依頼
公園の木の枝にリスがいる.
角の生えたリスだ.
めっさかわいい.
リスはこちらに気が付くと木から降りてしっぽをフリフリしながら駆け寄ってくる.
めさめさかわいい.
リスは俺の足元で立ちどまると,つぶらな瞳でじっとこちらを見つめ始める.
めさめさめさかわゆい.
俺はその場でしゃがんで,リスのふさふさな頭をなでなでする.
リスは気持ちよさそうに目を細め,やさしく撫でていくうちにだんだんとからだが大きくなり,やがて,俺の倍以上の大きさの大蛇となって,大きく口を開けて俺を頭から丸呑みに…
「うわあああ!!!」
絶叫しながら,俺は飛び起きた.
「ハァハァハァ….」
息を整え,動機を抑える.
どうやら,夢だったようだ.
(…そりゃそうだよな.角の生えたリスとか,あんな巨大な蛇とかいるわけないもんな.)
「かみさま.だいじょうぶ?」
何者に心配そうに声をかけられる.声の幼さからして子供だろう.
亜:「ああ,大丈夫だ.ありがとな心配してくれ─」
俺は,反射的に返事をしながら,こちらの身を案じてくれた子供の方を振り向き,
亜:「─て….」
度肝を抜かれた.
それは確かに子どもだったが,人間の子どもではなかったからだ.
亜:「ひぎやああああ!化け物!!」
それは,リザードマンの子どもだった.
「えっ,化け物!?どこに?どこにいるの!?」
子どもは,俺の悲鳴と,「化け物」という単語に本気で怖がり,軽くパニック状態になっている.その怯える様は,人間の子どもと遜色ない.その姿を見て,俺は急に落ち着きを取り戻し,逆に,この子に恐れを抱いた自分が情けなくなった.
(…なんか,申し訳ないな.そもそもこんな小さい子を化け物呼ばわりとか何やってんだよ俺.)
亜:「…や,すまん.見間違いだった.」
「えっ,そうなの?ほっとした~….」
子どもは肩をなでおろしながら,安堵する.その姿に,(本当に子供みたいだな.)とある種確信を得た俺は,警戒心を解き,話しかけることにした.
亜:「君の名前はなんていうの?」
ハ:「『はち』っていうの.みんなは『はっちゃん』ってよんでるよ.」
亜:「えっと,ここは?」
ハ:「ここはユウカおねえちゃんのいえだよ!」
亜:「…えっと,そういうことじゃなくて….なんていえばいいかな….」
ハ:「あっ,そうだった.そんちょうにあわせなくちゃいけないんだった.」
亜:「えっ,村長?」
ハ:「うん,はなしたいことがあるんだって,ついてきて!」
そういうと,ハチは俺の手を引っ張り,家の外へと連れていく.
亜:「いやっ,ちょっ,まって.」
俺は静止しようとするも,ハチはまったく聞く耳を持たない.というか,意外と力が強い.
そのまま,俺はハチに連れられ,家の外へと出る羽目になった.
(うわっ,眩し.…て,これは…)
日差しの光にようやく慣れた俺の目に移ったのは弥生時代の風景だった.あちこちに竪穴住居が立ち並び,向こう側には高床式倉庫さえある.側には田んぼも広がっていて,教科書でみた弥生時代の集落そのものであった.ただ一つ違うのはその田んぼで一生懸命雑草を取っているのが人間ではなく,リザードマンであるということだ.
(これって,…ひょっとしなくても異世界に来たってことだよな.)
心臓がキュウッとなる.それもそのはずだ.こんな非現実的なこと受け入れられず筈がない.だが,現実として目の前には明らかに自分のいた世界とは別世界が広がっていて,まったく別の生き物が存在している.ハチに手を引っ張られていなかったら,今頃俺はリアルで頭を抱えていただろう.
そんなことを考えていると,田んぼにいた数人のリザードマンがこちらに気が付き,
「神様だ.」「神様がお目覚めになった.」「あれが,神様か…」
と口々に話始めた.反応的に,俺のことを神様と言っているのだろう.
(…なんで俺神様呼ばわりされてるんだ?そういえば,ハチも俺のこと神様って言ってたっけ.…ん?)
頭に疑問符が生まれていたその時,田んぼと田んぼの間に祠のようなものがあることに気が付く.
(あれは教科書にのってなかったよな.やっぱり細かい部分は弥生時代と違うのか.…と.)
いろいろな情報に脳をフル回転させていると,ふいにある家の前でハチが足を止める.その家は明らかに周りと比べて大きく,立派な家.おそらくここが村長の家なのだろう.
ハ:「ここだよ!はいってはいって.」
ハチに促されるままに俺は家の中へ入った.
