発作の時に誰もいない
王都はしばらくカルラの話が途絶えなかった。
結局スタックヤード家は親戚筋から養子を迎えたらしい。
リッシュはしばらく教会で過ごすと言ったので俺は今日も一人で迷宮にもぐっていた。
四十一階層で安全マージンを取りながら戦っている。
何せ今はローさんからの仕事がない。
ここの所忙しかったのでゆっくり出来る。
落ちた結晶を拾って背負っているバッグに放り込んで階段まで戻り水を飲んで一服した。
働いて飲む水はうまい。
以前は何を飲んでも味がしなかった。
飛び込み強化月間とかふざけた時期は毎日朝から晩まで歩いて歩いて名刺を三十枚集める作業を繰り返してた。
靴がすり減り雨が降った時にようやく靴底に穴が開いている事に気づいた時は新しいのを買わないとと思ったものだ。
今考えればおかしい。
靴底に穴が開くんだぞ。
暑い時期だし汗だくになり冷たい水を飲むが何も感じなかった。
普通最高だろうにうまいとも何も感じなかったのだ。
ああ思い出す。
あれは十九時くらいに会社に戻った時だ。
「周防。お前今日どうやった」
先に帰って来ていた馬場野主任が俺に聞いてきた。
どうと言われても困る。
「名刺は二十一ですね。話せた相手は二人。また明日にアプローチします」
「お前三十集めてないんか」
「まあ、結構話し込みましたから」
名刺を集めるにはとにかく人と会う必要がある。
だが目的はあくまで営業で名刺集めではない。
ちょっと考えれば分かると思うが話し込めば1時間くらいはすぐ過ぎる。
そうなると当然集まる名刺の枚数は減る。
当たり前の事だ。
「お前課長に三十集めろ言われてるやろ」
「いや無理ですよ。吉岡についてるんですよ」
吉岡は今年の新人でこんな会社に入った事をすでに後悔しているだろう。
新人の面倒を見るのは毎年の恒例だが、すでに目が死んでいる。
徳永の件以来新人を一人にするわけにはいかないとなったらしく翌年からは俺がある程度ついていく事になった。
だから新人のつきそいの合間に自分も営業活動をするのでさらに効率が落ちる。
「お前そんな言い訳通用すると思ってんのか」
言い訳じゃねえだろ。
純粋な事実だろうが。
「じゃあ馬場野さんどうだったんですか。一人で回ってましたよね」
オチは見えてるけどな。
こいつがまじめに仕事をするわけがない。
「集めてるぞ」
嘘だ。
絶対嘘だ。
こいつがそんなに仕事が出来るわけがない。
ちらりとみせた名刺に見覚えがある。
「それとかそっちのとか見覚えありますけど」
「気のせいや。良くある奴や」
そんなわけないだろ。
こいつ長年集めた名刺を報告で使いまわしてやがる。
この道二十年のベテランとか言われてやってる事はさぼりとやってるように見せる事かよ。
俺や浅野さんは靴がすり減るからよく新しいのに買い替えるのにこいつは変わらない。
つまりそう言う事だ。
後はいつものように課長が馬場野主任は少ない時間でも出来てるぞと言う。
俺と浅野さんは内心死ねと思いながらも適当に流すが新人の吉岡は責められて目が死んでいく。
こいつら本当に死ねよ。
そして強制飲み会。
浅野さんは家庭があるので断れるが俺も吉岡も独り身なので断れない。
結果苦痛しかない飲み会。
飲み会なんて言ってもクソな上司がいるなら仕事だ。
そしてこうなるといつも新人に課長が言う事がある。
「おい吉岡。なんかおもろい事しろ」
これだ。
吉岡の目がこいつら死ねと言っている。
新人にこれは無理だ。
仕方なくかなり練習した手品をやって場を濁す。
こいつらのために貴重な時間を費やして手品を憶えたんだ。
死ねよクソが。
さらに問題はその後だった。
珍しく課長が帰ると言ったのでこれで終わると思ったんだ。
ところがだ。
「おう次行くぞ。お姉ちゃんがいる店や」
馬場野主任だ。
当然断りたい。
だが以前断った時が最悪だった。
夜中にインターホンを連打されてスマホが鳴りまくった。
出たら課長と馬場野。
「お前馬場野さんが誘ってくれてんのに何逃げてんねん」
これだった。
そして部屋に入られて酒盛りやらされた。
酒とおつまみ買って来いとか誘ってもらってるのにふざけんななど本当に最悪だった。
課長は本当にクソだが馬場野も負けず劣らずクソだ。
例えるならゴマすりがうまいスネ夫。
だから断れないし断ったらまた同じ事になる。
しかし後輩を地獄へ道連れにするわけにはいかない。
顔色が悪いと言って吉岡を帰らせた。
そして連れて行かれたのはキャバクラだ。
店の女の子を何人も侍らせて楽しそうに酒を飲む馬場野を見る俺の目は殺意に満ちていただろう。
元々酒は好きではないから飲まないし、高い酒と言われても何も感じなかった。
女の子がそばにいてもめんどくさいし帰りたいとしか思わずただただ苦痛だった。
高い酒飲んで女の子侍らせて何が楽しいんだ。
俺は疲れてるから帰って寝たいんだ。
地獄のような時間が過ぎてようやく帰る時に見た請求書には十万。
馬鹿じゃねえのかと。
そして当たり前のように半額払わされた。
何でこんな奴の付き合いで五万も払わされるかと心の底から殺意が沸いた。
味を感じなかったのは多分ストレスで味覚がいかれてたんだろう。
ついでに胃も。
「あのクソ馬場野が!死ね!腰巾着が!クソ課長に媚び売って!仕事は出来ない!部下にたかる!ゴミみたいな人生じゃねえか!ああああ!死ね!死ねえええええ!」
どれだけ何を叫んでいたのか分からない。
気が付いたら水瓶片手に座り込んでいた。
やけに腹が減っていると思い腕時計を見ると丸一日が経っていた。
いつもリッシュがいたから何とかなっていたが改めてこれはまずいな。
地上に戻り結晶を換金して宿で遅い夕食を取り部屋でのんびりしていると扉をノックされた。こんな時間に誰かと思いきやリッシュが訪ねて来たのである。
しかし表情が暗く何か思いつめた感じがして部屋に入ると俺に向き合い深々と頭を下げた。
「カイ様。無礼を承知で申し上げます」




