第25話 浸食の夜明け、迫り来る影
夜明け前の空気が張り詰め、森を取り囲む各所に、王都騎士団や神殿騎士団、そして冒険者の集団が配置されていた。ここトルディアから北東へ広がる森林地帯に、黒服の闇術者が潜んでいるとの報告を受け、これまでにない大規模な合同捜索が始まったのだ。
王都の騎士たちは、勇者アレンのパーティと共に森の北端から入り込み、広範囲を一斉に制圧する形を狙っている。一方、神殿騎士団は東側の高地を拠点にして複数の小隊を展開。闇の痕跡や魔物の出没情報を追いかけつつ、最終的には中央部で合流し、黒服の男を包囲する計画だ。
レオンたちのパーティは、斥候隊として森の西側ルートの捜索を担当している。いざ闇術者を見つければ合図を出し、王都や神殿からの増援を呼ぶ――前回までは単独で追いかけて逃がしてしまったが、今度は大規模な包囲作戦で退路を断つのが狙いだ。
◇
薄明の森の入口に立つレオンは、短剣と盾を確かめながら、深い息をついた。近くにはマリス、グラウト、女剣士、斥候らおなじみのメンバーが控え、さらに数名の冒険者が加勢してくれている。
かつて最弱職と嘲笑された自分が、いまや騎士団や神殿と並ぶ形で闇の脅威を追う立場になっているのを考えると、胸の奥が少し震える。だが、ここまで来た以上、今さら引き返すわけにもいかない。
「大丈夫、レオン。今回は私たちだけじゃなく、王都も神殿領も総出なんだから。あの黒服を捕まえるには絶好の機会よ」
マリスが小さく微笑み、レオンの肩を叩く。グラウトも「そうだ。数が多ければ、ヤツもさすがに闇扉で逃げきれない……はずだ」と苦い顔をしつつ期待を口にする。
とはいえ、闇術者がさらに強大な魔物や術式を用意している可能性は否定できない。これまで何度も追い詰められては逃げられ、民間人を襲われてきた。もし魔王軍と直接繋がっているなら、想像以上の戦いが待っているかもしれない。
◇
「よし、行こう。みんなで森に入り、できるだけ静かに捜索しよう。万が一発見したら、すぐ合図を……」
レオンの指示に仲間が頷き、一行は森の奥へと足を踏み入れた。空はまだ曇天模様で陽が差しにくく、朝方の淡い光が木立の間に細く伸びているだけ。下草が歩くたびに湿っぽい音を立て、鳥や虫の声は聞こえるが、人の気配はほとんどない。
斥候が先行し、足跡や刈り跡を探しながら進む。以前の戦闘で傷ついた木々や残骸が点在しており、魔物が徘徊した形跡は感じられるが、今は静かなものだ。
だが、その沈黙がむしろ不安を煽る。こうしている間も、王都や神殿の部隊が森の他のルートを捜索しているはずだが、もし黒服の男と遭遇したら合図を受けて合流に向かう段取りだ。
◇
一時間ほど慎重に進むうちに、小さな沢を渡り、木々がまばらになる場所に差しかかった。斥候が地面を調べ、「ここに魔物の足跡がある。あまり古くないな。北東へ向かってるようだ」と報告する。やはり森の深部に向かう形で動いているのかもしれない。
「北東ってことは……王都の本隊が来る方向に近いな。タイミングが合えば挟み撃ちできるかも」
グラウトが地図を確認し、期待を口にする。レオンも「合図の魔晶を忘れないように」と仲間に釘を刺す。魔晶玉に魔力を込めて放てば、一定の距離で味方に光のシグナルを送れる仕組みだ。
ただ、その北東方向をさらに進むとなると、地形が険しくなるらしく、崖や岩場が増えてくる。もしそこで罠を仕掛けられたり、闇扉を使われたりすれば簡単に振り切られかねない。無計画に突っ込むのは危険だが、ここで退いても結局はおなじ問題が残る。
◇
「よし、多少リスキーでも深入りしよう。王都か神殿の隊と合流できればいいが、最悪、ひとまず確実な足取りだけ掴もう」
レオンの決断で、パーティはさらに奥へ足を進める。途中、何度か獣系の魔物と小競り合いがあったものの、難なく対処できる程度だ。マリスや斥候も安定した動きで、守護騎士を呼ばずとも乗り切れるようになっている。
しかし、しばらく進んだころ、妙な臭いと靄が立ちこめるエリアに出た。木の幹が黒っぽく変色していたり、地面にぬめりがある。まるで闇の力が浸食しているような不気味な空間だ。
「うわ……何ここ。闇の魔法で汚染されてるみたい」
女剣士が顔をしかめ、斥候が危険を感じて身をかがめる。グラウトは「これ以上進むなら、まともな戦闘は難しいぞ」と警戒を強める。
