凄まじい殺気
「お見事です、シリル卿であれば、勝利間違いないしです」
そう言うとキルは、膝から崩れ落ちる。
手から落ちた剣が、先に地面に倒れた。
「叔父上!」
私がその体を支えると、キルは……。
「子供は少なくとも四人、男女それぞれ二人は欲しいな。できれば息子の一人のミドルネームに、キルとつけてくれ、オデット。君とシリルの子供だ。きっと可愛いに違いない。くはっ」
「ほれ、キル殿、傷は既に治癒できておる。突きの一撃じゃったから、服は穴しかあいとらん。今日の記念にそのままでいいじゃろう」
レウェリンに肩を叩かれ、キルは「はは、そうですか」と頭を掻いて、立ち上がる。
私は心配して損をしたと思いながら、キルのことは放置し、剣の手入れをしているシリルに駆け寄った。
「シリル、水を」
「ありがとう、オデット」
シリルは革の水袋を受け取り、喉を鳴らして飲んでくれる。
乱れたブロンドと額に浮く汗。
上気した頬、全身から感じられる戦闘直後の体温の高さ。
平時の上品な雰囲気から一転。
このなんともワイルドなシリルは、見ていてなんだか体が疼く。
多分、男性フェロモンが全開で、完全に本能がノックアウトされている。
それにしても。
キルとの手合わせは、練習、の域を越えていたと思う。
真剣勝負そのもので、最後は本当にキルは、シリルに敗北していた。
最近のシリルは、魔獣との相手を任されることが多く、振るうのは大剣。しかも腱を断絶し、動けなくするような攻撃が多かった。ゆえに最終的にキルを突きの一撃で倒したのは「意外だ」とレウェリンは言い、私はとにかくシリルが素晴らしく感動していた。
「シリル、では回復させようか」
あ、レウェリン!
待ってほしい。私、今のシリルに抱きつきたいのだが……。
そう心の中で思い、我慢する。
「オデット、私にも水を」「どうぞ叔父上」
視線はシリルに向けたまま、水袋をキルに差し出す。
シリルのブロンドは、いつも通りのサラサラで、額の汗も消えている。
頬もいつも通り、オーラのような男性フェロモンと熱気も、落ち着いてしまった。
普段の朗らかで爽やかなシリルがそこにいる。
「オデット、暑そうだな」
そう言ったシリルが私の頬に手を添えたと思ったら、可愛い音を響かせ、頬にキスをした。シリルを見て頰を赤くしているのがバレてしまった。
それにしても。
さっき水を飲んだからだろうか?
シリルの唇がヒンヤリと感じて気持ちいい。
頬ではなく、唇でこの涼感を知覚したい……とシリルを見上げたその時。
熱烈な抱擁をシリルからされ、心臓が爆発しそうになったのは一瞬のこと。
強風の音に耳が震え、シリルに抱きしめられていなかったら、黒い火成岩の上を転がり、全身打撲と擦り傷になるところだった。
ありえない強烈な風。これは……。
「貴様! オデット様から離れてください」
押し殺したこの声。
もう感じる、凄まじい殺気を。
シリルの胸の中から顔をあげ、数メートル先にいるセインの姿が目に飛び込んできた。
セインは闇色のローブを羽織っていたが、自身の風の魔術により、フードは脱げていた。
アイスブルーの美しい髪が、乱雑に風になびいている。
眉はキッと上がり、銀色の瞳には、強い怒りが感じられた。
「あ……」
セインの左腕には、矢が刺さっている。
それを彼は顔色一つ変えずに引き抜いた。
赤黒い血が、しぶきとなって飛び散り、思わず目をつぶる。
「その怪我はどうしたんだ……?」
シリルが尋ねると、セインは口角を上げ、皮肉な表情を浮かべる。
「決闘の前は、ルールは適用されない――なのでしょう?」
「まさか」
「それは誤解だよ、セイン」
キルが一歩前に出た。
「今朝、カイテリアが率いる魔族の残党とエルエニア王国の兵は、激しい地上戦を繰り広げた。城塞都市から逃げ出す魔族もいたんだ。建物を破壊し、人々を傷つけながらね。彼らを阻止するため、兵は動いた。君はそういった魔族の一体と、見なされてしまったのだろう。あのセインだからと狙われたわけではない」
なるほど!
