はじまり
…俺は将来何になるんだろう?
おれはいったい何がしたいんだろう?
この頃の俺はよく,目が覚めると,そのことばかりを考えている.
だが,決して乗り気で考えているわけじゃない.
むしろその逆.
嫌々考えているのだ.俺がどれだけ考えないようにしていても,どれだけ気持ちの良い朝を望んでいたとしても,ふいに身体の奥底に真っ黒な不安がポツンと生まれて,それがぞわぞわーっと頭の中を包み込んで,無理やり俺に将来について考えさせようとしてくるのだ.
本当に嫌になる.
そして,そういう億劫な日は必ず─
ピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピ!!!…
バシッ!
「ちっ,…っせーな.」
─目覚まし時計に無理やり今を教えられ,心にモヤモヤを抱えながらベッドから起き上がる.
それが,中学三年生になった俺─富川亜空の日常だ.
◇
「よう!亜空!しけた顔でどうしたんだよ?徹夜でもしたのか?」
授業前の教室
俺の肩に手をのせて,話しかけてきたのは大川博人─通称大川だ.
亜:「してねえよ.…ただちょっと将来について考えててさ.」
大:「しょうらい?ああ,志望校のこと?おまえ城塞高校に決めたんじゃなかったっけ?」
亜:「いやっ,…まぁそうだけど.」
大:「ああ,でもそうだよな.城塞高校って偏差値60くらいあるもんな.でも,大丈夫だろ.お前の成績なら.前回のテストで5位だったんだし.」
そういいながら,大川は頭の後ろに手を組む.
大:「いやーでも,いいよなぁー,どこの高校行くかで悩めて,俺なんか行くとこ一つしかないんだぜ?」
亜:「…まぁ,お前は可哀そうなくらい頭わりぃもんな.國司田高校か?」
大:「可哀そうなくらいは言い過ぎだろ!っていうか,そこじゃねぇよ.」
亜:「えっ,でも,前は國司田行くって言ってなかったっけ?」
大:「確かに言ってたけど,あそこヤンキー多そうじゃん?だからそこじゃなくて,通信高校に行くことにしたんだ.」
亜:「えっ,通信にすんのか?大丈夫かそれ?」
大:「なんだよ,その言い方.たいして知りもしないくせに通信バカにすんなよな.」
亜:「まあ,確かに言い方悪かったわ.ごめん.」
大:「分かればいいんだよ分かれば.…それに,俺勉強は出来ねぇけど,パソコンは結構得意でさ.将来エンジニアなりたいと思ってるから,普通の高校よりも通信の方が何かと都合がいいんだよ.」
亜:「…へぇー,そういうもんなのか.」
「おっ?何々?志望校のはなししてんの?」
はつらつとした声で寅春之助─通称ハルが会話に割って入ってくる.
亜:「そうだけど.どうしたんだ,ハル.やけにうれしそうだな.何かあった?」
ハ「いや,それがさぁ,…いや,やっぱ悪いなぁお前らにこれ言うの.」
大:「なんだよ.もったいぶるなよな.」
ハ:「実はさぁ,…俺もう高校に受かったんだよね.」
大:「えっ!?まだ7月だろ?どういうことだよ?」
ハルは俺たちの反応に満足そうに鼻をこすり,
ハ:「へっへー,まぁ,まだ正式には受かってねえんだけどよ.この前の試合終わりにさ.『ぜひうちの高校に来てください.また連絡します.』って.渋谷高校の監督から直々にオファーが来てさあ.」
大:「マジで!?そんなことあんだ….ってか,渋谷高校って言えば県で一番偏差値高いところじゃん.すげえなハル.」
ハ:「おうよ.これで夢のプロサッカー選手にも一歩近づいたぜ.」
亜:「そっか,…すげぇな.」
キーンコーンカ―ンコーン
ハ:「おっ,もう授業が始まる時間か.早く席戻らねえと.」
大:「亜空.また後でな.」
亜:「おう….」
◇
放課後.
俺は大川たちとは学校で分かれ,俺は一人通学路を歩いていた.
(帰ったら受験勉強しないとな.)
