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異世界行って神になる.  作者: トリニクだいすき
6/8

山亀討伐2

テンサは,川の中で仰向けに倒れていた.

身体からは赤いものが川の水に滲み続けている.


亜:「!?テンサさん!!」


ユ:「亜空様はここで待機を!」


テンサの姿を見るや否やユウカは叫んで立ちすくむ俺にそう指示すると,すぐさま俺の脇を通り抜け,パシャパシャとテンサの元へ駆け寄る.そして,何やら,彼の顔に手を近づけた後,慣れた手つきでテンサの身体を持ち上げ,川岸へと引き上げてきた.


亜:「テンサさんは….」


ユ:「…大丈夫です.意識は失っていますが,息はあります.」


ユウカは答えながら,自らの服をビリっと破り,包帯のように巻いてテンサの止血に取り掛かり始める.


俺はやるせなさを感じながらその光景をただただ傍らで見るよりほかなかった.


亜:「…すみません.俺がもっとしっかりしていれば…


ユ:「謝るのは私の方です.」


ユ:「…テンサがこうなったのは私の見立てが甘かったことが原因です.亜空様が謝ることではありません.一か月もの期間がありながら,山亀が透明化できることを見抜けなかった私の失態です.」


ユウカは手を止めずに淡々と,それでいてどこか悔しさを滲ませながら言い放った.


亜:「…これからどうしますか?」


ユ:「こうなった以上は,作戦を中止するよりほかありません.一度村まで撤退し,もう一度作戦を…」


テ:「…戦士長殿…亜空様.」


ユ:「!!テンサ,気が付いたのか.」


テ:「ああ…まだぼんやりしてる…けどな.」


ユウカはテンサの声を聴き,肩をなでおろすと,すぐさま神妙な面持ちになる.


ユ:「すまない.…私がもっとちゃんと調べられていれば….」


テ:「いや,…あのクソ亀が思ってる以上に…賢かったってだけだ.気にしないでくれ….それよりも…山亀は?」


ユ:「亜空様のお力で何とか撃退した.」


テ:「…つまり…傷をつけたってことか?」


ユ:「ああ.…とりあえず,一度山を下りる.テンサ,お前を背負うから肩に腕を乗せてくれ.亜空様,私の槍を持っていただけますか?」


テ:「いや,待ってくれ.」


ユ:「…?どうしかしたか,テンサ?」


テ:「今すぐ…山亀を追ってくれ….」


ユ:「何を言う.最初の作戦を忘れたか!お前をここに一人おいていくことなどできないし,透明になれると分かった以上,これ以上作戦を続行しても危険なだけだ.」


テ:「だから…こそだ…!!…だからこそ,手負いの今しかないんだ.…今なら…奴の流す血で,透明化を気にせずに戦える…はずだ…!!」


(!!そうだ.確かに今なら透明化していても奴の滴る血で居場所が分かる.それに…)


俺はテンサの言葉にハッとし,立て続けにあることに気づいた.


ユ:「確かにそうかもしれないが,一度村まで戻って一から作戦を立て直す方が…」


亜:「ユウカさん,ちょっと待ってください.」


ここで俺はユウカの言葉を静止する.


亜:「俺もテンサさんの言う通り,二人で山亀を追った方がいいと思います.」


ユ:「なっ,亜空様まで….」


亜:「さっき山亀はユウカさんが来て撤退という選択を取っていました.ということは今の傷を負った状態の山亀ならユウカさん一人でも戦える,足止めできる可能性が高い.それに,奴は俺たちに待ち伏せして不意打ちが出来るほど賢いんです.俺たちが撤退し,作戦を立てる間に奴も何かしらの策を考える可能性がある.俺はテンサさんの言うように今が勝負の掛け時だと思うんです.」


俺の考えを聞き,ユウカはしばし考え込む.


ユ:「…確かに亜空様の言う通りかもしれない.しかし…」


ユウカは気に掛けるように,重症のテンサに視線を落とす.


テンサはその視線に気が付くと,


テ:「心配すんな戦士長殿….この程度の傷じゃ…トカゲビトは…死なない….俺もちょっとばかし休憩したら…すぐ…行…く.」


そう言いながらテンサはゆっくりと目を閉じ,寝息を立て始めた.


ユ:「テンサ….…分かりました.行きましょう亜空様.」


亜:「はい.」


そうして俺たちは山亀が逃げていった森の奥へと足を踏み入れるのだった.







◆







ザッザッザッザッザッ─


俺たちは,足跡と点々とある血の跡を頼りに駆け足で山亀を追っていた.


亜:「まだ姿が見えませんね.」


ユ:「ええ,しかしそう遠くには行っていないはずです.」


亜:「あの巨体ですもんね.」


ユ:「ええ,それにところどころ木が削れています.恐らく,そこまで早くは進めていないはずです.」


亜:「…山亀は俺たちが追っていることに気づいてますかね?」


ユ:「そう考えていいと思います.さっきは私たちが来るのを予測して不意打ちを仕掛けてきましたから,私たちの行動を事前に察知する何らかの方法を持っている可能性は十分あります.」


(…やっぱりそうだよな.もしかしたら,また透明になって待ち伏せをしているかもしれない.気を貼っていかないと.)


