第26話 忍び寄る爪痕、秘められた行方
大規模な捜索作戦を終えてから幾日かが過ぎ、トルディアの町は一見落ち着きを取り戻しつつあった。王都や神殿騎士団、それに勇者パーティが撤収し、ひとまず体制を立て直すということで引き上げていったことで、街道や街の広場のにぎわいはふだんの様相へ戻り始めている。
だが、レオンたちの胸に残る不安は消えない。あれほど大規模に探索したにもかかわらず、闇術者――いわゆる黒服の男――は依然として捕捉できず、魔物を多数引き連れていた行動の真意すら解明されていない。王都や神殿領の仮説では「魔王軍の尖兵か、あるいは独自の闇組織が魔物を増やそうとしているのでは」と推測されているが、確証が得られないままだ。
◇
ある朝、レオンは仲間たちとギルドの依頼掲示板を見上げていた。ずらりと並ぶ依頼票は、害獣駆除や薬草採取、近隣の野盗退治など比較的軽めのクエストが目立つ。先日の大騒動の後処理や安定期に入ったことを示すかのようだ。
マリスがため息まじりにぼやく。「闇術者が跋扈しているのに、この表向きの平穏は何なんだろう。いずれまた大きな事件が起きるんじゃないかって、落ち着かないわ」
グラウトは渋い顔をしつつ、「ま、こういう時こそ大事な準備ができるんだろ。実際、王都の騎士団だって再出動まで時間が必要だし……」と肩をすくめる。女剣士と斥候も黙って頷き、みんな一様に危うい休息状態を味わっている。
「そうだね……。少なくとも今は、町が魔物に襲われる危険は薄い。でも近いうちにまた大規模な作戦が発動するとしたら、それまでに腕を上げるしかないよ」
レオンは短剣の柄に手を置きながら答える。黒服の男と何度も対峙した結果、やはり“守護騎士”だけではどうにもならないシーンが出てきた。仲間との連携を強化するのはもちろん、神殿騎士団や王都の術師たちとの合流も選択肢に入れねばならない。
とはいえ、まだ正式な呼び出しはない。勇者パーティが王都へ戻ったまま動き出していない以上、あちらの方針も固まっていないのだろう。レオンたちができるのは、当面のクエストを通じて経験を積みつつ、いつ呼ばれても対応できるようにすることだけだ。
◇
そんな中、イザベルから手紙が届いた。神殿騎士団の基地へ戻ったあと、闇術対策の部隊が再編されており、近々「神殿の浄化儀式」に参加するので余裕がないという。黒服の男に奪われた騎士団員の命や、闇に染まった森を救うため、神殿領も動き回っているらしい。
「いずれ、またあなたと協力する時が来るわ。そのときこそあの男を追いつめましょう」と書かれており、レオンは小さく息をつく。神殿領からもすぐには支援が見込めないとなると、焦る気持ちと裏腹に独自の動きは限られている。
◇
そして、一方で王都のほうからは正式な要請はいまだ来ていない。勇者パーティが戻れば何らかの動きがあるかもしれないが、噂によれば「魔王軍の動向を探るために別方角を巡っている」らしく、連絡が滞っているようだ。
結果、レオンたちは中~下級のクエストをこなす日常へと戻ったかに見える。しばらくは害獣駆除や採取系の仕事でのんびり暮らせそうだが、守護騎士を保持する召喚士として、このまま悠長にしていていいのか――どこか物足りなさと不安が付きまとっていた。
◇
そんなある日、少し特殊な依頼が掲示板に出る。「町外れにある古い洞窟の調査」をしてほしいというもの。もともとは採掘の跡地で、最近、小規模の魔物がわき始めたらしいが、報酬はそこまで高くない。
マリスが依頼票を眺め、「これ、もしかすると闇術とは無関係かもしれないけど、洞窟内部に珍しい鉱石や遺物があるかもしれない。ちょっと興味あるわ」と言い出す。斥候や女剣士も「安全そうに見えるけど、ちょうど腕試しにはいいかも」と賛同してくれる。
