第8話 引きこもり少女はやりたいを増やしたい
「嘘……うそだ。し、証拠。証拠見せてよ」
証拠、か……。そんな都合のいいものが何かあっただろうか。
俺はポケットからスマホを取り出し、写真アプリのアルバムを開いてみる。そこには、すっかりと空白になった期間が存在していた。
「いいよ。なら、少しだけドアを開けてよ」
そう言うと言葉通り、ガチャリと鍵が外れて少しだけ隙間が開いた。そのわずかな隙間に、俺はスマホを滑り込ませる。
「写真フォルダの一番最初の写真を見てよ。これ、高校の入学式の写真。その次にある写真は東京駅のものでしょ? 日付を見てみなよ」
「う、うん……。でも、この期間引きこもってたって言いたいの? 別に、今ここで昔の写真をまとめて消して、誤魔化すことだってできるじゃん」
「じゃあ、最近削除した項目のフォルダも見ていいよ」
少しの沈黙。ドアの向こうで、画面をスクロールする微かな摩擦音が聞こえる。
「ない……。何も……」
「そうだよ。だって引きこもってるんだから、そもそも写真を撮る必要なんてない。誰かと遊びに行くこともないしね」
「……でも普段写真撮らないとか!」
「最近の写真も見ていいよ」
そこにはきっとたくさんの写真があるだろう。休日の外出や、クラスメイトとの放課後の寄り道。
普段ここまで記録を残す人が、過去の写真だけない。しかも特定の期間だけというのは違和感だろう。
「……」
「これが証拠になるとも思ってないよ。信じてもらえないかもしれないけど……俺も外に出られなかったんだよね。こっちの東京の学校に転校してくるまで、ずっと」
「転校って……」
「そう。俺は最初青森の高校に行ってたんだけど……上手くいかなくてね。最初の一週間しか行けなかった」
「ボクは二週間はいけた……」
「……まじかすごいなぁ」
俺が少しおどけた調子で言うと、ドアの向こうでひよりが「ふふっ」と小さく鼻を鳴らした。
不登校期間で勝負をするなど不謹慎極まりない。だけどこの経験した人にしかわからない負の体験は、笑い話にすることでどこか消化される部分がある気がする。
「あ、あのさぁ聞いていいかわかんないけど……どうして」
「うん……人間関係っていうのかな。みんなから向けられる視線とか期待感とかさぁ。怖くて」
「……ボクもおんなじ。先輩と」
いつのまにか閉まっていたドアの背中から息が聞こえてくる。
「お兄ちゃんと妹……というかママもパパもすごいの運動神経良くて。お兄ちゃんは学校でも有名で、野球のプロ注目って言われてるほどで」
そう言えばうちの学校の、野球部が去年都大会優勝して甲子園まで行ったと聞いた。そこで活躍しプロ入り確実と言われた先輩の名前が梶原だった気がする。
「それでさ『梶原の妹』ってことで体育の授業とか注目されたんだけど、なんにもできない。ボクだけ家族で運動神経悪いの、壊滅的に」
きゅっと、自分の腕を抱きしめるような衣擦れの音が聞こえる。
「みんなからガッカリした顔をされて……それで、怖くなって、行けなくなっちゃった」
「そっか」
俺はドアを背にしたまま、あえて優しい慰めの言葉はかけなかった。
俺と彼女が扉を閉じた理由は違う。だからこそ、そっけない返事しかできなかった。
「ボクが運動神経よかったらみんなの期待に応えられたのに……。そしたら腫れ物にならずに家族を困らせることなかったのに」
扉の奥の声は、いつのまにか掠れたものに変わっていく。
「生まれてこなきゃよかった。ボクはママやパパにとってガチャのノーマルだから。お兄ちゃんや妹みたいなSSRじゃない」
「俺はさ正直その気持ちはわかってあげられないわ。でもさ頑張ってきたのはわかるよ。下の写真とかみたら、賞状の隣に写ってたじゃん。頑張って走ってる写真が」
あの廊下の片隅にひっそりと飾られていた一人で写る写真。それは自分なりにもがいて頑張ろうとしている、彼女の人生を表しているような写真だった。
「てかさ、低レアでも強いゲームだってあんじゃん。自分なりの武器持って、特別な育成をすればノーマルでもSSRくらい強くなれるやつ。そういうのもあるんだし」
「はは……なれんのかな、ボクが」
自嘲気味だけども、さっきより少しだけ声音を弾ませて梶原が言う。
「わかんない。けど俺は知ってるよ。俺の周りでも『じゃないほう』だけど、それをバネに必死に頑張ってる奴らがいる」
「……」
「梶原はなんかある? 将来の夢とかって」
「夢はない。でも……何かしたい。ボクだからできることとか、やりたいなってことを持ちたい。そしたら……そしたら、いくら周りから『梶原のじゃないほう』って言われても、気にしなくなると思うから……っ」
「ならその何かしたいを探してみようぜ。学校なんていかなくていいからさ」
「うん……」
多々良や美緒と同じ彼女も強い思いはあったのだろう。
その言葉を聞いて少し安心した。きっとこの部屋のドアが永久に閉じてることはもうないだろう。