──ポタッ…


「?」


突如,雫が落ちる音が耳に入り,反射的に左を振り向く.と…


─ブワッ


「ぬっ!!?」


勢いよく襲い掛かってきた何かに俺は反射的に腕を振る.


ブウウンッ!!


空間が歪み,その赤い何かは真っ二つ分かれる.そして,ここで初めて俺はそれが何なのかつきとめることに成功した.


(…血?)


そう,それは血.正真正銘の真っ赤な血しぶきが飛んできたのだ.そして血が飛んできたということは飛ばした何者かがいる.それは…


─グワァッ


(山亀!!?)


血しぶきの背後からワンテンポ遅れて山亀の頭が迫りくる.


ユ:「…!!亜空様!」


(くそっ,さっき振ったせいで間に合わ…)


ドムッ!!


亜:「う”っ…


     ─ダァアアン!!─

 

             ‥‥がふあっ」


俺は山亀の頭突きをまともに食らい,後ろの大木に打ち付けられた.


亜:「…あ゛…が …」


まともに息が出来ない.何も考えることが出来ない.野球で相手の打ちかえした球が頭に直撃したときのような重ーい痛みが全身を襲う.


亜:「ぐっ…ハァハァ…」


(…苦しんでる場合じゃない.早く立ち上がらないとユウカさんが…)


俺は強靭な意思で何とか正気に戻ると,俺は生まれたての小鹿のように,ふらつきながらも重い体に鞭打って立ち上がる.


(ユウカさんは…)


──ガッガンガンガンガンガン


前を見ると,山亀とユウカが激しい戦いを繰り広げていた.


ゴツゴツした頭と強靭な槍が激しくぶつかり合っている.


(すごい.ユウカさん…力で全然押し負けてない.それどころか…)


山亀は生傷がある頭の正面は使わず,頭の側面をうまく使って戦っている.毒の塗ってある槍の先端が傷口に当たらないように警戒しているのだろう.


(責めずらそうにしてる分,ユウカさんの方が優勢のように見える.)


ユ:「亜空様!!ご無事ですか!!」


亜:「はゴホッゴホッ…はい.」


ユ:「よかった.…私が山亀を抑えます.亜空様は神通力で援護をしてください.」


亜:「はい!」


(そうだ.もたもた観戦してる場合じゃなかった.早く,神通力で援護しなきゃ.…といっても,ここからだとユウカさんに当ててしまうかもしれない.まずは移動を…)


俺は,山亀の側面に移動するために一瞬山亀から目を離した.


その時だった.


「──プバッ!!」


攻撃を続けようと構えていたユウカに向かって山亀が口から何かを吹きだした.


その茶色い無数の何かは,問答無用でユウカに襲い掛かる.


ユウカは反射的に左腕で顔をかばい,この攻撃を防いだ.


ユ:(これは…木の…かわ?)


─ガッ…


ユ:「…!?」


この時,山亀が動揺するユウカの一瞬のスキを突き,右腕に噛みつく.そして─


─グチィイイイ!!!


ユ:「ゔがっ….」


ユウカの右腕を根元からかみちぎった.


亜:「なっ…!?」


ユウカが右手に持っていた槍は力なく宙に舞っていく.


俺は目の前で起きたあまりにもショッキングな出来事に頭の中が真っ白になった.


しかし,ショッキングな出来事はこれで終わりではなかった.


ユウカは苦痛に顔をゆがませるも,冷静にバックステップで山亀から距離を取ろうとする.しかし,その動きを読んでいたのか,山亀は瞬時に逃げようとするユウカの腰のあたりにかみつき─



─ゴキゴキゴキィ…



ユ:「ぐあぁあああああああ!!!」


ユウカはたまらず絶叫する.


この絶叫により,俺はようやく「はっ」と我に返る.


(やばいやばいやばい!このままじゃユウカさんが殺される!)


俺は急いで腕を振り,神通力を使おうとする.が…


出ない.


振っても振っても,何度振っても何度振っても一向に力を使える気配はない.


ユ:「ぐううぐううう…!!」


ユウカのうめき声が聞こえる.


亜:「クソッ,なんで…なんでなんでなんで!!?」


焦りが押し寄せてくる.不安が押し寄せてくる.自責の念も湧いてくる.


(ここで力を使わなきゃいつ使うってんだ!!何で使えねぇんだよ!!早く使わないとユウカさんが….クソッ…出ろっ出ろっ出ろっ出ろっ)


亜:「出ろお!!」


俺の必死の叫び声が森の中に響いた.





グチィ…







肉がちぎれる音がする.






ドサッ







何かが落ちる音がする.







亜:「あ…あ…」


ガリッ,ボリッ…グっちゃぐっちゃぐっちゃぐっちゃ…


亜:「あああああああーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」


目に涙がにじんでくる.動悸が激しくなる.


上半身だけのユウカは赤く染まっており,もうピクリとも動いていない.さっきまで会話をしていたことが嘘であったかのように….


