第19話 王都からの書簡と、忍び寄る影
神殿騎士団との合同調査を無事に終え、廃村から放たれていた闇の痕跡を浄化できたことで、トルディア周辺は一時的に平穏を取り戻した。だが、レオンの胸にはまるで泡のように落ち着かない感覚が残っている。黒服の男が時空の秘密に言及したこと、そして魔王軍や闇術者の気配が依然として拭えないこと——日々のクエストはこなしているものの、いつ何かが起こってもおかしくないと身構えていた。
◇
そんなある朝、ギルドに顔を出したレオンは、受付カウンターから「君宛に王都から書簡が届いたよ」と告げられる。封を切って中身を読めば、やはり王都の上層部——具体的には魔術師ギルドや騎士団の一部が彼に興味を示し、「ぜひ王都へ来て話を聞かせてほしい」との正式な依頼文が書かれていた。
何度か噂に聞いていた“王都からの要請”が、ついに具体的な形で来たわけだ。新たなクエスト依頼と書かれているが、実質的にはレオンの“守護騎士”に関する詳細調査と協力体制の打診だろう。
「どうする? 行くのか? まさか王都に行って、あれこれ拘束されるのは御免だな……」
背後からグラウトが心配そうに声をかける。いつの間にか仲間たちも集まっており、マリスや斥候、女剣士らが「レオンがどう動くか次第で、私たちも同行するか決めたい」と色めき立っていた。
それも当然だろう。もしレオンが王都へ行ってしまえば、現パーティの活動も一時ストップするし、今後の行動方針に影響を及ぼす。とはいえ王都を無視してしまえば、より大きな警戒や不信を招くかもしれない。
「うーん……とりあえず、王都がどういう形で俺を扱おうとしてるのか、話を聞いてみてもいいかもしれない。まだそこで所属する気はないけど、無視も危ないし……」
レオンは苦笑まじりに答える。神殿領から“宝鍵”を受け取ったときと同様、王都と完全に決別する選択はリスクが高い。だからこそ、一度会いに行って条件を確かめるのは賢明だろう。
マリスも「そうね。王都の騎士団と魔術師ギルドは魔王軍対策で本腰を入れているんだし、協力するメリットもあるかもしれない。くれぐれも誘われたからといって即決はやめるとして、まずは一度行ってみるのもアリ」と同意する。
◇
こうしてレオンは、王都への訪問を決意した。とはいえ大勢で行くわけではなく、最小限のメンバーで動きたい。マリスとグラウト、そして斥候と女剣士の合計5人で、短期間の予定で町を離れる段取りを組むことになった。ギルドの仲間たちには「ちょっと王都に顔を出すだけ」と説明しつつ、万が一長引く場合に備えて連絡手段も整える。
なお、神殿騎士団のイザベルにも一応報告しようと思ったが、彼女は別件で地方の浄化任務に出かけているらしく、不在だった。もし戻ってきてレオンがいなければ、ギルドが事情を伝えてくれるはずだ。
◇
翌日、馬車を借りて王都へ向かう。森や丘を越え、よく整備された街道を進む旅路。途中で魔物襲撃があるかと警戒したが、幸いにも大きな事件はなく、3日ほどで王都近郊に到着する。
遥か先に石造りの大きな城壁が見え、その向こうに高い塔や広がる街並みが見える。多くの荷馬車や旅人が行き来しており、門には厳重な兵士のチェックが行われている。レオンはDランクのギルドカードを提示し、通行料を払って馬車を通した。
「うわ……さすが王都、すごい活気だな。トルディアもそこそこ大きな街と思ってたけど、桁が違う」
グラウトが圧倒されつつ馬車を操作し、マリスも目を輝かせる。「久しぶりに来たけど、やっぱり人が多いわね。いろんな店があって面白そう」
王都は本当に巨大で、大通りを行くだけでも商店や屋台がひしめき合い、行商人や冒険者、それに騎士団の馬車が混じって混沌とした賑わいを見せている。レオンは以前、勇者パーティにいた頃にちらりと王都近郊を通った記憶があるが、中枢部に入るのは初めてに近い。
◇
書簡には「王都の魔術師ギルド支部に来てほしい」と書かれていたので、彼らは大通りを横切って魔術ギルドが建つ区画へ向かう。そこは貴族や大商人の屋敷が並ぶ高級地域で、威圧感のある建物が多い。
魔術ギルド支部の前に着くと、威厳ある門があり、中庭にはクリスタル柱が幾本も立っている。近寄れば衛兵らしき人物が「どなたです?」と声をかけてくるが、レオンは書簡を見せて面会を求める。
「なるほど。お待ちしておりました。どうぞ中へ」と、衛兵が意外とあっさり通してくれる。やがて石造りの受付に案内され、ロビーで少し待つよう言われる。広々とした空間には魔術師や研究者風の人が行き交い、難しげな書物を持った若者や、杖を持った壮年の魔導士が雑談している姿が見える。
(まるで大規模な研究所のようだな……ここで俺に何を話すつもりだろう?)
