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異世界行って神になる.  作者: トリニクだいすき
5/8

山亀討伐1

俺は静かに目を閉じ,集中力を研ぎ澄ませる.


考えたのは,山亀に襲われた日のこと.恐竜のようにでかく,それでいて蛇のようにしなやかに襲い掛かってくる山亀.その凶悪でいびつな口の中が露になったとき,俺は全身の毛を逆立て,思わず腕を振り上げた.


─ブウウンッ


空間が裂ける.


その光景を村長とユウカは目を丸くしながら見つめていた.


ユ:「すごい.本当に使えるようになったんですね!」


亜:「はい.俺の力はどうやら,強い感情,それも思わず腕を振り上げてしまうくらい強い感情で腕を振ったときに使えるみたいです.これまでは恐怖や焦りの感情で無意識に使うことが出来てたみたいで,今さっきは意識的に恐怖の感情で頭の中をいっぱいにして使いました.」


村:「ほおー,そうでしたか.いやはや,わずか一日足らずでご自身のお力を操れるようになるとは,亜空様には感服いたします.これで山亀討伐に行っていただけますな.」


亜:「はい.」


村長の言葉に俺は胸を張って答えた.


ユ:「…しかし,力を使えるくらい強い感情を意図的に作り出すにはかなり時間が必要なようですね.」


ユウカの指摘に,俺はハトが豆鉄砲を食らったような顔になる.


(あっ,確かにそうだ.力を使えるようになったことに嬉しくて失念してた.)


亜:「…そうですね.確かに時間が必要です.」


俺の言葉を聞き,村長はさっきまでのにこやかな顔から一変,険しい顔になる.


村:「なるほど….そうなると,亜空様が力を使えるようになるまで山亀を何とか足止めせねばならんのか….ユウカよ,足止めは出来そうか?」


ユ:「そうですね….村長もご存じの通り,私は以前,一回だけ山亀と戦闘をした経験があります.その時は奴の攻撃をさばくのが精一杯でした.私一人で足止め…,それも亜空様のお力が届く範囲に意識的に足止めするのはかなり難しいと思います.」


村:「そうか.…亜空様,もう少し短時間でお力を使えるように訓練することは可能でしょうか?」


亜:「…正直分からないです.長期間訓練すれば出来るようになるかもしれませんが,数日間の訓練では難しいと思います.」


村:「そうですか….困りましたのう….」


亜:「そういえば,この村には戦士団がいましたよね.彼らと一緒なら山亀の足止めも出来るんじゃないですか?」


ユ:「…確かに可能かもしれません.この村には私を含め,五人の戦士が居ます.テンサ以外の三人ははっきり言って力不足ですが,テンサと私の二人なら亜空様の神通力のマトを狭めず,山亀を足止めできるかもしれません.ただ…」


亜:「ただ…?」


ユ:「これは個人的な感情で大変申し上げにくいのですが,私は彼に山亀討伐に加わってほしくないのです.もちろん彼には実力が十分あります.しかしながら彼はまだ若い.どうしてもまだ生死を争う戦いには参加させたくないのです.」


亜:「…失礼ですが,テンサさんの年齢って?」


ユ:「今年で十三歳になります.」


(じゅうさんっ!!?俺の二個下だったの!?…そりゃあ確かに参加させたくないわな.)


亜:「そうですか.…分かりました.それじゃあテンサさんは参加させない方向で考え…」


「そうともいってられねぇんじゃねえのか?」


俺の発言を遮る形で低い声が響く.家の玄関の方に視線を移すと,そこには小柄な男性,いや少年─テンサがいた.


ユ:「…!!テンサ,いつからそこに.」


テ:「亜空様が神通力をお使いになったあたりからさ.風のうわさで神通力を操れるようになったって聞いたんでな.気になって来てたんだ.…それで,俺と戦士長殿との二人掛りなら山亀を足止めできるって話だっただろ?それなら俺が参加するしかねぇんじゃねぇのか?」


ユ:「…テンサ,分かってくれ.お前はまだ子供だ.命を懸けるのは大人の務め,お前の務めは,生きて,これからのこの村を引っ張ることだ.これまでも何度も言い聞かせてきたことだろう.」


テ:「だが,俺は戦士だ.村のために身体を張るのは当然のことだ.戦士長殿もそれを承知で俺を戦士団に入れてくれたん─


ユ:「それとこれとは話が別だ!!山亀討伐では命を落としかねないんだ!お前が出る幕では…」


村:「ユウカよ….」


テンサの言葉を遮り,激しい剣幕を見せるユウカを村長の静かな,それでいて権威ある一言が止める.


