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暁の双子座〜修復が紡ぐ、ふたりと未来の物語〜  作者: aduchi


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第六章 二人の距離 第二部 気になること

挿絵(By みてみん)

これは、思いを託す人と壊れたものに向き合い続けた二人の物語。


 昼を過ぎても、イリスは工房に残っていた。

 南の窓から差し込む光は徐々に傾き、白い花の影が机の上へと長く伸びている。

 ラナンは修復途中の古い懐中時計を開き、極小の部品を一つずつ丁寧に並べていた。

 イリスは作業の妨げにならぬよう、少し離れた椅子に静かに腰掛けている。

「ラナン。」

「何だ。」

「それは、どのような時計ですか。」

「古いものだ。」

「見れば分かります。」

 ラナンの手が一瞬止まる。

 イリスは楽しげに微笑んでいた。

「……古い時計だ。」

「同じですね。」

「ああ。」

 ラナンもわずかに口元を緩めた。

 以前であれば、こうした何気ないやり取りはなかっただろう。

 名の後ろにあった一文字が消えただけで、言葉の距離までもが近づいたように感じられる。

「それにしても、随分と精巧ですね。」

「部品が一つ欠けている。」

「見つからないのですか。」

「作る。」

 ラナンは小さな金属片を手に取った。

「同じものがなくとも、近いものを作れば動作する場合がある。」

「なるほど。」

 イリスは時計を覗き込む。

「持ち主は、きっと待っているのでしょうね。」

「ああ。」

「壊れていても手放さなかったのですから。」

 ラナンは時計へと視線を落とした。

「そういうものは、直したいと思う。」

「どうしてですか。」

「持ち主が捨てなかったからだ。」

 イリスは静かに微笑んだ。

「ラナンらしい考え方ですね。」

「そうか。」

「ええ。」

 イリスは窓辺の白い花へと視線を移す。

「私も、そうした考え方は好きです。」

「知っている。」

「知っているのですか。」

「いつも物を大切にしている。」

 イリスはわずかに驚いた表情を見せ、やがて嬉しそうに笑った。

「よく見ていらっしゃいますね。」

「見ている。」

 短い言葉であったが、その声音には以前よりも柔らかな響きがあった。

 イリスは胸元のアメジストにそっと指を触れる。

「これも、大切にいたします。」

「ああ。」

「毎日身につけてもよろしいでしょうか。」

「好きにすればいい。」

「では、そういたします。」

 紫の石がわずかに揺れ、白い花の影の中で静かに光を返した。

「そういえば。」

 ラナンがふと顔を上げる。

「以前から気になっていた。」

「何でしょうか?」

「お前は、物を見る目がある。」

「そうでしょうか。」

「ああ。それに、知らないことが少ない。」

 イリスは一瞬言葉を止めた。

「……昔から、さまざまなことを教わってきましたので。」

「家でか?」

「はい。」

「裕福な家なのか。」

 イリスはわずかに目を伏せる。

 隠すような仕草ではなく、言葉を選ぶための静かな間であった。

「そうですね。裕福な方だと思います。」

「そうか。」

 ラナンはそれ以上は尋ねなかった。

 イリスはその横顔を見つめる。

「気になりませんか。」

「何がだ。」

「私の家のことです。」

「お前がイリスであることに変わりはない。」

 イリスの瞳がわずかに揺れた。

「……そういうところ、好きですよ。」

「急に言うな。」

「事実です。」

 ラナンは困ったように視線を逸らす。

 炉の火がぱちりと音を立てた。

 その音に紛れるように、二人の小さな笑いが重なる。

 外では風が通りを抜けていく。

 工房の中だけは、時計の針のように静かで穏やかな時間が流れていた。

この物語は、一人の修復師と、ものを大切にする女性の出会いから始まります。

直すのは、壊れた物だけではありません。

そこに残された想いや、過ごしてきた時間もまた、彼女達が繋いでいくものです。

この章は二人が少しずつ距離を縮めていく章です。その歩みを感じてほしいと思っています。

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