会いたい奴
(ちょっ…お、落ち着けよ!!)
アキルは焦って、表情が固まった。こんな場所で本当に叫ばれたらどうしよう。だが、その焦り以上に、身の内ではじけるような気持ちが体の外へ飛び出しそうだった。それを抑えるため、アキルはぐっと拳を握った。
しかし、その状態にいち早く気が付いたシアンが、席を立ってフューシャの肩に手を置いて何事かをささやいた。すると彼女は立ち、シアンと共に席を去ってしまった。
今アキルが居る場所からは、見ることもできず、立ち入れもしない奥の方へ。
(はぁ…な、なんだよあいつ…)
アキルは目を閉じて人知れず息をついた。みっともないほど心臓がどくどく脈打っていて、アキルはそんな自分に嫌気がさした。
(ちくしょう…ただ目が合ったってだけなのに)
しかし再び目を開けると、つい二人が消えた席の方へと視線を向けてしまうのだった。司政官の演説についで始まった、神学科の先生のありがたいお話も、ほとんどアキルの耳には入らなかった。説法が終わって皆が席を立ち始めるまで、終わったことにも気が付かないほどだった。
「でさ…何でサムもアロンも、俺の部屋に押しかけるわけ?」
礼拝後、狭い一人部屋までついてきた二人を、アキルはうんざりした目で見た。
「なんだよ付き合い悪いなぁ。」
サムはそう言ってまぜっかえしたが、アロンは素直に答えた。
「アキル、礼拝の途中からなんかおかしかったろう。心配になったんだよ」
そういわれると反論もできないアキルは、ついだまりこんでしまった。まったくの他人に気にかけられたり、親切にされると、どんな顔をすればいいのかわからない。
「まー、そう硬くなんなよぉ」
サムはそう言ってアキルのベッドに腰かけた。
「何か悩みでもあるのか。アキルは他の生徒とは、違うようだし」
アロンのその言葉に、アキルは内心ギクリとした。もし地上から来たという事が言わなくてもバレてしまったら、あのシアンはアキルをどうするだろうか?
「俺…どっか変か?」
「いや…肌の色も違うし、表情や言葉もどこか違うよな。他の人とちがってじっと観察しても、お前のことはよく読み取れないんだ」
アキルの表情は固まった。肌の色が違う、言葉が違う、家族のありかたが違う――そんな理由で、人は人を憎んで、恐れて、排斥しようとする。ここの人々も、やはりそうなのだろうか。アキルは無意識に後ろに下がっていた。
「アロンお前…そんなことしてたのかよ。もしかして…誰かに命令されたとか?」
しかしアロンは怪訝な顔をした。
「命令?何でそんな事聞くんだ?俺はただ、アキルは特別なやつなのかなって思ったんだ」
するとサムがうなずいた。
「あ、わかるわかる!アキルって特別な感じがする。飛行訓練も初日でハイスコアだし。もしかして、エリートなんかなって!」
「だよな。アキル、お前はパイロットの人たちみたいな、幹部候補生なんだろう?」
「は、はああ?」
なんの屈託もない顔でそう言った二人に、アキルは口が開いてしまった。
「そんなわけないだろ…。俺が飛行科に割り振られたのは、適性検査の結果だって言われたってだけだ」
「そうなのか?でもアキルは…上手く言えないけど、俺たちとは違う気がするんだ」
それは、やはり地上から来た分劣っているということなのだろうか。そう考えるアキルに、サムが言った。
「なんかアキルって…アドナイのフューシャ様と少し似てる気がすんだ」
「はぁ!?俺が、あいつと!?」
思わずそう返したアキルを、2人はじっと見つめた。
「あいつって…フューシャ様と知り合いなのか」
「い、いや、ちがう!知らねぇよ」
あわてて首をぶんぶん振るアキルに、サムは唸った。
「う~ん、顔とかじゃなくて…なんというか、雰囲気が。何考えてるかわかんねぇのに、飛行の腕はすごいとことか…。こう、不思議な存在感があるカンジ?」
アキルはほっと胸をなでおろした。
「なんだよ、そんなふわっとした感想かよ」
しかしアロンは首を振った。
「いや、そこだけじゃない。俺は幼稚舎でお前を見かけたことがない。アキルは生まれた時から、俺たちとは別々だったんだろう?特別な人は皆そうだ」
「え…ちょっと待ってくれ、幼稚舎って?」
そう聞くアキルに、サムとアロンは目を見合わせた。