グラウトは首をかしげながらも、「まぁ大きな動きがないうちに金を稼ぎたいしな。洞窟なら深く潜りすぎなければ危険も少ないだろう。レオンはどうする?」と聞いてくる。
「……そうだな、僕も賛成。闇術者が潜んでる可能性は低いだろうけど、何か情報を得られるかもしれない。腕慣らしと思って行ってみようか」
こうして、珍しくレオンたちが落ち着いた気持ちで調査クエストに取り組むことになった。騎士を呼ぶほどではない程度の洞窟なら、余裕を持った探索ができるかもしれない。
◇
翌朝、馬車で町を出て15分ほど行くと、草原の端にぽっかり開いた横穴が見える。かつて採掘隊が石材を取っていた跡地で、地図によると奥行きはそこまで深くないというが、魔物がいるらしく最近は放置されていたようだ。
レオンたちは洞窟入口で装備を整え、ランタンや油、簡易のロープなどを確認してから足を踏み入れる。中は冷たく薄暗いが、古い木枠や掘削跡が残り、採掘道具の破片が散見される。
気配を探りながら慎重に進むと、やがてコウモリ型の魔物や小型ゴブリンらしき存在が襲いかかってくる。斥候と女剣士が素早く対処し、マリスが魔法で援護。レオンも盾を構えて短剣で応戦するが、特に苦戦はない。
「やっぱり……ここは大した脅威じゃなさそうね。闇術者が関わってる感じはない」
マリスが疲れた表情で言うが、すでに複数体の雑魚モンスターを倒し、洞窟はかなり奥まで探索が進んだ。中には少しだけレアな鉱石の欠片も見つかり、地元の錬金術師に売れば多少の利益になりそうだ。
グラウトは肩をすくめつつ、「まぁ息抜きにはいいだろ。大きな闇の気配がないのが何より。これで下級クエストの報酬をもらえて、ちょっと小遣い稼ぎになるんだから上等だ」と笑う。
◇
やがて洞窟の最奥らしき空間に出た。崩れかけた木枠があり、古い採掘道が行き止まっている。石壁には微かな光を反射する鉱石の筋が走り、まるで小さな宝石の結晶のように見える。
マリスが夢中でそれを観察し、「ちょっと採取して、サンプルに持ち帰ろう」と言って嬉しそうに道具を取り出す。女剣士と斥候は周囲を警戒し、グラウトとレオンは洞窟の壁や床を調べて安全を確認した。
しかし、その最奥部の壁際に、奇妙な亀裂が走っているのをレオンが見つける。微妙に風が流れてくるようで、もしかすると隠し通路でもあるのかと思い、杖で小突いてみると、壁の一部が脆く崩れ、中に隙間ができた。
「……何だ、空間が続いてる?」
レオンが驚き、仲間たちが集まってくる。確かに奥に小さな隙間が開き、かすかな風が吹き出している。懐中ランプを突っ込んでみると、想定より広い空洞があるらしい。
グラウトが慎重に周辺を崩し、女剣士と斥候がサポートして穴を広げると、成人が一人入れるほどの通路が現れる。まるで長く封印されていた隠し区画が開放されたかのようだ。
◇
「これは……案外、未踏の場所に繋がってるかもしれない。闇術者とは無関係かな?」
マリスが首をかしげるが、レオンは妙な胸騒ぎを覚える。洞窟の最奥がこんな風に隠れていたということは、かつての採掘隊が掘り当てられなかったか、あるいは意図的に封じていた可能性があるからだ。
「せっかくだし、少しだけ覗いてみよう。もしも危険ならすぐ引き返す」とレオンが提案し、仲間たちが同意する。小さいスコップやツルハシで入口を整備し、体を屈めてその先へ進む。予想以上に狭いが、進行不能というほどではない。
◇
抜けた先は小さな横穴へ繋がり、そこから縦に続く狭い通路が見える。天井は低く、ほんの数メートル進んだところで小さな空間が開けていた。
そこには、古代の遺物とも思える石碑や祭壇の破片が転がっている。薄い埃が積もり、何らかの文字が刻まれた石片が割れ散った状態だ。心なしか寒気が走るような空気が漂っていた。
