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第17話 揺れる選択と、託された宝鍵(ほうけん)

 神殿領からの誘いに加え、王都や勇者パーティとの関係をどうするか――レオンを取り巻く状況は複雑さを増していた。いまや彼は“時空を超えた騎士”を扱える稀有な召喚士として、各方面から注目を浴びている。たった一か月ほど前までは〈最弱〉呼ばわりされていた冒険者とは思えない変化だ。しかし、その変化に伴う波紋もまた広がっている。

 ここはトルディアのギルド、夜半のロビー。昼間の喧騒が嘘のように静まり返り、テーブルにはレオンとその仲間数名だけが残っていた。マリス、グラウト、そして最近行動を共にしている斥候と女剣士――先日のオーク退治に参加した面々が顔をそろえ、彼を囲むように座っている。



「レオン、神殿領の使者、また現れたんだって? 今度は神殿騎士団の偉い人らしいじゃないか」


 グラウトが興味深そうに身を乗り出す。一方、マリスは複雑そうに眉を寄せながら、控えめな声で続けた。


「それと王都のほうも、あなたに協力を要請する正式な書簡を送るみたいね。まだ具体的には何も決まってないみたいだけど。“守護騎士”をぜひとも国のために、と……」


「そうなんだよ。俺は今さら、どこかに属したり従ったりする気はないんだけど。あまりにも引きが多すぎる」


 レオンは苦笑するしかない。王都は魔王軍との戦いを視野に、強力な人材をスカウトしたいらしく、神殿領は“聖なる力”と疑われる騎士を共に研究したいようだ。さらに勇者パーティのアレンは、かつての繋がりを頼りに「力を貸してほしい」と言い出し、レオン自身はそれを拒んでいる。

 ここまで引く手あまたになると、もはや一冒険者の立場を越えてしまっている感がある。守護騎士――未来の自分という大きな秘密を抱えながら、どう舵を取るかが悩みの種だ。


「まあ、いずれどこかと関係を結んだほうが安全かもしれない、というのはあるけどな。魔王軍が本気で攻めてきたら、独立系の冒険者だけじゃ守りきれないかもしれんし……」


 グラウトが真顔で言う。女剣士と斥候も「確かに、大規模な戦乱が始まったら、しっかり後ろ盾がないと苦労するかも」と頷く。しかしレオンの胸には“パーティだけで頑張りたい”という思いが強く、かといって完全に大組織を無視するのはリスクだと分かっている。

 膝を抱えて沈黙するレオンに、マリスが優しく声をかける。


「レオン、私たちはあなたが選んだ道に協力するよ。でも、何か一つだけはっきり決めておいたほうがいいんじゃないかな。たとえば『魔王軍と戦うときは王都と組む』とか、『神殿領とは研究面だけ協力する』とか……雑多な声に振り回されない方針が必要じゃない?」


 その言葉にレオンは目を伏せ、深呼吸して考える。そもそも彼が守護騎士を手にしている理由は“未来の危機を防ぐため”であり、魔王軍との戦いにいずれ赴く可能性は高い。ならば王都や勇者パーティなど、大義名分で動く勢力と全く無縁ではいられないだろう。

 しかし守護騎士の真実をさらしてしまうと、時空の禁忌が露見するかもしれない。いまはまだ、「短時間しか呼び出せない神聖な騎士」として周囲が誤解してくれている分、どうにかやり過ごせている状況だ。



「よし……今は、どこにも属さずフリーで行く。でも、王都や神殿領から“正当な依頼”が来たら応じる形にしよう。あくまで冒険者として、ギルドのルールに従う形でね」


 レオンはそう宣言する。組織に入るのではなく、協力関係を保ちながら必要に応じて合流する道――それが妥協点だろう。仲間たちも「それが一番レオンらしいかもな」と笑って同意する。

 すると、話題が一段落したところで、斥候が新情報を教えてくれた。「実は最近、森の外れで“怪しげな男”を見かけたって報告があったんだ。どうも王都や神殿領の使者じゃないらしい。黒いフードを被っていて、レオンや騎士の噂を耳にしたと口走っていたらしくて……」


