最善
キルは裏切り者であり、スパイ、そして内通者。
それは事実である。だがそれだけではないと、私は感じていた。
キルは長きに渡り、魔族と人間たちの争いを目の当たりにしてきたのだ。
これ以上争いを続けることは得策ではないと、いち早く気づいたのだろう。
私利私欲のために、キルは動いたわけではない。
もう潮時と感じたのだ。
魔族と人間たちの戦いには、終止符を打つべきだと。
そのため、黄金のドラゴンを、シリル達のパーティや兵が魔王城へ侵入することを、良しと考えた。
兵士達の狼藉は予想外。そこまでを良しとは考えていないはずだ。
私とシリルが婚姻関係を結ぶよう画策したのも、それが最善だと思ったからだろう。
最善。
それはいろいろな意味で、だ。
平和の象徴ということもそうであるが、私自身が生き延びるために、必要なことだと考えた。
ただ、ここは綱渡りだったと思う。
なぜならシリルは、ヒロインであるフィオナの攻略対象でもあったのだ。
キルは勿論、そんなことは知らない。
フィオナがシリル攻略を選んでいたら、いくらキルでも思惑通りに事を運べなかったはず。
いろいろな奇跡が重なり、収まるところにすべてのピースが収まったのだと思う。
自分にとっての右腕であるセインから指摘されても、私はキルを裏切り者の内通者として、遠ざけることはできなかった。だからこそ、キルを頼ったわけで……。
「いくらあのセインがシリルの命を狙おうと、そう簡単にはいかない。動くなら、ヴィレンドレーに着いてからだろう。青二才だろうがカイテリアがいて、そこに魔族が三万も集結しているんだ。どうしたってシリル達も、そちらへ注力する。隙もできるだろう。そこでセインはシリルを狙うはずだ」
確実にシリルを狙うなら、この方法をとると思えた。
冷静に考えれば、分かることなのに。
セインが生きていると分かり、さらにシリルを狙うと分かった瞬間から。
落ち着いて判断することができなかった……と思う。
「まあ、オデット。そう落ち込むな。何せ新婚だろう? 夫の命を魔族の中で最強と言われた騎士団長が狙っているとなれば、動転して当然だ。それにまだ結ばれていないとなると……なおのこと、シリルの無事を願うだろう」
キルが動じないおかげで、私もクールダウンできたと思ったのに!
「叔父上、そ、そう意味での心配ではない!」
「そんなに顔を赤くして! 恥ずかしいことではない。好いているのなら、当然のこと。それに魔力の件もあるのだから」
「キル様、これ以上、オデット様に余計なことを言うと、ただでは済ませませんよ!」
「そうです。オデット様とシリル様は大変ピュアな二人なのです。俗物的な見方はやめてください!」
この応接室にはシアとペルが控えていることを、キルは失念していたようだ。
忠誠心の厚い二人は、キルに私の代わりで抗議している。
そのシアとペルは、エルエニア王国に来てから、さらに護身術の腕を磨いたと聞いていた。
結果、シアはその手にヌンチャクを持ち、ペルは鎖鎌を持っている。それを今、キルにこれ見よがしに構えて見せた。
一体、誰が二人に護身術を教えたのか。
ともかくその構えを見たキルは「武器をおろしてくれ」と慌てている。
エルエニア王国では、侍女も黒のワンピースにエプロンという姿が普通だった。
この姿でヌンチャクと鎖鎌は、シュール過ぎる。
だがここは、乙女ゲームの世界。
武器もありとあらゆるものがあった。
「二人とも冷静に。私はオデットの味方なのだから」
キルが両手を上げ、降参のポーズになる。
「叔父上、ヴィレンドレーでセインがシリルを狙うと分かっているなら、それに越したことはない。私をヴィレンドレーへ連れて行ってくれ。セインを止めることができるのは、私しかいないと思う」
「仕方ないな。だが可愛い姪っ子の頼みとなれば、仕方ない。準備に時間をくれ。魔法使いの協力を得られるかどうか、それは分からない。いろいろ動いてみる。それにオデットもちゃんと説明した方がいいぞ。護衛の騎士は置いてきぼり、でも侍女二人を連れ、しかもセインまで姿を消しているとなると……誤解を招くぞ?」
◇
一刻も早く、シリルの元へ駆けつけたいのに!