セインが受けた矢は、流れ矢か、ただ単に逃走する魔族の一体と思われ、放たれたに違いなかった。
「いくら決闘の前に、ルールが適用されていないからと言って、ここへ向かう君を害するような命令を、シリルが指示するわけがない」
キルの説明は妥当なものに思えた。だがセインは……。
「そんな言葉に、騙されるわけがないですよ」
セインは引き抜いた矢を片手で折り、パラっと荒地の上に放り捨てた。
左腕からは血が流れ落ち、黒い火成岩の上に、血だまりを作っている。
「キル。貴様は魔王の弟でありながら、人間の奴隷になりさがった、魔族の恥さらしです。貴様の言うことなど、信用できないですよ。アビサリーヌの崩壊も、オデット様が人間の手に堕ちたのも、すべての原因は貴様にあります。この決闘が終わったら、次はキル、貴様に復讐です」
いつも冷静沈着なセインが、こんなにも感情を露わにすることに、驚きを隠せない。
怒りが先に立ち、とても事態を落ち着いて判断できているようには思えなかった。
「あーあ。ダメだな。今のセインには、何を言っても無駄だ」
キルはくるりとセインに背を向ける。
真っ向勝負を挑んだ時。
こんな風に背を向けられると、セインは絶対に許さない。
すぐに仕掛けてくるかもしれなかった。
「シリル」と思わず、その顔を見ると、彼は真剣そのものの表情でセインを見ていた。
その様子を見て、私も慌ててセインを見る。
セインは奥歯をぎゅっと噛みしめ、キルの挑発に耐えた。
感情のコントロールができていない……と思ったが、そんなことはないようだ。
ギリギリの狭間で、セインが動いているのだと思えた。
「貴様たち人間は、魔族を悪と決めつけ、聖人ぶりますが。だが貴様たちこそ、薄汚い真似を沢山しているではないですか。魔族の女を襲う兵士を、何千人と見てきました。決闘で正々堂々勝負と言っておきながら、矢を射かけるなど、お手の物でしょう。ですがそんな小賢しい罠に、屈するつもりはないです」
セインが剣を抜いた。
だがシリルは――。
「レウェリン」「御意」
それはもうあっという間のこと。
レウェリンの治癒魔法で、セインの腕の怪我は瞬時に治っている。
「そんな情け、不要です」「勘違いするな」
シリルの凛とした声が、セインの言葉を打ち消す。
セインは銀色の瞳を細め、シリルを睨んだ。
「手負いの魔族と決闘し、勝利したところで、自分の名誉が汚れるだけだ。勇者と言われるが、自分は騎士でもある。正々堂々勝負すると決めたからには、フェアでいきたい。腕以外にも、脇腹、太もも、背中。すべての傷は治癒できている。……始めようか」
シリルの言葉に、衝撃を受ける。
セインは闇夜のような色の、足首まで隠れるローブを着ていた。そして足元は黒い火成岩。血が体を伝うように流れていては、そんなに傷があったことに、全く気づけなかった。きっとここまでに来る間に、何本もの矢を受け、それは既に抜いていたんだ……。
というかまさに満身創痍の状態で、セインはここまで来ていたことになる。
事前に何か言うつもりはなかった。だがシリルの手にそっと触れ、その顔を見る。
シリルは分かってくれたようで、頷いてくれた。
そこでセインに向け、どうしても言いたい言葉を告げた。
「セイン! 決闘は止めるつもりはない。ただ、無茶はしないでくれ……。私は自分の意思でエルエニア王国にとどまっている。それにシリルのことを……愛しているんだ。強制されたり、魔法で無理矢理ではない。シリルと共に平和に生きたいと思っている。同じようにセインにも、平和に生きて欲しいと思っていることを……忘れないでいてほしい」
私のこの言葉を聞いた時のセインの表情は……。
銀色の瞳に浮かぶのは、まさに悲壮感。
だが。
瞬きをして開けた瞬間。
そこには氷のような冷たさしかない。
バサッとローブを脱ぎ捨てたセインは、まさに身一つ。
血の痕が残る白シャツに、スリムな黒のズボン、そして手には剣。
ベルトに短剣やナイフを帯びているが、それ以外の武器はない。
シリルも静かに剣を抜いた。
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