ある暇人漁師の話
人魚姫は美しかった。その姿形だけでなく、人魚姫のあり方そのものが美しかったのだ。
私は足繁く人魚姫の隣へ座り、日々の訪れを感じていた。
「…もうすぐ嵐が来るそうですよ」
『……そう…』
「危ないので気を付けてくださいね」
『…平気よ。私は貴方たちとは違うもの』
「違いませんよ。貴方は私と同じ、海を綺麗だと思ってるじゃないですか。」
『………………そう、貴方はそう思っているのね』
少し考えこんだ人魚姫は、また物憂げな視線を海へと向けた。人魚姫の宝石にはまた、ちらちらと海が反射していた。
「じゃ、私も一応漁師なんで嵐に備えなきゃならんので…また、来ますね人魚姫」
返事はなかった。けれど私には再度声をかける勇気はなかった。なんとなくではあるものの、人魚姫が自分を拒まないことを察しているからだ。…それと自分を望むことも無いことを
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嵐はやってきた。家の窓から遠くに見える海は今までとは打って変わって荒立っていた。まるで己に秘めた激情を宛先もなくぶつけているようだ。
ふと、人魚姫のことが頭をよぎった。例え嵐の中だとしても何かを待ち続けているのであろう、あのお姫様のことが。何十年も何百年も待ち続けているのであろうひとりぼっちの彼女のことが。
―少し様子を見てこようか。きっと今も待っているのだろうから。
自分の中で言い訳にもならない御託を並べながら、激しい雨に打たれながら風を切って海を目指す。
人魚姫はやはり海辺に佇んでいた。周囲の嵐などまるで取るに足らない囀りのように、いつものように海を見つめていた。
美しかった。本当に彼女は人魚姫なのだろう。今さらのことではあるが、私は確かに
「貴方は…ぜぇぜぇ……」
彼女がこちらを見た。人魚姫の瞳には泥にまみれた私が映っていた。私の上を降る雨が彼女の瞳にも雨を降らせているようだった。
人魚姫は目を細めて続きを促した。よく見ると雨雲は人魚姫を避けるように降っており、風は差し込む光とともに彼女を優しく包み込んでいた。さながら絵本の1頁のようだ。
「……」
思わず息を飲んだ。
「っ、貴方は、何を、待っているんですか?」
『…』
…答えはなかった。当たり前だ。嵐の海に感情的になりすぎて、以前もう触れてはいけないと思っていたことを聞いてしまった。足先から徐々に体温が奪われていった。なんだかんだ隣にいることを黙認してくれた人魚姫にのぼせ上がっていたのだ。
頭を冷やそうと思った矢先、気がついた。
人魚姫は私をじっと見ていた。いつもならすぐ海へと吸い込まれていくその瞳が私をまっすぐに見つめていた。呼吸が奪われた。永遠の時が流れた。もう体温は下がらなかった。雨風で視界が歪もうとも、私の視線は美しい人魚姫に釘付けになっていた。
『貴方には、教えないわ』
そういって見たことの無い、晴れやかな笑顔で笑ったのだ。
そして、その笑顔に感化されたように嵐が止んだ。人魚姫を照らす一筋の光が広がっていく。
私はただ、その笑顔から目が離せなかった。