◇
数分後、迎えに来たのは魔術師ギルドの壮年女性。名前はセレナと名乗り、どうやらギルド支部でも上位の役職らしい。彼女は優しげな笑みを浮かべてレオンたちを会議室へ導き、まず一言「わざわざご足労いただき感謝します。あなたが“騎士召喚”のレオンさんですね?」と確認する。
レオンが頷くと、セレナは書類を広げながら話を始める。要点は以下のようなものだ。
・王都の魔術師ギルドと騎士団が連携し、魔王軍への対策を進めている。強力な人材を迎え、情報を集約する必要がある。
・あなた(レオン)の“騎士”は、疑いが晴れたとはいえ極めて希少な力。いずれ勇者パーティや騎士団と連携して作戦を行う可能性が高い。
・王都の研究施設で“短期的な検査”を実施し、騎士の特性を把握したい。複雑な儀式や拘束はしないが、多少の魔力測定や実演をお願いする予定。
・将来的に、レオンが「王都陣営」として対魔王戦に参加してくれるなら、正式な“嘱託契約”を結ぶオプションもある。そうすれば王都からの資金援助や装備支給が受けられる。
もちろん強制はしないが、近い将来、魔王軍が大規模侵攻を始めれば、冒険者としても一枚岩になって戦う必要があるため、その一環として検討してほしい——というわけだ。
◇
「なるほど……。検査って具体的にはどんなことをするんです?」
レオンは少し緊張しつつ尋ねる。時空を超えた真実がバレたらどうなるか分からない。あくまで「短時間しか保てない神聖な騎士」という仮説で納得させたいのだが。
セレナは資料を見せながら「魔力の流量や性質を測定するだけよ。闇術に属さないと分かっただけでも十分だが、私たちとしては“加護”や“聖気”に近いものがないか調べたいの。騎士団も同席するかもしれないけど、危険な拘束や拷問のような行為はあり得ないわ」となだめるように言う。
パーティ仲間も「それならそこまで抵抗はないか……?」と一応の理解を示す。神殿領が“聖なる力”と誤解しているように、王都でも“加護”の一種と考える向きがあるらしい。実際は“未来の自分”という時空の禁忌だが、その事実さえ隠し通せれば波風は立たない。
◇
こうしてレオンは、数日後に予定される“魔力測定と騎士の短時間実演”に協力する意志を示した。神殿領の浄化作戦のときと同じように、短時間の召喚で闇の兆候がまったくないとアピールできれば、王都との関係も円満に築けるかもしれない。
ただし、そのあとの“嘱託契約”については未定だ。セレナも「ご安心を。まずは一度、測定と面談を済ませましょう。それから正式に契約内容をすり合わせます」と笑う。慇懃で優しそうな表情の奥に、魔術師ギルドとしての計算高さを微かに感じるが、今は衝突する利点がないのでレオンは頷くしかない。
「分かりました。しばらく王都に滞在できそうですし、いつでも呼んでください。ただ、冒険者としてギルドのクエストもあるので、長い拘束はできれば避けたいんですが……」
「もちろんよ。最長でも数日かしら。宿や生活費もこちらで面倒をみるわ。あなたの仲間も歓迎する」
レオンたちはひとまず安堵し、セレナから渡された日程表を受け取って魔術師ギルドを後にした。
◇
宿に落ち着いたあと、マリスやグラウトと軽く意見交換する。もし魔力測定がこじれたり、騎士の力を深く追及された場合、真実がバレるリスクはどうするのか。レオンは「なるべく短時間で実演し、やはり維持時間が極端に限られることを強調して切り上げるしかない」と言うしかない。
夜になると、王都の街並みが華やかにライトアップされる。観光地のような賑わいを見せるが、レオンの心は重い。とはいえ、これまで神殿領や勇者パーティへの対応をうまくやり過ごしてきたし、王都の魔術師ギルドだって同じように納得させられるかもしれない……と自分を励ます。
(魔王軍の大侵攻が始まれば、どの勢力とも対立どころではなくなるかもしれない。そのときこそ“守護騎士”が本当に必要とされるんだろうし……)
