学園天国?
シアンは医局へとアキルを連れて行き、全身を容赦なく調べた。さんざん棒でつつかれたり、薬液を飲まされたりしたあと、シアンは言い放った。
「その服は姉さんのものでしょ。返してもらうわ」
「姉さん、って…あんた、妹なのか」
細くて華奢なフューシャより、目の前のシアンのほうがよほど大人びて見えた。
「どうでもいいでしょう。そんな事。さっさと着替えなさいよ」
彼女が仁王立ちしたままだったので、アキルは仕方なく目の前で服を脱いで差し出した。露わになった肌を見て、シアンは顔をしかめて新しい服を差しだした。
「痣だらけね。さっさと治しなさい、見苦しいから。これが制服よ。明日からあんたはとりあえず、総合学科の初等に行くことになるわ。案内するからついてきなさい」
シアンは医局からアキルを外へ連れ出した。初めて園の地表に出たアキルは珍しくて周りを見回した。
(本物の木がある…すげぇ。)
地面はレンガのようなもので舗装されており、木陰にはところどころベンチが置いてあった。そして木々の向こうにそびえたつ学び舎と城。あまりに慣れない光景に、アキは眩暈がするようだった。
「ちょっと、何をよそ見しているのよ。ついてきなさい」
学府の寮だという小さい部屋にアキルを案内したあと、シアンは後ろ手にドアを閉めてアキルを睨んだ。
「あんたに命令よ」
その眼光の険しさに、アキルは思わず身構えた。
「なんだよ」
「あんたが来た場所の事は、絶対に話しちゃダメ」
「…地上のことか?」
「そうよ。地上から来たって、一言でも言ってごらん?あんたを隔離房に放り込んで二度と出せなくしてやる。それと」
シアンはその顔をぐっとアキルに近づけた。
「もう二度とフューシャに近寄らないで」
「それはもう何度も言われた」
その高圧的な目線を、アキルは逃げずに見返した。見えない火花が散るように、2人はお互い睨みあった。
「ふん。忠告はしたから」
ややあって、シアンは目をそらし、部屋から出て行った。アキルは思わずため息をついた。先が思いやられた。
(総合学科って…どんなとこだ?あんなやつらばっかなのか?)
しかし、予想に反して「学校」は拍子抜けするほど穏やかな場所だった。
「アキル!お前の分だぜ」
「あ…ああ」
昼食の配給時、勝手がわからなくて戸惑っているアキルに、隣の席のサムがパウチを取って渡してくれた。しげしげと銀の袋をながめるアキに、サムは説明した。
「パウチに自分の名前が印字してあるだろ?それをあのワゴンから取ればいいんだよ」
「全員の分、あるのか?」
「そりゃ、そうだよ」
食料が無償で配られることなど、アキルからしたらありえない光景だった。だがサムは慣れた動作でパウチを開けた。アキルもおそるおそる中の液体を舐めた。前はひどい味だった。が…
(あれ、不味くない)
甘いような少ししょっぱいような不思議な味だった。パウチはあっという間に空になった。
「美味しい」
アキがそういうと、サムはにっこり笑った。
「だよな!」
その笑顔があまりにも屈託なくて、アキルは思わず圧倒された。
(な、なんなんだろう、この違和感は)
ここでは誰も腹を空かせたり、争ったりしていなかった。それどころか、新入生だと入ってきたアキルに、こぞって話かけ、親切にしてくる。忙しい一日を終え寮へ戻ろうとしたアキルの隣に、またしてもサムが並んだ。
「アキルってすげぇな!初日で飛行訓練、ハイスコア出したんだって?」
「や…大したことねぇよ」
「いいなー。俺も飛行科に行きたかったんだけど、適性検査がまったく逆でさ」
「えっと…機械工学科、だっけ」
覚えたての言葉を、アキルはたどたどしく使った。だが、ここでは誰も馬鹿にしたりしない。
「そうそう。地味な学科だよ。あはは。なぁ、シュミレータってどんな感じなんだ?」
「にせの飛行機みたいなやつに乗って、飛ぶ練習をするんだけど…変な感じだった」
アキルはそう説明した。モニターに空は映るが、実際は飛んではいないのだ。今まで使っていたグライダーのようなものではなく、飛行作業機と呼ばれるアームつきの飛行機だった。長い時間空中に停空し、浮島の様々な施設の点検や修理をするための乗り物らしい。妙な練習だったが、飛ぶ事だけは得意だったので文字を読む勉強より楽にこなせた。
「そっかぁ。早く慣れるといいな。じゃ、また明日な!」
サムはそう言って、寮の前で別れた。一人部屋に戻ったアキルは、何とはなしにため息をついた。
(なんなんだ、ここって…)
大勢の人間がいて、日差しのもと笑いあい、穏やかに過ごしている。地上とのあまりにもの落差に、アキルはやるせなくなった。
(そうだよな…ここじゃみんな立派な家があって、食べ物も全員分あって…)
そうなれば、争いなど起こりようがないのかもしれない。だがアキルの頭に何かが引っ掛かった。皆が皆親切だった「学校」。
(…もし恵まれた環境だったとしても、例えばラムダのような奴は絶対与えられるだけで満足なんてしない)
たくさん人が集まれば、数人は奴のような欲深い奴がいるはずだ。そういう奴は力でもってルールを曲げ、暴力の連鎖が産まれる。ここにラムダが居れば、アキルを殴って食べ物のパウチを奪い取るくらいのことはするだろう。
(ここには、そういうヤツはいねぇのか?一人も?)
