何かタッセルのようなものを掴んでいた
「オデット、大丈夫だ。君がいろいろ情報を教えてくれた。間違いなく、討伐は上手くいく。終わればすぐに戻る。そんな泣くほど心配するような」「そんなことはないっ!」
ナプキンで私の涙を拭おうとしているシリルの手を掴んでしまう。
「戦場では何が起きるか分からない。不測の事態が起きて当たり前だ。簡単に片付くと思った戦で足元をすくわれる。そんなことばかりだ。絶対なんてないのだから……」
その瞳に驚きの色を浮かべていたシリルだが、すぐに優しい表情に変わる。
「そうだな。自分が間違っていた。……抱き寄せてもいいか? そんなに涙をこぼすオデットを放ってはおけない」
こくりと頷くと、シリルは「まずはその涙を」と、ナプキンで頬をぬぐってくれる。その上で私のことをふわりと優しく抱き寄せた。
自然と体から力が抜け、シリルの胸に身を預けている。
シリルは私を落ち着かせるように頭を撫で、そのまま背中も撫でてくれた。
そうやって触れられることで、不思議とドキドキするより、癒されていると感じている。
そして……。
彼の心音が聞こえてきた。
生きてここにシリルがいると分かり、心底安心できる。
同時に。
こんなにもドキドキとしているのは……きっと私が急に泣いたので、心配させてしまったのだと思う。
シリルに声をかけようと思ったが、まだ涙が出そうだった。
もう少し落ち着いてからにしよう。
そんな私の気持ちが、シリルにも伝わっているのだろうか?
シリルは何も言わず、私の背を撫で続けている。
そこから五分ぐらい経ち、シリルが遠慮がちに声をかけてくれた。
「オデット、もう涙は収まったか?」
「はい。……急に、取り乱して、申し訳なかった」
シリルの顔を見上げると、黄金のような髪がサラッと揺れ、彼の額が私の額に重なった。
「あやまる必要なんてない。あんな風に心配してもらえて……嬉しかった」
「シリル……」
凪いだ海のように完全に静まっていた心臓が、一瞬にして大騒ぎになっている。
これでは心臓が持たない……と思った私は、シリルに提案していた。
「……顔を洗ってもいいだろうか?」
「勿論。バスルームに案内しよう」
「だ、大丈夫だ。この寝室にはドアが三つしかない。配置的にバスルームはあれだと分かっている」
そう言うと私はシリルからはなれ、バスルームと目星をつけていた部屋へと向かう。
扉を開け、中に入ると……いきなり明かりがつくことに驚く。
前世のようなセンサーライトなんて存在しない。
よってこれは……魔法で明かりがついているんだ。
便利だなと思いながら、大理石で出来た洗面台に向かう。
水甕の水を使い、顔を洗って、タオルを掴もうと、手を動かすと。
何かタッセルのようなものを掴んでいた。
次の瞬間。
いきなり目に見えない力でバスルームの方へ引っ張りこまれ、着ていたドレスをあっという間に脱がされてしまう。しかも下着まで!
「えええっ」という声を出そうとしたら、そのままいきなりバスタブに体がふわりと運ばれる。あまりに驚き、声が出ない。同時にバスルームに明かりが灯り、バスタブは丁度いい温度のお湯で満たされていく。
さらにスポンジが勝手に背中やら腕やらを流してくれる。
な、何が起きている!?
完全にパニックになっている間に、体の泡が落とされ、今度は髪が洗われていた。人の手のような感触があるので、自分の手を伸ばすが、そこには何もない!
そうこうしているうちに髪が洗い終わったと思ったら、頭上から突然お湯がふってきて、全身を洗い流した。ビックリしたところでバスタオルが飛んできて、あれよあれよという間に水気がなくなる。髪はタオルをターバンに巻いたような状態になり、そして……。
バスルームを出ると、タオルドライされながら、歯磨きをすることになった。
タオルドライが終わった髪には、どこからか吹き出す温風が当てられ、どんどん乾いてく。
魔法だ。
このバスルームには”自動入浴システム”という、前世でさえなかった魔法がかけられているんだ……!
