豊年踊り
「「ごちそうさまでした.」」
村長の家
夕食を終え,俺は村長と二人,囲炉裏の火の淡い光に包まれていた.
外はすっかり暗くなり,スズムシの音色が心地よく響いている.
亜:「ふぅー,今日の食事は特段とボリューミーでしたね.特にとれたての白米と猪肉のコラボレーションは最高でした.」
村:「そうですな.今年の豊作に加えて,テンサ達がイノシシを狩ってきたもんですから….まったく亜空様が来てからというもの夢のような日々が続いております.亜空様には感謝しかありませんな.」
亜:「村長,俺に感謝しすぎですよ.昨日も同じようなこと言ってませんでした?」
村:「そうでしたかな.まぁでも実際亜空様には感謝してもしきれませんよ.村人全員あなたに感謝しております.」
亜:「…まぁ,そういってもらえるのは嬉しいですけど.」
村:「ところで亜空様,この村にはもう慣れましたか?」
亜:「はい.とても居心地が良くて….もうここが第二の故郷って感じですね.」
俺の言葉を聞き,村長の目が見る見るうちに潤んでいく.
亜:「えっ,ちょっ,泣いてるんですか.」
村:「…っ.すみませぬ.年甲斐もなく….まさか第二の故郷などという言葉が亜空様の口から聞けるとは思ってもみなくて….村長としてこの村の一員として亜空様にそう思っていただけて本当にうれしく,感激しております.これからもこの村をよろしくお願いします.」
亜:「もちろんですよ.こちらこそよろしくお願いします.あっ,水のみますね.」
村:「はい,お構いなく.…いやーそれにしても,亜空様は本当に熱心に働いてくれますなぁ.」
亜:「えっ,そうですか?」
村:「はい.今日だって自ら進んで稲刈りを手伝ってくれたじゃありませんか.何というか…ワシは最近,亜空様はこの村をお救いになるために降りてきたんじゃないかと勝手ながら思っております.」
ドクンッ
─亜空様はこの村をお救いになるために降りて来たんじゃないかと勝手ながら思っております─
亜:「そう…ですね….」
村:「おや,どうされました?何かお気に障りましたか?」
亜:「いえ,全然そういうんじゃないですよ.ただ,…俺もそうなんじゃないかなっておもっただけです….」
(…そうだよな.俺はこの村に来てからこの村のために動き続けてる.それは決して村の人達に強制されてとかじゃなく,俺自身がこの村が好きで,ここに住んでる人たちが好きで,人から感謝されるのが好きだからだ.…俺がこの世界に飛ばされた理由があるとしたら,本当にこの村の人達を助けることにあるのかもしれないな.….)
そんなことを考えながら,俺は再び口に水を含んだ.と…
亜:「…あれ,なんかさっきからやけに外で物音がしますね.」
俺のその一言に村長は鳩が豆鉄砲を食ったような顔になる.
村:「ああ,そうじゃった!今日は豊年踊りじゃった.いかんいかん.早くいかなければ.」
亜:「ああ,豊年踊りですか.」
村:「おや,ご存じで?」
亜:「はい,今日の昼前くらいにクロイさん達に聞いたんですよ.」
村:「なるほど,そうでしたか.それなら,話が速い.早速行きましょう.」
俺:「はい.」
こうして,俺は村長と共に豊年踊りへと向かった.
◆
星の広がる空の下,御神体の周りを囲むようにして円状に並んだ篝火がぼんやりと闇夜を照らしている.その円の中に子供から大人まで全ての村人が集まり,にぎやかに会話をしていた.円の中に入っていない村人は俺たちを除いて数人だけだ.
ユ:「あっ,亜空様たち来ましたね.」
ゴ:「ああ,遅かったですね.呼びに行こうかと思っちゃいましたよ.」
円の外,ユウカとゴウリが俺たちの存在に気づき,声をかける.
村:「すまんなゴウリ.ど忘れしておった.」
村長が二人に反応するが,俺は二人よりも少し離れたところで数人がかりで台に乗せられているあるモノが目に移り,度肝を抜かれた.
