これは私の本心
叔父であるキルが裏切り者だった。つまりはスパイであり、内通者。
それはそうだったのか……という気持ちと同時に、でもキルだったら……と思う気持ちもあった。
あの飄々として、掴みどころがないところ。
あれは敵であろうと味方であろうと、うまく渡り歩ける、ある種のスキルに思えた。
そのせいかキルに関しては、「仕方ない。まんまと一杯食わされた」そんな感想しかもてなかった。
それよりも。
――「まさかオデット様。シリルと婚姻関係を結んでいないですよね?」
セインのこの一言に、背中に汗が伝わる。
「オデット様、答えてください。魔王の娘となれば、処刑されるか、人質として利用されるか、妾や側妃にされることが多いはず。ですが裏切り者のキルは、よりにもよって魔族の宿敵である勇者シリルとオデットとの婚姻を提案したはずです。さすがにまだ王都について数日。婚姻の提案があったとし……」
分かりやすく私の顔は青ざめていたのだろう。
セインは途中で言葉を止め、私の両肩を掴み、強く揺さぶる。
「まさか、もう……ちゃんとした式も挙げずにですか!? そんな……」
そこで絶句したセインだが、ハッとしてその銀色の瞳で私の目をのぞきこむ。
「書類上の手続きだけ、オデット様が逃げられないよう、先に進めたのですね!? そうなのでしょう、オデット様!?」
ここまで真剣に尋ねられ、無視などできない。
「そ、そうだ。昨晩、神殿で司祭の元、婚姻証明書にサインをした」
「……なるほど。カイテリアが動いたのですね」
「! セイン、カイテリアはお前の指示で動いたのか!?」
ため息をついたセインが、乱れていた私の髪を手櫛で直す。
「さすがに死んだフリをしていたわたしが、カイテリアに指示を出すのは無理です。ただ状況を考えれば、カイテリアなら反乱軍の指揮官に祭り上げられるだろうと思えました。わたしとは遠縁ですから。相応の魔族が、カイテリアを担ぎ上げたはずです。シリルはカイテリアの制圧のため、王都を出発することになったのでは?」
チラリとこちらを見るセインは、ここ数日、ろくに情報を得ることができていないはずなのに。さすがセインだ。限られた情報と現況を踏まえ、それでも最適解を導き出している。
「王都を離れる前に、シリルはオデット様と婚姻関係を結んだのでは? それはシリルなりに、オデット様の立場を盤石するためだったのでしょう……」
「まあ、その通りだ」
「……申し訳ないです、オデット様。人間と婚姻関係を結ぶなど、例え書類上のことであっても、屈辱だったはず。わたしの到着が遅かったために、そんな恥ずべき状態になってしまうとは……」
セインがいきなりその場で片膝を跪き、お詫びの気持ちを示してくれるが……。
「ま、待て。セイン。私は……シリルと婚姻関係を結んだことを後悔していない。これで良かったと思う。もう私を大義名分として担ぎ出すことはできない」
私の手をとっていたセインは、眉をひそめる。
「何を言っているのだ?」と、問うような表情になっていた。
「つまり私は、魔族と人間が争うのをやめ、共生した方がいいと思うようになった。アビサリーヌが滅び、もうすべては決した。これからは」「オデット様!」
立ち上がったセインは眉をくいっとあげ、尋ねる。
「魔法使いに何かされたのですか? 何を言いだしているのですか、オデット様!」
「いや、違う。セイン、これは私の本心だ」
「……どうしてそんなに、考え方が変わったのですか……?」
それは……前世の記憶が覚醒したことが大きいと思う。
それに黄金のドラゴンをきっかけに負けたことも……影響していると思った。
だが前世のことなど話せない。
どう説明したら分かってもらえるのか。
そう悩んでいると、セインの瞳が凍てついて行く。
「書類だけ……ではなかったのですね。昨晩、オデット様は……。無理矢理、篭絡されたのですね、シリルに」
「セイン、何か勘違いをし」「殺してやります」
押し殺したセインの声に、底知れない怒りを感じ、恐怖を覚える。
誤解を解かないと、大変なことになると思えた。
セインはシリルと私が昨晩、心身共に結ばれたと勘違いしているのでは!?
