亜空と神通力
「「ごちそうさまでした.」」
亜:「いやー,おいしかったです.」
ユ:「フフッ,満足していただけて良かったです.クロイも喜びます.」
村:「ふぅ….さて,夕食を食べ終えたところで…」
そう言って村長は食べ終えた食器を脇にずらし,改まる.
村:「早速ですが亜空様.山亀討伐の件についてお話させてください.」
亜:「…はい.」
村:「まず,山亀討伐には亜空様とユウカのお二人で行っていただこうと思っております.」
亜:「え?二人だけでですか?」
村:「はい.ユウカはこの一か月間,ずっと山亀の生態について調べておりました.十分任務を遂行できる力は持っております.何か問題がおありでしょうか?」
亜:「いや,その,…さすがに二人だけで山亀討伐はきついんじゃないでしょうか?」
ユ:「大丈夫です.亜空様の神通力があれば問題ありません.私の見立てでは,亜空様なら山亀を手も足も出させずに倒すことができると断言できます.」
亜:「そう…ですか.」
村:「それでは,次に具体的な作戦について話します.まず,明日の10時頃にこの村を出発し,ユウカに山亀のいる場所まで亜空様を案内してもらいます.その後,山亀と遭遇し次第,亜空様に一対一で戦ってもらい,山亀をぶち殺してもらいたいと思っております.」
亜:「えっ!俺,山亀と一対一で戦うんですか?」
ユ:「はい.亜空様の神通力は超攻撃特化の能力,私が戦いに参戦しても,横やりを刺すどころか,亜空様の狙うマトを狭める結果にしか繋がらないでしょう.もちろん,私も戦いをただ黙って見つめているつもりはありません.亜空様の足を引っ張らない程度に自分にできるサポートは最大限するつもりです.」
亜;「…なるほど.」
(これ,めちゃくちゃ俺だよりの作戦じゃん.前提として俺が神通力を完璧に使いこなせることが条件で成り立つ作戦じゃん.やばい.このままじゃやばい.)
村:「さて,ここまでがワシらが考えた山亀討伐作戦になります.なにも問題なければ,この作戦で実行していただきたいと思っているのですが.」
亜:「あの…」
村:「はい?どうしました?」
意を決し,力が使いこなせないことを伝えようとするも言葉が詰まる.
(何なんだ俺は.なんでこんな大事なことなのに躊躇しちまうんだ.今さら言うのが恥ずかしいのか?言ったら責められるとでも思ってるのか?言ったら評価を下げられてしまうことを怖れているのか?言え!勇気を出せ!ここで言わなきゃ俺だけじゃなくみんなに迷惑かけることになるんだ.俺を頼りにしてくれてるみんなの為にも,自分のためにも,言わなくちゃいけないんだ!)
心の中で自分を奮い立たせ,小さく深呼吸,そして…
亜:「実は…僕の力のことなんですが,まだ自分でも使い方が分かっていないんです.」
村長とユウカは俺の告白を受け,目を丸くして,あっけにとられる.
村:「…どういうことですかな?決闘の際には使っていらっしゃったではないですか.」
亜:「その…あの時は,なんというか,使えると思って使っていたんじゃなくて,まぐれで使えただけでして,まだ自分の中で,こうすると使えるといった感覚がないんです.だから,その…力を使える感覚をつかむまで,待ってほしいんです.」
ユ:「…」
村:「…」
しばらくの間,沈黙が流れる.背中から冷汗が出て来る.
その空気を最初に破ったのはユウカだった.
ユ:「…そうでしたか.確かに,亜空様は記憶障害を患っておられるのですからご自身のお力をまだ使いこなせていないのは当然ですよね.失念しておりました.申し訳ございません.」
亜:「!いえ,分かっていただけただけでもよかったです.」
ユウカの反応に俺は心の底から安堵する.
