第八章 想いの吐露 第一部 母への告白
午後の光が、母の部屋の窓辺に細く差し込んでいた。
風に揺れた白いカーテンが、机の上の便箋をかすかに震わせる。
セシリアは椅子に腰掛け、届いた手紙に目を通していた。
そこへ、扉をやさしく叩く音が響く。
「どうぞ。」
扉が開き、イリスが顔を覗かせた。
「お母様。今、いい?」
「ええ。こちらへいらっしゃい。」
イリスは部屋へ入ると、母の向かいに腰を下ろした。
けれど、いつものように笑わない。
膝の上で指を重ね、何度もほどいている。
「何かあったの?」
「ううん。何もないの。」
イリスはそう言ってから、窓の外へ目を向けた。
庭の木々が風に揺れている。
その向こうには、いつも歩いている道が続いていた。
「……お母様。」
「なあに?」
「私、話したいことがあるの。」
セシリアは急かさなかった。
ただ、娘の顔を見つめた。
イリスは一度だけ息を吸った。
「ちゃんと言います。私、好きな人がいるの。」
言葉が部屋の中へ落ちた。
セシリアは驚いた様子を見せなかった。
「そう。」
セシリアは微笑んだ。
イリスは少しだけ肩の力を抜いた。
「……ラナンっていう人なの。」
「ラナン。」
「うん。」
その名前を口にした途端、イリスの表情が柔らかくなる。
セシリアはそれを見逃さなかった。
「どんな人なの?」
「修復師なの。壊れたものを直しているの。」
「そう。」
「工房で仕事をしていてね。古いものも、傷がついたものも、捨てないで直すの。」
イリスはそこで小さく笑った。
「傷も、その物が歩いてきた時間だからって。」
「……素敵な考え方ね。」
「私も、好きなの。」
イリスは髪に触れた。
赤と青の髪飾りが、指先に触れて小さく揺れる。
「ラナンと一緒にいると、何もしなくても落ち着くの。話さない時間も、嫌じゃないの。」
セシリアは黙って娘を見つめていた。
「だから……。」
イリスの声が少しだけ小さくなる。
「お父様には、まだ話せなくて。」
セシリアは窓の外へ目を向けた。
庭の木々の間を、風が静かに抜けていく。
「あなたは、どうしたいの?」
「私は……ラナンと一緒にいたい。」
迷いのない声だった。
セシリアはゆっくりと微笑んだ。
「なら、今度二人で工房に行きましょう。」
「えっ。」
イリスが顔を上げる。
「ラナンに?」
「ええ。『お父様』には内緒よ。」
セシリアは立ち上がり、窓辺へ歩いた。
庭の先に続く道を眺める。
イリスは胸の奥にしまっていたものがほどけるように笑った。
「……うん。」
その声は、春の風よりも軽かった。
この物語は、一人の修復師と、ものを大切にする女性の出会いから始まります。
直すのは、壊れた物だけではありません。
そこに残された想いや、過ごしてきた時間もまた、彼女達が繋いでいくものです。
この章は、二人の関係が次に進むための章になります。優しい時間を感じてほしいと思っています。