「セイン、誤解だ。シリルとは」
ものすごい風を感じ、目を開けるとセインの姿がない。
そう思ったが、既に扉の方へ移動している。
風を操り、セインは移動速度を上げることができた。
「待って、セイン! 話を聞いてくれ!」
◇
「それで、セインはシリルを追っている可能性が高いと?」
ローテーブルを挟み、対面のソファに脚を組んで座るキルは、優雅に紅茶を口に運び、私を見た。
セインが大神殿から姿を消した後。
まずはキルからもらったピンキーリングの宝石をさすり、自分の位置とピンチであることを伝えた。
その後、すぐにシアとペルを起こし、何が起きたかを手短に伝える。
神官であるシンと護衛騎士二名には申し訳ないが、そのまま放置。
セインが姿を消したとなれば、いろいろ聞かれるだろう。
申し訳ないが、そちらに時間を割いている場合ではないと思った。
こうして私は、シアとペルを連れ、大神殿を出た。
私の発したSOSは、ちゃんとキルに伝わったようで、そこにはキルが遣わした馬車が待機してくれていたのだ。
その馬車に乗った私たちは、キルの屋敷に向かうことができた。
そして応接室へ通された私は、大神殿で起きたことをキルに話し終えたところだった。
「本人の言動から、シリルを追っていると判断した。セインは……勘違いしている。シリルが昨晩、私のことを、無理矢理、そういうことをしたと」
「なるほど。無理矢理ではなかったのに、勘違いされたわけか」
「いや、無理矢理も何も、まだ何もないから!」
「そうなのか……」とキルは驚愕の表情になるが、今はそこを論点にしている場合ではない!
「シリルは誠実で真面目なんだ! いきなりそんなことをしては、私が驚くと思ってくれた。そのシリルの命を狙い、セインが動いている。……セインが単独で暗殺行動を始めたら、どうなるのか、想像もつかない。今すぐ、止めたいんだ!」
「なるほど。……シリルはまるで修道僧か大神官だな。よくまあ、オデットを前にして、我慢できた。目の前にサーロインステーキを置かれ、朝まで『待て』に耐えた犬みたいだ」
「叔父上!」
口ではきつい声を出しているが、脳内でシリルを犬化してしまい、「待て」をしている姿を想像している。当然、頬が緩みそうになるが、奥歯に力をいれ、なんとか堪えた。
「まあ、セインは騎士団の団長だ。指揮官として、統率力があり、状況を読み、適切な判断を下せる。それはそのまま隠密行動でも役立つだろうな。何より、奴が操る風の魔術は厄介だ。炎や水のように、目に見える分かりやすいものではないからな」
「だから叔父上、私と共に、シリルの所へ向かって欲しい! 先日の魔法使いに頼めば、転移魔法を使えるだろう!?」
「落ち着け、オデット。シリルが魔術による攻撃を警戒していないわけがない。大神殿での警備が緩かったのは、仕方がないだろう。セインは死んだと思われていた。毒を体から発しているが、魔術を使えるわけではない……と考えられていたからな。だが、今、まさに討伐へ向かうシリルが無防備であるわけがない」
キルは冷静にこう指摘した。そしてその指摘は……的を射たものだ。
「シリルのそばには、魔法使いのレウェリンとエルフのミルトンがいる。どちらもベテラン、しかも二人とも援護や防御だけでなく、攻撃系統も得意だ。敵に回すと厄介過ぎる。間違いなく今回も魔法と精霊の力で、がっつり魔術対策はしているだろう」
さらにそれだけではないと、キルは続ける。
「シリルのそばには、女騎士のレダもいるんだ。武器を使った物理的な攻撃に対する対策も、万全なはず。何よりシリル自身が人間離れしている。例えば、だ。セインが三万五千の兵士と騎士を殲滅させても、レウェリン、ミルトン、レダ、そしてシリルを倒すことは、一筋縄ではいかない――ということだ」
昔はキルも戦場に出ていたと聞いている。
だが時が流れ、重鎮の立場になり、会議室から指示を出す立場になっていたが……。
敵とみなしていた人間たちを、勇者シリルが率いるパーティのことは、きちんと分析できているようだ。
現場にいないと、つい、机上の空論になりがち。
だがキルはそうではなかった。
セインはキルのことを、裏切り者、スパイ、内通者と評した。
それは間違っていないと思う。
ただ、私はそれだけではないと思えていた。
キルは目の前のことだけを見ていたわけではない。
その先の世界を見ていたに違いないと。























































