たまらなく……
口の中に広がる、酸味と甘みと溢れる果汁。
もぎたて感のある香りも知覚している。
この味の記憶は、魔族に転生してからではない。
前世のものだ。
暗黒の国アビサリーヌは、どこの国とも交易していないので、こんな南国の果実は手に入らない!
そう、今、私の口の中には、シリルが食べさせてくれたパイナップルが入っていた。
くいっと私の顎を持ち上げたシリルは、パイナップルを食べさせてくれたのだ。
「レダから聞いていた。アビサリーヌは交易している国がないから、チョコレートなんてめったに手に入らないと。ならばフルーツもそうだろうと思い、海路で運ばれた南国のものを用意していた。オデットが喜んで食べてくれるだろうと思って」
私はじっくり味わい、パイナップルを飲み込むと、目を輝かせることになる。
言われてテーブルに置かれた銀皿を見ると、確かにそこに並ぶのは……。
アプリコット、ラズベリー、ピーチに加え、パイナップル、パッションフルーツ、キウイフルーツ、グアバ、マンゴーと、南国のフルーツが勢揃いしていた。
「オデットのために用意したものばかりだ。良かったら、楽しんでくれ」
「ありがとうございます!」
前世でもパッションフルーツは、あまり食べた記憶がない。
ここはありがたくパクパクといただく。
この酸味もそうだが、噛みしめた時の種のパリパリとした食感がたまらなかった。
これまたあまり食した記憶のないグアバ。こちらは白い果肉でシャキシャキした食感が、洋ナシに似ているかもしれない。味もそこまで主張がない。パッションフルーツの後の箸休めに、丁度いい気がした。
続いてキウイフルーツ!
前世ではお手頃価格で手に入ったので、よくヨーグルトに入れて食べていたが、この世界では珍しいフルーツに分類される。果肉の色が濃い……と思ったら、完熟していたようで、ものすごく甘い!
パッションフルーツの直後に食べないで良かったと思う。
仕上げはマンゴー!
安いものは安く、高いものは高い。
前世では国内産マンゴーは驚くほど高かった。味もまさにピンキリだった記憶があるが、はてさて。
「あ、甘い……!」
果肉は口のなかでとろけるようで、つるっといけてしまう。
これ、絶対にタルトにしても美味しいやつ!
完全に前世のモードで食べていると、シリルが「オデット」と私の名を呼び、振り返ると……。
唇の端についたマンゴーの果肉を、ナプキンで綺麗にふいてくれた。
そこで気が付く。
どうぞ、と言われ、無心に食べていた。
隣にシリルがいるのに、完全に南国のフルーツに夢中になっている。
しかも……南国フルーツは、マンゴー一切れを残し、すべて平らげていた。
「シリル……すまない」
「? どうした、オデット」
「共に生きることを誓ったばかりなのに。私は……自分の食欲を優先させ、その……もうこれしか」
ぽすっとシリルの手が頭にのせられ、驚いてその顔を見ると、彼の空を映したような瞳が優しく細められていた。
「オデットは王女だったのだろう? もっと堂々としていてもいいものを。なぜそんなに謙虚なんだ? 悪い意味では言っていない。感動している」
「そ、それは……」
私の中に、女魔王としてのオデットと、前世日本人としての私が混在しているからだろう。
「オデットのそんな優しいところが……たまらなく好きだ」
照れることなくストレートにそんな風に言われ、もう全身が熱くなる。
そこでふと気づく。
シリルはどうも私のことを昔から知っている……そんな風に思えるのは、気のせいなのだろうか?
「君の気持ちが晴れるなら、その最後のマンゴーは自分がもらってもいいか?」
「そ、それは勿論!」
そこでシリルにフォークを渡そうとしたが、緊張していた。
「あ」と思ったら、絨毯の上にフォークを落としている。
スプーンがあるが、それはパッションフルーツ用。
こんなことのために、シアやペルを呼んでもらうのは申し訳ないと思った。
かといって私のフォークを使ってくれ……なんて言えるわけがない。
するとシリルが、私の腰をぐっと抱き寄せた。
いきなり腰を抱き寄せられ、驚いたが、だからと言ってそれ以上どこかに触れることはない。
抱き寄せた後、すぐに腕は離れている。
ただ耳元で「そのマンゴーをフォークですくって」と囁かれたのだが。
まず距離が近い!