そのとき、突然、周囲から小さな金属音が響いた。森の奥からいくつかの影が現れ、どうやら先に森へ入った神殿騎士団のメンバーらしいが、みんな酷く焦っているように見える。彼らはレオンたちに気づくと、「戻れ! 奴らがいる!!」と叫びながら合流してくる。
「奴ら? まさか、黒服の男か……!?」
「分からない……だが、闇魔物の大群が近づいている! 私たちだけじゃ押し返せず、本隊を呼ぼうと合図を出したが応答が遅れていて……」
神殿騎士の一人が血混じりの唾を吐きながら説明する。どうやら小規模の探索隊として森に入ったところ、大量の魔物に襲われ、追い詰められたらしい。それが黒服の男によるものかは確定ではないが、あまりに数が多いという。
◇
「数が多いなら、ここに留まって防衛するのも危険だ。王都の本隊や勇者パーティの位置は……分からないか?」
マリスが焦り混じりに問いかける。神殿騎士たちは首を振り、「我々は神殿の東隊とはぐれた。王都側は北で大規模に動いているはずだが、ここで合流できるかどうか……」と青ざめる。
どっちにしろ、この不気味な“闇汚染”が進んだ森の奥で大群の魔物と遭遇したら、ただでは済まない。レオンは苦い顔で「とりあえず、ここで迎撃するしかないかもしれない。逃げるにも数が多いなら追われるだけだし、いま合流を待つのも難しそうだ」と言葉をつむぐ。
グラウトが剣を握りしめ、「来るならやるしかない。俺たちが時間を稼ぐうちに、合図を使って王都か神殿の本隊を呼ぼう。合流が間に合えば逆転だ」と吠える。
◇
斥候がすかさずポーチから魔晶玉を取り出し、魔力を注いで空に向かって放つ。すると、白い光が閃光のように高く舞い上がり、数分後には消えてしまうが、距離に応じて仲間にシグナルを送る効果がある。王都や神殿の隊が付近にいれば、駆けつけてくれる可能性が高い。
ただ、それまでの時間をどう凌ぐか――森の奥からすでに獣の唸り声が近づき、ガサガサと不穏な音が増えている。小さな木立の向こうに、いくつもの真っ赤な瞳が動くのが見えた。
「来るぞ……陣形を作れ!」
レオンが盾を構え、仲間たちがさっと散開する。神殿騎士たちもボロボロながら武器を握りしめて合流し、総勢十数名が弧を描いて防衛線を張る。
茂みを揺らして複数の魔物が姿を現す。ゴブリンの亜種、狼型のビースト、そして得体の知れない小鬼に似た怪物まで混在している。酷く不自然な寄せ集め――まるで誰かが意図的に呼び寄せたようだ。
「やはり……黒服のヤツが魔物を操ってるのか。数が多い……っ!」
斥候が数をざっと見て青ざめる。マリスが魔力を集中し、範囲呪文を発動する。グラウトや女剣士が前衛に立ち、神殿騎士たちも加わって猛攻を凌ぐ形だが、敵は次々と湧いてくるように後ろから押し寄せてくる。
レオンは短剣で一体を斬り、盾で別の狼を弾き飛ばす。しかし攻撃が止めどなく、徐々に包囲網が狭まっていく気配がある。守護騎士を呼べば一気に散らせそうだが、黒服の男が近くにいるなら最後の一押しで逃げられる可能性もあり、むやみに使っていいのか迷う。
◇
「レオン、もう呼ぶしかないわ……! この数は厳しい」
マリスが悲鳴まじりに訴える。確かに、今にも味方の陣形が崩れそうだ。斥候も弓を放ちつつ「合流が間に合う保証はない、ここで全滅したら本末転倒だ!」と叫ぶ。
背後で神殿騎士の一人が倒れ込み、血を吐きながら呻く声が聞こえる。どうやら想像以上に強い魔物が混ざっているらしく、短時間で被害が出始めている。レオンは歯を食いしばり、「わかった。呼ぶ!」と決断する。
「来い……“未来のレオン”!!」
再び紋章が熱を帯び、銀の光が渦巻いて騎士の姿を形成する。出現した騎士がすぐに剣を振るい、魔物の群れへ突撃。数体を一瞬にして切り伏せる剣閃は頼もしいが、敵の数は多く、囮のように次々と殺到してくる。
グラウトと女剣士が騎士を援護しながら戦う形になり、マリスが範囲魔法で遠方を焼き払う。神殿騎士らも何とか立ち直り、剣や槍で前方を押し返す。わずかな時間で半数近くの魔物を倒すが、奥からさらに増援が現れる。
◇
「なんて量だ……これ、本当に雑魚だけなのか? 闇術者がどこかに隠れて指揮してるのか……」