村:「うーむ.気持ちとしては,一刻も早く山亀討伐を遂行していただきたいのですが,確実に山亀を討伐,いや最低でも撃退するためには亜空様がご自身のお力を使えるようになることが最低条件….分かりました.亜空様が力を使えるようになるまで待ちましょう.出来るだけ早く使えるようになってくださいね.」
亜:「!!はい!ありがとうございます.」
こうして,俺は見事危機を脱することに成功したのだった.
◆
その後も話し合いは続き,夕方まで力についての研究,夜からは山亀についての勉強や,村長,ユウカとの作戦会議をすることになった.
そして,今,俺はユウカと共にユウカの家へと帰っている.
ユ:「すっかり,暗くなりましたね.」
亜:「そうですね.」
亜:「…星,きれいですね.」
ユ:「そうですね.星を見ていると,どんなに落ち込んでいても前向きになれます.」
亜:「へぇー,…星好きなんですか?」
ユ:「ええ,小さい頃から目を輝かせてみてましたから.星だけに.」
亜:「….」
ユ:「….」
しばし,締め付けられるような沈黙が流れる.
ユ:「亜空様は…なんで山亀討伐を引き受けてくれたんですか.」
亜:「えっ?」
ユ:「いえ,ちょっと気になってたんですよ.亜空様は自分が神様であるという記憶がないのでしょう?それに加えて,ご自身の神通力を自由自在に使えるわけでもない.そんな状況で,どうして私たちのために命を失う危険性もある山亀討伐を引き受けてくれたのかな,と.」
(あれっ,そういえば俺,いつの間にか山亀討伐をする前提で動いてるな.どうしてだ?)
亜:「そう…ですね.僕自身も分かってないんですけど….初めは正直ちょっと流れで引き受けちゃってたんですけど.今はなんというか…この村で一日を過ごしてみて,村の人たちはみんな親切で…なんというか居心地がいいなって思ったんです.だから,俺は今,山亀討伐をすることを決心したんだと思います.」
(…そうだ.俺,この村を守りたいと思ってるんだ.なんかちょろいんだなー俺,たった一日,ユウカさんや村長,ハチやクロイさん達と一緒に過ごしただけでそんな風に思えるなんて.)
ユ:「そうでしたか.…私たちの村を気に入っていただきありがとうございます.」
亜:「いえ,そんな感謝されるようなことじゃないですよ.」
「やっと来たか.」
突如,聞き覚えのある低い声が聞こえてくる.
昼間戦った副戦士長─テンサが,腕を組んだ状態でユウカの家の前で待っていた.
ユ:「テンサか,何の用だ.」
テ:「戦士長殿に用はない.俺は亜空様に用がある.」
亜:「…なんですか?」
テ:「亜空様…約束通り,あんたを神様だと認め,山亀討伐も認める.」
亜:「はあ.それはありがとうございます.」
(なんだ.それを伝えるために待ってたのか.結構律儀な人だな.)
テ:「認めるが,だ.」
テンサは「が」を強調すると,ゆっくりと俺の方に近づきつつ,俺の目を見据えながら口を開く.
テ:「亜空様,あんた…俺との決闘のとき,負けてもいいと思ってただろ.いや,正しくは勝たなくてもいいと思ってただろ.」
亜:「!?それは….」
後ろめたさが俺の心をつついてくる.
テ:「言わなくても分かる.俺は戦ってる相手の考えてることはだいたいわかるからな.」
頭を掻きながらそう言うと,俺の目の前で立ち止まる.
テ:「いいか?俺はアンタみたいに戦いに全力で勝ちに行かねぇ奴は嫌いだ.アンタみたいなもんに山亀討伐を任さなきゃなんねぇんだと思うと虫唾が走る….」
テ:「山亀と戦うときは手ぇ抜くんじゃねぇぞ?それだけ伝えに来た.」
テンサはそう言い残し,俺の脇を通って夜の闇へと消えていった.
テンサの言葉がずっしりと俺の心にのしかかる.
(…そうだよな.テンサさんの言うとおりだ.山亀と戦うときは気を引き締めないとな.)