紋章をさすりながら、レオンは窓の外を見下ろす。屋根の向こうには遠く王城がそびえ、月光の下で静かに佇んでいる。かつて追放された自分が、この大都会で「稀有な戦力」と認識されるなんて、皮肉でもあり不思議な巡り合わせだ。
◇
翌朝、レオンたちは街を探索して魔術師ギルドの実験施設を下見するなど準備を進めていたが、その最中、突如として嫌な視線が背中を刺した。以前トルディアで感じた“誰かに狙われる”ような気配が、王都でも再び漂うのだ。
斥候が素早く周囲を見渡すが、正体不明。だが確かに闇のにおいがするような……。マリスも魔力を感知して「何かいる」と耳打ちする。やはり黒服の男、あるいはそれに類する闇術者がレオンをつけ回しているのか?
厳戒しつつ路地を回り込むが、影はまたしても見つからない。グラウトが眉をひそめ、「この王都のど真ん中で闇術者が動いているとは、よほど力を持っているか、潜伏スキルがあるのか」とつぶやく。敵がもし強力なら、普通に襲撃してくる可能性もあるだろう。
◇
そんな不安を抱えつつ、時は流れ、魔術師ギルドの“魔力測定”当日がやって来る。レオンたちはギルドの指示に従い、騎士団の兵舎ともつながる研究施設へ案内された。内部は厳重に守られており、専門の装置や魔術陣が並んでいる。
セレナが笑顔で出迎え、「大丈夫、難しいことはしない。君が一度“騎士”を呼び出すだけでいいの。魔力を周囲の水晶柱で検知し、闇か聖か、加護を持つか、特異な時空魔法があるかなどを分析するの」と説明するが、その「特異な時空魔法」という単語にレオンの胸が鼓動する。
なるべく短時間で済ませたい。呼ぶときに余計なチカラを抑えて、闇や時空の要素が目立たないよう祈りたい——しかし、計器がどこまで正確に測るのか分からない。不安なまま、実験室の中央に立ち、レオンは呼吸を整える。
(頼む……騎士が“未来の自分”という禁忌を感知されませんように。王都と正面から対立するのは避けたいんだ……)
意を決して腕の紋章を掴み、「来い、“未来のレオン”……!」と短い詠唱を放つ。途端に空間が歪むように光が集まり、銀の鎧が瞬く間に形成される。
研究員たちが「うお……」と息を飲む。クリスタル柱が淡く光り始め、魔力の反応を示している。その色合いは白や金に近く、闇の混濁はまったく感じられない。セレナは目を見張り、「やはり邪悪な要素はないのね……」と感嘆する。
しかし、その一方で柱の一部が微かに“時空波動”と思しき反応を示していた。研究員が眉をひそめ、「何だ? かすかな時空のゆらぎが……」とつぶやき、別の魔術師も「これはなんだ? 未知の波形だが、闇系ではない。いや、むしろ外縁世界の歪み……?」と首を傾げる。
(やばい……これ以上調べられたら、正体がバレるかもしれない)
レオンは騎士に念を送り、短時間で消えてもらう形を促す。騎士は理解したように一度だけ周囲を見渡し、光の粒となって淡く消えていく。魔力波形の検知もそこまでしか採取できず、研究員たちは「待って、もう少し実験を……」と惜しそうに叫ぶが、レオンは「すみません、これが限界で……!」と謝る。
セレナは苦笑しながら「あら、本当に短時間なのね。でも、これで闇術じゃないという確証は得られたわ。あの奇妙な波動も、そう大きくはないし……大丈夫よ」とレオンを安心させる。どうやら致命的な機密までは把握されていないようだ。
◇
測定が終わり、結果として「邪悪な要素や闇の呪力は一切検出されず。わずかに特殊な時空系の波形が確認されるが、強力なデメリットはない」との報告書が作成された。セレナは「とても興味深い力だけど、少なくとも危険視する理由はないわね。王都としては、ぜひ君に協力してほしい」と微笑む。