亜:「太鼓っ!?」
村:「おお.大太鼓をご存じでしたか!あの楽器はテラ様がお創りになられた楽器で,お祝い事や祭りのときに演奏するものなのですよ.亜空様がご存じということはこれは神の国の楽器なのですね.」
亜:「はい.日本の…俺のいた場所にあった楽器です.」
村:「そうだったのですか.ワシは今までテラ様が発明したものとばかり思っていました.いやー,そうでしたか.神の国の楽器だったのですね.」
村長は新たな真実にウキウキとしている.
(そっか.テラ様って太鼓も作れたんだ.マジで何でもできたんだな.その人.)
「戦士長殿ー!太古の設置完了しましたー!」
ゴ:「ああ,分かった!すぐ行く!…それじゃあ,行って参ります.」
村:「ああ,頑張るんじゃぞ.」
ユ:「演奏楽しみにしてるぞ.」
ゴ:「はい!」
溌剌とした返事をし,ゴウリは大太鼓の方へと向かっていった.
亜:「へぇー,ゴウリさんが太鼓を叩くんですね.」
ユ:「ええ,代々戦士長が太鼓を叩くことに成っているんです.私も3回くらい叩いたことがあります.」
亜:「はぁーそうなんですか.」
そんな風に話していると,大太鼓までたどり着いたゴウリがバチを構え始める.円の中にいる村人たちも静かになってきた.雰囲気的に始まりが近いのかもしれない.
村:「そうじゃそうじゃ,亜空様.言い忘れていましたが,ワシらは今回見物ですので,ここでみんなの踊りを見届けましょう.」
亜:「はい.分かりました.」
ユ:「おっ,そろそろ始まりますね.」
ゴ:「みんなー!!準備はいいかー!!」
ユウカの言い終わって間髪入れずに,ゴウリの怒号に似た声が響き渡る.そして
ゴ:「いくぞー!!!」
ドンッ!ドン!ドンッ! ドンッ!ドン!ドンッ!‥‥
空気を震わす太鼓の音を合図に豊年踊りが始まるのであった.
◆
ドン!ドン!ドン! ドン!ドン!ドン!‥‥
太鼓の音が鳴り響く.その音に合わせて,村人たちが一斉に御神体の周りをまわり,踊りを踊り始める.
(うわー,やっぱ大人数の踊りって見てて気持ちいいよなー.…てか,この踊り,何か見たことあるな.…そうだ.盆踊りだ.間違いない.手の振り方,身のこなし,どこをどう見ても盆踊りだ.)
亜:「…この踊りもテラ様が作ったんですか?」
村:「ええ,そうです.もともとは祭りのときにする踊りだったんですが,テラ様に馴染みのある踊りということで,天にお帰りになってからは豊年踊りに使うようになったのです.」
亜:「へぇーそうなんですか.」
と,そうこうしているうちに,
「「 よーぞらーをてーらーす~ いーくま~んのーほーし~ …」」
と,村人たちが一斉に歌を歌い始めた.
(おっ,この癖になるリズム.歌も音頭に近いな.)
亜:「この歌もテラ様が?」
村:「いえ,歌の作詞作曲は先代の村長です.」
亜:「えっ?そうなんですか?」
村:「はい.どうかしましたか?」
亜:「いえ,…ちょっと意外だったんで.」
(…歌の方は偶然なのか.まぁ冷静に考えて自分に感謝を伝える歌を自分で作らんわな.)
そんなことを思いながら,俺はしげしげと踊りを見つめ続ける.
「「…けーば田ーは生いしーげーり~ かーれーのひとこえーで いなほーはみーのーる~ …」」
一人の例外なく,大きな声で歌を歌いながらみんな楽しそうに踊りを踊っている.
亜:「…みんなテラ様のことが好きなんですね.」
村:「ええ,ワシらは幼い時からテラ様への感謝を忘れぬようにと教育されてきましたから.ワシらがこうして安心して生きていけるのは彼が導いてくれたおかげですからねぇ.」
亜:「そうなんですね.」
村:「まぁ,今となっては亜空様のおかげでもあるんですが.…そうだ.新しく亜空様へ捧げる歌も考えましょうか.」
亜:「ハハッ,それはちょっと恥ずかしいです…」
「「…ああーテラさーまよ― テラカドさーまよー…」」
亜:「…よ….」
俺は思いがけない単語が聞こえ唖然とする.
