そっか俺、あいつのこと
日曜日というものは、学校は休みになる代わりに、朝に礼拝があるらしい。
「今日はあたり日だぜ、プレイヤのある日だから」
礼拝堂は、そびえたつ尖塔を持つ白い建物だった。その前の石の広場で人込みに押されながら、アキルはサムに聞いた。
「ぷれいや?」
「祈り、だよ」
サムが答えた瞬間、空に白と青の2つの影が躍り出た。広場の人々がさあっと水をうったように静かになった。
(アドナイと、エル―か)
アキルがあっけにとられて空を見上げていると、2つの機体は輝く槍を空中から取り出し、お互いに差し向けた。その槍が、カキンと音を立てて打ち合う。それを合図に、めまぐるしく槍同士が突き、はじく。2体の巨人は近づいて、離れて、旋回して、それはまるで激しい舞を舞っているようだった。あまりに早い動きに、2体の出す残像の光が、青空に浮かんでいるように見える―…。アキルはただただ、空中の舞に圧倒されていた。
(すごい―――目が離せない…まるで、現実の光景じゃないみたいだ)
周りを見渡すと、アキルと同じように見上げて目を輝かす者、手を合わせて何かをつぶやく者、じっと無言で目を閉じている者と様々だった。そこでアキルも、サムの言っていたことが理解できた。
(そうか、皆この舞に――何かを思って、心の中で言葉にしてるんだ)
それは感想かもしれない、お礼かもしれない。そして、自分の希望かもしれない…。
(なるほど祈ってるってことか……)
アキルも真似をして、両手を合わせてみた。神のごとく空の上に君臨する2機に対して。もし神に祈りたいことがあるとしたら、何だろう。
(…あいつを奪って―…いや)
たしかに浮島の下の荒野では、たくさん人が犠牲になっている。しかしフューシャは、あの人間離れした技でこの園の人々を守ってもいるのだ。天と地ほどの差はあるが、同じ命がけなのは、アキルもフューシャも一緒なのかもしれない。地表に出て太陽を浴びれる技術を持つ浮島、それを狙うスズメバチの人間たち、そして彼らを撃ち落すアドナイー…。フューシャとアキルの間にはさまざまな要素が渦巻いて、もう以前のように簡単に兵器を奪いたいとは思えなくなってしまった。
(もしアドナイを奪ったとしてどうする?敵のSDを殺しまくるのか?俺と同じ地上の人間だってのに…皆戦いたくなんてないだろうに、同じように命がけで戦ってる…。)
その理不尽さに、アキルはやるせなくなった。だからこのまま盲目的に浮島に従う気にもなれなかった。いつか人類が利口になるまで待つという彼らは、無意識に地上の人間を見下していて、助ける気が薄いように思えたからだ。だけども、サムやアロンの言っていたことを思い出してアキルは唇を噛んだ。
(こいつら皆…地上の事を何も知らないんだよな)
知らなければ、アキルの怒りもわからなくて当然だろう。いつも綺麗な水に触れる生活をしていれば、泥水を飲むことなどきっと想像もつかない。
(…そうだ、今日は『司政官』の話が聞けるっていうから来たんだ)
プレイヤが終わり、人々は礼拝堂へと吸い込まれていく。アキルもサムたちについて中に足を踏み入れた。見た事もないほどたくさんの椅子が並んでいて、前からじゅんぐりに人々が腰を掛けいく。
「ほら見ろ、あそこが説教壇だ。あと少しで司政官が出てくる」
サムがそっとアキルに耳打ちをした。するとまもなくして後ろのカーテンから背の高い女性が姿を現した。白い肌に、紅い唇。顔立ちはどことなくフューシャに似ている。だがその顔に浮かぶ威厳ある表情が、決定的に両者を分けていた。彼女はその紅い唇を開いて、演説を始めた。
「昨日SDをすべて撃破し、わが園の2機は無事帰ってくることができた。これもいつも研究に精を出し、園の存続のために努力をし続けてくれる皆のおかげだ。ありがとう」
彼女が微笑むと、聴衆から拍手が沸いた。割れるようなその拍手のたけなわで、彼女はスッと手を上げそれを止めた。
「しかし…ここ最近、SDたちは脅威を増しつつある。先日アドナイが落とされてしまった事も、皆の耳に新しいだろう。きっと不安に思うものも多いと思う。」
