第7話 引きこもり少女の家に行く
「さて北野くん。ここに来てもらったのには理由がある」
「え……俺、何かやりましたか」
多々良と美緒を引き合わせた次の日。俺はなぜか放課後の職員室に呼びだされて。そこには、学年主任がいた。
「いや、別に悪いことじゃないんだ」
先生はそう言って苦笑すると、声を潜めて俺に顔を近づけてきた。
「君原から聞いたよ。彼女が今日から学校に復帰したのも、北野くんのおかげだってね」
「いや、俺は何もしてないですよ。休日にたまたま会っただけで……」
「そうかもしれないが、本当にありがとう。いかんせん、あの子は『生徒会長じゃないほう』っていうのもあって少し腫れものになっていてね」
「あー、なるほど……」
「それに本人も警戒心が強いみたいで、学校に友達もいないようだから心配していたんだ」
確か美緒は先生たちを嫌っていた。それに加えて友達もいなかったのか。
「それで、もし宜しければなんだけど……一人、同じように不登校になってしまった子が一年生にいるんだ。北野くん、もしよければ彼女の力になってくれないか」
「えーっ、俺ですか。しかも一年生って、面識も何もないですよ」
「そこをなんとか頼むよ! このままいくと退学も考えないといけなくなる。頼む、話を聞いてあげるだけでもいいんだ!」
「いやでも不登校って……触れにくいというか。事情もあるでしょうし」
「そうかもだけど……北野くんは彼女の気持ちが分かって上げれると思うんだ。他の誰よりも」
まさか教師に頭を下げられるとは思わず、俺は盛大なため息を胃の奥へと飲み込んだ。
ここで断ることもできるだろうが、わざわざ呼び出してというのはそれ相応のことなんだろう。
それに『北野くんは』っていうのも気になるし、俺の転校に際して去年お世話になった先生でもある。
「……はぁ、わかりました。一応、聞きますけど。その一年生の子が学校に来ない理由って、何か分かってるんですか」
断りきれない空気に負け、俺が諦め半分に尋ねると、先生はホッとしたように肩の力を抜いて、デスクから一枚の書類を取り出した。
名前は『梶原郁代』か。
「上手く学校になじめないみたいでな」
「一年生だからそういうのは仕方ないんじゃないですか? 新生活ですし」
「普通だったらそれでいいんだが……彼女も言われてるんだ、君原みたいに」
「『じゃないほう』的な奴ですか?」
先生は何も言わず無言でうなずく。
――また、『じゃないほう』か。
今度は見知らぬ一年生。流行ってるのかそう言うのが。
「……とりあえず、様子を見るくらいなら。学校に連れてくるのは約束はできませんよ」
「おお、受けてくれるか! 助かるよ北野くん!」
先生に何度も手を振られながら職員室を後にした俺は、廊下で大きく天を仰いだ。
◇
案内された場所は俺の自宅からほど近い一軒家だった。
引き受けたはいいものの何の関わりがあるわけでもないのに、一体どうすべきなのか。
手渡されたメモに書かれた住所と、目の前の梶原の表札を見比べる。間違いなく、ここにその一年生の女子が引きこもっているはずだ。
「……よし。喋るだけ喋って、ダメなら先生に丸投げしよう」
心の中で言い訳を用意し、意を決して、俺は一軒家のインターホンへと指を伸ばした。
ピンポーン、と静かな住宅街にインターホンの音が響く。
数十秒の沈黙の後ガチャリと鍵が開く音がして、疲れたような笑みを浮かべた女性――彼女の母親が出迎えてくれた。
「あ、北野くんね? 学校の先生から聞いてるわ。本当にわざわざ来てくれてありがとう。……今、上の部屋にいるから」
「あ、はい。お邪魔します……」
予想以上に歓迎ムードなのは意外だが、お言葉に甘えて玄関に入れてもらう。
家に入ると廊下の棚や壁にはこれでもかという賞状やトロフィー、メダルが飾られていた。その中央には仲睦まじく並ぶ五人家族の写真が飾られていた。
父親と母親。そして、中央でトロフィーを抱えて満面の笑みを浮かべるいかにも優秀そうな男の子と女の子。
その端っこで一人だけ不機嫌そうにそっぽを向いている、ショートカットの女の子が写っている。この女の子単体で写ってる写真だけやけに少ない。
――目的の『じゃないほう』の女の子っていうのがたぶんこの子なんだろうな。
「ごめんなさいね、あの子、ずっと部屋に引きこもってて……」
「大丈夫です。その……俺もそういう経験あるので」
俺は重い足取りで二階への階段を上った。教えられた突き当たりの部屋の手前で、一度立ち止まる。
プリントを握りしめ、意を決して、トントン、とドアをノックした。
「……ご飯いらないって言ったでしょ。ほっておい――」
中から出てきたのは、髪が伸び少しやつれぎみで目の下にうっすらと隈少女。写真とは違うがだいぶ違うが面影ある。
「……誰」
少女は俺の姿を見るなり、あからさまに不快そうな視線をぶつけてきた。
学校に登校しないというのはそれ相応の理由があるはずなのに押し付ける感じで、来てしまったのには罪悪感がある。
「あー……二年の北野。先生に頼まれてプリントを届けにきた」
「先輩? ……先生も余計なことばっかり。ボク、学校に行く気なんてないって言ったはずです。帰ってください」
ぴしゃりと言い放ち、少女はすぐにドアを閉まる。
流石にそう上手くいくわけがない、先生にも上手くいかなかったとでも適当な言い訳をしよう。
ただ脳裏にはあのふてくされている写真と、一階の廊下に飾られていたあのトロフィーの山が、どうしても焼き付いて離れなかった。
「ねぇ、もしよかったら少し話さない?」
「話しません。さっそと帰ってください。どうせあなたも学校から行って来いと面倒ごと押し付けられたんでしょ」
「そうだな。でも俺は別に学校にこいなんて思ってないよ」
「なんですか? そういう甘さで漬け込んで説得しようっていう魂胆ですよね? 貴方にはわかりませんよねボクだって――」
「――わかるよ。俺だって高一の頃、学校に行けなかったから」
「え?」
俺は開くことのないドアを背に腰を下ろした。