(テラカドさま?今テラカドさまって言ってなかったか?)
村:「ん?どうしました.亜空様.」
亜:「…今,テラカドさまって….」
村:「ああ,テラ様の正式名称ですよ.テラ様という呼び名はテラカドさま自身が自分につけた愛称でして….まぁ今ではみんな言いやすいからテラ様と呼んでいるんですけどね.」
俺は村長の説明を聞き,頭の中が真っ白になる.
亜:「…下の名前は.」
村:「はい?」
亜:「テラ様は『テラカド』までが本名なんですか?もうちょっと名前があったりしなかったんですか?例えば─」
─勉とか.
そこまで喉から出かかって俺は口を紡んだ.
何故かはわからない.ただ衝動的に口を紡いだのだ.
恐らく怖くなったのだと思う.否定できなくなってしまうことに.今まで,考えまいとしていたこと,考えてもあり得ないとしてきたことを受け入れざるを得ない状況になることに.そんなことをしてももう遅いというのに.
亜:「─いえ,すみません.勘違いでした.」
村:「?そうですか.それならいいんですが….」
ユ:「あれ?…クロイのやつ.めちゃくちゃ大袈裟に踊ってる….」
村:「ん?…ハハッ,本当じゃな.」
ユ:「全くあいつときたらすぐに調子に乗って.村長もそう思いませんか.」
村:「ハハハッ,…まあ今日くらい許してやろうじゃないか.のう,亜空様.」
亜:「…はい.そうですね.」
それからも豊年踊りはしばらくの間続き,数えきれないほどの無数の火の粉が夜の中に溶け込んでいくのであった.
◆
ピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピ!!!…
バシッ!
「何だ.もう朝か.」
俺はベッドから起きると,伸びをしながら階段を降りていく.
リビングでは家族が朝食を食べていた.お父さんに至ってはとっくに食べ終え,コーヒー片手に新聞を読んでいる.
「もう.とっくのとうに朝ごはん出来てるわよ.」
亜:「うん.ありがと.」
俺はテーブルに着くと,そのまま朝食を食べる.ふと,時計を見ると,すでに8時を回っていた.
亜:「うわっ,もうこんな時間だ!早く学校行かないと.」
俺は急いで味噌汁を飲み干し,カバンを持って玄関へと向かう.
扉を開けると,そこは学校の教室で,すでに大川とハル,そしてテラが教室にいた.
大:「おお,亜空.今日は遅かったなぁ.」
亜:「ああ,ちょっと寝坊しちまった.」
大:「この時期に寝坊って….受験の日は絶対すんなよ.」
亜:「しねぇって.そういえばハル,渋谷高校の推薦はどうなったんだよ.」
ハ:「おお,ちゃんと受かったぜ.ほら,合格通知書.」
亜:「すげぇな.もう受かったのかよ.一歩先に行かれたぜ.」
ハ:「次は亜空の番だな.城塞,ぜってぇ受かれよ?」
亜:「ああ.任─
─せろ.」
俺の目の前には垂木と葦の天井.
隣では,村長が穏やかな寝息を立てている.
亜:「…夢…か.」
俺は呟くと,毛布の中で身体をうずくまる.
亜:「…」
(…めずらしいな.元の世界の夢なんて….この世界に来て初めてじゃないか?)
(…やっぱそんだけ,昨日のことを引きずってるってことかな.)
亜:「…」
俺はまた仰向けの体勢に戻り,虚空を見つめる.
(…そっか夢か.夢なんだな.)
俺の中で何かがこみ上げてくる.
(そうなんだよなぁ.夢なんだよなぁ….)
目頭が熱くなる.嗚咽がこみ上げてくる.
「…っ.」
俺はこれ以上涙が出ないよう,右腕で両目に蓋をする.
