これが最初の怒り
迷宮には10階層ごとに壁と呼ばれるいわゆるガーディアンがいる。
倒されても一定時間が経過すれば復活するし当然強い。
だがそれはあくまで正面から戦えばの話だ。
40階層の守護者は大きな狼らしい。
生き物は大きい事は強い事なのだ。
こんな話がある。
5フィートの男と6フィートの男が戦えば6フィートの男が勝つ。
6フィートの男と7フィートの男が戦えば7フィートの男が勝つ。
だが5フィートの男が銃を持っていれば7フィートの男に勝つ。
出会い頭にぶっ放せば問答無用だ。
しかも後ろから。
しかもしかも扉越しに。
多分部屋の中心にいると考えてその辺りに向けて理力集束弾を連打。
つまりそういう事だ。
「我ながらこれはどうかと思うんだ。まあ今回は仕方ないけど」
「時間がありませんから仕方ないかと」
ガーディアンもこんな負け方は想定されていないだろう。
「地図があればよかったのですが。時期が悪すぎましたね」
目的地は38階層と39階層の階段。
その中間地点辺りに隠し通路があり、そこに目的の転移陣がある。
39階層の地図を探したがあるのは30階層まで。
この迷宮の31階から39階層は1年に1度道が変わる。
そして俺達が41階層に飛ばされて10日程でそれが起こったため地図も役に立たなくなった。
だから俺達は2人で地図もなく迷宮を逆走する事になった。
ガーディアンを倒すと正面の扉が開いた。
扉をくぐって少し歩くと上への階段がある。
迷宮にある階段の長さは大体同じらしい。
つまり1階から2階に降りるのと40階から41階に下りる階段は同じ長さである。
これが結構長くて余計な事を考えてしまう。
今回時間の余裕はない。
おそらく本当にギリギリで間に合わない可能性もある。
目的まで時間の余裕がないと思うと思い出してしまう事がある。
駄目だ思い出すな。
だがそう考えても思い出してしまう。
あれは同期入社の徳永が辞めて半年くらいたった頃だ。
俺の追っていた相手から新規契約が出てそこに契約書を持っていくことになり、先輩の浅野さんが営業で外に出ていたので馬場野主任が一緒に行くことになった。
これこそが後に絶対に1人で行動するようになった事件だ。
課長はもちろんだが馬場野主任には絶対に最後まで報告しないと誓った事件。
なにせ後は契約書にサインもらって金を受け取るだけだった。
社用車で目的地まで行ったのだが約束の時間まで少しあった。
喫茶店でも入るかと話していると徳永の話が出た。
「お前あいつと仲良かったよな。連絡とってるのか」
「いえ、あいつが辞めた日から連絡ないですね」
俺があいつの立場なら絶対に連絡なんかしない。
あいつも俺から連絡なんかもらっても困るだろうし。
「あいつ飛び込み先で断られただけで辞めるとか根性ないな」
「ええ、まあそれはそうですね」
これに関してはその通りではある。
営業かけて断られるなんて当たり前。
俺だって名刺破られたり怒鳴られたこともあったがその程度何とも思わなかった。
新規開拓営業なんて数撃って当てるようなもんだ。
いちいち断りを気にしていたらきりがない。
「まだ時間あるからそこの雑居ビルに飛び込みやってこいや」
「いやでもそんな事してもし話し込んだら約束の時間に合わなくなりますよ」
「大丈夫やろ。その時は俺がそこ行って来るから行ってこい」
何考えてんだこいつ。
1度話し込んだら1時間くらいつぶれるぞ。
だが上司の命令なら仕方ない。
2.3の店舗に入って適当に引き上げるか。
そんな風に考えて1階の電気屋に入って店長に商品の説明をした。
すぐに断れると思ったが何故か興味を持ったらしくこちらの説明を聞いてくれた。
スマホが鳴り出したので画面を見ると表示は馬場野。
後でかけなおすから予定の方を頼むと言って切ると店長と話を続けた。
当然約束の時間は過ぎたがそちらは馬場野主任がやってくれるだろう。
結局その店長は1度やってみる事になりその場で契約を取れた。
戻ってみる目的の客先から戻って来ていた馬場野主任に車で偉そうに言われたのだ。
「お前は話過ぎや。見込みのない奴に話しても無駄やろ。その辺見極めろ」
こんな事を。
その結果新規契約取れただろうが。
課長はクソだがこいつ単体でもクソだと思い知ったね。
「なら見本見せてくださいよ飛び込みの」
出来るもんならな。
「そうやな見本見せたるわ」
だがそう言うと奴は雑居ビルに入って行った。
まさかやるとは思わなかったからちょっとわくわくした。
スマホをいじっていると20分も経たないうちに馬場野主任は帰って来た。
速いな。こいつまじめにやったのかよ。
「駄目だったわ。ま、そんなもんだろ」
「あの、それで」
結果を言え。活動したら報告しろ。
何件入ってどれくらい話したのか。名刺は貰ったのか。
少し話した相手はいるのか。
「全部門前払いやったわ。この辺の奴等は営業されまくってるから無理や」
「え、いや、俺ここの人と契約取れましたけど」
「たまたまやろ」
こいつ。ほんまにこいつ。
「ここの奴等話聞くそぶりもなかった。あんまりむかついたからトイレで思いっきりうんこして流さんと帰って来たった」
最低だこいつ。本当に本当に最低だ。
さらに問題はこの後だった。
本来の予定だった客と契約できなかったと言いやがった。
挙句の果てに課長にはあの客は直前でビビってやめたとか言いやがった。
そのせいで俺は課長から怒られた。
「お前がさっさと切り上げればよかっただけやろ!」
「いやでも、新規取れましたし」
「たまたまやろ!予定を優先せえ!」
「でも馬場野主任に飛び込みして来いって言われたからやったんですよ」
「それでもや!」
こいつ。ほんまこいつ。
後日電話で相手から聞いたが馬場野主任は客先で契約書にサインをもらって金を受け取るだけなのに他の商品をしつこく進めて来たんで断ったとの事。
何が直前でビビっただ。
お前が怒らせたんだろが。
「あああのクソがあああああ!!!何が見きわめろじゃ!お前がやれゆうたんやろがあ!お前が余計な事をしなかったら全部うまくいったんだろうが!お前のせいで予定が全部狂ったんだろうが!」
「ああ何て事!浄化!くっ、祝福。浄化!」
赤くなっていた視界がスッと透明になった感じがして頭が冷えた。
何か叫んでいた気がする。
「良かった。戻られました」
リッシュが心配そうに俺を見ていた。
どうやらまたしても嫌な事を思い出していたようだ。
「すまない。かなり叫んだようだが大丈夫だろうか」
迷宮で大声を上げるなど敵を呼び寄せる行為でしかない。
「えっと、まだ39階層に着いていませんよ」
階段を上っている最中に叫びだしたらしい。
本当に嫌な事を思い出した気がする。
社会人なら自分の言った事に責任を持つ。
これ常識である。




