憎めない
夕食になる前、日没すぐの時間に、魔族との間に一戦があった。
それは魔獣は登場せず、歩兵同士のぶつかり合いだ。
シリルはブラウン指揮官、ハビエット指揮官と共に指揮をとり、一時間程でその戦いは終結した。
歩兵戦では、統率がとれているエルエニア王国軍が圧倒的に強かった。
魔族の歩兵は寄せ集めで、戦況不利と見ると、すぐに逃走を図る。
そこからはもう総崩れになってしまう。
それでも魔族の数は多いので、勝敗が決するまでには時間がかかる。
そして連日、日没となるこの時間に、襲撃はあるというのだ。
「私が前線へ出て、停戦を呼びかけるのはどうなのだろう?」
「止めた方がいいだろう。対話するなら指揮官クラスだ。それより夕飯の時間だぞ、オデット。戦場で食事なんて久しぶりだ」
キルは、煮炊きが行われている焚火の方へと向かっていく。
そこで調理を担当している従者に、気軽に声をかけている。
「キル殿は魔族なのに、憎めないですよね」
気が付くと隣にマーシャルソンがいる。
「僕、魔法はそこそこできるのに、ドジばかりなんです。……転移魔法も、いつもキル殿のことを水に落としてしまうでしょう。そういうドジをついしてしまって。だから魔族のお目付け役を押し付けられたのですが……。魔族なんて、野蛮で言葉が通じない、恐ろしいイメージしかなかったのに。キル殿といたら、そのイメージが変わりま」
そこでマーシャルソンがフリーズする。そして私を見て「申し訳ありません!」と頭を下げ、キルの方へ走って行ってしまう。
私が魔族であることを、失念していたようだ。
確かにマーシャルソンはドジなのだろう。でも彼のようなドジの方が、キルとのコンビとしては丁度いいのかもしれない。
そんなことを思っていると、「オデット様!」とレダが後ろから抱きついて来た。
「夕食、シリルの天幕に用意してもらえるそうです。そして夕食の後。なんと、お風呂に入れます!」
「え、そうなのか!?」
戦場でお風呂に入れるなんて。泉や川で行水ならまだしも、これには驚いていしまうが……。
「本当は一週間に一度なので、今日ではないんですよ。でもオデット様がいるから、レウェリンが特別にって」
冷静によく考えてみると、今回の戦闘は市街戦だった。
今いる場所も噴水がある広場で、そこに天幕をいくつも張っている状態なのだ。
周囲には、住宅街も広がっている。
勿論、魔族の侵攻を受け、住民は避難していた。
だがその住宅の中に貴族の屋敷があり、そこのバスルームを許可を取り、使わせてもらっているという。
しかもただのバスルームではない。
その貴族は大浴場を作り、遠方にある温泉地から、温泉を毎週のように運ばせていた。なぜそんなことをしているのか。その貴族はどうやらリウマチのようで、特にその知識があるわけではないが、温泉の効能を実感していた。そこで大浴場をわざわざ作り、温泉を運ばせていたらしい。
今回、さすがに温泉を持ってくるわけにはいかないが、大浴場なので、兵士もまとまって入浴できる。ということで、レウェリンの魔法でお湯を満たし、入浴を楽しめるようにするのだという。
「女性はここでは数が少ないですからね。先に入らせてもらえます!」
食事も楽しみだが、食後の楽しみもできた。
「おい、そこのお美しいお嬢様のお二人。こちらで食事でもせんか」
レウェリンの呼びかけにレダと二人で「「はーい」」と声を揃えて、返事をする。
キルとマーシャルソンも、シリルの天幕へと向かう。
戦場であることを忘れそうな、楽しい夕食を皆ととることができた。
◇
「裏門の周辺の街で、炎が燃え続けている場所があるが、あれは……」
「ああ、あれはレッドドラゴンが、そこにいるんですよ。奴らは厄介ですよね。ただそこにいるだけで、周囲のものを燃やしてしまうので。ただ、本来火山にいる魔獣を召喚しているんですから。燃えてしまうのは、仕方ないと言えば、仕方ないのですが……」
