この目で見たかった……
ついにエルエニア王国の王都、エルグランドに到着した。
王都とその周辺の街との間に、明確な区切りは、あるところにはある。というのもポーロ河という大河があり、この河が王都を囲むように、蛇行して流れている場所があった。それはまさに自然の要塞。さらに王都へ向かう大きな通りがいくつかあるのだが、その大通りを横でつなぐように壁が設けられていた。
私達が王都へ入るのに利用したのは、「グロリー大通り」と呼ばれている。栄光へと続く道=王都へ至る道として、有名な通りだった。そこには検問所が設けられており、結構な数の兵士がいて、往来する人馬の監視を行っている。私があの魔王の娘――王女であると分かると、多くの兵士が馬車のことを見守った。
好奇の目でさらされることは、織り込み済み。かつての敵の本拠地に乗り込むのだから、仕方ない。そう思っていたが、女騎士レダが、窓にカーテンを引いてくれる。
「シリルから許可が出ています。見世物ではないのだからと」
シリル……。
ヒロインに選ばれるであろう、誠実で美しい勇者だ。
カーテンを引いた状態でしばらく進むと、緊張の反動で、眠気に襲われた。その眠気は膝にのせているレオンにもうつったようだ。
スズメバチとクマの挟み撃ちにあったあの“沈んだ森”では、レオンとはぐれてしまった。だがすべてが終わった後、エルフのミルトンが森の動物や鳥を使い、居場所を捜索。魔法使いのレウェリンが転移魔法を使い、森の中までレオンを迎えに行ってくれた。
こうして無事、レオンと再会できたのだ。
膝の上で丸くなっているレオンは、既に眠っている。こうなると我慢できない。ウトウトする私を、同乗しているレダは、起こすことはなかった。おかげでそのままぐっすりだ。次に起こされた時は、王都の中枢部の手前だった。
「王女様。国王陛下が王城の広場で、出迎えをしてくださいます。その場には、王女様も同席です。この後立ち寄る宿で、身支度を整えていただきます。陛下の出迎えを受けた後、私達はそのまま謁見の間に向かい、報告です。王女様は、王城内にある青の塔へ、ご案内することになります」
「なるほど。承知した。……ところで青の塔。そんな名の牢獄なのか?」
「いやいや、違いますよ。さすがに王城の敷地内に牢獄はない……ないわけではないですね。宮殿の地下の一角に地下牢があります。ですがそれは緊急時に利用する場所。宮殿や王宮内に、ありえないですが、暗殺者が現れ、捕えられた時。即刻処罰を行う必要があるので、その地下牢に収監することがあると聞いていますが」
つまり青の塔は牢獄ではない。私は捕虜なのに、牢獄にいれられないのか……?
この疑問は顔に出ていたようで、レダが答えを教えてくれる。
「王女様は、敗戦国の唯一生き残った王族です。エルエニア王国では王侯貴族に対し、いきなりの処罰を与えることはないですし、その身分を尊重します。それは自国以外に対してもです」
「……礼儀正しいのだな」
魔王城では身分に関係なく、捕えた人間は全員牢獄へ入れるのが当たり前だった。
「まあ、その慣習は風化されており、場合によっては貴族であっても即牢獄へ入れられる場合もあります。でも今回、シリルが陛下に青の塔への収監を強く希望されたので……」
またもシリルの厚意に救われたことになる。もはや彼に足を向けて眠れない。
その後は言われるままで、宿の部屋に向かった。そこで入浴をして、立襟の深みのある濃紺のドレスに着替えた。久々に着たドレスのおかげで、背筋も伸び、自分が女魔王であることを思い出す。
ここでレオンとはお別れだ。
王城内でレオンを迎えるにあたり、魔獣ではないか、病気ではないか。一通り、検査を受けることになっていた。レオンを騎士に預け、レダのエスコートで王城の広場に向かう。
そこで遂に、エルエニア王国の国王を、初めてこの目で見ることになった。
そのままだ……!