レオンは焦りながら騎士を制御する。短時間で数十体の魔物を倒すのは確かに可能だが、これほど連続して出てくると、いつしか騎士の時間が切れた瞬間に押し込まれる危険が大きい。
そこへ、上空を切り裂くように白い閃光が見えた。誰かが追加の合図を出したのだろうか? あるいは王都や神殿騎士団がこちらに近づいているのかもしれない。希望がわずかに見える瞬間だが、同時に闇術者もいずれ気づいて動くはずだ。
騎士が猛スピードで魔物を薙ぎ払い、前線を突破しかける。たった数秒で霧散させられる敵も多いが、混戦のどさくさに遠方から矢のような闇弾が飛んできて、騎士を束縛しようとする。男の気配か? あるいは別の闇術者が加勢しているのか。
◇
「くっ……みんな、このままでは危ない。合流が来るまで耐えるしか……!」
レオンが叫ぶ中、グラウトが「分かってる!」と無理やり切り込む形で道を作る。斥候と女剣士が魔物を引き付け、マリスがサポート呪文を重ね撃ち。どうにか持ちこたえてはいるが、一瞬でも集中攻撃を受ければ崩壊しかねない。
そこへ、森の向こうから馬の轟音が響いた。頑丈な鎧を着た兵士が次々と現れ、神殿騎士らしき装備や王都騎士団の紋章を掲げて走り込んでくる。イザベルも見え、勇者パーティの姿もある。ようやく合流が間に合ったのか。
「来た……! 援軍だ!!」
女剣士が歓喜に叫ぶ。神殿騎士団と王都の小隊が一斉に魔物へ突撃し、短時間で数を減らし始める。勇者アレンとセドリック、セシリアらが前線に立ち、光や炎の魔法を炸裂させ、魔物の群れを大きく削る。
こうなれば一気に優位が傾く。騎士と勇者パーティが共闘すれば、雑多な魔物など数分で掃討できるはずだ――しかし、肝心の黒服の男は姿を見せない。
騎士が闇弾を振り払う場面をレオンが目撃したのち、闇術者らしき気配がスッと遠ざかる感覚がある。まるで「魔物を捨て石にして逃げた」かのように。結局、この場でも本人と直接対峙するには至らないのか。
◇
数分のうちに魔物の大半が駆逐され、勇者アレンが剣を納める。「ふぅ……大丈夫か、レオン? やっぱり奴は森の奥に引き込んで、魔物をぶつけてきたんだな」
「助かったよ。ギリギリだった……。まさかこんなに多いとは思わなかった」
レオンが息を切らしつつ応じると、セドリックが無言でこちらを見ながら頷き、セシリアが苦笑して「あなたも大変ね。でもほんと、無事で良かった」と言葉をかける。場は少し不自然な雰囲気だが、いまは闇術者討伐が最優先だ。
イザベルも馬から降り、「騎士の姿が見えたから合図を出して走ってきたの。やっぱりあなたがいるとは……」と安堵の笑みを浮かべる。互いに助け合いながら、黒服の男の姿を探すが、既にどこにもいない。痕跡すら曖昧だ。
◇
結局、この森の西ルートに大勢が集結したため、残党の魔物は瞬く間に殲滅されたが、肝心の闇術者本体はまたもや足取りを消してしまった。皆が肩を落とすなか、勇者アレンが地図を見ながら言う。
「こうなると、奴はさらに奥……あるいは近隣の遺跡や廃墟に潜んだかもしれない。魔王軍の拠点があるなら、そこで力を得ているのか……」
王都の騎士団指揮官や神殿騎士団リーダーも集まり、まだ作戦の継続が必要と判断。闇術者がどこかに大本営を持ち、本格的に儀式や魔物召喚を続けているなら、全ルートを制圧するしかない。
しかし、そんな大規模な作戦を連日行うには人員と物資が足りない。ここで一度体制を立て直す必要があるという意見が出始める。レオンたちもすでに疲弊が大きく、騎士は呼び出し時間を使い果たし、これ以上の連戦はきわめて厳しい。
◇
夕刻前、ひとまず作戦は“いったん引き返し”という形で仕切り直しが決まり、大勢がトルディアへ戻る。闇術者を仕留められないままではあるが、大量の魔物を倒して被害を抑えた意味は大きいし、勇者パーティも参戦したことで連携の布石は打たれた。
戻った町では人々が出迎え、無事を喜びつつも「結局、黒服の男は逃げたのか」と落胆の声も少なくない。それでも大勢の連携が初めて本格的に機能し、みなが「次こそは」と口を揃えて意欲を燃やしている。
◇
夜、レオンは宿で息をつきながら、紋章を摩って考える。あの男が再度逃亡したのは想定内だが、果たしていつまでも逃げまわるだけなのか。それとも、何か大きな仕掛けを狙っているのか……?