◇
最終的にシリルのぶかぶかのバスローブを着せられ、入浴は完了となった。
ちゃんと体も髪も洗い終え、しかも髪の乾燥までしてくれる。
こんな自動入浴システム、前世でもなかったというのに!
魔法は実に素晴らしいと思った。
しかし。
このぶかぶかバスローブでは、前世で言うなら平安時代の姫君のようだ。裾を引きずることになるし、袖も長すぎる。
そう思っていたら!
脱がされたドレスがいつの間にか寝間着に戻っていた。
まだ零時は回っていない。
ドレスを魔法で変身させるのは、あまり得意ではないと、魔法使いのレウェリンは言っていた。もしかすると魔法の効き目が甘かったのかもしれないが、これは好都合だった。
急いで寝間着に着替え、そしてバスルームを出ると、シリルが安堵した表情で私を見た。
「入浴魔法が発動したようだな」
「すみません。私が何か余計なものに触れたようで……」
「自分が先に注意しておけばよかった。驚いただろう? ……しかし、その寝間着は? 魔法でそんなものも用意されていたのか……?」
シリルが驚いた様子でソファから立ち上がり、私の着ている白いシルクの寝間着を眺めていた。
「あ、元々着ていたドレスは、この寝間着をレウェリンの魔法で変えていただけだ。どうやらその魔法が解けたようだ」
「なるほど。そうなるともうドレスはないのか。よし。明日の朝に着るものは、別途用意させよう。それと使いを出して、公爵邸にいることは、青の塔の者には既に伝えてある。誘拐されたと心配させることになるからな。そこは大丈夫だ」
いろいろとちゃんと動いてくれていたことに、改めて感動してしまう。
「シリルはいつもあの入浴魔法を使っているのか?」
「……時間がない時はそうだな。少し早いが、部屋に案内させようか?」
そうか。なるほど。ちゃんと私を別室へ案内してくれるのか。
ペルの言葉で、そういう流れになるのかと思ったが、ちゃんと配慮してくれた。
それはキルが「オデットは、手に触れられるぐらいなら大丈夫だろうが、それ以外は徐々にだろうな。ゆっくり慣らしてやってくれ」とシリルに伝えてくれたからだろう。
なんだかんだで叔父であるキルに助けられていると思う。
ということで「分かった」と答えかけ、「待てよ」と考えることになる。
沢山の花束が届けられたということは。
私が公爵邸にいることを、知る人は多いのだろう。
つまり婚姻関係を結ぶ書類にサインし、夫となった騎士であり勇者であるシリルの屋敷に私がいることは、周知になった。当然だがそれは国王陛下の耳にも届くだろう。
だが結局、部屋は別々で休んだ……となれば、それもまた彼らに伝わる可能性がある。
いや、公爵邸の使用人だ。口は堅いと思う。忠誠心も強いはず。
結婚したばかりのシリルと私が別々の部屋で休むことになっても、それをペラペラ話すようなことは……ないと思う。ないと思うが、もしも話されてしまった時には手遅れだ。
やはり政略結婚、愛のない結婚と噂は広まり「魔王の娘は無理矢理結婚させられた、お救いしなければならない!」という、魔族の残党たちの戦うための大義名分になりかねない。
それはダメだ。
「シリル。もしものことを考えると、私はこの寝室で休んだ方がいいと思う」
「!! それは政治的な配慮か?」
「そうです。……一応今夜は……(ごくりと唾を呑み)初夜になるのだろう?」
「初夜」という言葉を口にするだけで、心臓が止まりそうだった。
シリルは口元に笑みを浮かべ、「そうだな。では自分も入浴をしよう。ナイトティーはこの部屋に用意させよう」と言い、ベルを鳴らす。
部屋に来た従者にテキパキと指示を出すシリルを眺めながら、この判断で間違っていないはず……と自分に言い聞かせる。
一方のシリルは、従者が部屋を出て行くと、バスルームへ向かう。
その背中を見送り、ふとあの入浴魔法で瞬時にドレスを脱がされたことを思い出し、シリルもそうなるのかと考えた瞬間。
シリルの裸……いや、何を想像しているのだ、私は!























































