第18話 運命の綻びと、新たな灯火
あの日、ギルドに現れた黒いフードの男が「時空の禁忌を犯している」と呟いて消え去った事件から、数日が過ぎた。レオンは仲間と警戒を強めつつも、表面上は日常のクエストをこなし、さらに冒険者としての経験を積んでいる。
ところが、それ以来どこからか視線を感じるような違和感があり、昼夜を問わず森や街の路地で“誰かに見られている”ような気配に襲われることがあった。明確な追跡者を視認できないまま、背筋にひやりとした寒さだけが残る。それが本当に幻覚や自意識過剰でないならば、魔王軍なり何らかの闇組織の存在が背後に潜んでいるのかもしれない。
◇
そんなとき、神殿領の使者イザベルが再度トルディアを訪れるという情報がギルドで流れた。レオンたちが「また勧誘に来るのか」と身構えていた矢先、イザベル本人が意外な申し出をしてくる。
「私たち神殿騎士団は、一連の“黒い影”に関する噂を追っている。もしあなた(レオン)も狙われているなら、共に捜索する形で力を貸してくれないか。もちろん、その代わりに私たちがあなたを守って差し上げる形でもある」
彼女いわく、神殿領の内でも最近、闇の術者や怪しい密教団が暗躍し始めたという報告が増えており、この地方へ遠征してきた騎士団が“時空の禁忌”に通じる者を探しているらしい。実際はレオンが時空を超えた存在を召喚する当人だが、イザベルたちはその真相までは掴みきれていないものの、“付近で同じ闇の痕跡”を感じているようだ。
「もし、あの黒服の男が魔王軍や異端の術者だとすれば、あなたにとっても危険。私たちは神殿領の使命として闇を祓いたい。……どうか協力を検討してもらえないかしら?」
イザベルの口調は穏やかだが、その瞳には揺るぎない使命感が宿っている。一度は神殿領からの“聖遺跡”調査をやんわり断ったレオンだが、最近の不穏な気配を思い返すと、彼女の申し出を無視するのは得策ではないかもしれない。
仲間のマリスやグラウトとともに簡単に相談した結果、ひとまず“正式な契約”をするわけではなく、「共闘形態で調査を進める」程度の関係を築くことになった。イザベルも「それで十分です。私たちも、あなたを縛るつもりはないので」と微笑む。どうやら本当に“黒服の男”やその背後の闇組織を警戒しているようで、守護騎士を持つレオンの力を借りたいらしい。
◇
こうして結成されたのが、「神殿騎士団×レオンたちパーティの臨時合同調査隊」。メンバーはイザベルを含む騎士団数名と、レオンの仲間のマリス、グラウト、斥候、女剣士らが合流し、街や周辺の森を系統的に巡回して“黒服の男”の手がかりを探し出す作戦を始めた。
黒服の男はほんの一度ギルドに姿を見せて消えただけで、他に似た目撃情報も散発的にしかなく、手がかりは少ない。しかし、近頃、森の小道や廃墟の村跡で“闇術”の痕跡を示す奇妙な紋様が描かれていることが報告されたという。そこを辿れば、何かしら見えてくる可能性がある。
「こうして見ると、神殿騎士団も真面目に動いているんだな。みんながみんな“召喚士を引きこもう”と考えているわけじゃないのか」
グラウトが意外そうにつぶやく。実際、神殿騎士団の人々はストイックで、レオンに過剰な干渉はしない。ただ、時々イザベルが“聖なる力”の雰囲気に興味を示してくるくらいだ。マリスやグラウトは彼女との交流を通じて、神殿騎士団が魔王軍や闇術との戦いに本腰を入れていることを理解し始めていた。
◇
調査隊はまず、トルディアの外れにある廃村を訪れた。そこは以前、魔物襲撃で壊滅したまま放置されているというが、最近になって闇の紋様が刻まれていたとの報告がある。
荒れ果てた建物が立ち並ぶその地には、不吉な空気が漂う。風が吹き抜けるたびに朽ちた扉が軋んだ音を立て、崩れかけの屋根から光が差し込む。レオンは短剣と盾を構え、神殿騎士たちも剣や槍を手に警戒態勢をとる。
やがて廃屋の一角で、うっすら緑がかった魔法陣のような刻印を発見する。床に歪んだ紋様が描かれており、イザベルが目を見開いて近寄る。