村:「…少し落ち着きなさい.」


ユ:「…はい.申し訳ございません.取り乱していました.」


村長は「コホン」と咳ばらいをし,話を続ける.


村:「ユウカの気持ちもわかる.ワシもテンサには期待しておるし,死んでほしくない.じゃが,それはユウカも同じじゃ.ワシも,村の者も,これ以上誰一人として死んでほしくないと思っとる.されど,山亀討伐に失敗すれば村に未来はない.…心苦しいが,ワシは,他に方法がない以上,テンサが此度の作戦に参加することで,山亀討伐に成功するというのであれば,テンサにも参加してほしいと考えている.」


ユ:「村長まで….」


村:「それに,亜空様はこの村の住人でないにも関わらず,命がけで山亀討伐に参加してくれるのじゃ.若いから,死なせたくないから,村の者を行かせられないというのは亜空様に対しても失礼じゃろう.」


ユ:「!…しかし」


スッ──


ユウカが何かを言いかけたその時,テンサが急に膝をつき始め,


──ガバッ


深々と頭を下げた.


ユ:「テンサ,何をしている….」


それは土下座.正真正銘の土下座であった.


テ:「…戦士長殿,申し訳ない.本心を隠して説得しようとして悪かった.最初からこうすべきだった.戦士長殿.俺は,…俺はやっぱり山亀討伐を諦められない.確かに俺は子供だ.だが俺は,それ以上に俺のせいで死んでしまった仲間たちの無念を晴らしたい.いや,俺が晴らせなくとも,その手助けはしたい…!!頼む!!戦士長殿!!俺の山亀討伐への参加を認めてください!!」


ユ:「….」


亜:「テンサさん….」


俺は,テンサさんの本音を聞き,考えるより先に言葉が口から零れた.


亜:「…ユウカさん.俺からも頼みます.山亀討伐には,一人でも多くの仲間がいた方が心強いです.俺は,…ユウカさんとテンサさん,二人と一緒に山亀討伐に行きたいです.二人と一緒なら山亀を倒せると思います.」


俺はユウカの目を真っすぐ見つめ,力強く発言した.


正直俺の中でテンサへの印象は悪くはなかったにしろ,ちょっと苦手意識を持っていた.そんな俺がこのような気持ちになったのは,ひとえに彼の山亀討伐に対する並々ならぬ思いに俺の心が突き動かされたからだろう.


ユ「亜空様….」


消え入りそうな声でそう言うと,ユウカは「…はぁ.」と諦めたように溜息をつく.


ユ:「分かりました.テンサの同行,私も認めましょう.」


テ:「…!!戦士長殿,亜空様,かたじけない…!!」


村:「さて,山亀討伐の人員も決まったことじゃし.改めて作戦会議を始めますかの.」


こうして,村長がうまい具合に仕切り,俺たちは夜遅くまで作戦を考えるのであった.








◆







木製の桶に張った水が朝の光を反射してうっすらと光っている.


俺はその水をゆっくり両手ですくい,勢いよく顔にかける.


バシャバシャ


心地よい冷たさが全身の眠気を吹き飛ばし,頭の中をリフレッシュさせる.


「ふぅ…いよいよだな.」


俺は桶に移る自分の顔を見つめながらぽつりとそう呟いた.





◆





柔らかな夏の風が青々とした茂みを爽やかに吹き抜けている.空は雲一つない晴天.今日ほど山に行くのに適した日はないだろう.


俺が村の門に着く頃には,すでにユウカとテンサが集まっており,山亀討伐に行くと聞きつけた多くの村人たちに囲まれていた.


ハ:「あ,あくうさまだ!」


ハチが俺に気が付き,その周りの子ども達と一緒に一斉に「あくうさまー」と駆け寄ってくる.


「あくうさま,がんばってね.」,「やまがめたおしてね.」「しんぞうえぐりだしてきてね」


亜:「おう!任せろ!」


何やらかなりえぐいお願いもされてた気がするが,気にせず胸を張り,目を輝かせている子供たちに堂々と答える.


「亜空様!」


子ども達の相手をしていると,前から見覚えのある三人組が駆け寄ってくる.


(この人たちは…,そうだ.決闘のとき,槍を渡す係をしてた人たちと,審判してくれてた人だ.)


