その命ある限り、真心を尽くす
なんだか勢いでここまで来てしまったが。
初めて来たエルエニア王国の神殿に、圧倒されてしまう。
暗黒の国アビサリーヌに、神殿などなかった。
前世でもこんな神殿、足を運んだことなどない。
すべてが白の世界。
大理石の床と柱と屋根。
柱に沿い、等間隔で、明かりとなる松明が並んでいる。
「こちらですよ」
レダにエスコートされ、歩き出す。
一歩後ろから、魔法使いのレウェリンもついて来ていた。
オリーブの葉をくわえた、鳥の絵がレリーフとなっている両開きの扉の前で、レダが立ち止まる。
レダが右側の扉を押し、レウェリンが左側の扉を押す。
ゴゴゴゴと低音を響かせ、扉が開いた。
中に入ると既に祭壇の前に、シリルがいる。
儀礼用なのだろうか。
真っ白の生地に、金糸による刺繍、金の飾りボタンと飾緒があしらわれた軍服を着ている。マントは鮮やかなセレストブルーで、そのコントラストが眩しく感じた。
ゆっくりこちらを振り向くシリルの瞳は、空を映したかのような碧い色。
魔族が好む黄金のような髪が、その動きにあわせ、サラサラと揺れる。
鼻梁の通った端正な顔立ちに、微笑が浮かぶ。
その微笑に胸が柄にもなくキュンと高鳴り、同時に緊張してくる。
婚姻関係を結ぶために、司祭の前で誓いの言葉を交わし、書類にサインをするだけ。
あと何かするとレダが言っていたが多分、大丈夫。
深呼吸をして、落ち着くのだ。
そうしている間にも、レダにエスコートされ、祭壇につながる真っ直ぐの通路を進むことになる。
左右には長椅子が並べられ、最前列には……!
フィオナとエルフのミルトンがいる!
これには驚いた。
まさかヒロインとその攻略対象が参列してくれるなんて。
しかも桜色のドレスを着たフィオナは、私を見て笑顔で手を振ってくれている。アクアグリーンのセットアップを着たミルトンも、エメラルドグリーンの瞳を細め、見守ってくれていた。
こうして通路を進み、ついにシリルの横に立つことになった。
「オデット王女……いや、今日からはオデットと呼ぼう。わざわざこんなに素敵なドレスに着替えてくれたのか?」
シリルが上から下まで私を眺め、その瞳を輝かせる。
褒められたことが嬉しいのに、同時に恥ずかしくなり……。
「これはレウェリンの魔法で……」
なんだかぶっきらぼうに答えてしまう。
「魔法でこんなドレスを出せるのか。違うな。着ているオデットのおかげで、このドレスが映えているのだろう」
これは殺し文句というのではないか。
恋愛耐性がない私は、もう真っ赤になり、俯くしかない。
「シリル卿、始めますか?」
レウェリンと同じぐらいの年齢の司祭が、シリルと私を交互に見る。
着ている司祭服も白で、レウェリンとそっくりに見えてしまうが、髪と髭が銀髪なので、そこが区別のポイントに思えた。
私がそんなことを考えている間に、シリルが「始めて欲しい」と答えていたようだ。司祭は手元の書物を広げ、夫婦になる二人への心得のようなことを話してくれていた。
ちゃんと聞かなければと思うが、緊張は続いており、あまり頭に入ってこない。
それでも。
健やかなる時も、病める時も~という、前世でも聞いたことがある言葉が始まると、意識は必然的にそちらへと向かう。
同時に心臓が信じられない程、高鳴っていた。
まだシリルと話すことができていないのに。
本当に婚姻関係を結んでしまっていいのか。
「……その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」
「誓います」
シリルの凛とした声が響き渡る。
即答だった。迷いなどない。
「では……」
司祭がそう言った瞬間。
「間に合った!」「ひぃ~」
まさに私の誓いの言葉のターンで聞こえてきたこの声は!
叔父であるキル、そして見知らぬ魔法使い。
間違いなく、突然キルに請われ、転移魔法を使うことになったのだろう。
ここにいるメンバーは皆、キルのことを知っているようだ。
この突然の登場にも、動じることがない。
司祭はチラリとキルを見て、シリルを見る。
シリルはクスッと笑った後、「問題ない」という表情で司祭に頷く。
司祭はそこで私へ向けて、誓いの言葉を告げる。
「……その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」
心臓がなんだか爆発しそうだった。
一瞬、キルを見ると、ものすごい勢いで首を縦に何度も振っている。
髪が乱れることを気にせず、何度も。
そうか。
まだシリルと話はできていないが……。
いいのだな。
お墨付きをもらえた気持ちになり、返事をしていた。
「……誓います」
その瞬間。
皆が温かい拍手を送ってくれる。
あくまで婚姻関係を結ぶための書類にサインをするためであり、これは正規の結婚式ではない。
後に盛大な式は行うと言われているが……。
私はこれでも十分だった。
胸がジーンとし、感動している。
「ではシリル様、オデット様。誓いのキスをどうぞ」
うん、誓いのキス!?
ドクドクと心臓が大騒ぎを始め、目が泳ぐ。
そう言えばそんなことをレダが言っていたが、受け流していた気がする。
それよりもっと進んだ段階まで今日あるのかと思い、そっちの件を気にして……。
とにかく司祭の顔を驚きで見ていたが、背中からふわっと抱き寄せられる。
シリルの方へ体がさらに近づき、そして――。
スッと伸びたシリルの手が、頬に添えられた。
シ、シリル……!
こんな、みんなの前で、そんな!
違う。
誓いのキスは神聖なものだ。
だから……。
一瞬、シリルの瞳と目が合った。
温かい眼差し。そして「大丈夫だ」と伝えてくれる。
「あ……」
ふわりと感じた空気の動き。
シリルの唇は、私の額へキスをしていた。
額からじわんり伝わってくるシリルの体温。
潤いのある質感も知覚していた。
私が恥ずかしがっていると分かり、額にしてくれたんだ……。
前世の弱気な自分が、この神対応に涙が出そうになっている。
同時に、拍手が起きる。
「では最後にこちらへサインで終了です」
脱力した状態で、シリルに支えられながら、婚姻証明書にサインをした。
「確かに、受領いたしました」と司祭が微笑み、終了だった。
本来だとこのサインのみなので、ものの数十秒で終わることだろう。
でもシリルはちゃんと司祭を手配し、みんなのことを集めてくれていた。
集めて……いや、巻き込まれて参列したり(レウェリン)、勝手に乱入した奴(叔父上!)もいたが。
ともかく完了した。
「これで終了じゃな。今日は超過労働じゃ。もうとっと帰りたいから、ほれ」
レウェリンがそう言うと、シリルと私の足元に魔法陣が広がる。
「えっ」と思った次の瞬間。
もう転移していた。
間接照明のように明かりが抑えられた部屋は、すべてが紺色に思える。
この部屋は……。
天蓋ベッドの位置、ソファセットの位置、暖炉の位置。
違う。
これは青の塔に用意された私の部屋ではない。
「シリル、ここは……」
「モンド公爵家の屋敷だ。そしてここは自分の寝室だ」
いきなり王城の敷地外に、しかもモンド公爵家の屋敷、それも寝室に転移させられるなんて!
明日の早朝、北部の都市ヴィレンドレーを目指し、出発のはずだ。
大丈夫なのだろうか?
私が心配をしていると、シリルはベルを鳴らす。
すぐに従者が来て、彼はペルとシアを呼ぶように指示を出していたが。
「ちょって待って欲しい、シリル!」