代替わりしたマーフ伯爵家
カイヴァーンは弟達を手に入れた。
私はカイヴァーンを見つけ、アブの呪いも解消できた。
よってやるべきことが無くなったのならば、私達は王都にいる必要もない。
国王崩御から王子様達の連続した死により、王位継承者がこの国から全部消えた。空になった玉座のために、海外にいる王位継承者をこの国に呼び戻さねばならない。しかし政治経済は止まってくれない。そこで高位貴族の公爵様や侯爵様方が、外国から王位継承権者の方がやってくるまで政治を担うことになったのである。
さて、嬉々としてその業務にあたっているらしい高位貴族の皆様方だが、彼らはタルマドが大嫌いだった方々でもある。なのでタルマド政権中の政策を全て悪とみなしたいとお考えになられた。
そのお陰様で、タルマドの子ラティムが起こした私の冤罪など、消えてなくなったのである。ありがたいこと。魔女告発が消えれば、私は王都を大手を振って闊歩できるもの。
そこで私は私物を取りに、伯爵家のタウンハウスに戻ったのである。
ドレスとか宝石とか、色々色々必要だもの。
「え?」
私は一瞬家を間違えたかと思った。
遺産相続手続きはまだのはずなのに、すでに従兄のリチャードがマーフ伯爵となっていただけでなく、彼がそこに住んでいたのだ。彼だけでなく、彼の婚約者もすでに居座っていた、とは。
さらにむかつくのが、彼らが私の来訪に対してあからさまに嫌そうな顔をしたことよ。
その上、私が行方不明で棚上げとなっていた遺産相続をするって、私に労りの言葉を掛けるどころか財産管財人を呼んだの。
自宅で一息もつかせてもらえないどころか、私を着の身着のままにさせて。
自分達は来客対応の衣装に着替えていたのにね。
従兄は父のワードローブの一着だっただろうスーツを着込み、ディランナ様は財産管財人とお話するには少々場違いなローズレッドのドレスをお召しになっていらした。リチャードは幼い頃は勉強家で、押しは弱いが気立てはよく優しいお兄さんだった。商才もなければ剣の腕もない自分はコツコツ文官を目指すよって、笑ってた実直な青年はどうしたのって従兄に問いたい。その婚約者、三か月前にはいなかったわよね。
もう、苛立ちよりも眩暈よ。
ああ良かったわ。
着替えなど取りに行くだけだからって、カイヴァーンとアブを宿屋に置いてきて。
リチャード達の振る舞いに、ならば戦争か、と、私はなっちゃったんだもの。
私はもう彼らに情を一切かけないことにした。
今まで爵位どころか領地経営をしたこともない彼らが、領地を運営するにも金が要るってことを知らないのはわかっている。そこで父が商会で得た遺産のうちいくらかを次期伯爵には融通してもいいかな、と思ってたんだけどやめた。
だって、渡したところで、領地に還元せずに自分達の豪遊に使っちゃいそう。
それに私はこれから結婚するし、結婚したら持参金もいるし。
やってきた管財人は一人だけだった。顧問弁護士のおじいちゃん先生がいない。それだけでなく、呼び出された管財人のハーヴァーは従兄に対して伯爵にするような挨拶をしないどころか、私に対しては「生きていたのか」と心情がわかるほどの居心地の悪そうな表情を瞬間見せてくれた。
「カルヴィン先生はどうなさったの?」
「え、誰」
「伯爵家の顧問弁護士よ。リチャード」
「お、お年ですし、引退していただきました」
私は口をはさんできたハーヴァーを睨む。
父がいた時は尋ねられるまで口を開かなかった人がこの態度、あからさまに従兄と私を軽く見ているという証だ。
「あなたは」
「まずこれを」
ハーヴァーはおずおずと、遺産相続の目録と父の遺書を私へと差し出した。
最初にそれらを読むべきは、父の第一相続人の私ですものね。
「……すでに封が開いてあるわ。相続人に何も知らせずに勝手に遺言書を開き、あまつさえ、遺産の名義変更がなされていたら、これは犯罪行為ですわよね」
「いえ。あの」
「君が行方不明だったから緊急的な処置だ。それに僕はまだ何も動かしていない」
「ようございましたわ。従兄様。では……ええ、遺言通り、父と母からの財産と伯爵家の財産は分けてください。爵位を継げない私には伯爵家の財産は不要だわ」
管財人と従兄から、うぐ、と喉を詰まらせた音が響く。
