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普通の感性



気が付けばもはや見慣れた部屋。

正面にはいつものようにローさんがいるが頭痛をこらえるような顔をしている。

俺はいつ寝たのかな。


「お疲れさまでした。カイさんは精神的にまずかったのでとりあえずこちらに避難させました。体はベッドで休んでますから大丈夫ですよ」


それはそれは疲れた声だった。

精神的にまずいってなんだろうか。


「ああ思い出さなくてもいいですよ。それより仕事の話をしましょう」

「それならヒロ君達のおかげでかなり楽でした」


それを聞いたローさんはようやく顔を上げた。

ひどく疲れたような顔をしていた。

女神様も疲れるのか。


「ジェードは本当にどうしようもなかったですね。てっきり私もセイナさんのための保険かと思ってましたが、まさかあんな」


本当にあんなアホだとは女神様でも思わなかったと。

女神様でも真正のアホの考えは読めないか。

アホはこちらの考えの上のさらに斜め上を行く。

どん底かと思ったら実は上げ底でさらに下に落とされる。

いや本当にジンが色ボケトカゲと言うだけの事はある。

かつてアイツが何をやってジンがブチ切れたんだろうか気にはなる。


「それは私にも分かりませんが似たような事でしょう」

「そうでしょうね」


本人も覚えてないって言ってたけどお前のせいだと言って斬りかかったから今回みたいなことなんだろうな。

こんな事ならあの時殺しておくべきだった。

ローさんもうなずいている。


「とにかくお疲れ様でした。では報酬です」


目の前にはいつの間にか指輪があった。

手に取ると銀色で何やら複雑な模様が刻まれている。


「この指輪には強い幸運を呼ぶ力があります」


おっとこれは胡散臭いのが来た。

運と言われても具体的なものがない。


「本当ですよ。運が良くなります」

「そう言われましても、運なんて見て分かる物ではありませんし」


ローさんは俺が喜ぶと思っていたらしく少し慌てている。


「えっと、その、そう、ここぞという時に運が味方すると思ってください」

「そう言われましても」


確かに自分は運が悪いと思った事はある。

どうして俺の時だけとか。

後はそうだな。

ゲームで運のパラメータが高ければ状態異常にかかりにくくなるとかある。

だが0.1%でも当たる可能性があるなら当たる。

連打されればいつか当たるのだ。

この世で信頼出来るのは100%か0%かのどちらかだけ。

だから俺はゲームではステータスで運には絶対振らない。

現実で運が良くなると言われても具体的にどうなるんだ。

宝くじ買ったら一等に加えて前後賞も当たるとかなら分かるがさすがにそれはないだろう。

なら当たり付きのアイスを買ったら当たるとかそんなちょっとした感じなんだろうか。

だとしたらかなり微妙だ。

だが女神様がくれる物だし身に着けておいて損はないとかそんな感じか。


「そんな感じで構いません。ぜひ身に着けておいてください。左手に」


ローさんはほっとした様子で俺に押し付けた。

これ以上文句を言うのもアレなので左手の中指にはめるとぶかぶかだったのが一瞬で締まりぴったりになった。

ピンときた。

これが抜けないやつだ。

何か言おうとしたが視界が白くなりそこで目が覚めた。

ボンヤリとした頭で目の前に左手を持っていくとそこには銀の指輪が輝いていた。

試しに抜こうとしたがやはり抜けなかった。

本当に幸運になるならカルラに貸して時の雫+10を飲んでもらおうかと思ってたがやっぱりな。

仕方ない。

側においてある腕時計を見るといつもと同じ時間だった。

ずっと迷宮で寝泊まりしていて疲れていたがいつも寝ている宿とは比較にならないような結構豪華なベッドでの目覚めは非常に良かった。

いいなこれ。

それにしても俺はいつ寝たんだろうか。

身支度を整えて部屋を出ると大きな窓がいくつもある広い廊下でホコリなど見当たらない。

少し歩くと下りの階段があったので降りると広間に出る。

正面には出入口。

左右には廊下がつながっており、右に曲がるとテーブルと椅子がある食堂に出た。

そこには既にリッシュが湯気の上るティーカップを前にぼうっとしていた。

挨拶するとようやくこちらに気づいたのか気の抜けた声を出した。


「申し訳ありません。少し考え事をしていました」


ライラさんの事がこたえているか。

俺がテーブルを挟んでリッシュの前に座ると奥のキッチンの方からメイドさんが現れた。

そうメイドさんだ。

勤め先だった神戸では見ないが大阪の日本橋に行けばそこらに立っている偽物ではなく本物だ。

どうぞとテーブルに置かれたのはリッシュと同じ湯気の立つ緑色のお茶がティーカップにはいっていた。

緑茶だ。

にっこりと笑うその姿はとてもかわいらしい。

肩くらいの茶色い髪に同じ色の目で年はおそらくリッシュと同じくらいか少し下だ。

日本なら色々まずいがこの世界では雇っていても問題ない。

お茶は口をつけてみると程よい苦みが広がり実に良い。

実に良い生活をしている。

少しうらやましいとは思うが今の自分の生活に不満はない。

王都を中心にして四方に迷宮のある街があり王都と一番近いのがセカイエ。