ユ:「…亜空様.」
亜:「あ,はい.大丈夫ですよ.本番では全力で勝ちに行きますから.」
ユ:「分かっていますよ.そのことじゃありません.ただテンサの態度を許してほしくて….」
亜:「あっ,そのことですか.大丈夫ですよ.気にしてませんから.むしろ,気を引き締めてもらって感謝してるぐらいです.」
ユ:「ありがとうございます.そう思っていただけて嬉しいです.」
亜:「いえいえ.…テンサさんのこと,気にかけてるんですね.」
ユ:「…はい.彼は,というより私たちはすでに山亀に仲間を五人殺されてるんです.そして,そのすべてが戦士団の一員だった.彼はそのことに責任を感じていて…,だから,彼は山亀のことになると人一倍感情的になってしまうんです.」
亜:「…そうだったんですね.」
(そっか.五人も仲間を….…それならテンサさんのあの態度も頷ける.)
ユ:「…私も彼の気持ちは痛いほどよくわかります.ですから…」
ユウカが俺の目を見据える.
ユ:「彼の分まで山亀討伐頑張りましょう.」
亜:「はい.」
彼女の決意と覚悟に応えるように俺は最大限の気持ちを込め返事をした.
ユ:「…と長々とすみません.さっ,家に入りましょうか.」
亜:「ハハッ,そうですね.」
こうして,俺はユウカの家に入り,眠りに就くのだった.
◆
「やばい.ぜんっぜん分からねぇ….」
草原に大の字に寝転びながら,大空に向かって弱音をこぼす.
俺は,昨日の話し合いを経て,村のはずれで神通力の訓練をしていた.
(一回目も二回目も腕を振ったと同時に使えてたから,てっきり,腕を振ったときに使えるのかと思ったけど,いくらやっても一向に使える気配がないんだもんな.)
太陽はすでに真上まで登り切ろうとしている.朝早くから始めたことを考えるとすでに三時間以上たっているだろう.これだけの時間,何の進展もなければさすがに焦りが出て来る.
「はぁ….」
(…こうなってくると,昨日使えたことが夢だったんじゃないかって思ってしまう.どうすりゃいいんだろう….)
俺は悶々としながら,じーっと.雲の流れを見つめていた.
「…」
「…ああー,何やってんだ俺は!休憩してる場合じゃないだろ!」
俺は頭をわしゃわしゃしながら自分自身を叱責する.
「せっかく待ってもらってんだから,しっかり期待に応えないと….…とりあえず,もっかい使えた時を振り返って腕を振る以外の共通点探すか.」
決意を固めると,目をつむり,記憶をよみがえらせる.
(ええっと,確か…最初に使えたのは山亀に食われそうになった時,二回目に使えた時はテンサに首を突かれそうになった時だったよな.こんときの共通点はどっちも腕を振ってたってことと…,どっちも…恐怖を感じてた.」
「…そうだよ.恐怖を感じてた.死の恐怖を感じてたんだ.…てことは,死の恐怖を感じているときに腕を振れば使えるって可能性が高いのか….」
(…うん.そうだよな.そうとしか考えられないよな.そうとしか考えられないけど,それはそれとして厄介だよなぁ.だって確かめようがないじゃんその場合.死の恐怖を感じる状況を作るってこと自体がそもそもきついし.…ってか,今思えばどっちの状況でも力を使おうと考えてなかったのに使えたよな.ってことは力を使おうと思っちゃいけない可能性もあるわけだ.てか,それ以外にも…)
考えれば考えるほど分からなくなっていく.俺の頭はすでにパンク寸前になっていた.
「…ああ,もう!どうすりゃいいんだ
─ブウウンッ─
…よ?」
叫びながら思いっきり腕を振って上体を起こしたその時,目の前で空間が裂けるあの現象が起こった.
一瞬,見間違えかと思ったが,目の前に生えていた草が不自然に裂け,宙を舞っている.見間違えではない.
(えっ,いま使えたよな?何でだ?)
試しにもう一度腕を振ってみる.
うんともすんとも言わない.
「んだよ!使えろよ!」
向きになって繰り返すも,何の変化もなかった.
