第五章 贈り物 第三部 イリスへの贈り物
道具を買い終えた二人は、露店が立ち並ぶ通りをゆっくりと歩いていた。
昼前の街は人の声で賑わい、店先に並ぶ品々が陽の光を受けて輝いている。
ラナンは何度か足を止め、そのたびに店の中を覗いた。
「ラナンさん。」
「なんだ。」
「何か探していますか。」
「……いや。」
そう答えながら、また一軒の店へ目を向ける。
イリスは何も言わず、その隣に立った。
首飾りや指輪が並べられていた。
その中に、紫色の石を下げた首飾りがあった。
光を受けた石が、深い紫の奥で静かに輝いている。
「綺麗ですね。」
「ああ。」
ラナンは店先へ近づいた。
イリスも後ろからついていく。
そこに店主が二人へ声をかけた。
「何かお探しですか。」
「……贈り物を。」
ラナンは少しだけ間を置いて答えた。
イリスの目が、ほんの少しだけ細くなる。
けれど何も言わなかった。
ラナンは棚に並ぶ品々を見て回る。
指輪。
耳飾り。
そして、いくつもの首飾り。
その中で、先ほどの紫色の石へ目が止まった。
「これは。」
「アメジストですよ。」
店主が首飾りを取り上げる。
「石にも意味があるのか。」
「もちろんです。アメジストは、真実の愛を意味します。」
ラナンの指が止まった。
真実の愛。
その言葉が、胸の奥へ静かに沈んでいく。
隣を見る。
イリスは別の品を眺めていた。
けれど、その横顔には小さな笑みが浮かんでいた。
ラナンは首飾りへ視線を戻した。
「これを。」
「こちらでよろしいですか。」
「ああ。」
店主が包み始める。
イリスは振り返らなかった。
ただ、何も知らないふりをするように、窓の外を眺めている。
ラナンは包まれた小さな箱を受け取った。
懐へしまう。
その動作を終えてから、ようやくイリスの方を向いた。
「行こう。」
「はい。」
二人は店を出た。
しばらく歩いても、イリスは何も聞かなかった。
ラナンも何も言わなかった。
けれど、その沈黙は気まずくなかった。
街を抜け、並木道へ差しかかったところで、ラナンが足を止める。
「イリスさん。」
「はい。」
ラナンは懐から小さな箱を取り出した。
「これ。」
イリスは目を瞬かせた。
「私に、ですか。」
「ああ。」
差し出された箱を、両手で受け取る。
蓋を開けると、先ほどの紫色が陽の中で揺れた。
「……アメジスト。」
「ああ。」
「綺麗ですね。」
「石言葉が、『愛』らしい。」
ラナンは少しだけ視線を逸らした。
「だから……これがいいと思った。」
イリスはしばらく首飾りを見つめていた。
やがて、胸元へそっと抱き寄せる。
「ありがとうございます。」
その声は、いつもの明るさよりも静かだった。
「嬉しいです。」
ラナンは小さく頷いた。
「そうか。」
「はい。」
イリスは顔を上げる。
その瞳には、陽の光と同じくらい柔らかなものが宿っていた。
「私も、ラナンさんに何か贈りたくなりました。」
「……俺は、これで十分だ。」
「そういうところも、ラナンさんらしいですね。」
イリスが笑う。
ラナンは困ったように目を逸らした。
風が二人の間を抜け、紫色の石を小さく揺らした。
その輝きは、二人だけが知る秘密のように、静かに胸元で揺れていた。
第五章 終
この物語は、一人の修復師と、ものを大切にする女性の出会いから始まります。
直すのは、壊れた物だけではありません。
そこに残された想いや、過ごしてきた時間もまた、彼女達が繋いでいくものです。
この章はゆっくりと進む二人の時間を感じてほしいと思っています。




