山亀討伐を終えて
目を開けると,そこには垂木と葦で作られた見覚えのある天井があった.
(ここは…村…?)
亜:「…はっ!山亀は…っ.」
我に返って勢いよく上体を起こすと同時に,脇腹に痛みが走る.
亜:「痛ってー….」
あまりの痛さに脇腹を抑えていると,隣から
「あくうさまがおきた!!」
と,聞き覚えのあるあどけないはしゃぎ声が聞こえてきた.
亜:「はっちゃん.いたんだ.」
ハ:「うん.ずーっとかんびょうしてたんだよ.ちょっとまっててね.すぐそんちょうよんでくる!」
亜:「あっ,うん.」
ハチは,俺の返事を待たずに玄関へと駆け出していく.そして,家の外へと足を踏み出そうとした瞬間,「あっ,そうだった!」と,何かを思い出したかのように立ち止まり,振り返ると…
ハ:「あくうさま,やまがめをたおしてくれてありがとう!」
そう一言だけ残して,家の外へと姿を消した.
(…そっか.山亀をたおしのか….そうだ.確か俺が気絶する前に,テンサさんがトドメを刺してくれたんだっけ.)
俺はゆっくりと気絶する前の記憶をたどっていく.
(テンサさんは大丈夫なんだろうか.決して浅い傷ではなかっただろうし.…いや,それよりもユウカさんだ.ユウカさんは….)
俺は山亀に襲われたユウカの姿を思い出す.
彼女は俺の目の前で山亀に右腕と下半身を喰われていた.あの傷では助からないだろう.確実に死んでいるはずだ.
(…そうだ.ユウカさんは死んだんだ.俺がちゃんと力を使えなかったせいで.)
ぐずっ
自然と涙があふれてくる.そのまま生理現象に身を任せ,泣こうとしたその時,村長が玄関から飛び込んできた.
村:「亜空様!ようやくお目覚めになられたのですね.三日間も気を失って居られて,さぞお腹をすかされているでしょう.食事を持ってくるように頼みましたから,今しばらくお待ちください.」
亜:「…あっ,うっ.」
泣く直前だったせいで,言葉が詰まる.
村:「?どうかしましたか.」
亜:「いえ…,ちょっと喉が詰まっちゃって….俺三日間も気を失ってたんですね.」
村:「そうなのですよ.いやー,心配しましたよ.何日たってもお目覚めになられないのですから.」
亜:「そうですか….」
村長は俺のそばに来て座りながらそう言った後,姿勢を正し,腕をつく.そして…
村:「改めまして…,山亀討伐ご苦労様でした.これでこのセキエキ村の住人は安心して山の中へ入ることが出来ます.それもこれも亜空様のおかげです.ありがとうございました.」
土下座で誠心誠意の感謝をしてきた.
亜:「…いえ,トドメを刺したのはテンサさんですし,…ユウカさんが居なければ俺はとっくに死んでました.俺がしたことなんてたかが知れてます.」
村:「ご謙遜なさらないでください.テンサが言っておりましたよ.「トドメを刺したのは俺だが,その前にすでに亜空様が致命傷を与えていた.ほとんど亜空様一人で討伐したようなものだ.もう亜空様には頭が上がらない.」って.」
村長の話を聴き,俺の曇り切った心に少しばかりの光が差し込む.
亜:「…彼は無事なんですね.」
村:「はい.…ああ,そうだそうだ.この話もしませんとな.」
そう言うと,村長は「コホン」と咳払いをし,話を続けた.
村:「実はあの日,亜空様たちが出発した後すぐに,ハチが居なくなりましてね.ハチのことだから亜空様たちの戦いを見に行ったに違いないと急いでゴウリ達を向かわせたんですよ.そしたら,夕方ごろにハチと一緒に瀕死の亜空様たちを連れ帰ってきましてね.そのおかげで結果的に誰一人として死なずに済んだのですよ.ですから,こうして亜空様たちが生きているのはハチのおかげでもあるのです.ワシは村長という立場がありますからハチをこっぴどく叱ったのですが,亜空様からはあとでお礼の一言でも言ってあげてください.」
俺は村長の話を聴き,愕然とする.ある一言に引っかかったからだ.
亜:「誰一人…死ななかった…?」
村:「はい.テンサはすでに普段の仕事に戻っておりますし,ユウカも今朝目覚めまして.そうだそうだ.ユウカは特に重症だったんですが,ゴウリの応急処置のおかげでなんとか….」
亜:「ユウカさんは…ユウカさんは今どこに….」
村:「今は自宅におりますが…て,亜空様!?どちらに!?」
俺は体の痛みも忘れ,飛び起きると,村長のことなど気にも留めずに一目散に家を出る.
(ユウカさんが生きてる!)
