第20話 忍び寄る夜と、奪われた一瞬
トルディアに戻り、王都の魔術師ギルドからの魔力測定や神殿領の誘いなど、一連の交渉をこなしたレオンは、ようやく平穏な日々を取り戻しつつあった。もっとも、周囲には闇術の影や黒服の男の存在がちらついており、いつ再び事件が起きてもおかしくないという緊張感は消えていない。
それでも、ひとまず町は落ち着きを取り戻し、ギルドの依頼も安定して巡回護衛や採取系が増えていた。魔王軍が大規模に動く兆しはまだ遠いらしく、王都や神殿領も“本格的な出陣”には至っていない。レオンは仲間とともに日々のクエストを地道にこなし、守護騎士を温存しつつ戦闘の実践経験を積むことに注力していた。
◇
ある夜、ギルドのロビーで仲間たちとささやかな情報交換をしたあと、レオンはひとり先に宿へ戻る道を歩いていた。昼間のうちに中~下級のクエストを終え、身も心も程よい疲れに包まれている。
街の通りは薄暗く、夜風が心地よく頬を撫でる。宿まではあと数分というところで、前方に人影が立ち塞がるのが目に入る。普段なら単なる通行人だろうが、なぜか胸の奥がざわつき、レオンは足を止めて息を呑んだ。
「……やはり、ここで会うことになるか」
相手は例の黒いフードこそ被っていないが、あの禍々しい雰囲気を纏ったまま静かに立っている。顔の大半は薄闇に沈んでいるが、何かに似た強い魔力が全身から放たれている。
レオンは瞬時に盾と短剣を構え、警戒の構えを取る。付近には人通りが少なく、騒ぎになりにくい。男の背後に見えるのは暗い路地だけで、助けを呼べる仲間もいないかもしれない。
「お前……前にもギルドで時空のことを言って消えたヤツだな。何者だ? なぜ俺を狙う?」
そう問いかけるが、男はくぐもった声で笑うだけ。まるで“問いに答えるつもりはない”とでも言うかのように冷酷な微笑を浮かべ、足音もなく近づいてくる。
「貴様こそ、なぜ“未来”という禁忌の力を行使している? くだらない冒険者ごときが扱っていい代物ではない……。」
その言葉に、レオンの心臓が早鐘を打つ。時空の秘密を正面から指摘されたのは初めてで、しかも“未来”という単語をはっきりと出されると動揺を隠せない。それが黒服の男の狙いか、口元を歪めて薄ら笑う。
男が指先をわずかに動かした瞬間、空気がざわりと震え、黒い靄のような魔力が膨れ上がった。まるでダークインプやシャドウウルフの出現時に似た闇の波動を、より強烈に感じる。
(まずい……このまま何もせずに捕まるわけにはいかない。守護騎士を呼ぶか? でも、こんな人気のない夜道で大騒ぎになれば……)
一瞬の迷いが、男に隙を与えてしまう。黒い魔力の中からシュッと蛇のような影が伸び、レオンの腕を狙って絡みつく。とっさに盾を突き出すが、影は錯覚的な速度で回り込んで背後から迫る。
(やばい……守護騎士を!)
レオンは紋章に意識を送ろうとするが、男が「遅い」と呟いた刹那、影がぴたりとレオンの腕に張り付き、魔力の震動がビリビリと伝わる。体がすくんで声が出せない。まるで身体中の魔力を縛られる感覚だ。
「くっ……動かない……!」
さらにもう一条の影が伸び、レオンの脚を捕らえる。短剣を振りかざそうとしても力が入らず、意識が薄れるような感覚が押し寄せる。紋章への魔力送信が封じられているのか、騎士を呼び出す詠唱すらできない。
男はゆっくりとレオンに近づき、顔を覗き込むように小さく笑う。薄暗い路地の明かりで見えたその顔は、驚くほど若く、端整でありながら瞳に禍々しい光を宿していた。
「大した力を得たと思っているのだろうが、その根源は我々にとっても脅威……あるいは利用価値がある。どちらにせよ、お前には眠ってもらう」
嘲るような口調で、男は闇魔力をさらに強める。レオンの耳鳴りが激しくなり、視界が歪む。短剣が手から滑り落ち、思わず膝をつきかける——
(ここで終わるのか……いや、こんなところで……!)