物思いにふけりながら空を見上げる.空では沢山のいわし雲が俺とは別の方向に進んでいた.
(何しようか.英語…は昨日も一昨日もやったしな.数学って気分でもねぇし.社会と理科でもすっかな.)
それから,何気なく横を見ると,見知った顔が本屋に入っていった.
(おっ,テラだ.)
寺門勉.俺の小学校からの幼馴染だ.去年までは同じ教室だったが,今年別々になってからは,あまり話していない.
(…確かあいつも城塞高校が第一志望だったっけ.理由は博物館が近いからとか言ってたな.…きっとあいつも俺と違って将来の夢持ってんだろうな.)
「…はぁ」とため息がつき,俺は自分の心に耳を傾ける.
(…俺って何がしたいんだろうな.みんな将来のこと考えたうえで高校選んでるのに.俺は高校も何となく偏差値だけで選んでるし.)
(このままでいいのかなぁ….)
そんな風に考えていると,ふいに自分が河川敷まで来ていることに気が付く.もう河川敷ということは後5分で家に着くということ,つまり学校を出てすでに20分近くたっているということだ.
(…あれっ?もう,こんなところまで来てたのか.考え事してると時間が経つのはええな.)
「?なんだこれ?」
俺は目の端に捉えたあるモノに心を奪われた.
「すっげぇー光ってる….」
それは,真っ白な段ボールのような箱で,箱自体が青白い光を放っている.朝ここを通ったときにはなかったものだ.
その箱をじーっと眺めていると,徐々に徐々に光が強くなっていく.
キーーーーーーーーーーーーーーー…
箱の中から機械音のような,何かを無理やり収縮しているかのような異様な音が漏れ出て来る.
(あれっ,なんかやばそうじゃね?)
俺はここに来てようやく目の前の物体が異常なことに気が付く.
(もしかしてこの箱…)
(爆発するん─────────
◆
地面がひんやりしていて気持ちいい.
夏なので日差しは熱いが,木の葉がいい感じに遮ってくれていて,とても過ごしやすい環境になっている.
(あれっ,俺何してたんだっけ.)
ちゅんちゅんという小鳥のさえずりが聞こえる.
サラサラと木の葉を揺らしながら涼しい風が木々の間を吹き抜ける.
(…確か…,箱から光が出て…それで…)
「…てっ,ちょっと待って!!?」
ようやく意識が覚醒した俺は,ガバッと起き上がる.そして,ぐるーっと周りを見渡し,俺は─
(何これ!?どういうこと!?なんで,見知らぬ森にいるんだ!?)
─軽くパニック状態になった.
どっからどう見ても,どこを切り取っても森の中なのだ.それも全く知らない森の中なのだ.
なんでここにいるのか分からない.なんで通学路にいないのか分からない.
状況を整理しようとしても,「なんで」という単語が頭の中に大量発生して,何も考えがまとまらない.
「ああもう,ぜんっぜんわからん!!」
頭を抑えながら悩んでいると,ふと俺の頭の中にある解答が舞い降りた.
(…いや,待てよ.そうか.これはドッキリだ!どっかのいかれたテレビディレクターが「急に森の中で目覚めたら一般人はどういう反応をするのか」てきな感じでどっきり仕掛けてんだ.きっと,近くにカメラマンがいて,ネタばらしの機会を今か今かと伺って….って,さすがにそんなわけ…)
─ガザガザッ
「どっひゃあ!?」
急な物音に情けない悲鳴を上げる.
音のした方を恐る恐る見上げると,木の枝の上に手のひらサイズのシマリスが潜んでいた.
「…なんだよ.リスかよ.脅かしやがって.」
俺は悪態をつきながら,まじまじと音の元凶を見つめる.
「…そういえば,野生のリスなんて今まで見たことなかったな.」
リスは枝の上で前足をあげ,頭をきょろきょろ動かしている.きっと木の実を探しているのだろう.
(…なんか,結構かわいいなリス.ハムスターみたいにちっちゃいし.毛はもふもふで,ちょこんと生えたツノも…)
「…って,ツノっ!?」
異常に気が付いた俺は仰天しながら二度見する.