俺は晴れ晴れとした空の元,わき目も降らず一直線にユウカの家へと向かうのであった.
◆
ゴ:「食事を持ってきたぞ.」
ユウカの家.
落ち着いた声でそういって玄関から現れたのは,戦士の一人でユウカの親友でもある女性─ゴウリだ.
ユ:「ゴウリ,悪いな.」
ユウカは仰向けのまま,顔だけ彼女の方に向けて応答する.勘違いしないでほしいが,別に気の置けない関係だから寝転がったまま応答したわけではない.起き上がれないのだ.今のユウカは山亀との戦いにより,両足と右腕を失っており,バランスや痛みの関係で起き上がることが出来ないのだ….
ゴウリは横たわっているユウカの枕元まで行くと,ユウカの頭を優しく支え,持ってきたスープをゆっくりと飲ませる.
ズズズズズ…ほぁ
ユ:「…美味しいなぁ.このスープ,クロイが作ったんだろう?」
ゴ:「ああ.当たりだ.」
ユ:「フフッ,やっぱりな.…私好みの味付けだ.あいつ程私の好みを知っている奴はいないよ.」
ユ:「ふっ,そうだな.」
ズズズズズ…ほぁ
ゴ:「…これからどうしていくつもりだ?」
ゴウリの質問に,ユウカは少し考える素振りを見せる.
ユ:「そうだな.この身体じゃあもう戦いも狩りもできないし….潔く戦士長の座を降りて,後世の育成に専念するよ.子どもたちに教えたいことはいっぱいあるしな.」
ゴ:「そうか….」
ズズズズ…ほぁ…
ユ:「…ゴウリ.」
ゴ:「ん?」
ユ:「私は次期戦士長をあなたにやってほしいと思ってる.」
ゴ:「?なぜだ?テンサがいるだろう.あいつは腕もたつし,頭も切れる.わたしよりもあいつの方が適材だ.」
ユ:「…確かにテンサは戦士長になるにふさわしいスペックを持ってる.全体的に見たら能力は私以上かもしれない.だが,テンサにはまだ圧倒的に経験が足りていない.一方であなたは,全体としての能力はテンサに劣るが,戦士としての経験は私よりも長いし,判断力も十分戦士長としてやっていけるレベルだ.私はゴウリこそが一番戦士長にふさわしいと思っている.…それにこれはテンサの意志でもある.」
ゴ:「…テンサの?」
ユ:「ああ,実は山亀討伐に行く前に戦士長の後継の話を彼としていてな.彼自身が言ったんだ.『戦士長の座は俺にはまだ荷が重い.後継者ならゴウリの方が適任だ』ってな.」
ゴ:「…そうか.」
ユ:「ゴウリ,やってくれるか?」
ゴ:「…ふっ,もちろんだ.戦士長様と副戦士長様からのご要望とあっては断れないしな.」
ユ:「そうか.…ありがとう.」
ゴ:「….」
ユ:「….」
ユ:「何してる.食べさせてくれないとスープが冷めるだろう.」
ゴ:「ああ,そうだった.すまんすまん.」
ズズズズズ…ほぁ…
ゴ「…ユウカ.」
ユ:「ん?」
ゴ:「ご苦労様.」
ユ:「…ああ.今までついてきてくれてありがとな.」
二人の間にしんみりとした空気が流れる.と…
ダダダダダッ…
ユ:「ん?足音が聞こえるな.」
ゴ:「ああ,誰だろう?」
ダダダダダッ…
足音は物凄い勢いでこちらに近づいてくる.二人の視線は自然と玄関へ集中する.やがて,足音が聞こえて数秒もたたないうちに,足音の主が玄関から姿を現した.
ユ:「…!!あなたは….」
二人は動揺する.
今,息を切らし,目の前に現れた人物が二人にとって最も意外な人物だったからだ.
そう,玄関から現れたのは,まだ目覚めていないはずの英雄─富川亜空だった.
◆
俺がユウカの家に入ると,そこには,二人の女性がいた.ユウカとゴウリだ.
二人とも俺が現れるとは思っていなかったのか驚いた顔でこちらを見ている.
ゴ:「亜空様….」
ユ:「亜空様….目を覚ましてらしたんですね.」
亜:「…うぐっ.うっうっ…」
ゴ:「!?亜空様,どうしたんですか!」
突然泣き出した俺に驚き,ゴウリが駆け寄ってくる.
ゴ:「大丈夫ですか!?どこか痛みますか?」
違う.痛みじゃない.俺は別に身体が痛くて泣いているんじゃない.
俺はそのまま膝をつき,泣き崩れる.
ゴウリはそんな俺の背中をさすりながら,心配そうに声をかけ続けている.だが俺にはもはや彼女の声は聞こえていなかった.
