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暁の双子座〜修復が紡ぐ、ふたりと未来の物語〜  作者: aduchi


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第十一章 新しい命 第ニ部 手繰る糸

挿絵(By みてみん)

これは、思いを託す人と壊れたものに向き合い続けた二人の物語。


 昼下がりの街は、いつもより賑わっていた。

 市場へ向かう人々が石畳を埋め、店先からは呼び声が飛び交っている。

 焼きたてのパンの香りに混じって、果物の甘い匂いが風に流れていた。

 イリスは人の波を縫うように歩いていた。

 工房へ向かう道は、結婚する前から何度も歩いてきた道だった。

 けれど今日は、いつもより人が多い。

 イリスが通りの角へ差しかかったときだった。

 ふいに、手を握られた。

 小さな手だった。

 イリスは足を止める。

 隣を見ると、絵本を持った五歳ほどの女の子が立っていた。

「あれ?」

 女の子が戸惑いを見せたが、イリスの手を握ったまま、離そうとしなかった。

 イリスは少しだけ首を傾げた。

「どうしたの?」

 女の子は答えない。

 人混みの向こうを見ている。

 イリスも視線を追った。

 けれど、母親らしい姿は見えなかった。

 そこで、ようやく気づいた。

 この子は、誰かと間違えて自分の手を取ったのだ。

「お母さんを探しているの?」

 女の子の唇が、わずかに震えた。

 イリスはすぐにしゃがみ込んだ。

 目線を合わせると、女の子の顔がよく見えた。

 泣くのを我慢しているのか、目の端には小さな涙が溜まっている。

「大丈夫よ。」

 イリスは握られた手を、そっと握り返した。

「一緒に探しましょう。」

 女の子は黙ったまま、イリスを見つめている。

「お名前は?」

「……マリー。」

「マリーね。」

 イリスは微笑んだ。

「私はイリスよ。」

 マリーはしばらく考えるようにしてから、小さく頷いた。

 イリスが立ち上がると、マリーも手を握ったままついてきた。

 人の流れは速い。

 けれど、イリスは急がなかった。

 小さな歩幅に合わせて、ゆっくりと進む。

「お母さんは、どんな服を着ていたの?」

「……あか。」

「赤い服なのね。」

 マリーが頷く。

「髪は?」

「ながい。」

「長い髪。」

 イリスは辺りを見回した。

 赤い服を着た女性。

 長い髪。

 似た姿はいくつもある。

「お母さんと、どこにいたの?」

 マリーは黙ってしまった。

 眉を寄せ、今にも泣き出しそうになる。

 イリスは少し考えてから、指を伸ばした。

「ねえ、マリー。」

 少女が持っていた絵本を指さす。

「この絵本が好きなの?」

 マリーは涙を拭いながら、首を縦に振った。

「私も読んだときあるわ。」

「うん。」

「仕掛けがあって面白いよね。」

 マリーの口元が、ほんの少し緩んだ。

 しばらく歩いていると、マリーは何度かイリスを見上げるようになった。

 最初は握っているだけだった手も、いつの間にか小さな指が絡むようになっている。

 人混みの向こうから、誰かの声が聞こえた。

「マリー!」

 マリーが顔を上げた。

「……ママ?」

 イリスも声の方を見る。

 人の間を縫って、一人の女性が駆けてくる。

 顔には涙が浮かんでいた。

「ママ!」

 女性がしゃがみ込む。

 マリーはイリスの手を離し、母親の胸へ飛び込んだ。

「ごめんなさい……。」

 母親は何度もマリーを抱きしめた。

 小さな背中を撫でる手が震えている。

「見つかってよかった。」

 イリスは微笑んだ。

「ありがとうございます。」

 母親が何度も頭を下げる。

「本当に、ありがとうございます。」

「気にしないで。」

 イリスは首を横に振った。

「もう、大丈夫ね。」

 母親の腕の中から、マリーが顔を出した。

「イリス。」

「うん?」

「またね。」

 イリスは少し驚いて、それから笑った。

「ええ。またね。」

 親子は手を繋いで、人の波の向こうへ消えていった。

 イリスはその場に残った。

 さっきまで握っていた小さな手の温もりが、まだ手のひらに残っている。

 まるで目に見えない糸を一つ手繰り寄せて、自分の胸に結びつけたような不思議な心地だった。

この物語は、一人の修復師と、ものを大切にする女性の出会いから始まります。

直すのは、壊れた物だけではありません。

そこに残された想いや、過ごしてきた時間もまた、彼女達が繋いでいくものです。

ゆっくりと進む物語ですが、最後まで楽しんでいただければ幸いです。


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