「これは……“闇召喚”の術式に近い反応がある。何かがここで呼び出された形跡かしら。まさか……」
騎士団の一人が魔力道具で測定を行い、「陰の気が強いですね。この規模ならまだ小型の魔物程度かもしれませんが、放置すれば拡大する恐れがあります」と告げる。まさに魔王軍の尖兵や闇術者が、ここを拠点に活動している可能性が高い。
◇
「くそ、やっぱり闇系の何かが動いてるんだな……。この街を狙う理由は、やはりレオンや“騎士”を警戒しているのか?」
グラウトが苦い顔で吐き捨てる。マリスも肩をすくめ、「騎士への興味もあるだろうけど、単純に王都に近い場所で活動しているのかもしれない。闇術者はここを足がかりに勢力を拡大しようとしているのかも……」と推測する。
いずれにせよ、この刻印を放置すると地域全体の治安が悪化し、魔物が増殖する危険がある。神殿騎士団としては、ここで【清浄の儀式】を行い、闇の痕跡を消し去るつもりだという。イザベルが静かに宣言する。
「私たちが儀式を行っている間、周囲の警戒をお願いしたいのです。万が一、闇の術者や魔物が襲撃してきたら、あなた方の力が必要ですから」
レオンと仲間たちは承諾し、廃村の入り口や周囲を見張る形で配置につく。イザベルと数名の神殿騎士が刻印の上で聖語を唱え始めると、淡い白銀の光が広がり、闇の気配が浄化されていくような感触が生まれる。
だが、その儀式が半ばに差しかかった頃、空気がピリリと震え、嫌な悪寒が走った。突如として、近くの崩れた屋敷跡から人影が飛び出してくる。…否、人間ではなく、禍々しいオーラを放つ小鬼のような魔物——おそらく“闇術”で召喚された存在だろう。
◇
「こ、これは……“ダークインプ”か! 闇系の小悪魔だぞ!」
マリスが警告の声を上げ、すぐに火炎魔法を放とうとするが、インプは素早い動きで地面を跳ね飛び、槍のような爪を突き立ててくる。神殿騎士たちも儀式の最中で動きが遅れそうだ。
すかさずレオンが盾を前に出し、突進するインプを受け止める。怪力ではないが、俊敏さと闇の呪詛をまとった爪で抵抗しようとするインプに、反撃するタイミングを探る。
グラウトと女剣士が横から斬りつけ、インプが火花を散らしてのけぞったところへ、マリスの火球が上方から命中する。斥候がとどめの矢を放ち、インプは断末魔を上げて闇に溶けて消えた。
ほっと息をつくが、同時に別の気配が背後に迫る。今度は“シャドウウルフ”と呼ばれる闇狼が2体、廃材の陰から飛び出してきた。どうやら複数の闇魔物が潜んでいるらしい。レオンが叫んで仲間に合図を送り、こちらも短時間で討伐を目指す。
(まだ大きな敵が控えているかもしれない……守護騎士を呼ぶべきか? でも、すでに神殿騎士が儀式を頑張ってる。彼らが終われば闇は弱体化するだろうし……)
レオンは一瞬迷うが、2体のシャドウウルフなら仲間と連携すれば倒せる。実際、グラウトや女剣士が素早く攻勢をかけ、マリスが範囲魔法で狼の動きを封じ、レオンが盾で突進を受け止めて短剣で首を深く切り裂く。苦戦はしたものの、皆の呼吸はまだ整っており、騎士を呼ぶほどではない。
◇
そうして数分の激闘が続き、森の廃墟には闇魔物の消え残りの粉が散らばる。幸い大規模な襲撃はなく、イザベルたちは儀式を完遂したらしく、刻印から漂う陰気はほぼ消失していた。
儀式の終了を宣言した神殿騎士たちがこちらに駆け寄り、「助かった、ありがとう。あなた方が闇魔物を倒してくれたおかげで浄化が間に合った」と口々に感謝する。イザベルも「手間をかけたわね。これでここが闇の拠点になるのは防げた」と微笑む。
一方、レオンは別の可能性を感じ取っていた。「この廃村が闇術の拠点だったかもしれないけど、それを使っている本命の術者はここにいない。つまり、また別の場所で同じようなことをしているかも……」
「ええ、そうでしょうね。今回の儀式が済んでも、闇側が別の場所を狙う恐れは十分にあるわ」
イザベルは深く頷き、「だからこそ、私たちはこういった闇の痕跡を徹底的に洗い出す必要がある」と意欲を示す。どうやら彼女と神殿騎士団は、まだしばらくこの地域を回り、同様の浄化活動を継続する考えらしい。