私は三日間。
青の塔の部屋に幽閉されてしまった。
その部屋は窓に格子があり、扉の外には警備兵がいるし、室内にも警備兵が二十四時間で貼りついていた。一人になれるのはレストルームと入浴の時だけ。シアとペルは地下牢に入れられ、私の疑いが晴れるまで、そこから出してもらうことはできなかった。叔父であるキルは、うまいこと切り抜けたようだ。私が幽閉されている間に、シリルの所へ向かう算段を立ててくれていたが、それでも行動監視をはされていたという。
一方の私は一日八時間、尋問され、同じことを繰り返し話すことになった。
「大神殿で何が起きたのか」から始まり、「セインを復活させたのは、お前なのではないか」「セインを逃がしたのは、貴様なのではないか」「セインはどこへ行ったのか」などを聞かれ、私は見たままを話し、最後は「シリルの命が狙われている。彼の警備を強化してほしい。私も彼に会いに行きたい」と締めくくることになった。
それでも私は魔王の娘、元王女。
セインを復活させたのではと疑われ、わざと逃がしたのではと冷たい目で見られた。
女の魔族は魔術を使えない。だから何か魔法が発動するアイテムを使ったのではないか――そんな風に無理矢理犯人に仕立てられてしまう。
モンド公爵夫妻は一度だけ、十五分という短い時間だが、面談を許された。
「オデット、大丈夫だ。必ずここから出られるよう、手を尽くす。シリルから君のことを守るよう、念押しされている。モンド公爵の名にかけ、君の嫌疑をはらす。それにこの事態を知ったら、シリルも大いに抗議するはずだ。国王陛下もシリルの抗議は無視できない」
義父はシリルと同じぐらい優しく、そして私を信じてくれる。
「オデット様、シリルには早馬でこの事態を知らせているから、あの子の心配はしなくて大丈夫よ。それに男の子なんだから。自分の身は自分で守れるはず。それよりもあなたよ! ちゃんと食事は食べている? これ、ドライフルーツとチョコレート。本当は持ち込み禁止だけど、バレないようにしたから、食べて」
義母もまた、私の無実を信じ、励ましてくれた。
最終的に私がこの幽閉から解放されたのは、レウェリンの魔法で届けられた、国王宛のシリルからの手紙のおかげだ。いったいどんな手紙だったのか。ようやく解放され、キルと会った時に教えてもらったのだが、シリルはその手紙の中で、こう告げたという。
――「オデットは自分の妻であり、その心は自分と一つ。彼女を疑うのであれば、それは自分を疑うのと同じです。自分の忠誠を信じられないというのなら、ヴィレンドレー魔族討伐軍の指揮官の任務を辞退します。陛下の信頼できる別の部下にお任せください。なお、自分と志を同じくするレウェリン、ミルトン、レダもまた、この遠征から離脱することになります。またアビサリーヌにいるストーンズも、帰国することになるでしょう」
これを読んだ国王は青ざめ、すぐに私の幽閉を解いた。勿論、シアとペルも、地下牢から出ることができたのだ。かつ、私がシリルに会いに行くことを認めてくれた。
「オデット、すまなかった。君の忠誠を疑ってしまい。くれぐれもシリルには、わしが間違っていた、心から詫びていたと、伝えて欲しい」
国王はそう言うと、私、キル、シアとペル、護衛騎士十名を連れ、ヴィレンドレーへ向かうことも許可してくれた。そこにもう一人加わったのが、あの日キルと一緒に神殿に現れた魔法使いだ。まさに私が誓いの言葉を言おうとしている時に、キルと共に乱入してきた魔法使いであり、その名はマーシャルソン。
マーシャルソンは、バーガンディ色の癖毛にヘーゼル色の瞳で、あずき色のローブを着ている青年だ。アビサリーヌからエルエニア王国へ向かう旅の道中、キルのお目付け役を務めたのが、このマーシャルだった。彼は、レウェリンと負けないぐらい強い魔法使いだったが、とても腰が低い。飄々としたキルを上手く扱えるわけがなく、立場はすぐに逆転。今となってはキルの御用聞きのようになっていた。
「しかし、予想以上に大所帯になったな。護衛騎士はオデットの安全のためと言っているが、要は監視だろう。こんなにいたら、転移魔法も使えない。まあ、元々ある程度は馬車移動を想定していたが……邪魔だよな」
一度の転移魔法で移動できる距離、人数は有限だ。
よって確かにキルの言う通りだった。




