「戦士団のゴウリです.」「同じく,戦士団のゴウマです.」「戦士団のヤサシです.」


「「この度は山亀討伐に赴いていただき本当にありがとうございます.」」


そういって,三人は深々と頭を下げてきた.


(この人達,戦士団の人だったんだ.確かに他の人達よりも一段と筋肉質だもんな.)


亜:「いいですよ.そんなにかしこまらなくても….」


ヤ:「いえ,そういう訳にはいきません!」


ゴリ:「本来ならば山亀討伐は我々が命を懸けてやらねばならぬこと.それを私たちが弱いばかりに亜空様に任せることになったのです.本当に不甲斐なく,亜空様には本当に感謝しかありません.」


(そっか.確かに三人の立場からしたら悔しいし,相当つらいだろうな.)


俺は悔し涙を浮かべ,頭を下げている三人の気持ちを汲み取り,優しく声をかける.


亜:「…皆さん,面を上げてください.」


俺の言葉に三人はゆっくりと面を上げる.


亜:「俺が皆さんの分まで必ずや山亀を討ち取ります.…だから,皆さんはどうか安心して待っていてください.」


俺はしっかりと三人の目を見てそう宣言した.


「「…!」」


ユ:「亜空様ー!!早く来てくださーい.もうそろそろ出発しまーす.」


亜:「あ,はい!すぐ行きまーす!…それじゃあ,行ってきます.」


ゴ:「はい.ご武運をお祈り申し上げます.」


俺は三人に笑顔で会釈し,「それじゃあね.」と子供たちに小さく別れの挨拶をした後,急いでユウカたちの元へと走っていった.







◆







亜:「すいません.遅くなって.」


俺は謝りながら,ユウカたちに駆け寄る.ユウカたちを囲んでいた人だかりはすでに解散しており,少し離れた場所からこちらを見守っていた.


ユ:「いえいえ,お気になさらないでください.あんなに人に囲まれたんですから,仕方ないことです.」


テ:「そうさ.亜空様は悪くねぇよ.悪いのは,俺たちが山亀討伐に行くのをみんなに言いふらした村長だ.」


村:「うぐ.…良かれと思ったんじゃがのぉ.」


テ:「何がいいんだよ.余計な体力使うだけじゃねぇか.」


ユ:「こら,村長に向かってその言葉づかいはやめないか.」


テ:「はいはい.分かりましたよ戦士長殿.そんなことより,早く出発した方がいいんじゃないか.」


ユ:「まったく,お前ってやつは….まぁいい.亜空様,準備はばっちりですか?」


亜:「はい.ばっちりです.ちゃんと上着も被ってきてますしね.」


そう言って俺は,身に付けている緑のフードコートをこれ見よがしに見せる.このフードコートは山亀から少しでも姿を見えにくくするために,作戦会議の後,一日かけて作ってもらったものだ.


ユ:「それなら良かったです.…それじゃあもう時間ですし.出発しましょう.村長,行ってきます.」


亜:「行ってきます.」テ:「行ってくる.」


村:「行ってらっしゃい.…頼んだぞ.」


俺たちは村長に会釈して,ユウカを先頭に山へと登っていく.


「頑張ってくれよー.」「がんばえー.」「山亀の奴をぶっ殺してくれー」


俺たちはみんなの思いを胸に,村人たちの熱い声援に背中を押されながら,一歩一歩着実に山亀へと近づいていくのだった.






◆






俺たちが向かっているのは川の上流.俺が山亀に襲われた場所だ.

ユウカの話では,そこは山亀のお気に入りの場所らしく,この時間帯はいつもその場所にいるらしい.この習性は,俺に顔を傷つけられた後も変わっていないそうだ.(ちなみにすでに傷口はふさがっているそうだ.自然治癒力半端ねぇな!)

俺たちの作戦は,山亀の姿を確認しだい,ユウカとテンサが真正面から近づき,山亀が二人にくぎ付けになっている間に俺が森の方から近づいて神通力で深手を負わせる.その後は二人のうち近い方が俺のカバーをしつつ,毒を塗った槍で傷口を狙い(傷口からなら槍での攻撃が通る!通らなくても,毒で弱体化できるという考えだ!),スキがあれば再び俺の力を使って攻撃し討伐するというものだ.


