第五章 贈り物 第二部 ラナンの誘い
夕暮れの光が、南側の窓から工房の中へ伸びていた。
赤く染まった光が木の机を照らし、並べられた工具の影を長く伸ばしている。
ラナンは修復途中の金属細工を手に取り、細かな傷を確かめていた。
その隣では、イリスが静かに作業を眺めている。
「ラナンさん。」
「なんだ。」
「今日は、いつもより集中していますね。」
ラナンは手を止めずに答えた。
「そうか。」
「はい。」
イリスは小さく笑う。
「何か考え事をしている時の顔です。」
ラナンの手が少しだけ止まった。
「……分かるのか。」
「長く一緒にいますから。」
その言葉に、ラナンは面映ゆそうにそっと目線を逸らした。
「修復に使う道具が少し足りない。」
「道具ですか。」
「ああ。」
ラナンは机の端に置かれた工具へ目を向けた。
「細かい作業に使える物が欲しい。今ある物でもできないことはないが、あれば便利になる。」
イリスは頷いた。
「それなら、探しに行きましょう。」
「……え。」
思わぬ返事に、ラナンは顔を上げた。
「買い物に行く時間も必要になりますし、一人で探すより二人で見た方が早いと思います。」
「でも、俺の仕事のためだぞ。」
「分かっています。」
イリスは優しく笑った。
「だから行きたいんです。」
ラナンは少し黙った。
修復の道具を探すだけなら、一人で十分だった。
けれど、イリスと歩く時間を想像すると、胸の奥に小さな灯りがともるような感覚があった。
「……明日なら。」
「はい。」
「午前中に行く。」
「楽しみですね。」
イリスの表情が明るくなる。
その姿を見て、ラナンはまた視線を逸らした。
「そんなに楽しむものでもないだろ。」
「でも、ラナンさんが使う物を選ぶんですよね。」
「ああ。」
「なら、私にとっても大切な時間です。」
ラナンは返事をしなかった。
ただ、手にしていた金属細工を机へ戻した。
窓の外では、夕暮れの空がゆっくりと色を変えていく。
白い花が風に揺れ、小さな影を床へ落としていた。
イリスはその花を見つめた。
「この花、綺麗ですね。」
「前から置いている。」
「知っています。」
「……。」
「ラナンさんは、変わらないですね。」
ラナンは首を傾げた。
「そうか。」
「はい。壊れた物を大切にして、残ったものを守ろうとするところ。」
イリスは工房を見渡した。
棚に並ぶ修復を待つ品々。机の上に置かれた工具。長い時間を過ごしてきた物たち。
「この場所には、たくさんの思い出がありますね。」
「物に残っただけだ。」
「それも、思い出です。」
ラナンはその言葉を聞いて、静かに目を伏せた。
以前、老婆から聞いた花言葉の話。
花にも意味があるように、物にも込められたものがある。
それを知ってから、ラナンは今まで見えていなかったものを見るようになった。
傷の奥にある時間。形の奥にある想い。そして、大切な人へ渡すものにも意味があるのだと。
「明日は、少し遠くまで行く。」
「はい。」
「必要な物を探すために。」
「分かっています。」
イリスは微笑んだ。
「でも、楽しみにしています。」
その言葉に、ラナンは小さく頷いた。
夕暮れの工房に、二人の声が静かに残る。
扉の鐘が風に揺れ、小さな音を響かせた。
明日という日を知らせるように。
この物語は、一人の修復師と、ものを大切にする女性の出会いから始まります。
直すのは、壊れた物だけではありません。
そこに残された想いや、過ごしてきた時間もまた、彼女達が繋いでいくものです。
この章はゆっくりと流れる二人の時間を感じてほしいと思っています。