最初は嬉しさだった.ユウカが生きていたことへの嬉しさだった.彼女の姿を見て,優しい声を聴いて,涙がこみ上げてきた.死んだと思っていたから.山亀にあんな目にあわされて生きているとは思っていなかったから.だが,その感情は一瞬だった.次の瞬間には俺の心の中は罪悪感で満たされた.ゴウリに食事を食べさせてもらっているユウカの姿を見て,誰かに食べさせてもらえないと食事を食べられなくなった彼女の姿を見て,俺は涙が止まらなくなった.両足と右腕の無くなってしまった彼女.病人のように覇気のないその姿には勇ましかったかつての面影はない.俺がこうしてしまった.俺が彼女をこの姿に変えてしまったのだ.俺がもっとしっかりしていれば….不甲斐ない.申し訳ない.
亜:「うっ….ユウカさん.…本当にすみませんでした.…俺が,俺が力をもっと早く使えていればこんなことには…」
俺は泣きながらも,何とか喉から声を絞り出し,ユウカに謝罪の言葉を述べた.
亜:「…ゴウリ.ちょっと席を外してくれるか.」
ゴ:「…ああ,分かった.」
ゴウリはユウカの要望に従い,そっと立ち上がると,静かに家の外へと出ていった.
ユ:「…亜空様,こっちへ来ていただけますか.」
亜:「…うっ,はい.」
俺は涙ぐみながらユウカの枕元まで移動する.
ユ:「…亜空様から見て,私はそんなに不幸なように見えますか?」
亜:「!!…いや,そんなつもりじゃ….」
ユ:「ふふっ…,気を使わないでください.私自身この身体になったことに多少なりともショックを受けているのです.これではもう誰かの助けなしでは生きていけませんからね.」
穏やかにそういうとユウカは俺の目を真っすぐ見つめる.
ユ:「…でもですね.私はこのような身体になってしまったことへの悲しみ以上に,こうして生きて帰れたことを嬉しく思っているのです.また,村のみんなと,亜空様とこうして笑顔で会話が出来ることを嬉しく思っているのです.それに,この身体になっても出来ることはあります.だから,亜空様はそんなに自分を責めないでください.私は自分を不幸だとはこれっぽっちも思っていません.それどころか幸せすら感じています.私は亜空様を恨んでなんかいません.亜空様には感謝の気持ちでいっぱいです.だから,だから亜空様は泣かないでください,謝らないでください.亜空様は私たちの村を救った英雄なんですから.」
俺は彼女の言葉を聞き,想いをぶつけられ,今度は別の涙が溢れそうになる.…が,俺はそれをぐっとこらえ,口を開いた.
亜:「…そうですね.俺が間違ってました.俺,もっと胸張っていきます.」
ユ:「ふふっ,その意気です.これからも頑張ってください.」
亜:「は…
──グウウウウウウウ…──
…い」
ユ:「…」
亜:「…」
ユ:「プッ…フフ…」
「「ハハハハハハハハハハハハッ…」」
こうして,俺たちは山亀討伐の任務を終えたのであった.
◆
─あれから,二カ月たった.
この期間の間,セキエキ村には大きく分けて二つの変化があった.
まず,季節が変わった.夏から秋になったのだ.風が肌寒くなり,俺が来たときは緑を身にまとい,青々しかった夏の山はすっかり衣替えし,赤や黄色の美しい秋の山へと様変わりした.村長に聞いたところこの世界にも四季があるらしい.ということは後もう二,三カ月すれば雪も見られるわけだ.こういうところが元の世界と一緒だと,なんかこう気持ちが落ち着く.
二つ目の変化は人の変化だ.戦士団はゴウリが新たな戦士長となり再出発(テンサが戦士長にならなかったのは意外だ),山で狩りをしたり,村のはずれで訓練したりしている.ユウカは子供たちに槍の指導をしたり,自家製のおとぎ話を披露したりして楽しんでいる(ちなみに移動は車いす.流石に片手で移動するのは難しいようでゴウリやクロイ,子供たちに押してもらっている).村長は杖をつくようになった.俺はというと,山亀討伐以降,特に村のみんなから何かを求められるわけでもなく,その日その日を自由気ままに過ごしている.まぁ,自由気ままと言っても,一日中だらだらと過ごしているわけではない.大半は村のお手伝い.ときどき戦士団の人達と一緒に行動したり,神通力の訓練をしたりしている.
そして現在,俺は稲刈りの日ということで,村の男たちと共に黄金に輝く田んぼの真ん中で稲刈りに没頭していた.
亜:「おいしょ,おいしょ…」
俺は稲を優しく,それでいてしっかりと握ると,カマで次々と丁寧に根元から刈り取っていく.
亜:「おいしょっ…と.終わったー…!.」
俺は自分が任された列の最後の稲を刈ると,「よっこいせ」と立ち上がり,腰のコリを親指でほぐしながら,達成感に浸った.