ユ:「先日も話したように,もし山亀が逃げるようなことがあったら深追いはしないように.最低でも,山亀をこの山から追い出すことが出来れば目的は達成ですからね.分かってるな,テンサ.」


テ:「ああ,分かってる.自分の感情を優先して,仲間に迷惑かけるような真似はしねぇよ.」


ユ:「そうか.…それならよかった.」


俺たちは脇に流れる川を視界の隅に入れながら,出来るだけ足音を立てないようにして慎重に足を運ぶ.


どのくらい歩いただろうか.


最初は緩やかに流れていた川も上流に近づくにつれて,だんだんと激しさを増していき,それに比例するかのように俺の心臓の鼓動もだんだんと強くなってくる.


(…川の流れ的にもうそろそろ目的地だな.)


「…ふぅ」


(…俺,うまくやれるかな.一応緑の上着で目立ちにくいとはいえ,ばれたら作戦がパァだもんな.…いや,弱気になるな.胸を張れ.この作戦は俺にかかってるんだから.)


テ:「亜空様.」


俺が心の中で自分を奮い立たせているとき,横からテントが小声で話しかけてくる.


亜:「ん?どうしました?」


テ:「…いまさらだけど,ありがとな.俺が作戦に加われるように説得してくれて.」


亜:「ああ.別に気にしなくてもいいですよ.俺が必要だと思ったから声を上げただけですし.」


テ:「それでも,ありがたいと思ってる.さんざんあんたに失礼な態度を取ってたのに味方してくれたんだからな.」


亜:「….」


(なんだか,めっちゃあったかい気持ちになるな.例えるなら,今まで反抗期だった息子からありがとうって言われたときみたいな.分からんけど.)


テ:「…それともう一つだけ言っておきたいことがある.」


亜:「ん?なんですか?」


テ:「俺が山亀にトドメを刺す.…それだけは宣言しときたい.」


亜:「…ああ,頼りにしてる.」


テ:「…おう.」


ユ:「二人とも,そろそろですよ.」


ユウカの言葉に,俺たちは再び目の前のことに集中する.


(いよいよだな.)


川の広さも流れる速度も山亀と遭遇した場所とほとんど変わらなくなっている.


俺はより一層気を引き締め,足音が立たないよう慎重に足を進める.とその時,


先頭を歩いていたユウカがふいに足を止める.


亜:「?どうしました.」


ユ:「…いない.おかしい.そんなはずは….」


テ:「何がいないんだ?」


ユ:「山亀だ….山亀がいないんだ.普段ならとっくにあそこにいるはずなのに.」


俺は動揺するユウカの視線の先を追う.そこは見覚えのある川岸,まさしく俺が五日前に山亀に襲われた場所だ.


テ:「今日たまたま来なかったって可能性は?」


ユ:「少なくともここ数週間は毎日来ていたのだ.その可能性は低いと思う.…ひとまず私一人で様子を見てくる.亜空様たちはここで待機していてください.」


亜:「分かりました.」


俺が相槌を打つと,ユウカは華麗な手捌(てさば)きで槍を構え,本来山亀がいるだろう場所へと駆けていった.


彼女の背中を見送った後,ふいにテンサが口を開く.


テ:「…嫌な予感がするな.」


亜:「…そうですね.」


─ヒューッ…サーカサカサ…


山を吹き抜ける風が木の葉を揺らし,独特の緊張感が二人の間を走る.


テ:「…?亜空様,あの枝を見てくれ.」


不意にテンサに話しかけられ,彼が指し示す方向へ視線を向ける.


亜:「?あの枝ですか?」


それは葉っぱが二,三枚ほどくっついている何の変哲もない木の枝だった.


テ:「ああ,…さっきあの枝の周りだけ不自然に揺れてなかったんだ.まるで風の影響を受けてないみたいに.」


亜:「枝が揺れなかった….」


テンサの指摘を受け,半信半疑で観察する.しかし,そもそも風の影響による揺れが収まりつつあり,違いが分からない.


(うーん.枝が揺れなかったか….流石に気のせいだと思うけど.)


そう思い,何気なく視線を落とすと,俺はある違和感に気づいた.


(…あれ?あそこらへんに生えてる草だけやけに潰れてる.しかも,円形に.まるで何かの足跡みたいに…)


そこまで気づいたとき─


ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…


テ:「…!!?あぶねぇ!!」


亜:「うわっ!?」


突然テンサに背中側の服を引っ張られ,右の方へ投げ飛ばされる.


俺は一瞬何が起きたのか分からなかったが,次の瞬間もっと異常なことが起きた.


