異世界に絶対ある物
ギルドから出るとすっかり日も落ちていた。
最近風が冷たくなってきて、もうすぐ冬になる。
王都の冬は結構寒く雪も降るらしい。
街並みもだいぶ変わり始めてそこらの人が着ている服も厚めになっている。
「夕餉はいかがいたしましょうか」
瑠香はいつも俺の半歩後ろを歩く。
何度言っても絶対に横に並ばないが名もなき国ではこれでもましな方らしい。
三歩さがって影を踏まずだとか。
昔の日本のようだ。
そして飯だが昼は迷宮で携帯食を取るから晩飯はいい物を食べたい。
「そうだな。いつものとこに行こうか」
「ではそのように」
迷宮で魔物を倒して結晶を持って帰る。
俺のやる事は基本これだ。
毎日ではない。
疲れた日は休む。
結晶の買取り金は一回大体五十万くらいで瑠香と二人で割っても二十五万。
日本円にすれば百万を超える。
油断さえしなければ大丈夫だし何より誰にも強制されないのが良い。
会社に行くのが嫌で嫌でたまらなかった。
前にも言ったがニートが働きたくないと言うのとは根本的に違う。
仕事したくないではなく仕事に行きたくない。
それが今や行こうという気になる。
あの頃の趣味はゲームだった。
学生の頃からRPGが好きだったが全く手が付けられなくなった。
面白そうと買って帰ってそれで終わり。
その内やろうと思ってそのうちが来ない。
果たしてあれを趣味と言ってよいのだろうか。
そんな事を考えていると大通りに出た。
王都には食事が出来る店が固まっている場所が多い。
彼方此方から明るい声といい匂いがする。
そんな中でお目当ての店の前には小さな赤い看板。
入り口は引き戸で暖簾が掛かっていてくぐると明るい声がする。
「いらっしゃいませ!あらカイさんどうぞお好きな席に」
最近よく行くようになった店。
ワショクヨシイ。
白騎士が好きな食べ物を伝えたのが始まりで王都では様々な店で日本食が出されているが本当の意味で専門店はここくらいしかない。
俺はここの刺身と焼き魚が好きで最近よく来る。
肉より魚派なのだ。
あと味噌汁もどきがある。
「いただきます」
「いただきます」
瑠香と手を合わせて夕食である。
良く焼けた魚の皮目と大根っぽい奴のおろしに醤油もどきがよく合う。
異世界の手引き曰く。
異世界に行った主人公が米を求める場面がある。
米が食いたい味噌汁が飲みたいと。
そんなわけあるか。
お前は普段米食いまくって味噌汁飲みまくってたのかと。
けど実際に食いたいと言う使徒がいたらしく結果教会は米を作っているのである。
そしてある程度ためているがそんなに貯めても仕方ないからそこそこの値段で売っている。
そうして買った米をメインにしている店の一つがここである。
米に合わせて和食っぽい物をつくるのでその分お値段が少し高めだが許される範囲だ。
一回迷宮に行けば当分は遊んで暮らせるがいつ何が起きるか分からない。
事故や病気で戦えなくなったらどうするか。
この世界に保険などないから貯蓄がなければじわじわ死んでいく。
それこそ浅い階層でその日暮らしをしている連中以外は探索者は装備品を整えたら金を貯めていく。
あの会社に勤めている頃はどうだったかな。
金貯めてたかな。
そうだあれは一年目の十月頃だった。
そろそろ冬の準備がいるかと思っている頃に課長が俺に言ったのだ。
「おい周防。お前冬用のスーツ作れ」
「スーツですか。それならありますけど」
就職活動のために夏用と冬用を作ったのを今も使っている。
別に汚れたりしてないし新しく買う意味がない。
「お前営業やぞ。そんな安っぽいもん使ってどうするんや。今度店の奴連れて来るから買え」
確かに言いたい事は分かるがいきなりそんな事を言って来たので嫌な予感がした。
そして大体そんな予感は当たるものだ。
しばらくして寸法を測られて請求金額はなんと十五万。
「あの、高いんですけど」
まだ一年目の新入社員が買う物ではない。
いい物なのは分かるが新人の俺にそんな金はない。
「これくらいのもん使わんでどうするんや。ずっと使うんやから金なんか惜しむな」
しかたなく払った。
給料は家賃光熱費引いて二十程度だったのにだ。