頭が朦朧としながらも、レオンは必死に呼びかける。紋章がまだ微かに反応していると感じる。腕は影に囚われているが、“守護騎士”を呼ぶ魔力を完全に封じ込めるには至っていないようだ。ほんの小さな隙を狙い、限界まで精神を集中する。
「……っ、来い……! “未来の……レオン”……!」
息も絶え絶えに紡ぐと、腕の紋章がビクリと震え、男が「馬鹿な、封印を……!」と舌打ちするのが聞こえた。闇の靄が激しく揺れ、光が瞬き始める。
それはいつもほど鮮烈ではなく、潰されるような不安定な光だが、騎士の輪郭がうっすら形成される。一瞬の顕現——男は目を見開き、「なるほど、これが時空をねじ曲げた力……」と呟くが、騎士が剣を振り下ろし、影を断ち切りかける。
「チッ……一筋縄ではいかないな。だが、ここまでだ」
男が素早く後退し、闇の靄を一気に解放。レオンの右腕に絡みつく影は一部断ち切られたが、まだ一条が深く刺さっているような感覚だ。騎士が盾を構えて斬りつけにいくも、男は闇の扉のようなものを開いて姿を消す。
わずか数秒の交錯だったが、レオンは床に崩れ落ち、騎士も光の粒となり、すぐに消え去る。魔力がほぼ切れてしまった。腕に刺さった影は途中で断たれたが、残滓のようなものが皮膚に沁み込み、不快な疼きを伴う。
◇
「はぁ……はぁ……助かったのか……」
レオンはゴフッと咳き込み、体を何とか動かす。影が抜けたことで身体の自由は戻り始めているが、腕が痺れるように痛い。守護騎士が無理矢理呼び出された形で、相当に負担がかかったのだろう。
しばらくすると、物音に気づいた冒険者や衛兵が駆けつけてきて、レオンが路地に倒れこんでいる状況に驚愕する。仲間のグラウトたちにも連絡が入り、すぐに宿に運ばれて回復手当てを受ける形になった。
◇
翌日、少し落ち着いたレオンは腕の状態を確認するが、どうやら闇の残滓が残っているようで、魔力がうまく巡らない感覚がある。マリスが魔法で軽く調べても「闇術の呪いの一種だろうけど、深刻ではなさそう。時間をかければ解けるかも」と判断する。
それでも、レオンは意気消沈した。敵は思った以上に強力で、守護騎士を呼ばれても短時間で対処されてしまった。もしあの闇術者が本気を出していれば、命を落としていたかもしれない——そう考えると背筋が凍る。
グラウトが「やはり一人で夜道を歩くのは危険だ。今後は仲間と一緒に移動しろ」と苦言を呈し、斥候や女剣士も「こんなに強い相手が潜んでるなら、神殿騎士団や王都とも連携したほうがいい」と勧める。
◇
「……そうだな。もうあいつが再び襲ってきたら、同じ過ちを繰り返すかもしれない。僕も、騎士だけで全部切り抜けると思わないほうがいい」
レオンは深く息を吐き、腕の痛みに耐えながら答える。いつまでも自主独立を貫こうとするには、相手が強大すぎるかもしれない。神殿領か王都か、あるいは別の形で後ろ盾を得る必要があるのか——そんな迷いが再び顔を出す。
ただ、彼は確信している。あの男は“闇術者”に違いなく、時空の禁忌をある程度察知している。守護騎士の真実を暴かれれば、彼らから命を狙われる可能性は一層高まるだろう。この闇勢力は、魔王軍の一派なのか、それとも異端の組織なのか。現状まったく掴めないが、強力な結界や闇魔法を扱う手強い敵だと分かっただけでも厄介だ。
◇
そんな重苦しい雰囲気の中、神殿騎士団のイザベルが見舞いにやって来た。廃村の浄化後も調査を続けていたが、レオンが闇術者に襲われた報を聞き、心配して駆けつけたのだ。彼女が“宝鍵”を託してくれたばかりなのに、もうこんな事件が起きるとは皮肉な展開である。
イザベルはベッドで腕をさするレオンに「大丈夫? もし闇の呪いが強まるようなら、神殿の治癒師を呼ぶこともできる。私たちが協力するから、遠慮しないで」と申し出る。彼女は以前よりも焦りを感じているようで、どうやら本格的に闇の勢力が動き出したと思っているらしい。
「ありがとう。今は軽い呪い程度で済んでるみたいだし、神殿の治癒師に頼るほどでもない。でも……」
レオンは言葉を切り、少し迷った末に続ける。「実は、あいつに“時空の禁忌を犯している”って言われたんだ。そんな話、誰にもしてないのに……一体どうして知ってるのか。あれが魔王軍の一派なのか、別の闇術組織なのか……俺には見当がつかない」