─ドッゴォ!!─


テ:「ぐっ!?」


ベキベキベキィ…


投げ飛ばされる俺の目の前で,突如テンサの身体が,骨の折れるイヤーな音を発しながら宙に浮いていくのだ.まるで巨大な鉄球に体当たりでもされているかのように.


亜:「…!?」


俺はまだ自分の目の前で何が起きているのか掴めていなかった.だが,テンサの身体が彼方へぶっ飛び,俺が地面に落ちる直前,俺はようやく,テンサに攻撃を与えたモノの正体を目でとらえることが出来た.


ドサッ


亜:「…っ!?」


俺は地面にお尻から落ちた衝撃など気にも留めず,目を見開き,目の前にいるヤツを凝視する.


そのモノは,色が透明で周囲の景色と同化していた.俺たちはそいつにそのような能力があることなど知りもしなかったし,全く予想もしていなかった.だからこそ,襲われる直前まで気づくことが出来なかった.しかし,そんな奴でも一つだけは隠しとおすことが出来ていなかった.


亜:「おまえは…」


変色したカメレオンのように,色は視認できなくとも,その輪郭は視認できる.そしてその輪郭は,そのいかつく,おぞましく,ごつごつとした硬い皮膚に覆われたその姿は,紛れもなく,俺たちが今日,討伐する予定の生き物だった.


亜:「山亀….」


「グゥ…」


透明な山亀はテンサが飛んで行ったのを確認すると,すぐに首を曲げ,五日前に俺が付けた醜い傷跡を俺に向ける.そして…


グワァアアアアアアアアアア‥‥!!


あの時のように大あごを開け,一直線に俺目掛けて襲い掛かってきた.


ビクビクッ!!


身体の中に電流が走る.全身の毛が逆立つ.


「うっ…」


その口の中はあの時のように赤くはない.しかし,びっしりと生えた無数の牙の輪郭だけで,俺の脳裏にあの時の記憶を蘇らせ,俺を恐怖のどん底に突き落とすには十分だった.


「うわぁああ…!!」


迫りくる得体のしれない怪物への恐怖におののきながら,俺も無意識にあの時のように腕を振る.そして…


─ブウウン


ブッシャ――


「ガッ…」


またあの時のように,時空が歪み,山亀の顔が裂け,傷口から大量の赤い血が溢れ出た.そして,それと同時に,無色透明だった皮膚は,締められたイカが白く変色するときのように,一瞬で山亀本来の茶色くゴツゴツとした皮膚に戻る.


この時俺は,ある失敗をしてしまった.「よし」と思ってしまったのだ.安心してしまったのだ.神通力が使えたことで,山亀に大きな傷を負わせることが出来たことで,恐怖で覆われていた俺の心の中に,ポツンと安心という感情が生まれ出てしまったのだ.これがまずかった.前回はこの一発だけで山亀を撃退することができた.しかし今回は違ったのだ.


「…グギャアアアア!」


山亀は雄たけびを上げながら,再び襲い掛かってくる.その姿は,まるでここでけりをつけるという強い意志を持っているようだった.


亜:「なっ!?」


(やばい!間に合わない!!)


俺は自分の置かれた状況のヤバさに気づき,焦り始める.これまで山亀と戦うためにそれなりに神通力の訓練をしてきた俺は,今の自分の意志(コンディション)では,神通力を使えないことを理解していたのだ.


タタタタタタタタタタ…!!


俺の視界は徐々に白いギザギザと生々しい赤に覆われていく.


ユ:「はぁああ…」


(喰わ…)


ユ:「ああああああっ!!」


ヒュンッ


「…!!ユウカさん!!」


間一髪でユウカの横やりが入り,俺は難を逃れる.


「グッ…」


山亀も首をひっこめ,紙一重でユウカの攻撃を避けると,俺の正面で仁王立ちしているユウカとにらみ合いを始める.どうやら,攻めあぐねているようだ.


そして,しばらくにらみ合った後,山亀は諦めたように甲羅へと首をひっこめていき,ズンズンと森の奥へと逃げ始めるのだった.


ユ:「…亜空様.ご無事ですか.」


山亀の行先を目で追った後,ユウカは俺に声をかける.


亜:「はい.俺は何とか….あっ!それよりもテンサさんが….」


ユ:「テンサはどこに…?」


亜:「あっちの方に飛ばされました.ついてきてください.」


俺は立ち上がり,テンサが飛ばされた方向へユウカを案内する.


こうして俺たちは,一旦山亀との戦闘を中断することとなった.





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