(見間違いじゃない.マジで角が生えてる.サイ見てぇに.マジか.角生えたリスなんて聞いたことないし.これって新種だよな.すげえ,興奮する.)
「…て,興奮してる場合かよ俺は!」
俺は冷静に独りノリツッコミをした.
(…ふぅ.今ので心も落ち着いてきた.どれだけ考えてもここがどこだかわからない状況は変わらないし.肉食動物とかがいたらたまったもんじゃない.とりあえず森を抜ける方法を考えるか.)
「…かといって,どの方角に行けば抜けられるかも分かんないしなあ.場合によっちゃさらに森の奥に行っちゃう可能性もある.」
考えあぐねていると,ふいに俺はある方法を思いつく.
(そうだ!木に登って上から見ればだいたいどの方向に行けば森を抜けられるか分かるかもしれない.)
それはよくテレビ番組で無人島の全容を確認するさいにタレントがやっていた方法だ.テレビでやっているくらいなのだから,うまくいくだろう.
そんな思いを胸に俺は,意志を固め,近くにある一番背の高そうな木に目星をつける.
(よーし,そうと決まればさっそく…)
意気揚々と目当ての木に近づく.…が,しかし,真下から見た木は思った以上に高かった.
(意外とぉ高いなぁ….俺登れんのかなぁ.いままで木に上ったこと一度もないんだよなー.…てか,普通に怖いなぁ.それに,登れたとして降りるときどおすりゃいいんだ.…でも,現状木に登るぐらいしか選択肢がないよなぁ.…うん,失敗したらその時はその時だ!)
「ええい,ままよ!」
気合いを入れて恐怖心を無理やり押し殺し,ゴツゴツした木の皮に手をかけた.と,その時─
「誰かいるのか.」
森に少し低い女性の声が鳴り響いた.
ビクっと一瞬驚き,そのあとすぐに安堵と嬉しさがドッと押し寄せてくる.
(よかったー!近くに人いたんだ!)
亜:「はい!います!いまちょっとここがどこか分からなくって,助けてほしいです!」
「そうか.…分かった!今行く!」
(いやーこれで一安心だ.とりあえず,彼女に助けてもらって森を抜け…)
亜:「…て?」
木陰から現れた彼女の姿を目が捉えた時,それまで身体を包み込んでいた安心と嬉しさは一瞬で影を潜めた.
それは彼女の身長が思ったよりデカかったからでも,大きな槍を持っていたからでもない.
彼女がトカゲだったからだ.
いや,正確にはトカゲではない.人間のように服を着て,二足歩行で立っている.
そう,いうなればゲームで見たリザードマンそのモノであった.
「…なっ!?あなたは…!?」
亜:「ひっ…,」
「?どうなされ…」
亜:「ひぃゃぁぁぁああああああああああああああああああああああああ!!!」
鬼の速度で背を向け,全速力で走る.
リザードマンはまだ何か言っている途中だったがそんなものどうでもよかった.ただ雄たけびを挙げながら,俺は一心不乱に駆けだしていた.
◆
「ハァハァハァハァ…ング,ハァハァハァ…」
どれくらい走っただろう.
周りの景色はいつの間にか,茂みと木々に囲まれた鬱蒼とした場所から,川が激しく流れる爽快感あふれる場所に変わっていた.
依然として森の中であるのには変わりないが.
「もう追ってきて,ないよな.」
息を整えながら,後ろを振り向く.
何者かが追ってきている気配はない.
どうやらうまく逃れられたようだ.
「はぁー,よかったー.」
俺は心の底から安堵のため息を漏らす.
(いやーでも,逃げた先に川があって助かった.水分補給もできるし,川に流れに沿って歩けば森を抜けることもできるはずだ.不幸中の幸いだな.)
「しっかし,疲れたなー.」
(…あのリザードマンが何なのか分からないし,一刻も早く森から抜けたいのはやまやまだけど,さすがに休憩しないと体がもたないな.)
「…よし,ひとまず休憩するか.」
俺は休憩する決意を固め,川に近づく.と,その時,向こう岸にある大岩に目が留まった.