前世ゲームで見た通りの姿をしている。
オレンジブラウンの髪と豊かな髭。赤の軍服に同色のマントを羽織っている。頭上に冠した王冠には、沢山の宝石が輝いていた。シリルが帰還の簡単な挨拶を行い、国王はチラリと私を見る。一方の私は、一人の女性に目が釘付けになっていた。王族でもないのに、彼らと共にその場にいる女性に。
異世界からやって来て、未来を予言する聖女フィオナだ。
つまり乙女ゲーム『君に捧げる恋~愛と平和をゲット!~』のヒロイン。
金髪碧眼でまるでビスクドールだ。真っ白な立襟のドレスは、もはやウェディングドレスに見えてくる。
広場には帰還を祝い、王旗、騎士団旗に加え、勇者シリルが率いるパーティ『黄金の林檎』の旗も飾られている。横断幕や沢山の花も添えられ、華やかな雰囲気。着飾った貴族の令嬢や貴婦人が並び、合図と共に、主だったメンバーに花束や花冠を授けている。
フィオナはシリルの頭に花冠をのせていた。
やはり。
ヒロインが選んだ攻略対象はシリルに違いない。二人が結ばれ、この世界はハッピーエンドを迎える。
シリルと並んだフィオナは、まさに美男美女で、正しいゲームのヒーローとヒロインの姿だった。
ラスボスである女魔王の私は、生き残ってしまった。だが暗黒の国アビサリーヌは敗戦国となり、長きに渡る魔族V.S人間&エルフ&魔法使い&ドワーフらとの戦いは、終結を迎えたのだ。
残されたのは、ヒロインとヒーローの結婚式。
青の塔の部屋に案内された私は、窓から王城と宮殿を眺めた。
私が今いる青の塔も王城の一部。だが少し離れた場所に高くそびえたつので、王城と宮殿を眺めることができるのだ。
青の塔の部屋にいる私は、謁見の間にいるわけではない。でも前世でのゲームプレイの記憶があるから、その光景が目に浮かぶ。
今、謁見の間では、報告がされているのだろう。あのトロイの木馬ならぬ、黄金のドラゴン作戦のことが。いかにして魔王城を攻略し、魔王を滅ぼしたかが、語られているはずだ。
まさに英雄となったシリル達、魔王討伐パーティの話が披露され、その後は――。
褒美の話となる。
そこでシリルは地位や金ではなく、聖女フィオナの愛を得ることを願う。その瞬間、ゲームでは薔薇の花びらが舞い、実に美しく、印象的なシーンになっていた。
前世において、ゲームをこよなく愛した一人のプレイヤーとして。そのシーンをこの目で見たかった……という気持ちにもなる。だがそれは我慢だ。
用意されているソファに腰を下ろす。
マホガニー材で作られた本革座面で、背面はローズ柄の刺繍。魔王城のソファは総革張りで、堅苦しい雰囲気だった。でもこの部屋は違う。なんというか、女性の滞在を意識して用意されたように感じる。カーテンや絨毯はローズ色で、壁紙は白地に小薔薇柄。
隣室には寝室もあるが、そちらは落ち着きのあるオールドローズ色で、天蓋付きのベッドとファブリックが統一されていた。絨毯とカーテンは、深みのあるワイン色。
自分は敗戦国の魔王の娘――王女としてこの国にいるわけだが……。
賓客のように扱われ、驚いてしまう。
しかもこの日の夜。
帰還を祝う晩餐会が開催され、さすがに私はそれに呼ばれることはなかった。ところが非公式で、王宮の離れに呼ばれたのだ。離れの応接室に通されると、そこにはあの国王陛下がいる。そばには宰相に加え、沢山の近衛騎士、魔法使い、ドワーフ、エルフの大使と思わしき人物もいた。
「緊張する必要はない。もはや勝負がついた。君が抵抗する気がないことも聞いている。腹を割り、少し話そうではないか」
そう、国王に言われたのだ。
最初こそ緊張していたが、彼らは私に率直な意見を求めた。この度の敗戦をどう受け止めているのか。再起を願うのか。それともエルエニア王国と統合され、新たな発展を願うのか。人間、魔法使い、エルフのことをどう思っているのか。
わりと本質に迫る質問をされ、私は素直に想いを口にした。それは女魔王だったオデットとしてであり、前世記憶を持った覚醒者としての想いだった。
つまり敗北は仕方ないと思っていること。魔族の殺しの力では、この世界はいつまで経っても平和にはならなかったと、感じていること。ゆえに魔族が滅びの道を歩むのは、仕方がないことだったと理解している――そう話すことになる。
滅びるとしても、その滅びは緩やかなものにしたい。抵抗しない魔族には、生存を認めて欲しい。敗戦国となったアビサリーヌが、エルエニア王国に併合されることに文句はないが、魔族を奴隷として扱ったり、虐げるようなことをしないで欲しい――そう、伝えることになった。
何より、魔王の娘であり王女であるが、再起は願っていないと明言した。
「なるほど。最後に残された魔族の王の血筋は、物分かりがいいというか、実にピュアだ」
国王の言葉に、エルフの大使も同意を示した。
「観察する限り、嘘をついているわけではない。心拍数も呼吸も落ち着き、これは彼女の本心でしょう。……ある意味、このオデット王女が魔王であったなら、この戦いはもっと早くに終結していたかもしれません」
エルフは人間より五感が優れているので、人間の生理現象の変化を捉え、嘘を見抜くことができた。
私は……確かに女魔王だ。ただ、その時の私は前世記憶が覚醒していない。よって生粋の魔族の考え方しかできなかった。でも今は前世の記憶もあり、魔族と人間として、いろいろなことを思考できているのだと思う。
「合格、でいいのではないでしょうか」
ずっと沈黙していた、灰色のローブを着た魔法使いがそう告げると……。
国王を始めとした、その場にいた近衛騎士以外の全員が「そうですな」と同意を示していた。
何が合格なのか、私は分からない。
ただ、なんとなく、これで処刑はされないで済むのか……?
そんな風に思っていた。