だから昨日はセカイエに転移陣で移動してヒロ君達の屋敷に泊めてもらったのである。

思ってたよりもずっと大きい屋敷でメイドさんまでいるとは思わなかったが。


「2人とも早いですね。まだ寝てると思ってました」


現れたのはヒロ君だ。

動きやすそうな格好で髪が濡れていた。

俺の言いたい事がわかったらしく少し離れた場所に座って口を開いた。


「こっちに来てから毎日欠かさず剣を振ってます。朝練ってやつですね。マリンは今風呂入ってます」


日課の朝練で終わったら汗を流す。

若いな。

だが絶えない努力が力になるのは間違いない。

ヒロ君の強さは訓練の積み重ねの結果だ。


「ところでそれは何かの魔道具なのかい」


風呂上りなのに右手に腕輪と指輪をしている。

指輪はギルドの証明ではないし二つとも聖剣と似たような魔力を感じる。


「これですか。これは女神の盾と笛です」

「それは聖女の力と同じって事かい」

「いえ、少し劣ります」


リッシュの方を見ると驚いた様子で目を丸くしていた。


「女神の名を冠する神器。実在していたとは」


どうやら知っているらしい。

俺の視線に気づいたのか小さく咳ばらいをして説明し始めた。


「かつてカーナ様が聖女に与えられる四つの力を形にして隠されたと言われております。しかしそれはどこにあるのかなどは記されておらず。誰にも分からないのです。私もてっきりただの言い伝えだとばかり」

「確か『私は聖女じゃありません』にも出て来たな」


そうだ。

名前だけ出て来たような気がする。

だがリッシュも読んだはずだ。


「ですがアレは名前だけで具体的にどのようにして手にしたかなどは書かれておりませんでしたし、あくまでアレは架空の物語。あれ、私は今何を。えっ物語」


リッシュの顔がこわばった。


「そんな、私は、『私は聖女じゃありません』なんて物は、私は。酷い、内容で」


一瞬で顔が青くなる。

これはまずい。


「トイレはそこを出て右の突きあたりだ」


その言葉が聞こえたのかリッシュは口元を抑えて走りさった。

ヒロ君はそんなリッシュを生暖かい目で見ていた。


「耐性がない人間が読めば正気を失います。この世界の人間には耐えられないと思いますよ」

「クトゥルフ神話に出て来る魔道書かなにかかな」

「似たようなもんですよ。読んでも生存本能とも言うべきもので記憶から消えるんです。アレでも女神が創造した世界そのものを示したものですから。それこそこの世界の人間じゃない俺達でも正気をけずられます。あの程度で済むとは大したものです」

「先に言ってほしかったよ。リッシュは大丈夫なのか」

「さっきの様子から見るに大丈夫ですよ」


軽いな。


「それでどうでしたか」


思い出した。

昨夜ヒロ君が何故かこの世界にあるノートパソコンを貸してくれたのだ。

何でもジンが俺に会ったら読んでもらえと言っていたらしい。

部屋で立ち上げるとホーム画面に小説と名付けられたフォルダがあった。

それはもう嫌な予感がしたよ。

ケン2の悪夢が蘇った。


「もうね。小学生の作文。僕の考えた最強の主人公。普通の考えすら出来ない頭空っぽ設定の悪役が主人公に返り討ちされてスッキリってか。女主人公は無条件に男達に好かれるパターンばっかりだった」

「ただしイケメンに限るですね」


不意に明るい声が聞こえた。

いつのまにかマリンが座ってお茶を飲んでいる。


「逆ハーって気持ち悪いですよね。夜とかどうするんでしょうか。イケメンどもに囲まれて複数プレイですか。ヒロ先輩。それは男としてどうなんでしょう」

「何故俺に聞く。絶対嫌だな」


普通は嫌だ。


「私が思うにだからこそ、そういう所まではしないんですよ多分。イケメン侍らせて好き好き言われてもそう言う事はしない。もししてしまったら1人を選ぶことになります。そしたら他のイケメンが離れて行くじゃないですか。イケメン侍らせて好き好き言われてあれこれしてもらえる状況が楽しいんですよ多分。セイナさんもさぞ楽しかったでしょうね」

「なんだマリン。お前もやってみたいのか」

「絶対嫌ですよ。自分が好きになった相手には自分だけを見てもらいたいです。だよねクシャラちゃん」


マリンが奥に声をかけるとさっきのメイドさんがおずおずと返事した。


「ええ、まあ、普通はそうなのではないでしょうか」

「だよね!あれがおかしいだけですよ」


アレがおかしい。

そうだ思い出した。

昨夜は寝たわけではなくて続きを読んだ方が良いと思ってアレを読んで意識が飛んだんだ。


「ああそうだ。ジンさんから頼まれてたものがあります」


ヒロ君がそう言って差し出したのは腕輪だった。


「これはガラスの腕と呼ばれる魔道具です。魔力で腕を作ります。所謂義手ですね」


これは腕を無くした俺が使っていた物らしいが今はカルラに渡す予定である。

袖の長い服シスター服に手袋をしていればそうと分からないはずだ。


「ありがとう。代わりにこれを渡しておいてくれるかい」


代わりに貸して欲しいと頼まれていた短剣を渡した。

正直何かの役に立つのか分からんがジンからすれば何かに使えるんだろう。



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