朗々とした声を響かせながら、彼女はじっと聴衆たちに目をむけていた。
「このまま園は、文化と研究の継承、発展だけに精をだしていていいのだろうか―…そう思うものも、いるだろう。しかし私は、あえて言いたい。そう思う時こそ、ここを出てはいけないと」
話が核心に近づいてきた。そう思ったアキルは無意識にじっと司政官を見つめた。
「依然として、SDに乗る者とは話し合いができない。こちらに全てを差し出せと戦闘機をけしかけてくるばかりだ。そんな者に、我々の技術を渡してしまえばどうなるだろう?ダイナマイトを、原子力を開発した時、それがどう利用されたかという事を思い出してほしい」
司政官はいったん言葉を切って、聴衆に思い出す時間を与えたあと、また口を開いた。
「高度な技術は、禁断の力となる。使い方を誤れば、たくさんの人間が死に、この地球がなくなってしまうほどのだ。そうならないために、この園はある。この星は今、ギリギリで持ちこたえている。このまま滅びるか、存続するか―…それは、我々の知性と思慮にかかっているのだ。どうかその事を、みなが一人一人考えて理解しておいてほしい。この園では、一人一人が掛け替えのない存在なのだから」
司政官はそう演説をしめくくり、拍手を浴びながら説教壇をあとにした。彼女が一段高くなった壁際のボックス席に戻ったのを、サムが指さしてこっそり教えてくれた。
「あれが司政官のヴァリ様の専用席。両隣にいるのが、アドナイとエルのパイロットだよ。この園で最高の乗り手なんだ」
その言葉に、アキルの目は深紅のカーテンのかかったボックス席に引き寄せられた。いましがた着席した司政官の隣に座っているのは―…
(フューシャだ)
しかし礼拝堂のフューシャは、部屋に居た時とは、ずいぶん印象が違ってた。その髪はきっちりと後ろで結い上げられており、服もかっちりとした白の制服のようなものを着ていた。違うのは見た目だけではない。フューシャは無表情で空中を見つめていた。その表情は感情が感じられない。ステンドグラス越しに礼拝堂に差すぼんやりとした光の中、彼女は彫像のように神秘的で美しく、うかがい知れない不思議さに満ちていた。
(あれ…本当にフューシャなのか?)
アキルからずっと離れた上の場所に座る彼女は、その距離にふさわしく遠い人に見えた。アキルの前で笑ったり泣いたりしていたのが、幻のようだった。
(遠いな…あいつ、すごい奴だったんだな)
下の世界にはいない、本当に本物の「お姫様」だったのだ。しかも彼女はお城で寝て待っている姫ではない。自ら最強の兵器を乗りこなし、人々を守る戦士でもあるのだ。本当ならめったに会える人ではないと言っていたルートは正しかった。そうわかった瞬間、アキルの胸に正体不明の痛みが走った。
(そうか…俺、あいつのこと)
フューシャのあけっぴろげな笑顔、文字をたどる声。そんな事がまざまざと思いだされてアキルの胸は焦がされたように痛くなった。
彼女の素顔は、ただただ等身大の女の子だった。フューシャはアドナイに乗るために、さまざまな事を犠牲にしているにちがいない。一人が寂しい、学校に行きたい、一緒にいてくれて嬉しいと言った彼女の寂し気な顔。引き離された時、手放しに大声を上げて泣いていた彼女。アキルの胸に、抑えようのない気持ちが沸き上がった。
(俺がそばに居てやることができれば―…)
あいつに、そんな思いをさせないのに。だけどその気持ちは、冷水を浴びせられたようにすぐに静まって冷えた。
(俺は―地上人なんだ。もう会う事すら許されていないのに、なんでそんな大それた思いを抱けるんだよ)
そう思ってアキルは視線をはずそうとした。だがその瞬間、遠く離れたフューシャの目線がアキルの上で止まり、その深遠な表情は拭い去ったように一瞬で消えた。
金色の目は見開かれて、その口は嬉しそうに開いている。席から半分腰を浮かせたその表情は、いまにもボックス席を飛び出して叫びたがっているように見えた。
(アキル…アキル!そこにいたんだ!)




