第5話 ギャルは学校をサボっているらしい
モデルになりたい。
さっきの男とのやり取りで「スカウト」とか言ってたのは、それが関係しているのだろう。
「この後さ、時間ある? さっきの人怖くて、一緒にいてほしい」
ことがことだし、怖い思いをした彼女をここでほっぽり出しておくわけにもいかない。
「いいよ。こんなことがあったわけだし、カフェとか行こうぜ」
結局、交差点から少し離れた地下にある落ち着いた雰囲気のカフェに入ることにした。土曜日の渋谷にしては比較的空いていて、周囲の喧騒もここまでは届かない。落ち着いて話すには丁度いい場所だった。
「……さっきの人。うちのアカウントにメッセージくれたんだよね『モデルに興味ないか』って。それで服装とかも指定されて、そのとおりに来たら変な人で」
「確かにあの見た目はスカウトというよりナンパ男だもんな」
「そういうこと。あんなメッセージにのこのこ食いついたアホがうちってわけよ」
目の前では自嘲気味に吐き捨てると、運ばれてきたアイスコーヒーのストローをいじりながら視線を落とした。
「危なかったな」
「光太郎がいなかったら今頃変なことされたかも、ありがと」
自然な名前呼びにドキッとしたが、ここで露骨にうろたえるのも恥ずかしい。平然を装いながら、俺も答えた。
「そっか……美緒はさっきモデルになりたいって言ってたけど、理由とかってなんなの?」
「復讐」
「えーっと?」
「姉と周りへの復讐のため」
「……」
出てくると思っていなかった物騒な単語のせいで上手く言葉を返せなかった。
「だってね! うちのこと好きっていう男子は、みんな目的がお姉に近づくためだし! 他のこともずっとお姉と比べられてばかりだしむかつくの!」
「ちょ……落ちついて!」
「お姉は昔からモデルになりたいって言ってたから! だったらうちがなってやればお姉への復讐になる! 『じゃないほう』はお姉になるから」
『アイドル』になりたいと言っていた多々良の原動力は純粋な憧れによるものだったが、目の前にいる彼女はもっと泥臭く、打算的な物だった。
「お、落ち着きな。外だからさ」
「ご、ごめん……」
美緒はハッと我に返ったように声を潜め、恥ずかしそうに身を縮めた。周りを見渡すと少し注目を集めてしまっていたようで、苦笑しながら周囲に軽く会釈をした。
「そんなにお姉さんのこと、嫌いなんだ」
「嫌い、大嫌い!」
美緒を見ているとなぜか妹のことを、思い出してしまった。自分のこともこんな感じで愚痴られているのだろうな。おれはわけもなくコーラのグラスに手を伸ばした。
「やっぱり、兄とか姉は下の兄弟に恨まれるものなのか……」
思わず本音がぽつりと漏れ出してしまう。しかし、美緒はその呟きを彼女自身の怒りで上書きするように、さらに言葉を続けた。
「先生たちもそうよ! 進路希望調査に『モデル』って書いたら鼻で笑ってくるし、マジで腹立つ!」
「それは……ちょっとひどいな」
「だから学校一か月いってない。さぼってる」
「おい!」
「一ヶ月って……お前、それただの不登校だろ。何やってんだよ」
「だって、学校行ってもお姉ちゃんの話ばかりされるし、先生には夢をバカにされるし、行く意味ないじゃん。それに、こうやって渋谷にいれば、さっきみたいにスカウトされるかもしれないし……」
美緒はぷいっとそっぽを向いて、ストローを口に咥えた。
「……いや、現にさっき怪しい奴に騙されかけただろ。危なすぎるわ」
「う……それは光太郎が助けてくれたから……いいし」
「俺がいなかったらどうするつもりだったんだよ。……はぁ」
深くため息を吐き、おでこを押さえた。昨日まで一緒にいた、多々良は、学校での偏見にかまわず、一人で放課後の教室やカラオケに籠もって泥臭く歌の練習を重ねていた。
対して目の前の君原美緒は、一発逆転の光を求めて彷徨っている。
本当に、同じ「じゃないほう」でも、こうもやり方が極端に違うものだろうか。
「月曜日、学校来いよ」
「……え? 嫌」
「まぁ話聞けって」
「……なに」
「サボって逃げ出したら、それこそ周りの思うツボだろ。『あぁ、やっぱり生徒会長の妹はダメね』って言われて終わるだけだ」
「……それ、一番ムカつく」
「だろ。だから月曜日は学校に来い。教室に入りにくかったら……まぁ、隣のクラスなんだし、なんかあったら俺を呼べばいいだろ」
「……」
初対面の女子の内情に深入りすることはないと思う。こういうのはトラブルのもとだ。
でも、教師にも馬鹿にされた夢を俺に話してくれたというのは、なにかしら彼女の信頼を得れたのだろう。
ならそれには答えてあげたい。
「わかった。月曜日、がんばって学校行く。……その代わり、本当に困ったら、隣のクラスまで呼びに行っちゃうからね?」
「あぁ、手遅れになる前にな。……じゃあ、連絡先、交換しとくか」
こうして俺のスマホには『君原美緒』の連絡先をゲットした。
画面を閉じ、残ったコーラを飲み干しながら、俺は思ったことを口に出してしまった。
「それにしても最近よく聞くな、『じゃないほう』って言葉。多々良もそんな風に言われてるみたいだし……なんか美緒と状況が似てるし」
「え? 誰それ、紹介してよ」
美緒が身を乗り出してきた。蜂蜜色の瞳が、好奇心と親近感でキラキラと輝いている。
――やばい。このことは内緒だった。
完全に口が滑った。
「あー……いや、誰っていうか、ただの独り言。気にすんな」
「気になるに決まってるじゃん! うちと同じような境遇の人がこの学校にいるの? しかも多々良……それって、もしかして」
美緒は顎に手を当て、何かを察したように目を細めた。多々良という苗字の生徒がそう、何人もいるはずはない。それは自ずと思い浮かんでしまう。
「やっぱりうち学校行く。それで合わせてよ、その多々良のじゃないほうに」
俺は自分の失言を後悔しながら、どうやって明日を切り抜けるべきか、激しく頭を回転させ始めた。