やはり。消火活動をしているのに、消えない炎があると、兵士が噂をしているのが聞こえた。そこでもしやと思っていたが……。
カイテリアは召喚し、生き残ったレッドドラゴンを帰還させず、待機させている。そんなことをしたら、魔力の消耗が激しいだろうに。なまじ魔力があるから、無駄遣いをしているな、カイテリアは。
やはりシリルの作戦通り、遅かれ早かれカイテリアの魔力は尽き、魔獣の召喚はできなくなる。
なんて愚かな戦いをしているのか……。
見上げると、雲ではなく、レッドドラゴンにより消えることのない火災が続き、煙が夜空を覆っている。そして今は湯気もあり、星はほとんど見えない。
ポチャンと音がして、金髪の美しい女性……聖女が湯船に入ってくる。
彼女に仕えている二人の神官の女性も後に続く。
この世界には、聖女はそれなりの数がいた。その多くが、国の管轄する神殿に所属している。そこから討伐パーティに派遣されていた。ヒロインのフィオナは、聖女としての力が強いので、神殿に残り、王都や王族の万が一に備える役目だった。
今、レダと私は例の貴族の大浴場で入浴していた。
大浴場はなんと内風呂と外風呂(露天風呂)があった。
そして今いるのは外風呂。
だが前世のイメージと違い、外風呂は白亜の大理石で出来ており、周囲に白い大理石の柱がある。しかもヤシの木に似たシュロの木が植えられ、南国な雰囲気を醸し出していた。
「シリルによると、間もなく、この戦闘も決すると言っています。ここで入浴できるのも、あと一度あるかないか。大丈夫です。想定より、敵のトップが向こう見ずな方だったので、王都には早く戻れそうですよ」
レダが明るく笑い、「そうだな」と私も応じた。
今はまるで嵐の前の静けさに思える。
セインはどのあたりにいるのか。明日にはシアとペル達も城門に到着する。
その前にセインはやってくるだろうか。
「そろそろ出ましょうか。気持ちがいいですが、お肌がしわしわになってしまうので」
レダに言われ、湯船から上がる。
用意してもらった白の寝間着を着て、パウダーピンクの薄手のガウンをはおった。
レダも私と同じ、白の寝間着、そしてオレンジ色のガウンだ。
屋敷のエントランスホールにはマーシャルソンとキルがいて、濡れた髪は魔法で乾かしてくれた。
エントランスに出て、天幕が張られた噴水広場に戻った。
後はもう寝るだけだ。
「ではオデット様。また、明日」
「!? ちょっと待って欲しい。レダ、ここはシリルの天幕では!?」
「そうですよ」
「……この後、寝るのではないのか?」
「それは……それを私に聞かれても! それはシリルに聞いていただかないと!」
レダが頬を上気させて笑っている。
「ま、待って欲しい、レダ。私は……レダと同じ天幕で寝るのではないのか?」
「まさか! 新婚のオデット様と同じ天幕だなんて! あり得ないです」
「な……!」
「では明日もまた早いので、お休みなさいませ!」
「レ、レダ……」
天幕の前で私は立ち尽くす。
だが夕食を終えた兵士があちこちをウロウロしている。
剣術の訓練をする者、武具の手入れをする者、大浴場へ向かう者。
彼らがチラチラとこちらを見る気配が伝わってくる。
シリルと私は新婚……。
その通りだ。
しかも私は夫であるシリルを心配し、ここまでやって来た……と思っている兵士もいるだろう。
ここで別々の天幕を選ぶなんて……。
政略結婚、愛のない結婚と、ただではなくても思われているだろうに。
でも実際は違う。
シリルと私は相思相愛なのだ。
誤解を与えるわけにはいかない。
シリルの天幕に私は入った。
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