「黒いフード……まさか魔王軍の手先か?」


 グラウトが身を乗り出す。マリスも不安そうに唇を噛む。「確かにレオンの噂は広がってるし、魔王軍が興味を持ってもおかしくないかも。もし闇系の術者が“騎士”を狙っているなら厄介だわ」

 レオンは身震いを覚える。王都や神殿領が声をかけてくるだけでなく、魔王軍側が彼の力を警戒している可能性もある。もし暗殺や拉致のような手段に出られたら、少人数のパーティでは守りきれないかもしれない。


(やはり有力な後ろ盾を持つべきか……? でも……)


 葛藤が再び胸をかすめる。だが今のところ、単なる噂に過ぎないし、実際に危害があったわけでもない。レオンは平静を装い、「慎重に警戒しておこう」と仲間に伝え、ひとまず話を締めた。



 それから数日、特に大きな事件は起こらなかった。トルディアの街はいつもの活気を取り戻し、魔物クエストや商隊護衛などが粛々とこなされている。レオンも普通のDランク依頼で経験を積み、騎士の力に依存しすぎない戦闘術を磨き続けた。仲間との連携も安定感を増し、守護騎士を呼ばなくてもある程度の敵なら対処できる手応えがある。

 しかし心のどこかで、“いつか必ず次の試練が訪れる”という予感は拭えない。王都の召喚状が届くかもしれないし、神殿領が押しかけてくるかもしれない。あるいは魔王軍の暗躍が表面化するかもしれない——そんな予感が日増しに強まっていた。



 そして、ある昼下がり。ギルドのロビーに妙な空気が走った。複数の冒険者が入口をざわつきながら見ている。その先には、黒ずくめのフードを被った男が一人、足音も立てずに入って来るのが見えた。細身の体躯で、顔がほとんど隠れており、まるで闇の使者のような不気味さを放っている。

 男はまっすぐカウンターへ進み、職員に「レオン=◯◯と会いたい」と告げる。その声は冷たく低い。職員が困惑して「ご用件は?」と問うが、男は答えずにロビーを見回し、レオンを発見すると無言で手をかざした。


「……お前だな、騎士を召喚する者……」


 場の空気が凍る。周囲の冒険者が警戒して武器に手をかけるが、男は構わずレオンのほうへ近づく。その動きは速くはないが、一種の異様な圧迫感があり、レオンの背筋に悪寒が走る。


(まさか本当に魔王軍……? ここで襲撃する気か?)


 咄嗟に盾を握りかけたが、男はギルド職員たちに睨まれても威圧される様子はない。まるで友好でも敵対でもない不思議な姿勢で、レオンの前に立つと低い声でささやく。


「よく名を轟かせているな。フラル洞窟のシャーマン、オーク集落……少しは骨がありそうだ。しかし、その力は本当に“未来から来た騎士”なのか? 時空の禁忌を犯していると聞いたぞ」


 ドキリとする。時空の秘密など、表向きには誰にも明かしていない。男がどうやってそれを知ったのか、想像もつかないが、もし魔王軍の類いか、その情報網は侮れない。

 周囲が騒然となる中、職員が「失礼ですが、そちらが何者か名乗っていただけますか」と声を張り上げるが、男は一顧だにせず、レオンにのみ言葉を投げかける。


「もし本当に“時空の壁”を超えた存在を従えるなら、いずれ世界の基盤を歪めるかもしれない。興味深いな……お前はその力で魔王を倒すつもりか?」


 あまりにも核心を突いた言葉に、レオンは一瞬呼吸を飲む。周囲の冒険者が「何を言ってる?」と首をかしげるが、理解していないらしい。男が言う“時空の壁”など、普通の人には意味不明だろう。

 (まずい……何者だ。これ以上喋らせると時空の秘密が漏れてしまう――)