「亜空様.早かったですねー.」
俺の様子を見て,向こうの方から中背の男─シロイが近寄ってくる.
亜:「いえいえ,全然ですよ.シロイさん達と比べたらまだまだです.」
シ:「いや,それでも早いですよ.もしかして,経験がおありで?」
亜:「まぁ,小学生の時に一度体験したことはあります.」
シ:「しょうがくせい…?」
聞きなれない単語に戸惑うシロイの様子を見て,俺は慌てて言い換える.
亜:「ああ,えーっと十歳くらいの時です.」
シ:「へぇー,そうなんですか.十歳ってことは神の国にいた頃ですよね.」
亜:「そうですね.」
シ:「へぇー!ということは,神の国にも田んぼがあるってことですよね!?意外です.」
亜:「まぁ,神の国もこの世界とそこまで変わらないですからね.」
シ:「へぇー,そうなんですか.」
ク:「どうしたんっすか.楽しそうな話して.俺も混ぜてくださいよ.」
俺とシロイが話していると,急にクロイがシロイとは反対方向から割り込んできた.
シ:「クロイ.今亜空様と神の国の話をしてたんだよ.」
ク:「まじで!?ていうか,亜空様って神の国にいた頃の記憶なくなってませんでしたっけ?」
亜:「えっ….」
(しまった.そういえばそういう設定だったな.すっかり忘れてた.)
俺はクロイの鋭い指摘に内心冷汗が止まらなくなる.
シ:「あっ,確かにそうだ.」
ク:「亜空様もしかして…」
心臓の鼓動が速くなる.背中がどんどん濡れてくる.
ク:「断片的に記憶が戻ったんっすか!?」
(ナイス勘違い!)
俺は心の中でガッツポーズし,話を続ける.
亜:「そうなんですよ.稲刈りをしていたら,稲刈りに関する記憶が戻ってきて.」
シ:「そうだったんですか.おめでとうございます.」
ク:「ああ,確かに.それじゃあ今日は『亜空様記憶戻り記念日』ですね.」
亜:「ハハッ,何ですかそれ.語呂も悪いし.」
ク:「確かにそうですね.それじゃあ省略して『アキ記念日』にしましょうか.」
亜:「それじゃあ秋の記念日にしか聞こえないですよ.」
「「ハハハハハハハッ‥‥」」
三人の空間は温かい空気に満たされる.
(ふぅ.なんとか耐えたな.…それにしても,そろそろ記憶喪失の設定もきついな.だましてるようで後ろめたさもあるし.…そもそも,別にばれてもいいんだよな.俺がここに来た経緯がどうであれ,俺が何者であれ,みんななら受け入れてくれるだろうし.…今日か明日あたりにそれとなく村長に相談するか…)
シ:「…それにしても今年は収穫量がえげつないですよね.」
ク:「確かに今年は歴史的豊作だな.去年とは比べ物にならない.これも亜空様のおかげっすね.」
亜:「そうですね.俺のおかげですね.」
ク:「そうですそうです.この世で起こるいいことはすべて亜空様のおかげです.」
亜:「ハハハハッ.流石にそれは言い過ぎですよ.」
シ:「おいおい.あんま言いすぎてると,テラ様のお怒りを買うぞ.」
ク:「ははっ,そうかもな.よし!そうならないように今日の豊年踊りは人一倍踊るとするか!」
この時,俺は聞きなれない単語に引っかかった.
亜:「?豊年踊りって何ですか?」
ク:「あれ,村長から聞いてないんっすか?」
亜:「はい.今初めて聞きました.」
ク:「まじっすか!村長抜けてるとこあるからなぁ.」
シ:「豊年踊りというのは豊作の年の恒例行事です.御神体の周りをまわりながら,歌と踊りでテラ様に感謝を伝えるんですよ.」
亜:「へぇーそういうのがあるんですか.」
『御神体』というのは田んぼと田んぼの間にある石祠のこと,テラ様を祀る場所であり,その下にはテラ様の骨が埋められているそうだ.
亜:「俺も踊ることになるんですかね.」
シ:「うーん,亜空様は神様ですから,見物になるんじゃないですかねぇ.」
亜:「そうですか.」
ク:「まっ,そうなったら俺たちが亜空様の分まで精一杯踊るんで安心して拝見なさってください.」
亜:「…そうですね.そうします.」
(豊年踊りか,どんな感じなんだろうな.)
「おーい.何してるんだ.さっさと稲を干してくれー.」
ク:「ああ,そうでした.早くしないと日が暮れちまう.」
シ:「亜空様はここにある稲を干してください.私は向こうの稲を干してきます.」
亜:「はい.分かりました.」
こうして会話は中断され,俺たちの農作業は日が暮れるまで続くのだった.




