願いの確率
目的地は三十五階層と三十六階層の中間。
予定では階段の天井に穴を開ける予定だったが微妙にずれた。
それは仕方ないしむしろずれると想定していた場所よりも近かった。
辺り一帯のゴーレムはすべて破壊され結晶と瓶だけが残っていた。
「今更ですけどこの瓶は何なんですかね。ギルドでも買取してませんし何か効果があるわけでもない。拾わないように言われましたし」
マリンが瓶を拾い上げて軽く振っていた。
中は透明な液体で当然水ではない。
こいつが問題なんだよ。
「それは教会では時の雫と呼ばれ禁忌とされております」
リッシュが瓶を手に取り嫌そうな顔をした。
効果を考えれば気持ちはわかる。
「飲むと失った物を取り戻す事があります」
「それが若さだったり無くした手足だったりな」
まさに奇跡の霊薬。
「それって凄いじゃないですか。でも私聞いた事ありませんしそれならどうしてギルドで買取りしないんでしょうか」
それなら皆が求めるだろう。
こんなに簡単に手に入るなら人であふれる。
当然だがそんなうまい話があるわけない。
「飲むと物凄くごくごく稀に具体的には小数点以下のさらに下のずっと下で奇跡が起きる」
「願いが叶えばまさに奇跡ですよ」
ゼロではない。
ゼロではないが天文学的な確率だ。
それこそカルラの腕であっても取り戻す事が出来る。
「でも万が一でも奇跡が起きるなら飲むんじゃないですか」
「当然だ。だがデメリットがあるし結構でかい」
もし何のデメリットもなければ皆飲みまくるだろう。
宝くじと同じだ。
買っても当たらないと半ばあきらめながらも買う。
買わないとそもそも当たらないし。
「一本飲むと寿命が一日減る」
マリンが口をつぐんだ。
だから誰も飲まない。
例え一万本飲んでも願いが叶うとは思えない。
具体的には一兆分の一の確率。
そんな話をしていると下り階段はすぐに見つかった。
「これには一つ追加があってな。時のゴーレムを連続で百体倒すと+1のゴーレムが一体現れる。そいつを倒すと時の雫+1を落とす。これは願いが叶う確率が十倍だ。そこから+1を百体倒すと+2のゴーレムがが現れてそいつを倒すと+2の雫を落とすし確率はさらに十倍。後は分かるな」
「それって最終的には願いが叶うって事ですか」
「一体いくつの雫なら願いが叶うのか想像出来るか。具体的に言えば+1000だな。それに連続で倒すって言っただろ」
つまり連続で通常を百倒して出現した+1を倒したら次にまた+1を百体倒さないといけない。
「それって無理なんじゃ」
「普通は無理だ。だから問題なんだ」
階段を少し下りたところにある転移陣。
普通は青い光を放っているはずのそれは黒い光を点滅させていた。
「迷宮にある転移陣は一瞬で行き来出来る便利な物だ。だが迷宮の、しかも転移なんて事を考えれば物凄く精密な物だ。しかも転移だけの物じゃない。色んな物を管理している。例えば魔物の出現とか行動とかな」
今回魔物が迷宮からあふれた事件はつまりそういう事だ。
「それに触るな」
いつか聞いた事がある声だ。
階段を上がって来たのは赤い髪の男。
俺とリッシュは見た事がある。
「一応聞いておくがこれをやったのはアンタか。三十五階層に時のゴーレムしか出ないように書き換えたのは。階層移動出来るようにしたのも。迷宮から出れるようにしたのも全部」
「それがどうした」
ガチャンと音を立ててヒロ君が背中の剣を抜いた。
「何のためにだ」
「そんなものセイナのために決まってるだろ」
分かってはいた。
「セイナさんのためってどういう事だ」
ヒロ君達には詳しい話をしてなかったな。
転移陣が書き換えられていてそれを消しに来たとだけ言ったな。
実際は時の雫のために色ボケトカゲがやらかしたとローさんは言っていた。
後はその場で判断して対処してくれと。
しかしヒロ君聖女と知り合いなのか。
「狙いは時の雫+10か。ゴーレムが階層を移動してしまえば迷宮は倒したと判定する。後は放っておけば簡単に得られる」
「良く知ってるじゃねえか」
「時の雫もどこまでも+が付くわけじゃない。最高が+10。それでも願いが叶うのは百分の一。
高いか低いか考えれば十分高い。さすがに最初からそのゴーレムを出現させる事も下の階層に送る事までは書きかえる事が出来なかったからこんな事をしたってわけだ」
「どうしてそこまで知っている」
しかも+10を飲んでも失われる寿命は千五百日ですむ。
通常のを千五百本飲むことを考えれば破格だろう。