(…かなりでっかい岩だな.三メートルくらいあるんじゃないか?いい感じに日陰も出来てる.…きっとあそこは,ここよりもひんやりして気持ちいいんだろうな.)
「…せっかくだし岩陰で休むか.」
せっかく休むなら最高の環境で休みたい欲が勝ち,俺はいそいそと靴と靴下を脱ぎ,川に足を入れる.
(うっほー.ちべたい!)
そのまま,川の流れに足を取られないように気を付けながらバシャバシャと一歩一歩ゆっくり岩陰へと近づいていく.
(ほんとにデカいなぁあの岩.いったいどういう経緯でこんな大岩が出来たんだろう.まっ,そんなこと考えても仕方ないか.今の俺には岩陰でくつろげることの方が重要なのだ.)
そんなこと考えながら,ウキウキと岩へと近づく.
「止まれ!それ以上,その岩に近づくな!!」
ビクッ!!
聞き覚えのある女性の声が鳴り響き,俺の足はピタッと止まった.
(この声,さっきのリザードマン!?まだ振り切れてなかったのか!?)
驚きと焦りで俺の頭の中は軽くパニック状態になる.
しかし,次の瞬間には,彼女の存在は俺の頭から完全に姿を消していた.
動き出したのだ.目の前の大岩が─いや,大岩に隠れていた大蛇が.
ズザアアァ…!!
その大蛇は大岩の下からいきなり現れ,大口を開け,グングンと迫ってくる.
「…!!」
俺の身体は,突如大蛇が岩から姿を現した驚きと,迫りくる大蛇への恐怖に支配され,身動きができなくなる.そして…
─バクンッ
…俺は川の水に足を取られ,間一髪のところで攻撃を躱すことに成功する.
バシャッ!!
尻もちをつき,水しぶきが上がる.
その衝撃で俺の頭はようやく再起動を始める.
しかし,俺が何かを考え始めるより大蛇は首をうねらせ,再び丸呑みにしようと大口を開け,襲い掛かってきた.
「うっ…」
俺の目の前は,一瞬にして,血の海のように赤い口内と針地獄のようにびっしり生えた無数の牙に覆われる.
「うわあああああ…!!」
俺は,恐怖から逃れようと,反射的に手を振り上げて顔をガードする.そんなことをしても何も変わらないだろうに….
しかし,その時,変なことが起きた.
急に目の前の化け物の顔面にひびが生じたのだ.いや,化け物だけではない.目の前の空間自体に亀裂が生じている.まるで,その空間にだけ,ずれが生じたかのように….
俺はその時,目の前で何が起きているのか分からなかった.見間違えだと思ったし,恐怖でおかしくなった頭が作り出した幻想かとも思った.しかし,すぐにそれが紛れもない事実であることを俺は知ることになる.
ブッシャアア――――
大蛇の顔が裂け,傷口から鮮血が溢れ出る.
「グギャアァアアアアアアア…!!!」
大蛇は悲鳴を上げ,のたうち回りながら,大岩の方へと戻っていく.
「大丈夫ですか!」
ふいに,さっきのリザードマンの声と,バシャバシャとこちらに近づいてくる音が聞こえる.
だが俺は,その音には気にも留めず,ただ呆然と目の前の光景を眺め続けた.
大蛇の頭以外の身体が大岩の下に完全に戻る.
ズズンッ
そして,大岩の下から4本の足のようなものが出現し,そのままズシンッ,ズシンッと森の奥へと姿を消していった.どうやら,あの大岩自体があの大蛇の一部だったようだ.
「山亀を撃退した….」
リザードマンの声が耳元で聞こえる.
どうやら,いつの間にか俺のそばに駆け寄っていたらしい.
「すごい.…すごいです!これが神の力!やはりあなたは….」
なにやら,リザードマンは興奮して騒いでいる.しかし,今の俺にはどうでもよかった.というより,…どうすることもできなかった.
「?…どうしました?大丈夫…すか?」
何も考えることが出来ない.
意識が…遠のいていく.まるで,…海の中に…ゆっくりと‥‥沈んでいく…ように.
「聞こえ…ますか?だ…じょ…で…」