最終的には「あなたが正式に協力してくれるなら、魔王軍との決戦時に“王都陣営”として参戦してほしい。その際、特別装備や報酬を用意できる」という提案が出されるが、レオンは即答を避け、「帰国後に検討する」と伝えた。セレナも無理強いはせず、「時が来たらまた連絡するわ」とだけ告げる。
◇
こうして無事に魔術師ギルドの検査が終了し、レオンたちは王都をあとにする準備を進める。特に拘束もされず、むしろ好意的な歓迎を受けた形だが、仲間の間でも「本当にこれでいいのか?」と議論が飛び交う。
帰り道、大通りを馬車で通り抜けるとき、レオンは遠くの王城を見上げた。そこに勇者パーティや貴族たちが関わる大きな戦略が渦巻いているかもしれない。もし魔王軍の脅威が差し迫れば、再び呼び出されて戦いに身を投じる運命になるのか。
「とりあえず、今はトルディアに戻ろう。またクエストをこなしながら、神殿領や王都、そして闇の勢力の動きを見極める。焦らず……だけど、いつか大きな戦いが来ると覚悟して」
レオンは仲間にそう言い、馬車を走らせる。グラウトやマリスも「それでいい。俺たちも守護騎士だけに頼らず強くならなきゃ」と意欲を燃やす。一方、斥候や女剣士も「また黒服の男が出るかもしれないし、早めに帰って警戒態勢を固めたいわね」と賛同する。
途中、旅籠で一泊しながら数日かけて王都を離れ、再びトルディアへ帰る道のりは平和そのものだった。ただし途中の夜道でまたしても“誰かの視線”を感じたが、姿は確認できず、一瞬の悪寒に終わる。
◇
こうして戻ってきたトルディアは、いつもどおりの賑わいを見せていた。ギルド職員がレオンの顔を見ると「あ、帰ってきたんだね。お疲れさま。特に何事もなくてよかった」と笑顔で迎える。
レオンは一安心したが、早速「神殿騎士団が留守中にまた動いてた」「黒いフードの男らしい目撃情報が増えている」など、新たな報告が耳に飛び込む。どうやら王都が静かでも、ここには引き続き闇の気配が漂っているのだ。
「……やはり、奴らの狙いは俺の騎士なのか。それとも、魔王軍がこのあたりで何か企んでいるのか……」
マリスが心配そうに見つめる中、レオンは強張った表情でつぶやく。神殿領、王都の両方にとって彼は貴重な戦力だが、魔王軍や闇術者にとっては脅威でもあり、あるいは誘惑の対象でもあるかもしれない。いつか本格的な衝突が起こる予感が止まない。
それでも、ここが彼の拠点だ。仲間と暮らし、クエストをこなし、一歩ずつ強くなる道を守り続けるためには、この街を闇から守らなくてはならない。
「よし……これからも、仲間と一緒に備えよう。王都や神殿領との関係は保ちつつ、闇の動きを牽制して……いざとなれば“守護騎士”を使う」
腕の紋章に意識を向けると、脈打つような熱が伝わってくる。時空を超えた騎士が「君を支える」と語りかけるように。レオンは小さく息を整え、「ありがとう。俺も無駄にしないよう、もっと強くなるよ」と心で応える。
まさに運命の綻びが広がりつつある。魔王軍の脅威は遠からず顕在化し、王都や神殿領が連携して戦う未来も近いのかもしれない。だがレオンは、もう最弱と嘲笑される存在ではない。仲間と守護騎士を軸に、自分自身の選択で戦いに臨むと誓うばかりだ。
◇
こうして、王都での魔力測定を終えたレオンは、さらに多くの注目と脅威に晒される立場となった。それでも彼は後戻りしない。黒服の男や闇術の不穏な影を抱えつつ、神殿領と王都という二つの大きな力を背後に感じながら、“自分の冒険者ライフ”を続けていく。
未来への道はまだ続く。最弱から成り上がった召喚士は、いつかきっと魔王をも凌駕する力を得ると信じて。次なる試練がどんな形で訪れるかは分からないが、レオンは騎士と仲間を信じて——闇と光の狭間で迷いながらも、歩みをやめるつもりはない。
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