「園で生まれたら、まずは幼稚舎で育てられるんだ。そして研究できる年齢になったら、初等科からそれぞれ適正のある分野に進む」
「そういや、皆寮だよな?家族とは皆別々に暮らしているのか?」
素朴な疑問を投げたアキルに、2人は首を振った。
「いや?この園の皆が家族だ。俺たちみんな、同じ場所から産まれてきたんだから」
今度こそ、アキルは意味がわからなかった。
「え?どういうことだ?」
「知らないのか?アキルだって中央医局のAUから産まれただろ」
「え…えーゆー?」
「Artificial Uterus、人口子宮だ」
それを聞いて、アキルはとまどった。
「人口子宮?そんな事…可能なのか?じゃあこの園の人間は…皆、兄弟ってことなのか…?」
「まぁそういう事になるかな。遺伝子情報は、誰か親がいるんだろうけど。でもそんなのはさして重要じゃない。だろ」
「ああ。大事なのは俺たち個人が、何をしたいか、するか、だ」
そういって2人は顔を見合わせて、にっと笑った。アキルは目からうろこが落ちたような気持ちだった。
(ここじゃあ…親がいないのも身よりがないのも、珍しくもなんともないってことか…)
なぜなら皆が同じ場所から生まれ出た「兄弟」だからだ。この園の平和と団結の理由の一端が、少し見えた気がした。それと同時に、常に重たかったアキルの肩が、少し軽くなった。
(サムもアロンも、俺が異分子だから排除しようなんて思ってないんだ。周りと違っているから、気になって歩み寄ってくれた…ってことなのか)
皆同じ兄弟の中、いきなり地上の人間が紛れ込んだら違っているのはすぐに感じられるだろう。だけど二人は、アキルが皆と違う事を糾弾するのではなく、積極的に受け入れようとしてくれていたのだ。その行為は、挨拶よりも前に人を疑う事を覚えた地上育ちのアキルには、とても純粋で眩しかった。
だけど、同時に申し訳なくもあった。シアンの命令とはいえ、アキルは彼らに嘘をついている。だが、彼らに対して気持ちを示すくらいの事はしたい。アキルは自然とそう思えた。
「サム、アロン…ありがとう」
かすかな微笑みを浮かべて礼を言ったアキルに、なぜか2人は驚いて目を見開いた。
「あ…ああ、アキル。大した事は言ってないよ」
「アキルって、笑うとぜんぜん印象変わるなぁ!な、前髪あげてみたら?」
サムの手が伸びてきたので、アキルは顔をそらした。
「わっ…やめろよ」
「逃げんなよ!待てー!」
アキルを捕まえようと追いかけるサムをちらっと見て、アロンが苦笑した。
「おいおい、狭いとこで暴れるな!」
結局その晩、3人は遅くまで同じ部屋で過ごしたのであった。
司政官ヴァリの住む場所は、園の中心にある大きな城の中だそうだ。ここに来て幾日かたち、アキルもやっと生活になじんできた。
(そっか…フューシャの部屋も、この塔のどれかなわけだ)
朝学校に通う時、アキルはその塔を見上げるのが癖になってしまっていた。あの礼拝の日、アキルを見つめて何かを言いたげだったフューシャの事が、どうしても忘れられない。
今日もフューシャは、あの豪華な部屋でひとりクッションを抱えているのだろうか。痛みも寂しさも一人ぼっちで抱えて…。そう想像すると、アキルの胃のあたりはきゅっとなるのだった。しかしアキルは首を振って、その痛みを追い払おうと努めた。
(…ダメだ。俺がかかわる事なんて、もうできないんだから)
しかしそう思えば思うほど、礼拝堂で目が合った時の事が頭に浮かぶ。あの瞬間の、輝くように嬉しそうな笑顔。まっすぐこちらに飛んできそうな、ひたむきな瞳。嘘もためらいもない、純粋でむき出しの感情。
「くっそ…」
真っ向から求められる事など、アキルは今まで一度もなかった。だからそんな顔を向けられると、戸惑う。顔の皮膚が張り詰めたようになる。胸のあたりざわざわして、心臓を掴まれたような気持ちになる。
「おはよ!アキル!どうしたんだよそんなとこ立ち止まって」
「あ…アロン。おはよう」
後ろからやってきたアロンに、アキルはふうと息をついて挨拶した。
「悩み事?」
軽く覗き込むようにそう聞いてきたアロンに、アキルは逡巡した。サムなら揶揄われるだろうが、アロンなら、真面目に聞いてくれるかもしれない。
「あのさ…会えないやつに会いたい時って、どうすりゃいいのかな。」




