまうからな…」
その時、アロンの背中をサムが叩いた。
「いった!何だよサム」
「いいこと思いついたんだよ!!なぁ、ここの資材貸してもらうぜ!!」
サムは塀沿いに置いてあったベンチストッカーを開けて、中から育苗用のポリポットを取り出した。
「ちょっと柔らかいけど…このくらいなら、イケるだろ!」
植木ハサミと園芸用の細いワイヤーを次々と取り出し、サムはポット2つをワイヤーで繋げた。
「できたわ!これで彼女と会わずにお話できるぞ!」
サムはポットを片方アキルに押しつけ、もう片方を塀の隙間から畳んで押し込んだ。
「ビニール素材でよかったぜ!彼女、気が付くかな…?」
「つまり、これは糸電話か?」
アロンがサムに聞いた。
「そうそう!ほらアキル、耳にあててみろよ」
アキルはよくわからないままにポッドを耳にあてた。すると…
『アキル…?アキルなの?』
ポットの内側で、ささやくようなフューシャの声がした。驚くアキルに、サムが小声で言った。
「そのポッドに向かってしゃべれば彼女にも届くぞ!あと…」
「わかってるから、ほら、俺らはあっちで待ってるぞ。邪魔だろ」
アロンはサムの腕をつかんでずるずる裏庭の奥へと消えた。アキルはおそるおそるポット口元にあてた。
「フューシャ…?」
ポットの中の空気が震えた。再び耳に当てると、フューシャの震える声が聞こえた。
『アキル…はじめて私の名前、呼んでくれたね』
その言葉に、アキルはたじろいだ。
「っ…悪いかよ。様を付けた方が、いいか」
『ううん、付けないで。フューシャって呼んで。ね、もう一回』
アキルは顔をしかめた。
「嫌だよ。…それより元気にしてるのか」
『えっ…うん!元気だよ。手紙、アキルだよね?嬉しかった!私、紙の手紙をもらったのなんて初めて』
「俺も…誰かに手紙を書いたのは、初めてだ」
アキルはゆっくりとそう言った。そうだ、ずっと書きたかった。誰かに。それだけで十分じゃないか。俺には、心配することができる相手がいる。たとえその相手が離れていても、二度と会えないとしても。
『そっか、そうだよね…!私もね、返事、書くね。どうやって渡そう…?』
「いや、やめておいた方がいい。あんたが元気にしてるか、それが知りたかっただけだ」
『まって!まだ行かないで!私…私アキルともっと一緒にいたい』
フューシャの声に必死さが滲む。でも時間は少ないのだ。いつだれが来ないとも限らない。だからアキルは素直に自分の気持ちを口にした。
「礼拝の前、プレイヤを見た。フューシャはすごい奴なんだな。たくさんの人を助けてる。俺…最初お前を脅したりして、悪かった」
『アキル…アキルは?あれを見てどう思った?』
アキルは一瞬考えた後、思ったままを口にした。
「綺麗だった。夢を見てるのかと思うくらいに」
『そ、そ…そっか…!うれしいな、アキルが見てたなんて!』
この糸の向こうで、きっとフューシャは礼拝堂の時のようなキラキラした目をしているのだろう。そんな声だった。その少し震える声は、アキルの身体も思いがけず震えさせた。
―塀が、邪魔だった。今すぐこんなものを放り投げて、フューシャの目を、表情を、確かめたかった。
しかしその衝動を、アキルは首を振って打ち消した。だけどフューシャは、アキルよりもずっと心のままだった。
『アキル、会いたいよ。アキルに触れたい。また抱きしめてほしいの』
そのストレートな言葉に、アキルはぎゅっと目を閉じた。だがアキルは、フューシャのように素直に気持ちを口に出すことなどできない。だけどせめて、少しだけ。
「…頑張れよ。俺が言うのも変だけどさ。元気でいてくれ。無理はすんな」
『待って、私、アキルのことが…』
フューシャが必死に言いつのる。その先を聞いてしまえば、きっと後悔する。直感的にそう思ったアキルは会話を切り上げた。
「バレたらやばいだろ。話すのは、今日が最後だ。またどっか痛かったら…一人でいないで誰かに頼れよ」
『アキル…!』




