ズレると色々ズレる
俺とリッシュはまた迷宮攻略に戻った。
俺がホワイトファングを穴だらけにしてリッシュがリビングアーマーを吹き飛ばす。
夜になったら地上に戻り宿で休み、朝になったらまた迷宮にもぐる。
それを毎日繰り返す事10日。
ついに運よく42階層への階段を発見してその日は少し早いが地上に戻り祝杯を挙げた。
1日の稼ぎも10万を超えたしもうすぐヒロ君に借金を返す事も出来るだろう。
順調に思えた。
「リッシュ。何か気になる事でもあるのか」
この世界に戻ってからリッシュの様子がおかしい。
何か考え込むことが多くなった。
今日も夕食を食べながらぼんやりしている。
「いえ、何でもありませんよ」
どう見ても何かあるが年頃の娘さんのプライベートにまで突っ込むわけにもいかない。
しかしどこか上の空では探索に差し障る事もある。
「リッシュ。何か困った事があるなら言ってくれ。多分力になれると思う」
社会人として働いていた身としては困った事を相談してくれれば対処方もある程度アドバイス出来る。
社会経験のない者とある者では絶対の違いがあるのだ。
するとリッシュが重い口を開いた。
「カイさんは復讐ってどう思いますか。カルラは、あの子は絶対に自分を襲った女を許さないでしょう。ですが相手はおそらく貴族。それを手にかければカルラ自身も無事では済まないでしょうし、相手の女だけならともかく関係者にも迷惑がかかるでしょう。例えば護衛、世話人など大勢が路頭に迷う事になる。そして教会にも多大な迷惑がかかると思います。ベール様や大司教様、教会の皆にも。貴方ならどうしますか」
これまた重いのが来た。
俺もカルラの事は気になっていた。
ぶっ殺してやるとか言ってたし。
復讐か。
「俺に言わせれば復讐はありだ。本当に大切な物を奪われて取り戻せないなら奪った相手を絶対に許さない。君はカルラが達也君のようにやるんじゃないかって心配してるんだな」
「はい。タツヤ様はアイネのために全てを捨てられました」
あれは犯人が酷すぎた。
上級国民と揶揄される程で逮捕さえされないとかありえない扱いだった。
あれがなければまた違ったかもしれないが何より犯人の態度が許せなかった。
頭を地面にこすりつけて謝っていれば達也君はあんな事をしなかっただろうし。
それに対してカルラは腕を理不尽に奪われた。
「俺が達也君ならやっぱり同じように殺していた。絶対だ。大事な物を奪われたのにそれをした相手はのうのうと生きているとか我慢出来んだろ」
「そう、ですよね」
「だがカルラに関しては俺はよく知らないから何とも言えないけど、この世界には嘘を見抜く魔法があるし教会の後ろ盾もあるから相手も無事ではすまんだろ」
絶対のウソ発見機がある限り逃げられない。
「それとも貴族なら許されるのか」
上級国民ならぬ上級貴族。
権力には勝てないのだろうか。
日本の政治家が脱税しようが賄賂貰おうが逮捕されないように。
「いいえ、カルラ聖女候補です。大司教様が何度も魔法を使ってくださいましたしベール様も犯人を決して許さないでしょう。例え侯爵家であろうともかばえません」
「ならカルラ次第としか言いようがない。誰にどれだけ迷惑をかけようとも自分の手でやらないと収めないとなれば止められん。止めたければ先に相手をやってしまうしかない。自分の気持ちをどうにかするのは自分だけだ」
「そう、ですね」
他人が復讐なんてやめろと言うのは無責任だ。
結局は当人の気持ちの問題なんだ。
「次のお仕事です」
「あの、本当に速くないですか。別に良いんですけど」
いや本当に。
流石にこれはちょっとどうなんだ。
まだ半月も経ってないんだが。
「カイさんのおっしゃりたい事は分かります」
分かるんだ。
「けどお仕事です」
ローさんの目が死んでいた。
女神も疲れるだろうか。
俺の視線に気づいたのかこほんと小さな咳をした。
「ノリンの迷宮があふれました」
よくある魔物が迷宮から氾濫すると言う事だろうか。
この世界でそんな話は聞いた事がないが。
ノリンは確か王都の北にある街でガイアス達の出身地だったはず。
異世界の手引き曰く。
迷宮のある異世界ファンタジーではスタンビートとか言って、よく迷宮から魔物があふれる事がある。
