第十二章 運命の双子 第三部 名付け
午後の工房は、いつもより静かだった。
炉の火が小さく揺れ、ラナンが金属を削る音だけが響いている。
イリスは窓辺の椅子に座り、その音を聞きながら本を読んでいた。
しばらくして、ページをめくる手が止まる。
「ねえ、ラナン。」
「ん?」
「名前、考えない?」
ラナンが顔を上げた。
「名前?」
「この子たちの。」
イリスはお腹へ手を添えた。
ラナンは作業台に道具を置き、考え始めた。
「そうだな。」
イリスの隣へ椅子を寄せる。
「二人で決めたいわ。」
「ああ。」
「男の子なら、ラナンが決めて。」
「俺が?」
「うん。女の子なら私。」
ラナンは少し考えた。
「一人ずつか。」
「そう。」
「じゃあ、逆でもいいだろ。」
「逆?」
「俺が女の子。お前が男の子。」
イリスは目を丸くして、それから笑った。
「それもいいわね。」
「お互い、一つずつ。」
「うん。」
ラナンはしばらく窓の外を見た。
「男の子なら、エリゼ。」
「エリゼ……。」
「『エリーゼのために』から取った。」
「今流行りの?ラナンからそれが出てくるなんて珍しい。」
「いいだろ。」
ラナンは少し照れたように視線を逸らした。
「音が好きだった。」
「そう。」
イリスは嬉しそうに笑う。
「じゃあ、女の子なら?」
「エリス。」
「エリス。」
イリスがその名前を繰り返す。
「エリゼとエリス。似てるけど、ちゃんと違うわね。」
「ああ。」
「いいと思う。」
ラナンは小さく頷いた。
「じゃあ、私。」
「男の子なら?」
「アイラ。」
「アイラ。」
ラナンが名前を口にする。
「私の名前に近いものを探したの。」
「イリスからか。」
「うん。」
イリスは少し恥ずかしそうに笑った。
「女の子なら、アイリス。」
そう言って、青い髪飾りへ触れる。
ラナンはその花を見つめた。
「アイリス。」
「昔から好きなの。」
「知ってる。」
「……知ってた?」
「ああ。」
ラナンの視線が、赤と青の髪飾りへ移る。
「いつもつけてるからな。」
イリスは嬉しそうに笑った。
「じゃあ、決まりね。」
「男の子なら、エリゼとアイラ。」
「女の子なら、エリスとアイリス。」
「もし男の子と女の子だったら?」
イリスが少し考える。
「そのときは、一人ずつね。」
「そうだな。」
「エリゼとアイリスか、エリスとアイラ。」
「どっちも悪くない。」
ラナンはそう言って、イリスのお腹へ目を向けた。
「どっちを選ぶかは、この子たち次第だな。」
「ふふ。そうね。」
二人は並んで座った。
しばらく、何も話さなかった。
イリスはラナンの肩へそっと寄りかかる。
ラナンは何も言わず、そのままにしていた。
「四つも名前を考えるなんて、初めてね。」
「二人分だからな。」
「そうね。」
イリスはお腹を撫でる。
「エリゼ。」
もう一度、名前を呼ぶ。
「アイラ。」
続けて、もう一つ。
「エリス。」
「アイリス。」
ラナンも続けた。
まだ姿の見えない二人のための名前が、静かな工房に残る。
どれを呼ぶことになるのかは、まだ分からない。
けれど、それを考えている時間さえ、二人には穏やかなものだった。
炉の火が揺れる。
窓から差し込む光の中で、赤と青の髪飾りが静かに輝いていた。
第十二章 終
この物語は、一人の修復師と、ものを大切にする女性の出会いから始まります。
直すのは、壊れた物だけではありません。
そこに残された想いや、過ごしてきた時間もまた、彼女達が繋いでいくものです。
ゆっくりと進む物語ですが、最後まで楽しんでいただければ幸いです。