「…うっ,うっ.」
(…はぁ,何してんだろうなぁ俺.何で今更こんな気持ちになるんだろうなぁ.…あいつらに会いてぇなあ.父さん母さんに合いてぇなぁ.みんなに会いてぇなぁ….何でだろうなぁ.…なんで俺は,一人でこの世界に来ちゃってんだろうなぁ.)
考えても仕方ないとはわかっている.それでも,考えずにはいられなかった.そして,考えれば考えるほど悲しくなって,恋しくなって涙が出て来る.嗚咽が漏れる.
(…はぁ.なんでなんだろうなぁ.)
俺は静寂に包まれた闇の中,真っ暗な天井を見つめ続ける.
「こんなこと考えても苦しいだけなんだよなぁ….」
涙声で呟いたその時,ふいに俺の脳裏に一つの疑問が浮かんできた.
(…あれ?何で俺,もうみんなに会えない前提で考えてるんだ?別にまだ会える可能性はあるくないか?)
さっきまでの悲しみが息をひそめる.
(…そうだよな,あるよな.そもそも向こうの世界からこの世界に来れるんなら,この世界から向こうの世界に戻る方法があってもおかしくない.それに,家族や友達がこの世界のどこかにいる可能性だってあるじゃないか.テラがたまたま数十年前に飛ばされたってだけで,俺と同じ時期に来た人もいる可能性はあるはずだ.)
心の中で希望が膨れ上がっていく.身体の真ん中でフツフツとある衝動が沸き起こってくる.
(この世界を旅すれば元の世界に戻る方法が見つけられるかもしれない.この世界を探索すればみんなにもう一度会えるかもしれない.探したい.見つけたい.旅したい.俺は,俺は─)
亜:「─村長,俺,旅に出たいと思っています.」
次の朝,朝食前に,俺は唐突に自分の意志を告げた.
あまりに唐突な申し出に村長はあっけにとられる.
村:「…はぇ?今なんと?」
亜:「俺,この村を出て,旅をしたいと思ってます.」
村:「なっ….なぜ急にそんなことを.…この村が嫌になってのですか?」
亜:「いえ,そんなことはないです.俺はこの村のことが好きですし,村のみんなのことも家族のように思ってます.」
村:「それではなぜ…?」
亜:「俺は,自分の友人が…自分の家族が,この世界に来てないか確かめたい,この世界から自分の元居た場所に帰る方法を探りたいんです.」
村:「…友人?家族?いったいどういう….」
亜:「…一から説明します.」
俺は村長に俺が元居た世界のこと,記憶喪失という設定に乗った理由や,テラ様が俺の知っているテラかもしれないということなど,俺が村長に隠していたことをすべて話した.
俺が話している間,村長は驚きつつも,ときおり質問を挟みつつ,真剣に俺の目を見て話を聴いていた.
村:「…つまり,亜空様は何らかの力によって別の世界からこの世界に来た.そして今,亜空様は自身のご家族や友人に会うためにこの世界を旅をしたくなったということですね.」
亜:「はい.今まで騙しててすみませんでした.」
そう言って俺は頭を下げる.
村:「…頭を上げてください.見知らぬ土地で,未知の生物と遭遇した亜空様のお気持ちを考えれば亜空様の言動は当然のことですよ.それに,騙されたとも思っていません.亜空様が元居た世界が神々の世界であるという解釈もできますからね.」
亜:「…!!ありがとうございます.」
村:「…意志は固いんですか?」
亜:「…はい?」
村:「旅に出るという意思は固いんですか?」
亜:「はい.」
村:「…正直,ワシは今でも亜空様にこの村に残ってほしいと思っています.他の者も同じように考えるでしょう.…しかし,それが亜空様の自由を束縛するものであってもならないと思っています.ですから….」
村:「ワシらのことは気にせず,旅に行ってらっしゃいませ.」
亜:「…はい.ありがとうございます.」
こうして俺は,セキエキ村を離れ,旅に出ることが決まった.
次の投稿は二カ月後くらいになりそうです.マジですみません.