理論上は+10を百本集めて全部飲めば60%くらいの確率で願いが叶う。
だが運が悪ければ例え千本集めても無理だ。
そして+10のゴーレムが時の雫+10を一つ出したら時の雫の取得テーブルは最初に戻る。
「もしかしてセイナさんが女神の盾を失ったからですか」
聖女がらみだから今回の事は俺が原因ともいえる。
しかし達也君に頼む以外の方法は一回殺すくらいしかなかったのも事実。
だがそうなったらやはりこいつは同じ事をしただろう。
「だがセイナさんはもう力を取り戻したと聞いた」
「そうですよ。結構前の話じゃないですけど知らないんですか。それともまた同じことが起こった時のためですか」
日本に行く前に達也君にもう大丈夫と伝えて聖女に力を返してもらった。
その結果どうなったかと言うと力を失う前とあまり変わらなかった。
変わった事と言えば教会の護衛である守護者を受け入れた。
もちろん女性でかなり強い。
以前のように外に行く時は一人では行かなくなった。
それだけである。
これはもう駄目だと思ったね。
ローさんから殺害の依頼が来ると覚悟していた。
だが愛音がこっちに戻った事で世界にしっかりとした聖女が二人いるため問題なくなった。
そんな状況で時の雫を求めるなら理由は何か。
ヒロ君達はまさかこいつは聖女に力が戻った事を知らないのかと思ったかもしれないがそうではない。
ましてマリンの言うようにもしものためではない。
こいつはそんな奴ではない。
「セイナはあいつに汚されちまった。だから戻すんだよ」
ヒロ君もマリンも固まった。
王子が盾を失った聖女をかくまって襲った。
こいつがそれを察知して城に向かったが遅かった。
「そのためにこんな事をしたって言うのか。そのせいで関係ない人がどれだけ死んだと思ってやがる」
ヒロ君の剣を強く握る音が聞こえた。
これで怒らない奴はいない。
「それがどうした。お前らだって聖女がいないと困るだろ」
「困らんな」
俺ははっきりと言った。
赤い髪の男ことジェードが俺を見て何かに気づいたような顔をした。
「お前ローの」
どうやら気づいたらしい。
「カーナ様を侮って逆ハー作る性女など不要です。そんなのの好感度を稼ごうとかやはり性病の霊獣ですね」
「その声。お前あの時の」
リッシュが我慢の限界に達したらしく吐き捨てた声にジェードが気づいた。
「お前のせいで沢山の人達が亡くなった。子供達を助けるためにライラ様はカーナ様に命を捧げられた。あんな女なんかに、あの方の命に変わる価値なんかない!」
リッシュが心の底からの叫びをあげた。
ジェードの顔が怒りに染まっていく。
だがジェードが何かする前にヒロ君が先に動いた。
「この身に力を魔力疾走二重」
ヒロ君が強化魔法を使った瞬間にジェードの後ろにいた。
そしてヒュッと剣に着いた血を払うかのように振るとジェードの右の腕と足が落ちた。
ジェードが何が起こったのか分からないとそんな顔をしている所に一瞬で移動したマリンの右の掌底が腹にめり込んだ。
ジェードは後ろに吹き飛ぶかと思いきやマリンは左手で残っている腕をつかんで逆に引っ張ると前のめりになった所に右の掌底が顎に下から突き刺さり真上に吹きとばした。
続けてドンと物凄い音を立てて飛び上がり空中でジェードに追いつくとそこからオーバーヘッドキック。
床に叩きつけられて跳ね上がったジェードの首に落ちてきたマリンの膝が突き刺さり骨が折れる鈍い音がした。
まるで格闘ゲームみたいな連続技。
どれか一つでも受けたら死ぬぞ。
くぐもったうめき声を上げているが同情心は一切わかない。
「お、お前ら俺にこんな事してただで済むと」
「黙れよ色ボケトカゲが」
流石はドラゴンと言うべきか普通なら死んでいるがしぶとい。
ヒロ君がさらに剣を一閃すると残っていた左の腕と足が泣き別れた。
そのまま何やら喚いているジェードを蹴り飛ばしてうつ伏せにして背中から腹に青く輝く聖剣を突き刺して床に縫い留めた。
「抜けねえだと!聖剣か!」
動く事も出来ず汚い悲鳴を上げているに所にリッシュが近づいた。
「女に溺れてカーナ様に名を奪われて、それでも同じ事を繰り替えした。何の罪もない人達を巻き込んで死に追いやって、何が聖獣だ!」
リッシュが天秤の針を床に擦るとバチッと音を立てて青白い電撃を纏った。
そしてジェードの頭に何度も何度も叩きつけた。
こうして最後まで自分が悪いなど思わなかった聖獣と呼ばれたドラゴンはこの世から消え去った。