部屋のカーテンをあけて、アキは寮の前の広場を見渡した。広場の周りには円状に寮塔が並んでる。その建物たちの向こうで、夕日が沈むところだった。アキルはため息をついてベッドに横になった。
―ここと地上では、あまりに何もかも違い過ぎる。
機械工学科のサムに、植物学科のアロン…日々をすごすうちに、アキルの周りはあっという間に賑やかになった。アキルは付き合いのいい方では到底ないのに、彼らの方が放っておいてくれないのだ。彼ら以外の生徒たちも、おおむねアキルにたいして好意的だった。
「おっ、すげえ!みろよ。」
サムが興奮した面持ちで食堂のモニターを指さした。
食堂にも寮にもモニターがあり、この園のニュースが流れている。たいていは新しい研究が成功したとか、天気予報とかそんな内容だ。だから皆そんなに真剣には見ない。だが今ばかりは生徒のすべてが見入っていた。
「また来たんだ…SD!前来たの、いつだっか」
サムが顔をしかめた。
「たしか1週間前だったと思うぞ」
アロンが険しい顔でモニターを見上げながらそう答えた。
アキルも、モニターから目が離せなかった。そこにはアドナイが映っていたからだ。
『…の方角から、14機のSD機兵が領空に侵入。エル、アドナイの両機がすべて討伐し、今朝未明に帰還され…』
白い機体に赤い目を持つアドナイと、青い体に金の目を持つエルが、モニターの中で次々とスズメバチを落としていく。ほんの一週間前、自分もその渦中にいたというのに、こうしてモニターで見るとその画像は作り物めいていてとても遠く感じた。
(でも…あの白い方に、フューシャが乗ってるんだよな)
甘えたで泣き虫の、あの赤ちゃんみたいな少女が、今朝こんな戦闘を行っていたのだ。アキルの全く知らない間に。そう思うと、アキルの胸はざわざわとして、落ち着かない気持ちになった。
「なぁアロン。あのSDって、何者なんだ?」
アキルがそう聞くと、アロンはモニターから目線をはずしてアキルを見た。
「そうか、アキルはまだ入学したてだから知らないんだな。あいつらは…」
するとサムが会話に割って入った。
「俺らの研究を狙ってる、敵国のやつらの機体だよ。知らないのか?」
「いや…」
その答えに、アキルは考え込んだ。ルートは、この園の研究を地上に渡す時は司政官が決めると言っていた。だけど地上には、そんな思惑など関係なく技術を欲しがって実力行使してくる勢力がいると言う事だ。
(そいつらの攻撃のために…荒野の人間は攻撃されてたってことか)
兄の顔が脳裏に浮かんで、アキルは歯をくいしばった。
「おいどうした?顔色悪いぞ」
心配して聞いた来たサムに、アキルは低くつぶやいた。
「欲しがってるやつらに…ここの技術を教えてやることはできなかったのか?」
するとアキルの肩に手を置いてアロンが言った。
「…できないって、司政官や博士たちは判断してるんだ」
SDはアキルにとって敵だった。けれど本当の事を知ってしまった今となっては、単純に憎むこともできなかった。アキルも彼らと同じように、地上で生活する者なのだから。
「なんでだよ?地上では沢山の人が、ずっと苦しんでるんだぞ。SDに乗ってるやつらだって、死に物狂いでここを目指してるかもしれないじゃんか…!」
その言葉に、サムがうなずいた。
「俺もそう思った事ある。なんでだろうって。でも司政官やシアン様の話を聞くと、やつらに渡しちゃ絶対にいけないんだなってわかるよ」
「なんて言ってたんだ?」
「それは…週末に聞けるよ」
アロンはそう言って、パウチをくわえた。




