そんな流れ、想定していない!
シアとペルに会えると思ったが。
会ったらきっと、二人と話し込む。
勿論、二人と話したい。
だが、今は――。
「ちょって待って欲しい、シリル!」
私のこの一言に、シリルと従者がこちらを見た。
「明日の早朝、出発なのだろう? 準備もある。もしやこれから王城へ戻るのか?」
「既に準備は終っている。早朝の出発だから、国王陛下には今日、挨拶も終えた。よって王城の中まで入らず、正門で合流する。元々今日は公爵邸に戻り、そこで休むつもりだった」
なるほど。それならば転移魔法で時短し、戻ることができた。
その浮いた時間の分、シリルと話す時間にしてもらえないか、聞いてみると……。
「分かった。問題ない。話をしよう。……きっとデザートを食べずに、神殿へ来てもらうことになったのでは? フルーツと飲み物を用意させよう」
従者が応じ、すぐに出て行く。
「……部屋は……」
そこでシリルの瞳が一瞬泳いだように感じた。
間接照明で、これぐらいの明るさであれば、ぐっすり眠れそうに思える。
今さら、煌々と明るい状態にする必要はないだろう。
「私はこの明るさでも問題ない」
「……明るさ」
シリルはチラリとランプを見て、視線を私に戻す。
「ランプはこのままで、この部屋で話すのでいいのか? 隣室にもソファセットはあるが」
「私は別にこの部屋で構わないが?」
「……分かった。ではそこのソファへ」
そう言うとシリルは私の手を取り、ソファへとエスコートしてくれる。
腰を下ろしたソファの座り心地の良さに、思わず「おおっ」と声が漏れた。
さらにシリルは、私がずっと握りしめていたブーケを、テーブルに置くよう、すすめてくれる。
「後日結婚指輪も用意するが、婚約指輪もちゃんと準備する。事情もあり、こんな急ぎの形で進めてしまい、申し訳なかった」
シリルもソファに腰をおろし、向き合うことになった。
座ったシリルが、その長い脚を組む。
「いえ、私を守るため、迅速に進めてくれたこと、感謝する」
「……守る。それも勿論あるが、自分がそうしたかったというのもある」
「……?」
「ヴィレンドレーへ向かえば、数か月は王都へ戻れないだろう。せっかくオデットとの結婚が国王陛下にも国民にも認められたのに。君を置いて、戦地に向かうのは……。自分が心配だった。もう君と本当は離れ離れにはなりたくなかったから」
そこで扉がノックされ、フルーツと飲み物を運んできてくれたのは……シアとペル!
「シア、ペル!」「「オデット様!」」
本当はハグしたいが我慢すると、二人はテーブルにフルーツを並べ、紅茶の用意をしながら、お祝いの言葉をかけてくれる。
つまり二人は私がシリルと婚姻関係を結んだことを、既に知っていたのだ。
「オデット様。本来であれば、婚儀の前に、夜伽に関していろいろお伝えするのが……いきなり実践で大丈夫でしょうか?」
シアが紅茶をいれている間、ペルがドキッとすることを耳打ちする。
「そ、それは……盛大な式の前に教えて欲しい!」
「今晩はどうされるのですか?」
「今晩?」
「先程、婚姻関係を結んだのですよね? そしてここは寝室で、この照明の状態。後はこのフルーツを召し上がりになって、紅茶を飲み、リラックスされたところで……そういう流れでは?」
そんな流れ、想定していない!
いや、待って。
さっきシリルは私に、隣室にもソファセットがあり、そちらへ移らないかと尋ねてくれた。
それはつまり、このまま寝室で二人で過ごすのでいいのか、流れとして初夜に突入していいのか、それを確認してくれたのではないか。もしあの時、隣室へ移ることを提案したら、初夜は盛大な婚儀を挙げてから……と思っていたのでは!?
しまった!
そう思うが、もう遅い。
ペルの言葉で急激に緊張感が高まる。
そういう流れは想定していなかった!
心の準備ができていない。
しかも夜伽に関する知識がなかった。
前世でもそんな関係の異性などいなかったのだ。
会社の先輩が言っていた通りの年齢=彼氏いない歴!