声がダイレクトに耳へ届いたように感じ、落ち着かない。
しかも声だけではなく、ふわりと息が耳に触れたのだ。
何とも言えない歯がゆい感覚に、胸が震えている。
り、理性が飛びそう……!
悶絶しながらも、マンゴーをフォークですくわないと!――そこで手を動かすと。
その私の手に、シリルの手がふわっと重なった。
「マンゴー、いただいても?」
「……ど、どうぞ……」
先程の耳元での囁きに、完全に力を持っていかれている。一方のシリルは、私の手を包み込んだまま、マンゴーをすくったフォークをそのまま自身の顔へ近づけ、パクリと頬張る。
その瞬間の距離の近さに、眩暈がしていた。
これは異性耐性がない私の閾値が、超えた結果だろう。
シリルはそこまで変なことはしていない。
それにマンゴーを食べ終わると、元の位置に座り直している。
そうではあっても。
いろいろ近かった。
シリルという存在を思いっきり感じてしまったのだ。
感じた結果……。
ソファの背もたれに身を預ける。
なぜだろう。
もっと触れあってみたいと思っていた。
耳元での囁き。
あれがもし愛の言葉だったら、どんな気持ちになるのだろう?
腰を抱き寄せたまま、耳元で彼の吐息を感じ続けたら……。
そんな妄想も膨らみ、自分が自分ではない気持ちになっている。
「疲れてしまったか?」
ソファにもたれる私を、心配そうにシリルがのぞき込んでいた。
その顔は清廉そのもので、さっき妄想した妖艶なシリルとは、全然違う。
むしろ妄想の中で愛の言葉を話させ、吐息をはかせ、いろいろしてしまったことを……猛省する。
猛省した私は、少しでもシリルの役に立ちたいと思った。
「問題ない。それよりシリル。北部の都市、ヴィレンドレーで暴れているカイテリア。奴について、私が知る情報を伝えておく。少しでも戦局が有利になればと思うから」
そこでカイテリアが過去にとってきた戦略など、一通り話すことになった。
シリルは熱心に話を聞いてくれる。
「なるほど。魔獣の召喚が得意なのか。では歩兵を前線で動かすのは、危険だな」
「はい。最前線には罠を仕掛け、後方から弓兵、そして魔法使いとエルフを配備した方がいいと思う」
「そうだな。……オデット、いろいろ教えてくれて、ありがとう。カイテリアには投降を促し、なんとかして王都へ連れ帰るようにする」
これには「ありがとうございます!」だった。
ただ……。
「私が言ったからと、無茶はしないでほしい。カイテリアが、私の知るカイテリアではなくなっている可能性だってある。私の希望を優先させ、シリルが傷つくようなことは……あってはならないと思う。というか……」
こんな感情が溢れるのは、初めてのことだった。
戦場に行く魔族のことは、何度も見送っている。
セインのことなんて、死地になるのでは?という場所にも、何十回も送り出しているのに。
シリルが人間だからだろうか。
人間は脆いと分かっているから。いざとなった時、魔術を使えないから、身を守ることができないと思ってしまうのではないか。
――「戦場に向かうが、結婚もした、絶対に生きて戻って来る……」
不意にレダの言葉を思い出してしまう。
生きて戻ることを意識しないといけない程、危険なのだ。
そう戦場は……人間にとって、魔族以上に死と隣り合わせの場所なのだ。
そんなところにシリルを行かせるなんて……。
これまで何十回と激闘を経験し、シリルはここにいるのだと思う。
数々の勝利を収め、シリルはとても強いと分かっている。
それは頭で理解できていても……。
「シリル!」
「どうした、オデット?」
「……絶対に生きて帰って来て欲しい。無茶はしないで欲しい。ちゃんと元気な姿で帰って来てくれ!」
セントの死を聞いても、涙を数粒こぼしただけなのに。
今は涙がボロボロとこぼれ落ちていた。




