私は従兄の指や彼の婚約者の指や首元に輝く新品の宝石について鼻で笑う。
管財人への報酬は財産管理で動かした財産の一割、従兄は勝手に見ていた遺書から勝手に父の財産が貰えると見越して散財していたらしい。
学校の寮に入るからと、宝石類を全部貸金庫に預けて置いて良かったわ。
この調子ならば、家に置いていたら伯爵家の宝石も私個人の宝石も区別なく、彼らに全部奪われていたはずだもの。
「まあ、素晴らしい心持ちね。でもそれではあなたの結婚に差し支えるわ。私の知っている方で、持参金もいらないと仰っている方を紹介するわ。ええ、ええ。大事な従妹ですもの。いくらでも結婚相手を探して差し上げますわよ」
「何を言っているの、ディランナ」
「ディランナ、お前は余計な口を開くな!」
財産管財人と従兄が真っ青な顔になっていて笑えた。だって従兄の婚約者が、思いっきり勘違いしてくれているようなんだもの。
いいこと? 我が伯爵家は豊かだけど、領地の収益だけでは富豪ではないの。富豪たらしめた財産収入は、ぜんぶ父が興した商会からなのよ。だから、財産を分けたことで、父の商会にあなた方はもう関われなくなったのよ。ざまあ。
「なによ、お父さん。私は元伯爵令嬢が貴族じゃなくなるなんてかわいそうだって思って」
「ふうん。ハーヴァー様の娘様だったのね、ディランナ様は」
「ええ、そうよ。伯爵になるのに婚約者の一人もいないと格好がつかないわ。そうでしょう?」
私は、そうね、とだけ言って微笑んだ。
余計なことなど言わず、私はさっさと署名して相続を終わらせ、大事な人達のもとに戻ればいい。
そう、無駄に滞在して余計なことを教えてあげる義理もない。
伯爵であった父親を亡くしても、娘は伯爵令嬢のままである。それだけでなく、伯爵位を継いだ者に前伯爵の遺族への扶養義務もあるのだ。
それから、従兄が若き伯爵となれば引く手あまたになるということを、わざわざディランナさんに教えるまでもないから。
だって、彼女が従兄と一緒に社交界に出れば、ちゃんと教え込まれることとなる。
社交界は魑魅魍魎の巣でしてよ、ディランナさん。
娘の嫁ぎ先は爵位があればいいとだけ考える裕福な貴族は沢山いるの。
従兄の腕にぶら下がる婚約者が貴族家の娘ではなく裕福でも平民でしかないならば、全く気兼ねどころか羽虫を払うようにしてあなたを追い払いにきますわよ。
よろしくて? ああ楽しみですわ。
ディランナさんがお召しになっておりますドレス、父が最後に私に仕立ててくれていたドレスですの。喪が明けたその日に着ようと、その日までには立ち直っていようと、一切袖を通さなかったドレスなの。あなたは私の部屋を勝手に暴いたのね。きっと私の私物はことごとく、すでに全部あなた様に搾取されているのでしょう。
あなたこそ社交界で名誉も尊厳も身ぐるみ剥がれればいいわ!!
「ハーヴァー様。財産の計算に関してあなたは有用ですが、法律の専門家ではないでしょう。財産を動かす時は、今後は必ず我が家の顧問弁護士のジョー・カルヴィンを通してくださいませね。本当にジョーが引退されてらしたなら、あの方は自分の代わりを用立ててくれているはずですわ。その方についてご存じないはずはないですわよね」
「う、は、はい」
「それからリチャード」
「あ、ああ。グローリア、あの」
「あなたはマーフ伯爵です。我が父を偲ぶ気持ちをお持ちではなくとも、伯爵として前伯爵のために喪に服してくださいませね」
ご自分を守るために、結婚は急いではいけませんよ。あなたではこのハーヴァー親子に伯爵家ごと喰われてしまいますもの。平民も貴族も関係ない。貴族の矜持が無い方に伯爵家の手綱を取られたら、領民が苦しむことになるのですからね!
リチャードに言い募りたいと思いながら、私は言いたいことを飲み込んだ。
領民を想うならば、財産を持ち領地経営もできる私がリチャードと結婚して伯爵家を盛り立てることこそ最善の道なのだ。その道を選べない私が、リチャードに領主の義務を押し付けてどうする。
だって私は。
そう私は。
カイヴァーンとアブと家族になりたいの。
だから私は伯爵家をリチャードに委ね、それでこの屋敷とマーフ伯爵家から決別を果たしたのだ。