マリスが驚きの声を上げる。「こんな遺跡のようなものが……ここは採掘跡じゃなく、もっと古い時代の祭壇か何かだったのかも。石に奇妙な文様が刻まれてるわね……」
斥候が周囲を警戒しつつ、女剣士がランプを高く掲げて全体を照らす。レオンは慎重に石碑のかけらを拾い上げ、かすれた文字を目を凝らして読む。古代文字らしく解読不能だが、一部に“時”を象徴する印のような模様が見えるのが気になる。
グラウトは「まさか闇術者がここに隠れたとか?」と警戒するが、現状それらしき気配はない。しかし、レオンは胸の奥で“時空”という単語がちらつく。もしここに眠る古代の魔術が時空に関わっているなら、黒服の男にも何らかの繋がりがある可能性がゼロとは言い切れない。
◇
「とりあえず、危険は感じないけど……ここ、誰にも知られてなかったんだろうか。石碑は壊れてるし、祭壇らしき場所も崩れてる。古い遺跡かな」
マリスが石碑の破片を掴んでいると、微かに光が残る一文字に目を止める。「これ……“トキ”を示す記号に似てるような……。魔術師ギルドでもあまり見たことない形だけど……どういう意味かしら」
レオンは息を呑む。もし「時」や「空」を示す古い文字だとすれば、時空を超えた騎士を抱える自分には見過ごせない巡り合わせだ。黒服の男が時空に干渉する術を知っているなら、こうした古代の祭壇が関係しているかもしれない。
「これ、ギルドに報告しよう。少し調査すれば、何か分かるかもしれない。黒服の男との関連性がないとは言い切れないし……」
レオンがそう提案すると、仲間たちも同意して石片や周囲の様子を写真やメモに残す。大掛かりな発掘調査をするほどの時間も装備もないので、簡易な記録だけを確保して洞窟を後にする。
◇
トルディアのギルドへ戻り、発見した遺跡の報告をすると、職員や他の冒険者たちが驚きの声を上げる。どうやらここの洞窟は昔から採掘用として知られていたが、奥にそんな空間があるとは誰も想定していなかったらしい。古代祭壇めいた構造物があるとなれば、学者や魔術師ギルドも興味を持つだろう。
「ちょうど王都の魔術師ギルドが闇術の調査を進めるために学者を派遣する話があってね。これをきっかけに本格的な発掘隊が組まれるかもしれない」と支部長が感心している。レオンたちもまさかの大発見に少し戸惑いつつ、このタイミングが偶然なのか必然なのか、胸騒ぎを抑えられない。
◇
翌日、情報は早々に広がり、王都の研究者や神殿領の考古学者にも話が伝わったらしい。彼らが近々トルディアへ来訪し、遺跡調査の段取りを組む可能性が高いという。一部では「古代の時空魔法に関する手掛かりでは?」などの飛躍した推測もあり、熱気が高まりかけている。
レオンは仲間たちと宿で意見を交わす。「もし本当に時空に関係ある遺物が見つかったら、黒服の男が狙ってくるかもしれない……。闇術者にとっても魅力的な力が隠されてる可能性があるし」
グラウトは腕を組んで、「だよな。かの男は“お前の時空の力を奪う”とか言ってたし、こういう遺跡の情報を嗅ぎつければ余計に出張ってくるかも……。逆に言えば、そこに罠を張れば奴をおびき出せるかもだが」と苦く笑う。
マリスや女剣士、斥候も「いずれ大騒ぎになるかも」と懸念を抱くが、いまはまだ動きようがない。学者たちが来れば護衛依頼が出るかもしれないし、王都・神殿の部隊と再度共同する形になるかもしれない。
◇
数日後、やはり王都の研究者が数名到着し、ギルドから「遺跡調査の護衛依頼」が出されることとなった。古い祭壇や石碑を調べるにあたり、洞窟内部の安全確保を目的としたクエストだ。レオンのパーティはこれに申し込むかどうか検討していたが、支部長から「ぜひ参加してほしい。闇術者との関連が疑われる場所だし、君の守護騎士があれば心強い」と直々に頼まれてしまう。