ハ:「そんちょーう.かみさまがおきたよー.」
「なんじゃと!?今行く!!…って神様!!直々にいらっしゃったんですね!」
そこにいたのはしわがれたリザードマンと,見覚えのあるリザードマン.
「神様,どうぞこちらにお座りください.」
亜:「…はい.」
俺は促されるままに藁の絨毯の上に座った.
「ハチや,神様の看病と案内をしてくれてありがとうの.これからワシらは神様と大事なお話がある.おまえさんは外で他の子たちと遊んでなさい.」
ハ:「えーっ,あたしもおはなしききたい.」
「ごめんね.あとで槍のお稽古してあげるから,今はお友達と遊んでて?」
「ほんとっ!?やくそくだよユウカおねえちゃん!じゃあ,いっちゃんたちとあそんでくる.かみさまもばいばい.」
亜:「おう.案内してくれてありがとな.」
俺はハチの背中を見送った後,改めて囲炉裏を挟んで向こう側にいる村長たちと顔を合わせた.
村:「改めて,ワシらの元においで下さり,誠にありがとうございます.ワシはトカゲ.この『セキエキ村』で村長を務めているものですじゃ.隣にいるのはユウカ,この村の戦士長を務めております.」
ユ:「ユウカです.改めてよろしくお願いします.」
亜:「富川亜空です.よろしくお願いします.」
流れに従って俺も自己紹介をする.
村:「まず,はじめに…ユウカ.」
ユ:「はい.小渓流にて気を失った亜空殿を私個人の判断でこの村に連れ帰り,勝手ながら濡れた衣服を取り換えましたこと謹んでお詫び申し上げます.」
亜:「えっ,衣服?」
俺は指摘されて初めて自分が身に付けている物を確認する.すると確かに,制服から他のリザードマンと同様の麻布の服に代わっていた.
亜:(あっ,ほんとだ.変わってる.今気づいた.)
亜:「ああ,いえいえ,気にしてませんよ.あのままだったら,どうなってたか分かりませんし,濡れた衣服のままだったら風邪ひいてたかもしれませんしね.逆に感謝してるくらいです.」
ユ:「もったいないお言葉恐悦至極にございます.」
亜:(うっへぇ,きょうえつしごくなんて言葉初めて聞いたな.)
村:「それでは,早速お話を始めていきたいのじゃが…」
亜:「あの,その前に一つ質問していいですか?」
村:「はい.なんでしょうか.」
亜:「起きてからずっと気になってたんですけど,なんで皆さん,僕のことを神様と呼んでいるんですか?」
村:「…どういう意味ですかな?」
─ピリッ
一気に緊張が走る.
(あれ?この空気ちょっとまずくない?)
亜:「あっ,いや,えっと…僕は自分が神様だという自覚が無くてですね.どうして皆さんが僕のことを神様だと思っているのか分からなくて….」
村:「なるほど.そういうことでしたか.…もしかしたら,あなたが神の国から下界に降り立つ際に,何らかの記憶障害が発生したのかもしれませぬな.」
亜:「いや,えっと…」
─そもそも神様じゃなくて人間なんですけど….
と言いたくなる気持ちを俺はぐっとこらえる.
(…話の流れ的にここで否定してもややこしくなるだけだし.そういうことにしておく方が何かと都合がよさそうだな.)
亜:「…そうかもしれないです.」
村:「それなら,説明が必要ですな.」
村長はコホンと咳ばらいをし,話を続ける.
村:「ワシらが亜空様を神様だと判断できた理由は二つあります.一つ目は,あなたの毛のない肌や姿かたちが,この村を創り,ワシらトカゲビトを導きなさった神─テラ様とそっくりだったからです.」
ドキッ
聞き覚えのある名を聞き,俺の心臓がまたもやキュウッとなった.
亜:「テラ…?」
(テラってもしかして….)
村:「はい,テラ様です.…もしや,お知り合いで?」
亜:「…その,テラ様は,今はどちらに?」
村:「今から50年ほど前,ワシがまだ子供のころにこの世での一生をとげ,天におかえりになりました.」
亜:「50年前….」
50年前にテラが….…いや,冷静になれ.そもそもテラ様が俺の知ってるテラである確証はない.分かってるのはテラ様が俺がこの世界に飛ばされる数十年前にこの世界に来ていたってことと,俺と同じ人間,それも日本人である可能性が高いってことだけだ.…そうだ.人違いに決まってる.テラが死んでるはずがない.
亜:「…それなら…人違いだと思います.」
村:「そうですか.それなら話を続けます.」
ここでもう一度「コホンッ」と咳ばらいを挟む.
