第十二章 運命の双子 第二部 家族の光
診察室を出ると、午後の光が石畳へ落ちていた。
街はいつもと変わらない。
馬車の車輪が音を立て、人々の話し声が通りを流れている。
けれど、二人の足取りだけは、どこか違っていた。
医師からの言葉は、一人ではないこと。出産時の危険性……。
イリスは歩きながら、何度も自分のお腹へ手を添えた。
まだ外から見れば、ほんの少し膨らんでいるだけだった。
そこに二つの命があるとは、誰にも分からない。
「……二人なのね。」
小さな声が落ちる。
「そうだな。」
ラナンは隣を歩いていた。
その声はいつもより低かった。
驚きが消えたわけではない。
ただ、胸の奥へゆっくり沈んでいくのを待っているようだった。
やがてラナンの手が伸び、イリスの手を取った。
指を絡める。それだけで、二人の歩幅が揃った。
屋敷へ戻ると、玄関にはセシリアがいた。
二人の顔を見るなり、何かを察したように目を細める。
「お帰りなさい。」
「ただいま、お母様。」
イリスは母の前で足を止めた。
少しだけ息を整える。
そして、自分のお腹へ手を添えた。
「赤ちゃんね……。」
セシリアが微笑む。
「ええ。」
「二人いるの。」
セシリアの目が大きく開いた。
その顔に驚きが浮かび、すぐに喜びと少しの不安へ変わっていく。
「まあ……。」
セシリアは娘を抱きしめた。
イリスも母の肩へ頬を寄せる。
しばらく何も言葉にならなかった。
ただ、娘の背を撫でる手だけが、何度も動いていた。
その様子をラナンは少し離れた場所から見ていた。
やがてセシリアがラナンへ目を向ける。
「あなたも、驚いたでしょう。」
「はい。少し怖い。でも……嬉しいです。」
セシリアは静かに笑った。
「そう。」
その一言だけで、二人の間に温かなものが流れた。
そこへレイモンが現れた。
「何をしている?」
セシリアが振り返る。
「あなた。イリスに知らせがあるの。」
レイモンは娘へ視線を向けた。
イリスは笑っている。
「お父様。」
「どうした?」
「赤ちゃんが二人いるそうなの。」
レイモンの足が止まった。
一瞬、言葉を失う。
それからゆっくりと娘へ近づいた。
「二人……。」
その声には、隠しきれない喜びが滲んでいた。
レイモンはイリスのお腹へ目を向ける。
まだ小さな膨らみ。
その向こうに、二人の孫がいる。
レイモンはしばらく黙っていた。
やがて、口元が緩む。
「そうか。」
それだけ言って、娘の肩へ手を置いた。
「よかったな。」
イリスは頷いた。
「うん。」
レイモンはラナンへ視線を向ける。
以前とは違う目だった。
そこには、娘を託した男を見る目と、これから家族になる者を見る目が重なっていた。
そして、その視線は再びイリスのお腹へ戻る。
二人。
そのうち一人くらいは、男の子であればいい。
そんな小さな願いが胸に浮かんだが、レイモンは口にはしなかった。
まだ何も分からない。
ただ、二つの命がここへ向かっている。
それだけで十分だった。
その夜。
イリスは寝室の鏡の前に立っていた。
赤と青の髪飾りが、灯りの下で静かに揺れている。
その後ろから、ラナンが近づく。
鏡の中で二人の姿が並んだ。
イリスはお腹へ手を置く。
ラナンも、その手に自分の手を重ねた。
二人の間に、まだ見えない二つの命がいる。
言葉は必要なかった。
ただ、重なった手の温もりだけが、確かなものとして残っていた。
この物語は、一人の修復師と、ものを大切にする女性の出会いから始まります。
直すのは、壊れた物だけではありません。
そこに残された想いや、過ごしてきた時間もまた、彼女達が繋いでいくものです。
ゆっくりと進む物語ですが、最後まで楽しんでいただければ幸いです。