一昔前は、それを喪女と言ったりしたが……。
不安でペルを見るが、紅茶をいれ終わったシアと共に、既に扉の前へ移動している。
「せっかくなので花瓶に生けてほしい」とシリルに言われたのだろう。
私のブーケをシアが手に持っていた。
「待って、私をこの部屋に置いて行かないで!」と声を出しそうになったが、二人は笑顔で「それではまた明日! 失礼いたします」と頭を下げてしまう。二人を呼び止める理由が何かないか。それを必死に考えている間に、ペルとシアは、そのまま退出してしまった。
どうすればいいんだ……。
「オデット」「はいっ!」
シリルはティーカップを手に優雅に微笑む。
「これはレモングラス、レモンバーム、レモンバーベナそしてペパーミントをブレンドしている。さっぱりして、気分も落ち着くはずだ」
まさに今の私に必要なハーブティーだと思えた。
すぐに口元へ運ぶと、もうその香りだけで、気分が清々しくなる。
「さっき、話が途中になっていた。オデットは、デヴォン伯爵令嬢からいろいろ言われたのだろう? 君についている侍女から聞いた。この結婚を、ただの政略結婚だと言われたとか。だが自分としては、そんなつもりはない。ちゃんと愛のある結婚にしたいと思っている」
「それは……本心なのか? 私は魔王の娘だ。国が滅んだ今、利用価値としてはシリルとの結婚ぐらいしかない。それを拒めば、私など不要な存在。生かすだけでも金はかかる。ならばとっと処刑してしまえ――そうなる私の運命を憐れんだのでは? シリルは優しい。そして真面目で誠実だ。その慈悲深い心で、自身の結婚を犠牲にして、私を伴侶にすると決めたのでは?」
シリルはハーブティーを静かに飲み、一息つくと、随分と悲しそうな顔になる。
ゆっくりティーカップとソーサーをローテーブルへ置くと、寂しそうな瞳をこちらへ向けた。
「オデットがそんな考えに至ってしまった原因は、自分のせいでもある。まずはハッキリさせよう。オデット、君との結婚。それは国王陛下が命じたことではない」
「!? この世界の平和のために、魔族と人間が結婚する。シリルは自身の結婚を犠牲にし、愛を諦めた……わけではないのか!?」
「それはデヴォン伯爵令嬢が言ったことだろう? 結果的にオデットと自分が結ばれることで、それが平和の象徴となれば、それに越したことはない。だがオデット。君は自分のことを聖人君子のように考えてくれるが、そんなことはない」
「そうなのか!?」と驚くと、シリルはソファの背もたれに身を預け、自身の髪をかきあげる。細い指の間から黄金の髪がサラサラとこぼれ落ちた。
魔族は黄金に目がない。
その美しさに喉がゴクリと鳴ってしまう。
「自分はそこまで、自己犠牲の精神はない。黄金のドラゴン作戦を遂行し、先陣を切って魔王城へ攻め込んだのは、無論、長引く魔族と人間の争いの終結――という目標もあった。だがそれ以上に、オデットのことを探していたからだ」
そう言うと不意に立ち上がったシリルが私に尋ねた。「隣に座ってもいいか」と。
「それは困る」「ここではちょっと」「いや、待って欲しい」……。
いくらでも断りの言葉は浮かぶ。
シリルと会話することで、夜伽というキーワードは、意識の奥に沈んでいる。
しかし!
隣に座るなんてされたら、距離が近くなり、ペルの言う“流れ”が再び動き出すような気がしていた。
「ど、どうぞ」
脳の考えとは違い、口は許諾の返事をしている。
なぜ、どうして、意味が分からない!
自分の言動なのに、私自身が理解不可能になっている。
その間にもシリルは私の隣に腰を下ろしていた。
ドクン、ドクンと心臓が大きな音を立て、それはシリルに聞こえているのでは!?と考えてしまい、さらに鼓動が加速される。
隣に座ったシリルは、着ている儀礼用の軍服の上衣のボタンを外していく。
な、何をしている!?
さらに中に着ていたシャツのボタンを一つ、二つ、三つと外していた。
普段見ることのない鎖骨が見え、思わず目を閉じ、視線を伏せる。
「オデット、分かるだろうか?」
不意に右手を掴まれ、驚いて目が開く。
まさか上半身裸になっていたら、どうしよう……。




