◇
その晩、トルディアに戻ってギルドで戦利品や報告を済ませると、イザベルたち神殿騎士団はレオンたちを労いの宴を開きたいと言い出した。最初はささやかな飲み会レベルで、疲れを癒しながら今後の方針を語り合う。
マリスやグラウトも神殿騎士団と交流し、次第に打ち解けていく。騎士団側は「いまは闇術との戦いが優先だから、レオンを無理に神殿領へ連れ帰るつもりはない」と約束し、仲間からも安堵の表情がこぼれた。
中でもイザベルは静かにレオンに近づき、「あなたを縛らない代わりに、一つだけお願いがある」と言う。
「もしまた闇術者があなたを狙ってくるようなことがあれば、私たち神殿騎士団を頼ってほしい。あなたの騎士は“聖なる気配”を宿していると感じる。きっと、神々が何か導きを示しているのだと思う」
イザベルが差し出したのは、小さな鍵だった。純白の金属で作られ、表面には神殿の紋章が刻まれている。どうやら神殿領の施設へ通じる“宝鍵”の一種で、正式に所属しなくても、ある程度の特典が受けられるという。
「神殿領に来ていただければ、この鍵で私たちの拠点にも自由に出入りできるわ。……もちろん、王都や勇者パーティとの関係もあるでしょうから、すぐに使わなくていい。ただ、いざとなれば神殿の扉が開かれていると知ってほしいの」
「ありがとう、イザベル。もしかすると、すぐに助けを求めるかもしれないけど……」
レオンは鍵を受け取り、微かに笑みを返す。そのやり取りを見守る仲間たちも、「おお、これで神殿領にもいざとなれば逃げ込めるな」と冗談を言いつつ、複雑な表情を浮かべる。しかし、強大な闇の敵が潜んでいる今、頼りになる選択肢が増えるのは決して悪いことではない。
◇
その夜、宿の部屋に戻って鍵を見つめるレオンは、胸に複雑な感情を抱えていた。王都からは正式な要請書が近く送られるだろうし、神殿領からはこの鍵が託された。彼にとっては、大きな勢力がいずれ手を取り合って魔王軍と戦う未来を見越しているようにも思えるが、同時に彼がどう使われるかは予断を許さない。
「でも……守護騎士と仲間を守るためには、選択肢が多いほうがいいのかもしれない」
そう言い聞かせ、紋章を撫でる。もし本格的な闘いが起これば、時空の秘密がさらに衝撃的な形で露わになるかもしれない。だが今はまだ、目の前の闇術を牽制しつつ、神殿騎士団と協力して小さな侵食を防ぐ程度で済んでいる。
遠くの窓越しに月が冴えわたり、星々が瞬く。森の闇が深まるにつれ、いつ闇術者が再び来襲するかも分からないが、レオンはひとまず今回の浄化作戦を無事に乗り越えた安堵を噛みしめる。この先、王都や神殿領が敵とも味方ともつかない形で関わるだろうが、彼にはまだ仲間がいて、守護騎士がいる。どちらにせよ、最弱を返上した今のレオンは容易く挫けはしない。
(あの鍵は、神殿領への道が開ける象徴でもある。たとえ闇術者や魔王軍が迫ってきても、俺は自分の意思で立ち向かう道を選ぶ。王都か神殿領か、あるいはまた別の選択があるにしても……)
紋章がかすかに脈動し、“共に進もう”と囁くように感じる。レオンは深く息を吐き、鍵を慎重にポーチの奥へ収める。仲間と共に強くなる道を続けながら、いざという時に神殿領の助力を得る可能性を捨てない。それが現段階の最善だと信じて。
「いつか本当に世界が乱れるとき、その鍵が役に立つかもしれない。……でも、それまでは自分のペースで歩こう」
レオンはベッドに腰を下ろし、夜闇の静寂に包まれて目を閉じる。遠い未来から来た守護騎士が背後で見守る感覚に支えられながら、彼は次なる試練へ心を備える。その身には王都や神殿領、そして闇勢力からの注目が絶えず向けられているが、それも必然だろう。
魔王軍との決戦が近づくほど、彼の歩む道は加速度的に変化していく――だがレオンはもう、最弱の頃のように何もできずに追い出されることはない。自らの意志と、時空を超えた力を信じて、運命へ立ち向かう決意を新たにするのみだ。
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