だからしばらく夕食は塩パスタだった。
そしてやはりと言うかこれには裏があった。
俺を哀れんだその頃はまだ隣の課だった浅野さんが飯を奢ってやると牛丼チェーン店に連れて行ってくれた。
大盛りと卵をごちそうになり一息ついた所で真相を教えてくれた。
「お前がスーツを作った店の店長は川田課長の客や」
もうピンと来たね。
思えば当時は隣の課だった浅野さんには新人の頃からお世話になっていた。
同じ課には先輩の山野さんと高知さんがいたが思えばあの人達は課長と馬場野主任に諦めていたんだ。
だから全てを流していたし、新人の相手をしている余裕なんか無かった。
俺も翌年からそれを思い知ったものだ。
「つまり最近相場がうまく行ってないからご機嫌取りですか」
「そうや。先月は山野さんが買わされてた。たしか十七万や言うてた」
「それなら馬場野主任は」
あの人はいつも一目で見て分かるくらいのくたびれたスーツを着ている。
けど一応役職持ちだから給料は良いはず。
「あの人は金ないやろ。ほとんど毎日飲み歩いてるし新規出してるとこほとんど見た事ない。多分借金こそないけど余裕もないな」
給料は出来高制だ。
基本給に新規で契約した金額の四パーセントが加算される。
一応継続年数で給料が上がるからある程度はあるはず。
だがあの人は金がないとわかっているし課長の腰巾着だから高いスーツを買わされないのか。
ふざけんなよ。
「ああああああ!あんのクソがああああ!死ね!新人だぞ!金に余裕なんかあるわけねえのに十万越えだぞ!」
本当にクソだ。
新人にそんな事するんだぞ。
その時は既に同期入社の徳永は辞めていなかったけどいたら買わされたんだろうな。
「お前の客が損したのはお前のせいだろうが!自分で何とかしろよ!大体」
ムグッと口を塞がれて甘い何かが流れ込んで来る。
すると赤く染まっていた視界が戻り目の前には瑠香の顔。
俺が正気に戻ったのが分かると瑠香はスッと顔を離した。
「すまない」
「いえ、お気になさらず」
昔を思い出すと我を忘れて叫んでしまう。
あまり気にした事なかったがこれはとんでもない事なのではないだろうか。
この世界に来てからだ。
あのクソみたいな会社を辞めて解放されたからなのか、それともこの世界に来たからなのか分からない。
今度ローさんに聞いてみよう。
店員はまたかと言った顔をしていて他の客からは何だこいつと言った視線が突き刺さる。
リッシュは丸薬の類を無理やり飲ませてくれていたが瑠香は液剤を口移しで飲ましてくれる。
即効性はあるがそんな事をしなくて良いと言ったがこれにも意味があるらしい。
食事を終えて店を出ると雪が降っていた。
寒いはずだ。
しばらく歩いて宿に入ると一階にある食堂に見覚えのある姿があり俺の姿を見つけると立ち上が小走りに寄って来た。
「お久しぶりですカイ様」
「二ヵ月ぶりくらいか」
「はい。その節はご迷惑をおかけいたしました」
そう言うとペコリと頭を下げたのは約二カ月ぶりのアイメルだった。
以前アイメルは三十日で追いつくと言ったのでベールさんにその事伝えた所、翌日落ち込んだ顔をして俺の所にやって来た。
なるべく急ぎますのでしばらくお待ちくださいと。
かなりベールさんに怒られたとの事。
だがここに来たと言う事はそう言う事なんだろう。
「本日ようやく四十階層を超えました。明日よりお供する事をお許しください」
アイメルが俺の前に跪いて頭を下げた。
二カ月で四十階層を超えたとかどうやったんだろう。
先日達也君に会った時に聞いたところ三十階層を超えたと言っていた。
愛音がいる上に無理せず堅実に行っているらしいのでアイメルはかなり無理をしたはずだ。
問題は俺は魔法主体だし瑠香もそうだしアイメルもそうだろう事だ。
回復役がいるのは良い事だが後衛三人パーティーになる。
けどまあ結局敵に近づかなければいいわけだ。
俺達は今四十四階層にいるがアイメルと合流するなら少し戻ってもいいかと思うし。
「分かった。明日からよろしく」
「お任せください。貴方の敵は全て叩き潰します」
嬉しそうに拳をグッと握り締めてそう言った。
叩き潰すって何だろう。