魔王軍が表立って動いていない現時点で、あれほどの暗躍をできるということは、やはり普通ではない実力やサポートがあるのだろう。いずれ、もっと大きな闇の潮流が押し寄せる前兆かもしれない。
「でも、今日のように王都や神殿、勇者パーティと連携できれば、奴を包囲できる可能性は高まる。俺も守護騎士を上手く使えば、時間稼ぎだけじゃなく決定打を放てるはずだ」
自分を励ますように小声で言い、ベッドに横たわる。マリスやグラウトも部屋を訪れて、「これで大掛かりな捜索は当分一段落だろうけど、また呼ばれるかもしれないね」と苦笑した。
そう、闇術者と魔物の連合を打ち破るには、これまで以上の連携と作戦が必要だ。勇者パーティや王都の精鋭、神殿騎士団、そしてレオンの仲間たち——世界が少しずつ大きな戦争へ向けて動き始めていることを感じずにはいられない。
◇
翌日、町の広場では王都騎士団や神殿騎士団が隊列を整えて帰投準備をしていた。いったん報告と再編成のため、半数が王都へ、半数が神殿領へ戻るらしく、この共同作戦は一時停止という形になる。
イザベルがレオンに別れの挨拶をしつつ、「きっと近いうちにまた一緒に戦うわ。今度こそ黒服の男を……それに、魔王軍が動くなら本腰を入れなきゃ」と言葉を交わす。レオンは手を握り返し「いつでも呼んでくれ」と微笑んだ。
「じゃあ私たちも王都に報告したあと、また戻ってくるわ。勇者パーティも一緒に動くかもしれないけど……レオン、本当に助かったわ。今度こそ、もっと大きな場で再会しましょう」
勇者アレンもそんな言葉を残し、少し複雑そうな表情を浮かべる。セドリックやセシリアも無言ながら頷き、騎士団の馬車に乗り込んで街を出発する。
こうして大規模作戦は終了し、闇術者を取り逃がしたまま一旦解散となる。再び町には平穏が戻り、だが同時に、いつ起こるか分からない大きな衝突に備える空気も漂う。
◇
「さて……俺たちも、またクエストをこなしながら備えよう。奴が現れるなら、次こそ捕まえたい」
レオンは森の方角を振り返り、深呼吸する。守護騎士の力をフルに活かしても逃げられる相手だが、今回の連携で“大勢が協力すれば”押し切ることは不可能ではないと実感した。仲間や神殿、王都、さらには勇者パーティとの奇妙な縁も、今後さらに深まるはずだ。
マリスやグラウト、斥候、女剣士が「そうだな」と頷き合い、この街での防衛と日常の活動を継続する道を選ぶ。いずれ魔王軍の真意が判明し、黒服の男が再度暗躍するなら、王都との合流や神殿との同盟も本格的に始動するだろう——それまで時間があるうちに、力を磨くことが大切だ。
◇
夜、宿の窓から満月を仰ぎ見るレオンは、腕の紋章の温もりを感じながら静かに想いを巡らせる。黒服の男との戦いはまだ終わっていないが、仲間がいる限り諦めない。勇者パーティも、王都騎士団も、神殿騎士団も大勢が背中を押してくれるこの状況なら、最弱の名を返上して本当の意味で“世界を変える力”を発揮できるはずだ。
「もう少し……。次に奴が姿を現したとき、俺たちは揃ってる。俺も騎士も、もう逃げないし負けない。必ず……勝つんだ」
その呟きに、紋章がかすかに震えて応える。世界の大きな流れは加速し、闇術や魔王軍の脅威が色濃くなっていくが、レオンは前を向く。いくつもの縁が交差するこの地で、運命の灯火を掴む覚悟を新たにしながら、彼は深く眠りについた。
夜明けの先に待つのは、さらなる激戦か、それとも一筋の平和への希望か。いずれにせよ、最弱から這い上がった召喚士は、守護騎士と仲間との絆を胸に歩み続ける——いつか、本当に魔王の影をも断ち切るために。
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