(うそだ.嘘だ.なんでこんな….)


あまりの出来事に俺の脳はこの現実に対する理解を拒もうとする.しかし,嫌でも目に入ってくる横たわるユウカの身体が,山亀の口から滴る血が,生々しい肉の咀嚼音がこれが紛れもない現実であることを問答無用で俺に知らしめる.


(…俺が力を使えてさえいれば,いや,そもそも俺がユウカさんを説得して二人で山亀討伐をしようなんて言わなければ…)


自責と後悔の念が俺の中を渦巻いていく.


(俺のせいで,俺のせいで,俺のせいで俺のせいで俺のせいで俺のせいで俺のせいで俺のせいで俺のせいで俺のせいで俺のせいで俺のせいで俺のせいで俺のせいで俺のせいで俺のせいで…)




…いや,そんなことより




急に現れた一つの真っ黒な感情が俺の中を一気に侵略し,俺の心を一つの感情(いろ)に染め上げた.



亜:「…殺す」


ブウウン


「グッ!!?」


俺は腕を振り,その場を離れようと方向転換していた山亀の脇腹を甲羅ごと抉る.


亜:「…殺す殺す」


ブウウンブウウン


「グギィイイ!!」


今度は右前足,次は左前足…


亜:「…殺す殺す殺す」


ブウウンブウンブウウン


俺の耳にはもう山亀の悲鳴は届かない.


亜:「…殺す殺す殺す殺す」


ブウウンブウンブウウンブウウウン


ただ純粋にただ衝動的に


亜:「…殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す…」


ブウウンブウウンブウウウンブウウンブウウンブウウンブウウウンブウウンブウウンブウウン


ただ一つの意志に従って,腕を振る.


亜:「コロ…!!」


─フッ


亜:「・・・す?」


ドサッ─


急に身体の力が抜け,その場に崩れ落ちる.


(あれ?なんで?力が….いや,この感覚…最初に使ったときの…)


俺の頭に,最初に山亀に力を使い,意識を失ったときの記憶がよぎる.


(…そうか.力を使いすぎると気絶しちゃうんだ.)


「グブハァ…グブハァ…」


山亀の息遣いが聞こえる.死ぬ直前のような苦しそうな息遣いだ.口の中が血でいっぱいなせいか,ときどき息遣いと一緒に「クプクプ」という小さな空気玉の破裂音のような音も聞こてくる.


そんな,山亀を討つ絶好の機会だというのに,俺の意識はゆっくりと闇にいざなわれている.


(はぁ….ほんっとだめだなあ俺….)


意識が朦朧とする.思考が定まらない.身体の感覚もだんだんと無くなっていく.あの時と全く一緒だ.


(あと…もう少しで…ユウカさんの仇が…打てたっ…て…のに…)




──「…あくう…さま」──




俺の耳が,脳が,俺の名を呼ぶ声を捉える.それはユウカの声だった.かすれた,それでいて心配してくれてることがハッキリと伝わる声だった.


それは空耳だったのかもしれない.だが,その声は,その音は,諦め,意識を失いかけていた俺をもう一度奮い立たせた.



亜:「う…ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお…」



身体が重い.脳は起きているが,身体は寝ているような感覚だ.それでも気合で起き上がる.起き上がろうとする.


亜:「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお‥‥!!!」


顔を上げる.山亀を見据える.山亀は血だらけだ.生きていることが不思議なくらいに血だらけだ.体中の肉が抉れている.鉄壁の甲羅で覆われてた背中でさえ,今は見るも無残な状態で骨まで顔を覗かせている.今ならどんな武器でもトドメをさせるだろう.


(一発だ!あと一発でトドメを刺せる!)


その希望が,その期待がより一層俺を奮い立たせる.


「グッ…グワァアアアア…!!!」


山亀が雄たけびを上げながら首を伸ばしてくる.奴も覚悟を決め,トドメを刺しに来たのだ.


亜:「くっ…おおおおおおおおおお!!!」


俺は迫りくる山亀を見据えながら,必死に身体を起こそうとする.


重い.身体が重い.言うことを聞かない.まるで空に思いっきり押しつぶされているかのような感覚.恐らく,この四つん這いの状態が限界なのだろう.だが,もがく.必死にもがく.腕を動かし,脚を動かし,意識を奪おうとする本能(ちから)に抗い,必死に起き上がろうとする.


「グワァアアアア!!」


(諦めない.絶対にあきらめない!!)


山亀の血に濡れた牙が視界を覆う.


(絶対…に…)





グッシャ―――――





──何かが山亀の頭を貫いた.


それはユウカが使っていた槍だ.


「グッ…ガガ…」


山亀は最後にうめき声のような鳴き声を発し,動かなくなる.


「言ったろ….」


聞き覚えのある声に俺は顔を向ける.


「山亀を倒すのは…俺だって….」


亜:「…テン…サ.」


己と山亀の返り血で染まった,憔悴(しょうすい)しきったその顔を見て,俺は安堵し,本能のままに,闇の中へと飲まれていった.

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