村:「もう一つの理由ですが…,ユウカ,お前の口から説明しなさい.」
ユ:「はい.亜空様がその神通力によって山亀を退けるところをこの目で見たからです.」
亜:「…へ?」
ユ:「どうしました?」
亜:「ああすみません.えっと,ちょっとわからないとこがいくつかあって….そのー『やまがめ』っていうのはなんですか?」
ユ:「小渓流で亜空様に襲い掛かった化け物のことです.」
(しょうけい…ああ!あの大蛇の化け物か!あいつって,亀だったんだ.…確かに足ついてたもんな.)
亜:「それじゃあ神通力っていうのは….」
ユ:「空間を裂き,山亀の顔に深手を負わせたあの力のことです.」
(なるほど.やっぱりあの時生じた空間のずれのことか….確かに俺の目の前で起きたことだけど.あれって本当に俺がやったことなのかな?)
亜:「あの,…その神通力というのはテラ様も使えたんですか?」
村:「ワシの記憶ではありませんが,同じ神様であるあなた様が使えたのであれば,テラ様も使えたのかもしれません.」
(なんだよそれ.はっきりしろよ.それじゃあ,やっぱ俺が使ったかどうか分かんないじゃん.…いや,異世界に飛ばされたぐらいだから,そんぐらい使えてもいい気がするけど….うーん.どうなんだろう.)
そんな俺の頭のもやもやをよそに,トカゲは話を続ける.
村:「ここまでが,ワシらが亜空様を神様だと判断できた理由となります.ご理解いただけましたかな?」
亜:「…はい.まぁ何となくはあなたたちが俺を神様と呼んでいる理由が分かりました.…それで.話というのは?」
村長はより一層神妙な面持ちになる.
村:「はい.話ですが,単刀直入に申し上げます.…山亀をぶち殺してくれませんか.」
亜:「山亀を…ぶち殺す?」
村:「はい.…ワシらはもともと,秋冬は米を,春夏は山の恵みを主食として生活しておりました.今まではその様式で特に何の気苦労もなく生活出来ていたのですが,今から一か月ほど前,あの凶暴な山亀が現れ,住み着いたことが原因で,自由に山に出入りすることがかなわなくなったのです.現在,安全を考慮し,山亀と対面しても逃げ切れる実力を持つここにいる戦士長のユウカと,もう一人─副戦士長のテンサに山への食料の調達を任せているのですが,二人だけではとても村人全員分の食料を集めることなどできず,去年の凶作も相まって,この村はいま,深刻な食糧不足に悩まされているのです.」
(なるほど.それは大変だなぁ.)
ユ:「あの山亀の強硬な皮膚の前では私たちの槍は何の役にも立たない.将来に希望を持てず,考えあぐねていたその時に,山亀を退けるほどの力を持つあなたが現れた.これは運命だと私は思いました.」
訴えるようにそう言うと,ユウカは両手を床につき,
ユ:「お願いです神様.どうか,私たちのために,この村を救うために,あなたの力をお貸しください.」
深々と礼をしてお願いしてきた.
村:「どうかお願いします.」
続けて村長も土下座でお願いする.
(…どうしよう.断りたい.めっちゃ断りたい.だって,山亀怖いもん.今も鮮明にあのグロテスクな口の中覚えてるし….うわっ,思い出したら,足震えてきた.願わくばもう二度と会いたくない.そもそも神通力ってされてる力だって俺のかどうか確証ないし.…だいたい他人事なんだよな.自分の命をかけてまでこの村を救う義理がない.でも…)
チラッ
村長とユウカは土下座を続けている.その武士が将軍にお願いするときのようなきっちりした姿は,この依頼が心の底からの依頼.本当にこれが最後の希望だと言わんばかりのお願いであることがひしひしと感じ取れる.
(…断れねーよなー.っていうか,こんな深々と土下座されて断れる日本人いるの?遺伝的に無理だろ.…でもなぁ,やっぱり,力のことが….ああっ,もう.考えててもしょうがねぇっ!ひとまず引き受けるか!)
亜:「分かりました.僕に任せてく…
─グゥウウウウウ─
だ…さい.」
ユ:「‥‥」
亜:「‥‥」
村:「…引き受けでくださり,ありがとうございます.食事の方はすぐに用意させますので今しばらくお待ちください.」
亜:「…はい.お願いします.」
俺は赤面しながらもなんとか応答した.
(…なんであのタイミングで腹なるんだよ!恥ずすぎだろ!確かに飯食ってねぇし腹もすいてたけど!)
ユ:「ご飯を用意するよう伝えに行きますね.」
村:「ああ,頼む.」
ユウカはいそいそと立ち上がる.
(あっ,やばい.これもう解散ムードだな.ここで力のこと言わないと,ほんとにタイミング失っちまう.)
亜:「あっ,解散する前に一ついいですか.実は神通力のことなんですけど…」
「邪魔するぜ.」
焦り気味に相談しようとした俺の声を遮るように,野太い声が,家の中に鳴り響いた.