迷宮で魔物を間引きをしないといけないのに領主やギルド長が金をケチって大惨事のパターンが多い。
馬鹿の1つ覚えのようにこのパターンと強調していた。
たまに何の脈絡もなくとか悪い事をしてる組織がやったりするが何にしても主人公がそれを大活躍で片付ける。
これは絶対。
もちろんその時は主人公は弱いと思われて馬鹿にされている。
「あっあいつってFランクのゴミ拾いだぞ!」
「嘘だろ?!何でそんな奴が!」
このパターンがばっかりと書きなぐられていた。
「それです。迷宮から魔物が溢れて出てきます」
「どうしてそうなるんですか」
迷宮には探索者が沢山もぐっているし間引きなど不要だろ。
それでもあふれるならどうしろと言うのか。
ローさんが深いため息をついた。
これはまた連鎖的に問題が起きたと見た。
あれがこうなってそれでこれがああなると。
「カイさんにやって頂きたいのは2つ。王都とノリンの中間くらいにある村の近くに小さな洞窟がるのですが今回の影響で迷宮になり1月後に魔物が溢れてしまいます。まずそこに出来てしまった転移陣の破壊。その後にノリンの迷宮で原因の排除です」
ローさんは本当に大きな大きなため息をついた。
目が覚めたらすでに王都はその話で溢れていてギルドではノリンへ応援に行く強い探索者を募っていた。
ノリンは王都から馬車で20日程かかる。
馬車の旅路は暇だ。
狭いしガタガタ揺れて気分が悪くなる。
乗り物酔いの俺にとっては地獄なわけで歩いて移動となりリッシュには先に行って欲しいといったが一緒に行く事になった。
途中野宿を繰り返し12日で小さな村に到着して宿に泊まり次の日にローさんの言っていた洞窟へ向かった。
そこは山の中腹辺りにある小さな穴で奥に行くのに5分もかからなかった。
奥には薄っすら光る転移陣に似た物があったので魔法で消去。
そこからさらに12日かけてノリンに着いた時には大混乱になってると思いきやそうでもなかった。
ある程度落ち着いている。
俺達を何度も急ぎの馬車が追い抜いていたしかなりの探索者が助けに行ったからか。
もう日が傾いていて宿を取るとすぐにギルドへ向かった。
ギルドは大勢の人が出入りして中も職員がせわしなく行き来している。
まずは総合受付へ。
ここでも受付は20くらいの女性が立っていた。
「失礼。私達は王都から歩いて来たのですが何かあったのですか」
知ってはいるが現状を知りたい。
「王都からですか。20日前、迷宮から魔物があふれだしました。現在は正道教会の方々が入り口を結界で封鎖して頂いております。探索者の方々には迷宮内で原因を捜索して頂いております」
「原因の予想はありますか」
「現在の所不明です」
そりゃそうだ。
予想出来るのものじゃないし。
「溢れている魔物の強さはどれくらいですか」
「35階層の魔物が確認されております」
これもローさんの話の通り。
「迷宮に行かれるのでしたら出来る限り魔物を倒して頂きますように協力をお願いしております。そのため当ギルドでは魔力結晶の買取価格を上げております」
「具体的にはどれくらいですか」
価格を上げると言ってもどれくらいか分からない。
例え1%であっても値上げは値上げなのだ。
日本は政治家どもが景気対策とか言いながら選挙の票稼ぎのため年寄りに金をばらまいて若者はなんの利益も受けられない事が何度もあった。
賃金引き上げと言いながら実質税金でマイナスになるとか。
あれは日本の政治家が腐ってるだけか。
この世界はどうだろうか。
「買取価格は魔力結晶Gランクが5%上昇です。それ以降1つランクが上がるごとに5%上がります。ですが現在迷宮は35階層のゴーレムが溢れております」
「そのゴーレムのランクはいくつですか」
「Bランクです」
Bランクなら買取価格が30%上乗せになる。
3割は大きい。
「転移陣も封鎖しており使用不可能になっております」
つまり行き来するためには歩いて行くしかないわけだ。
これは普通に攻略するならどれくらいかかるのか分からないぞ。
だが入り口も転移陣も封鎖しているなら被害はこれ以上は増えないと考えていいいのだろう。
しかしそもそもどれくらいの被害が出ているのか知らない。
聞いた所でどうする事もないと思うが知っておいた方がいいだろう。
「封鎖するまでの被害はどれくらい出ていますか」
