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暁の双子座〜修復が紡ぐ、ふたりと未来の物語〜  作者: aduchi


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第十一章 新しい命 第一部 光指す朝

挿絵(By みてみん)

これは、思いを託す人と壊れたものに向き合い続けた二人の物語。


 朝の光が、薄いカーテンの隙間から差し込んでいた。

 ラナンは目を覚ますと、しばらく天井を見つめていた。

 静寂が満ちている。

 炉の火が消えたあとの工房とも異なる、完全な静けさだった。

 木材の軋む音も、道具の触れ合う音もしない。

 隣から、小さな寝息だけが聞こえていた。

 ラナンはゆっくりと顔を横へ向ける。

 イリスが眠っている。

 長い髪が枕に広がり、朝の光がその頬を淡く照らしていた。

 ラナンはしばらくその様子を見つめていたが、やがて布団から身を起こした。

 そのとき、隣から声がした。

「……もう起きるの?」

「起こしたか。」

「ううん。」

 イリスが目を開ける。

 まだ眠たげな目でラナンを見上げ、やがて小さく笑った。

「おはよう、ラナン。」

「……おはよう。」

 それだけの言葉が、妙に心地よかった。

 ラナンが身支度を整えている間に、イリスも起き上がる。

 鏡の前に座ると髪を整え、いつものように赤と青の髪飾りを手に取った。

 赤い花。

 青い花。

 それぞれを丁寧に髪へ留める。

 ラナンはその姿を、少し離れた場所から見ていた。

「それ、ずっと着けるのか。」

「うん。」

 イリスが鏡越しに微笑む。

「寝るとき以外は、ずっと。」

「……そうか。」

「変?」

「いや。」

 ラナンは少し考えてから言った。

「似合っている。」

 イリスの手が止まる。

 鏡の中で視線が交わった。

「ありがとう。」

 その声には、わずかな喜びが滲んでいた。

 二人は食堂へ向かった。

 長い卓には朝食が整えられている。

 以前のラナンであれば、この席に座ることはなかっただろう。

 しかし今は、イリスの向かいに自分の席が用意されている。

 ラナンは椅子に腰を下ろし、静かに食事を始めた。

 それでも、わずかに落ち着かない感覚が残っている。

 イリスはその様子に気づいていた。

「まだ慣れない?」

「何が。」

「ここ。」

「……少しな。」

 イリスは穏やかに笑った。

「工房の方がいい?」

「仕事は工房の方がいい。」

「じゃあ、今日も行く?」

「ああ。」

 ラナンは食事を続けた。

 しばらくして、ふと顔を上げる。

「でも。」

「うん?」

「帰ってくる。」

 イリスが瞬きをした。

 それから、ゆっくりと微笑む。

「うん。」

「帰ってきて。」

「ああ。」

 朝食を終えると、ラナンは工房へ向かう支度を始めた。

 イリスも外套を手に取る。

「一緒に行く。」

「いいのか。」

「いつも歩いているもの。」

 二人は屋敷を出た。

 朝の街には、まだ冷たい空気が残っている。

 石畳には夜の名残の露が光り、二人の足音が静かに響いた。

 道は以前と同じだった。

 それでもラナンの目には、わずかに違って映っていた。

 工房へ向かう道。

 そして、家へ戻る道。

 ただの往復だったはずの道に、二つの意味が生まれていた。

 やがて、見慣れた工房が姿を現す。

 ラナンが扉を開けると、カラン、と鐘が鳴った。

 いつもの音だった。

 作業台も、工具も、棚に並ぶ修復品も変わっていない。

 窓辺では白い花が朝の光を受けている。

 ラナンは工房の中へ入り、作業台の前に立った。

 イリスは扉のところで振り返る。

「じゃあ、また夕方に来るね。」

「……ああ。」

「行ってきます。」

 ラナンは一瞬だけ言葉を選ぶように黙った。

 それから静かに答える。

「行ってらっしゃい。」

 扉が閉じる。

 鐘が、もう一度鳴った。

 工房に静寂が戻る。

 ラナンは作業台の上に置かれた古い銀器を手に取った。

 傷のひとつを指先でなぞる。

 これまでと変わらない仕事だった。

 それでも、何かが確かに違っている。

 修復のためにここへ来ている。

 眠るためではない。

 ラナンは銀器を光にかざした。

 窓から差し込む朝の光が、傷の奥で静かに揺れる。

 夕方になれば、ここを出る。

 そして帰る。

 その先には、イリスがいる。

 ラナンは工具を手に取った。

 カラン、と金属が小さく鳴る。

 静かな工房に、いつもの作業の音が戻っていった。

この物語は、一人の修復師と、ものを大切にする女性の出会いから始まります。

直すのは、壊れた物だけではありません。

そこに残された想いや、過ごしてきた時間もまた、彼女達が繋いでいくものです。

ゆっくりと進む物語ですが、最後まで楽しんでいただければ幸いです。


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