仲間たちも合意する。「闇術者の狙いが遺跡にあるかもしれないし、ここで学者たちをサポートすれば、何か有力な手掛かりを得られるかも」と斥候が言い、マリスは「あの石片、やっぱり時空の文字に似てる気がするし……私ももっと見てみたいわ」と好奇心を示す。
「じゃあ受けるか。黒服の男が動くなら、守ってあげなきゃならないし、俺たちも謎を解くチャンスだ」
レオンが静かに言葉を結び、グラウトや女剣士も「よし、やろう」と拳を握り合う。大きな戦闘になるかは分からないが、油断はできない。闇術者が再度魔物を引き連れて洞窟を襲うなら、短時間決戦で守護騎士を呼ぶ必要があるだろう。
◇
こうしてレオンたちは、洞窟遺跡の護衛クエストを請け負う流れとなった。研究者たちは主に王都の学術ギルドから派遣され、神殿領の学者一名も加わるという形で、計五~六人ほどの小規模調査隊が組まれる。
おそらく数日かけて洞窟内部を詳しく調べ、石碑や祭壇の残骸を回収・解析するつもりだろう。もしそこに“時空の魔術”の痕跡が眠っていれば、魔術師ギルドも大いに興味を示すはずだ。逆に闇術者が狙う要因にもなり得るが、それを防ぐのがレオンたち冒険者の役目だ。
「よし……じゃあ、しばらくは洞窟に詰めて研究者を守りつつ、黒服の動きを警戒か。そんなに難しい仕事じゃないかもしれないけど、また妙なことが起こらないとも限らない」
マリスが心得たように呟き、みんなも「承知してる」と口を揃える。魔王軍の猛威が表立っていない今こそ、別の陰謀が潜んでいる可能性は高いのだ。
◇
夜、宿の部屋でレオンは短剣を磨き、腕の紋章にわずかに触れてみる。もし洞窟内での護衛中に黒服の男が現れれば、今度こそ勝負だ。だが学者たちも一緒では大技を使いにくいかもしれないし、騎士の姿を見せるだけで驚かれる可能性もある。
それでも、今はそうせざるを得ない。時空を超えた守護騎士を隠し続けるだけでは、闇の勢力に対抗しきれないと痛感しているからだ。いずれ王都や神殿との正式な関係を築けば、時空の秘密に近づく危険もあるが、それ以上に世界を守るためには避けられない。
「俺はもう最弱じゃない。闇術者が何を狙おうと、仲間と騎士がいれば守り抜いてみせる。……頼むよ、“未来の俺”……」
小さく念を送ると、紋章が微かに脈打つように感じる。心強い反応だが、油断は禁物。男は毎回想定外の術を用いてきた。次に会うときはさらに激しい戦闘になるだろうし、あるいは洞窟以外の場で罠を仕掛けられるかもしれない。
しかし、こうして新たなクエストを通じて、一歩ずつ謎に近づくしかない。もしこの祭壇跡が時空の魔術と関係しているなら、レオンは“自分の力”の由来にも繋がる手掛かりを得られるかもしれない。そこに男が興味を持っているなら、逆手に取る形で仕留めるチャンスもある。
◇
外は星が瞬き、森の方角には夜風が冷たく吹く。人々は一時の平穏を謳歌しているが、その背後では魔王軍の脅威や闇術の陰謀が確実に積み上がっている。
レオンは布団に体を横たえ、意識が揺れながらも決意を再確認する。彼の冒険者としての日常はもはや“普通の仕事”では終わらない。大きな運命の流れが、彼を世界の中心へ引き込もうとしているのを感じる。
闇に飲まれぬよう、仲間と騎士を信じて進むのみ。遠くの夜空には、一筋の彗星がきらめいたように見えた——それは希望なのか、あるいは破滅の前兆か。いずれにせよ、次の戦場は“洞窟の遺跡”から幕を開け、さらなる深い闇へ繋がっていくのだと、レオンは薄いまぶたの裏で確信する。
こうして、町にはやや静かな日々が舞い戻ったかに見えるものの、内部では“未知の祭壇”を巡る新たな動きが起ころうとしていた。レオンと仲間たちが再びその中心に立ち、時空の力を秘めた騎士を呼び出す日が、また近づいている——。
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