封鎖したのは分かるがそれまではどうなのか。
受付の人は少し顔を曇らせた。
「当初地上では500人以上の方が犠牲になり、迷宮から探索者の方200人近くが戻られておりません」
酷い話だ。
探索者が死ぬのは仕方ない。
だが一般人が巻き込まれて死ぬのは駄目だろう。
これは許されない事だ。
「分かりました。あと迷宮の地図はありますか」
「それなら5番窓口へどうぞ」
「ありがとう」
さて、これで俺の話は終わりだが受付の人はずっと気になっているのだろうチラチラとリッシュを見ている。
「その、そちらの聖火隊の方はどのようなご用件でしょうか」
いつの間にかギルドの喧騒は止み静まり返っている。
皆が俺達、正確にはリッシュに注目してた。
「私は聖火隊ではなくただの探索者です。カーナ様に誓いましょう」
リッシュがいつものように青く光った。
そして俺達は地図を買うとギルドを後にした。
今日はもう遅いので迷宮は明日からだがその準備のためにショップエチゴへ向かう事になった。
必要な物は用意していたつもりだが非常食が心許なかったのである。
先日黒騎士の件で俺達は迷宮で寝泊まりした。
その時に使った分は補給していたが、転移陣が使えないとなると多めに用意しておいた方が無難だと思ったからだ。
しかしどの街にもあるなショップエチゴ。
保存食のコーナーへ向かうと干し肉などがまとめて売られている。
「とりあず追加で10日分くらいでいいか。リッシュ。他に必要な物あるか」
干し肉だけでは味気ないが迷宮内で食べるものなんて他に乾パン的な物くらいしかない。
俺が知らないだけで他に何かあるのだろうか。
だが返事がない。
振り向くとリッシュはボンヤリと店内を眺めていた。
「リッシュ。どうかしたか」
俺の声にリッシュははっとこちらに戻って来た。
何とも言えないような顔をしている。
「えっとそうですね。魔法のパンとかどうでしょう。私達は水に苦労はしませんのでいくつか買って行きましょう」
魔法で出した水は術者が維持しなければ時間経過で魔力が霧散して消えてしまう。
ならそれを飲んでいたらどうなるか。
答えは体内から飲んだ水分が消える。
だから普通に死ぬ。
そのため探索者は水を持って迷宮に挑むが水はかさばるし重い。
そこで魔道具の聖水の水瓶である。
これで出す水は飲めるのだ。
だがこれを作れる人がほとんどいない。
1000年前には普通にいたらしいが現在では一部の錬金術師と呼ばれる者達だけが作る事が出来るため中々出回らないし出たとしても非常に高価でまず手が出せない。
これは単純に才能や技量の問題らしい。
錬金術師の中でも出来る人には出来るが出来ない人がどれだけ頑張っても出来ない。
探索者がこれを持つのが成功者の証の1つでもある。
しかし俺達には水瓶のオリジナルがある。
「魔法のパンか。そういえば買った事なかったな。いくつか買って行くか」
「幸いお金に余裕が出てきましたので、この機会に買っておくのがよいかと」
魔法のパンとは米粒みたいな大きさだが水をかけると握り拳くらいの大きさになるパンでおいしく栄養が高い。
迷宮に持ち込む保存食としては優秀だが高いのが欠点だ。
だがお金に余裕が出て来たし買って行くのもありだ。
「ショップエチゴ。どう考えても使徒様が作った店なのに。ああ私は」
リッシュがぼんやりと何かつぶやいている。
確かにどう考えても使徒が作った店だ。
ジンに連れられて行った4年前にもあったし何年前から、どんな人物が経営してるんだろうか。
「リッシュ。以前教会は使徒を把握しているって言ってたけどここのオーナーは使徒じゃないのか」
以前リッシュが言った使徒の中にショップエチゴの話がなかった。
なら使徒じゃないのか。
いやカップラーメンとかあったし絶対使徒だろ。
だが返事がない。
「リッシュ」
「あっ、えっと、はい、ショップエチゴの社長は使徒様です。ですが加護などは分かりません」
「そうか。けどこれだけ商売で成功してるなら加護なんか何の意味もないか」
このレベルまで行けば何もしなくても金が入ってくるだろう。
迷宮へ行って危険を冒して稼ぐ必要もない。
おそらくもう一生金に困らない生活が約束されている。
うらやましいかぎりだが退屈かもしれない。