 咄嗟にレオンは顔を上げて男を問い詰めようとするが、男はフードの奥で笑ったように見え、次の瞬間、黒い煙のような魔力を放って姿をかき消した。残されたのは慌てふためく冒険者たちと、苦い汗をかくレオンだけ。



「い、今の……何だったんだ!?」


「消えたぞ、あの男! 魔術か? 闇術か?」


 ギルド内が騒然となり、職員が総出で建物の外を探すが、まるで最初から存在しなかったかのように影も形もない。ほんの十秒ほどの出来事で、闇のように消え去った。

 呆然とするレオンに、マリスが駆け寄り息を弾ませながら「大丈夫!? 一体何を言われてたの?」と問いかける。レオンは動揺を押し殺し、「いや……よく分からない。ただ時空がどうとか、魔王とか言ってた」と返すしかない。


「時空……? まさか、闇の組織か魔王軍の密偵……?」


 マリスも困惑し、グラウトや他の冒険者たちが「闇術の類いか」と口々に推測を重ねるが、確証はない。いずれにしても不穏きわまりない存在だ。

 レオンの胸には不安が渦巻く。“未来の自分”という本物の禁忌に触れる行為を知り得る誰かが、今ひそかに迫っている。神殿領や王都も脅威だが、もっと直接的に“騎士”を狙う影があるとすれば、もはや安全な日常は存在しないかもしれない。


(やはり……大きな戦乱の前触れなんだろうか。王都か神殿領と手を組んで守ってもらう必要がある? でも、まだそうはしたくない……)


 思考が堂々巡りするが、結論は出ない。とにかく謎の男が時空の話をした事実は、レオンの心を強く揺さぶっていた。彼が魔王軍の一員なのか、あるいは神殿領か王都の闇の組織なのか——素性がわからない以上、対策も立てようがない。



 その夜、レオンは宿で一人、紋章を握りしめていた。守護騎士を出して相談したい気持ちもあったが、ただ呼び出して会話できるわけでもない。わずかな響きを感じるだけだ。

 今のところ、時空の秘密はごく一部のキーワードを除いて大衆に認識されていない。王都も神殿領も、闇術でない騎士召喚くらいの認識に留まっているし、勇者パーティすら真相までは知らない。

 しかし、あの黒いフードの男は、まるで“時空そのもの”を察知しているかのような言動を見せた。これから先、魔王軍や闇の術者が本格的に動けば、“守護騎士の正体”をめぐってさらに混沌が広がる予感がする。


「……俺が選ぶ道はどこなんだ。王都や神殿領と協力して、この影と戦うべきか。それとも自由な立場を貫くのか……」


 悩みながらも、レオンは決めた。すぐに神殿領へ行くわけでも、王都へ赴くわけでもなく、ひとまず仲間と共にこの街で力を蓄え続ける。あの闇の男が再び姿を現しても、警戒態勢を敷いて撃退できる力を磨いておくのだ。

 魔王軍との戦いが迫るなら、いずれは大舞台に呼び出されるかもしれない。だが、まだその時期ではないし、守護騎士との契約も完璧ではない。自分のペースで成長し、いざというときに最強の一手を放てるよう備えるのみ。


「焦らない。だが、どんな“闇”が来ても逃げない。もう、あんなふうに弱くて追放されるだけの日々に戻りたくはないんだ……」


 静かに口を結び、レオンはベッドに横たわる。腕の紋章は穏やかに脈を打ち、「共に進もう」とささやくように感じられる。

 時空を超えた鎧騎士という禁忌。神殿領が“聖なる力”と誤解し、王都が“国の切り札”と期待し、闇の勢力が“世界を歪める力”と恐れる——どれも間違いではないが、真実でもない。何が正解か分からなくても、レオンは仲間や騎士と共に強くなる決意を新たにしていた。

 この先、もっと大きな試練が訪れ、いくつもの組織や勢力が絡み合う。その渦中で彼が選ぶ道は何なのか。夜の帳が降りるトルディアの空の下で、まだ誰にも分からない——けれど、明日もまた一歩、レオンは進み続ける。

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