イザベルは目を見開き、深刻な顔になる。「なるほど……時空の禁忌、か。神殿領の書物にも古代の時空魔法が危険だという記述はあるけれど、実際に行使できる者はほとんどいないわ。もしそれを察知できるなら、並の闇術者ではないでしょうね」
闇の術者たちが同盟を組んでいるのか、あるいは魔王軍本隊と連絡があるのか。想像するだけで暗雲が漂う。イザベルは硬い表情でレオンを見つめ、「私たちは君が“闇に堕ちる”可能性よりも、“闇に狙われる”危険を大きく感じ始めたわ。だからこそ、宝鍵を渡したのよ」と静かに言う。
◇
結局この日のところ、神殿騎士団とレオンのパーティは、改めて「闇術への警戒体制を強める」ことを再確認するに留まった。いずれレオンが大きな後盾を得るか否かは未定だが、それまで闇勢力の侵攻や奇襲を防ぐには、互いに連携して情報を共有し合うしかない。
腕の痛みが引くまで数日かかるというので、その間レオンは軽めの雑用クエストを受けつつ、治療を続ける。幸い骨や神経への深刻なダメージはなく、マリスの回復魔法とポーションで徐々に回復が進む見通しだ。
(けど、これは予兆だろう。闇が近づいている。あの男はまた来るし、魔王軍や闇組織が本格的に動けば、こんな襲撃が日常茶飯事になるかもしれない。……守護騎士だけで全部守りきれるのか?)
レオンの中で不安が募るが、それを払うように腕の紋章を撫でる。微かに脈打つ温度が「大丈夫、共に戦おう」と応えるようだ。彼はもう、追放されたころの最弱ではない。時空を超えた騎士、そして仲間たちがいるかぎり、自分の道を守ると決めていた。
◇
夜更け、宿のベッドで、レオンは薄暗い天井を仰ぎながら考え込む。もしこの先、闇術者との衝突が増えて、魔王軍が顕在化し始めれば、王都や神殿領も本気で動くはずだ。勇者パーティが覇を唱える形で大きな戦線が張られれば、レオンの守護騎士は嫌でも注目の的になるだろう。
(この力を隠していられる時間は短い。いずれ“未来の自分”という禁忌に行き着く者も出るかもしれない。だけど、その前に俺が力を伸ばして、魔王軍を抑えられるだけの……)
自問を繰り返すうちにまぶたが重くなり、眠りへ引き込まれそうになる。そのとき、玄関先で控える仲間の声が微かに聞こえた。どうやら今夜は交代で見張りをしてくれているらしい。あの闇術者や取り巻きが再襲撃してくる可能性を考慮してのことだ。
「ありがとう、みんな……。俺は恵まれてるよ」
小さく呟き、意識が遠のく。傷は浅いが、精神的には大きなショックを受けた襲撃だった。それでもレオンは少しの安堵を感じつつ、思う——これまで一人で孤独に頑張ってきた時代とは違い、今は仲間が支えてくれる。
もし魔王軍や闇組織が本格的に動いてきても、この絆を軸に守護騎士を使えば乗り越えられるかもしれない。そうして自分を信じながら、厚い夜の帳に身を預ける。
その夜の夢の中、遥か先の光景がほんの一瞬だけ見えた気がする——空が黒雲に覆われ、巨大な闇の軍勢が街を焼き尽くすビジョン。そこには勇者パーティの絶望の顔があり、王都が火の海と化していた。だが、同時に閃光のような騎士の姿が浮かんで、レオンはそれを追いかけ……。
目が覚めたころには夢の内容はぼんやりと消えていて、ただ胸騒ぎだけが残る。もしかすると“未来の自分”が見た世界が、無意識に重なっているのかもしれない。いまは夢で済んでいるが、将来現実になり得る恐怖を思うと、背中が冷たい汗に覆われる。
「まだまだ、先は遠い……けど。俺はあんな未来を見たくない。だから、守護騎士と一緒に変えてみせるんだ……」
朝の光が差し込む窓辺で、レオンは小さく決意を固める。黒服の男や闇術者たち、そして王都や神殿領——いずれも大きな流れの一部に過ぎない。魔王軍の影が世界を覆う前に、自分にできることは一つ——さらなる実力をつけ、仲間との絆を深める。
こうして、傷の痛みをこらえながらも冒険者としてのroutineを再開する。失敗しても後戻りはしない。時空の騎士という稀有な力を持つ召喚士として、レオンは運命の荒波を切り拓く覚悟を新たにするのだった。
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