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暁の双子座〜修復が紡ぐ、ふたりと未来の物語〜  作者: aduchi


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第二章 花咲くイリス 第三部 静かな工房

挿絵(By みてみん)

これは、思いを託す人と壊れたものに向き合い続けた二人の物語。


毎週水、金、日曜日の19時10分更新予定

 扉の前に立つと、イリスは小さく息を吐いた。

 ここまで来る道のりは、屋敷とはまるで違っていた。

 整えられた庭園。磨かれた廊下。丁寧に並べられた調度品。

 そんなものとは無縁の、町外れの小さな工房。

 けれど、不思議と不安はなかった。

 手にした小箱を見下ろす。

 赤と青の髪飾り。

 幼い頃から、ずっと大切にしてきたもの。

 この子たちを預ける相手を探していた。

 ただ綺麗に直してくれる人ではなく、この傷を見てくれる人を。

 イリスは扉に手を掛けた。

 中へ入ると、静かな空気が流れていた。

 思っていたよりも、小さな場所だった。けれど、狭いとは感じなかった。

 机の上には工具が並び、棚には修復を待つ品々が置かれている。

 時計。器。装飾品。どれも古い。

 なのに、不思議と大切に眠らされているように見えた。

「……。」

 しばらく眺めていると、奥から人の気配がした。

 現れた男性は、想像していた職人の姿とは少し違った。

 華やかさはない。そして口元が緩むこともなく、ただ静かにこちらを見ていた。

 けれど。

 その手を見た瞬間、なぜか分かった。

 長い時間、物と向き合ってきた人の手だった。

「……ここが、修復工房ですか?」

「そうだ。」

 短い言葉。愛想がない返事。

 しかし、イリスは少しだけ目を瞬かせた。

 小箱を差し出す。

「これを直してほしいんです。」

 男性は、箱を受け取り蓋を開く。

 赤と青の髪飾りが、静かに姿を現した。

 その瞬間。

 イリスは無意識に裾に手を伸ばした。

 今まで何度も見てきたものなのに、誰かの手に渡るだけで少し緊張した。

 男性は、すぐには何も言わなかった。ただ、髪飾りを見ていた。

 傷を。擦れを。小さな変化を。まるで、そこに刻まれた時間を読み取ろうとしているように。

 イリスは黙って見つめていた。

 今まで、こんなふうに見られたことはなかった。

 美しいですね。珍しいですね。価値のある品ですね。そんな言葉はたくさん聞いた。

 けれど、この人は違う。見ている場所が違う。

 男性は髪飾りから目を離さない。

 赤い髪飾り。青い髪飾り。交互に眺める。

「大切にされてきたものですね。」

 その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が少しだけ温かくなった。

 それは、ずっと誰かに言ってほしかった言葉だったのかもしれない。

「……直せますか?」

 尋ねる。

 男性は少し間を置いた。

「わからない。できたとしても時間がかかる。」

 正直な答えだった。

 普通なら不安になるはずなのに、なぜか安心した。

 簡単にできると言わない。

 すぐ終わると約束しない。

 この人は、この髪飾りを見て決めようとしている。

 そのことが伝わった。

「お願いします。」

 イリスは微笑む。

「待ちます。」

 工房を出る。扉が閉まる。けれど、耳にはまだ残っていた。

 静かな作業の音。小さな工房の中で、古いものと向き合う音。

 

 帰り道。

 イリスは何度も小箱のない手を見た。

 少し寂しい。でも、不思議と心配はなかった。

 あの人なら、大丈夫。

 そう思えた。


 数日後。

 再び工房を訪れた時。

 赤と青の髪飾りは、そこにあった。

 傷は消えていない。けれど、以前よりも輝いて見えた。

 失われたものを取り戻したのではない。

 過ごしてきた時間を残したまま、もう一度歩き出せる姿になっていた。

 イリスは髪飾りを受け取る。そして、目の前の職人を見る。

 初めて会った時と変わらない。

 無口で。不器用で。

 でも。

 この人の作るものには、優しさが宿っている。


 その日からだった。

 イリスが、理由もなくあの工房を思い出すようになったのは...。

 静かな時が流れる、あの空間を...。

 

 第二章 終

この物語は、一人の修復師と物を大切にする女性の出会いから始まります。

直すのは、壊れた物だけではありません。

そこに残された想いや、過ごしてきた時間もまた、彼女達が繋いでいくものです。

イリスの生い立ちの章でした。

イリスがどういう想いを持っていたかを大切に描くようにしました。


ゆっくりと進む物語ですが、最後まで楽しんでいただければ幸いです。


毎週水、日曜の19時頃に最新話をアップする予定です。


よろしくお願いします。

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