(くー,やっぱり使えない.…しっかしなんでさっきは使えたんだ.別に死の恐怖を感じていたわけじゃないよな.どうしてだ?)
「かみさまいたー!!」
考えあぐねていたその時,どこからともなく,聞き覚えのあるかわいらしい声が聞こえてくる.
振り返るとそこには,手を振りながらこちらへ走ってくるハチの姿があった.
亜:「おお,はっちゃんか.どうしたの?」
ハ:「えっとね.ハァハァ…ごはんだからね.ハァ…きてって『くろい』がいってた.」
亜:「ああ,そうか.わざわざありがとう.」
(マジか,そういえばもう昼だもんな.くっそー,結局何の成果も出せなかった.)
ハ:「えへへ,じゃあいっしょにいこ!」
ハチは笑顔でそういうと,俺の手を掴む.
(あ,これ,村長の家に連れてかれた時と,同じパターンだな.)
亜:「あっ,うん.」
(しょうがない,甘んじて受け入れるか.)
俺は半分諦めに近い感情を抱きつつ,されるがままにハチに引っ張られていった.
◆
亜:「はっちゃんが呼びに来てくれたんだね.」
しばらく歩いたところで,俺はハチに質問をする.
ハ:「うん,くろいが,あくうさまをよんできてほしいっていってたから,わたしがりっこうほしたの.」
亜:「そうなんだ.…ハチちゃんはお手伝いがすきなんだね.お利巧さんだな.」
この言葉にハチの態度が一変した.
ハ:「ちがうよ!おてつだいがすきなんじゃないよ!めずらしいものがすきなの!」
そのハチの反応と物言いに俺は思わず「プハッ」と吹き出す.
その様子を見てキョトンとしているハチ.
亜:「ああ,ごめんごめん.確かに俺ってめずらしいもんね.」
と,俺はすかさず謝るのだった.
亜:「…そっか,はっちゃんはめずらしいものが好きなのか.」
ハ:「うん!めずらしいいきものとかみるととってもうれしくなるの.このまえなんてね,いままでみたことないとんぼみておもわずとびはねちゃった.」
亜:「ハハッ,そうなんだ.思わず飛び跳ねちゃったんだね.」
和気あいあいと話していると,俺はあることに気が付き,足が止まる.
ハ:「ん?かみさまどうしたの?」
(嬉しすぎて思わず飛び跳ねる….嬉しすぎて思わず…もしかして)
亜:「はっちゃん,ちょっと手ぇ離して離れてくれる?」
ハ:「うん.」
ハチは俺の言葉を聞き,素直にその場から離れる.
俺はハチが十分距離を取ったのを確認して,目を閉じる.
(俺の予想が正しければ…)
─ブウウン
目をつぶって数秒後,俺の腕は振り上がり,独特の効果音と共に空間が裂けた.
ハ:「これってあのときの….」
俺とテンサとの決闘を思い出しながら,ハチが呟く.
亜:「…使えた.やっぱり使えた!そうだったのか!こうすればよかったんだ!」
ハ:「かみさま,じんつうりきつかえるようになったの!?」
亜:「ああ,そうだよ!」
俺は体の内側から沸き起こってくる感情に身を任せ,衝動的にハチの身体を持ち上げ,その場でくるくる回転する.
ハ:「わわ,かみさま!?」
亜:「これもはっちゃんのおかげだ!ありがとう!ほんとにありがとう!」
五回転位したところで,俺は「はっ」と,我に返り急いでハチを降ろす.
亜:「ああ,ごめんごめん.急に持ち上げたりして.大丈夫だった?」
肩に手を乗せ,屈んだ状態で謝る俺に,ハチはちょっとだけふらつきながらも,
ハ:「うん.ちょっとめぇまわったけど.たのしかったよ.」
と,笑顔で答える.
亜:「そっか.よかったー.」
俺は心の底から安堵し,立ち上がって,ハチの手を取る.
亜:「よし!それじゃ帰ろっか.」
ハ:「うん!」
こうして,俺は軽い足取りでハチと共に村へと帰るのだった.




