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ツケは大きくなって帰って来る

ざまあとするには陰鬱回です

ニーラ・ヘイデンは苛ついていた。

目の上のたん瘤、自分の存在を脅かす女を、上手く排除したはずだった。

なぜならば、そうでもしないとニーラこそが犯罪者となるのだ。


それなのにニーラを庇護するはずの恋人は、王都に戻って来てもニーラに魔女狩りの結果の報告がないばかりか会いにも来ない。そのうちに第三王子が王族籍から抜けたという噂が聞こえ、そのすぐ後には国王崩御の報である。いったい何が起きているのかと恋人に連絡を取るために手紙を出せば、彼からの返事が届く代わりに司法局からニーラに召喚状が届いた。

平民少女の殺害事件の重要参考人として。


貴族でもある彼女はそのような召喚状など無視したが、そのことで叛意があると見做される前に領地へ逃げることにした。回復の見込みがなく領地にて静養するため、とだけ司法局に伝え、移動についての日時は家人の誰も漏らしていなかった。そのはずだ。


だがニーラの乗る馬車は、王都を出る前に止められたのである。

司法局から派遣された憲兵ではなく、平民が組織している自警団によって。


ニーラは馬車から引きずり出され、そのまま自警団の詰め所にある牢に押し込められ、現在助けを待つだけの身となっている。


「いつまでこんな臭いところにいなきゃいけないのよ」


苛々しながら爪を噛む。

全身が小刻みに震えているのは、怒りよりも恐怖である。この現状への怖れはもちろんだが、自警団の団長がニーラが知っている死んだ女の兄のような幼馴染と聞けば、ニーラが隠している事実を知られたらと考えるだけで不安なのである。


とある日、ニーラは女性の助けを求める悲鳴を聞いた。興味を示して学舎から少し離れた場所にある学園倉庫を覗いてみれば、二人の男達が床に転がり、自分が男達を倒したことに怯えている少女、という場面であった。


倉庫の中は薄暗く中にいる人達の顔が良く見えなくとも、ニーラには倉庫の中で立ち尽くす少女が誰なのかよくわかった。第三王子が追いかけまわす平民の特待生だ。


自分よりも可愛らしいと認めるしかなく、それどころか頭もよく魔法は光属性。

平民のくせにと、日頃から忌々しいと思っていた存在だ。


そこでニーラは軽い気持ちで嫌がらせを思いついた。

未婚女性が密室に男性と取り残された場合、何もなくとも女性は純潔ではなくなった見做される。そんな不品行な人物ならば、あの平民は学園を退学にされる。

第三王子がいくら恋焦がれようとも、愛妾にだってできないだろう。


ニーラはそれで倉庫の扉に鍵をかけたのである。

魔力が弱く土属性でしかない落ちこぼれでも、鍵穴に土を流して鍵をかけてしまう程度のことはできるのだ。


ただしかし、考えなしの彼女は思い当たらなかった。

少女に無様に昏倒させられたと憤慨する男二人が、いざ目を覚ましたその時、少女が逃げられない状況で自分達と取り残されていると知ったらどうなるか。


そして不幸なことに、もともと彼らはその少女を殺しに学園に忍び込んでいた殺し屋だったのだ。哀れなその少女は、男達にさんざんにいたぶられて殺された。


「私のせいじゃないわ。その後のことだって私のせいじゃないわ」


ニーラはぶつぶつと呟きながら、その後に起きたことを反復する。

魔力は個人ごとに違い、残滓魔力から誰の魔法だったのかを探ることができる。

それを思い出した彼女は飛び起きたまま倉庫に向かい、倉庫の開け広げられた扉と倉庫の奥にて何が起きたのか知ったのだ。


一緒に閉じ込めた男達はもちろん姿形はない。

けれど、男達がなした暴力行為が良く分かる、少女だった骸は転がっている。

ニーラの脳裏に浮かんだのは、自分のせいじゃない、自分の痕跡を消さなければ、という事だけだった。


「そうよ、私のせいじゃない。あいつの勘違いのせい」


ニーラは記憶の中で自分に「何をしている」と声を掛けてきた人が悪かったのだと、その後の流れは自分のせいじゃないと自分に言い聞かせた。

倉庫前で呆然としていた自分に声を掛けたのが、学園が雇う下男であれば良かったのである。それなのに、第三王子の安全のために早朝見回りをしていた近衛騎士だったから余計にややこしくなったのだ、と。


ニーラはその時点で自分は終わったと考えていた。自分を見咎めた相手は第三王子の護衛のために学園に常駐している近衛騎士だ。すぐさま自分がしたことが殿下に伝わり、殿下が恋した女性を殺した自分は断罪されるだろう、と。


混乱した彼女だが、当初は騎士を騙す意図はなかった。その時は混乱のまま、「殿下が追いかけてた平民」「殿下に(知られたら)殺される」という言葉にもならない呟きを繰り返すばかりだったのだ。

そのせいでニーラの目の前の騎士が、「殿下がやったのか」と勘違いの思考に行きついたのだ。それに気が付いたニーラは、神様が自分を手助けしてくれようとしている気がした。


神様が助けてくださるなら、全部なかったことにできるはず。


おかしな万能感のまま彼女が思いついた計略は、騎士達によって証拠隠滅された倉庫を、二度と蘇らせることが無いようにグローリア・マーフにすべての罪を着せる、というものであった。


ニーラは友人(グローリア)の婚約者のケイン・ゼーリジュと関係を持ったばかりであった。そのケインはニーラの誘いには乗ったというのに、グローリアを捨ててニーラを選んではくれない。そんなケインをニーラに振り向かせるには、とちょうど思い悩んでいたところだったのだ。


グローリアさえいなければ、と。


そのため、ケインを唆して第三王子が恋した平民を殺した犯人を、グローリアだと告発することに罪悪感などなかった。魔女としてグローリアが処刑されれば、ニーラがなした悪戯が表に出ることは絶対にない。


ケインもグローリアの父が亡くなったことで、グローリアとの婚約継続について思案し始めていたところであった。グローリアが継ぐ財産は魅力的だが、後ろ盾が亡くなったグローリアでは第三王子の側近としては立場が弱い。


よって、グローリアが倉庫に平民を閉じ込めた結果平民が死んだ、というニーラによる囁きは、ケインにはとても耳障りの良いものとなったのだ。


また第三王子は平民の死に憤りを感じていたのか、ニーラの嘘を疑うことなくグローリアを魔女だと名指した。少女を失った慟哭と敵を討ってやりたい義憤のまま、グローリアにはないはずのスキルまでもでっち上げてグローリアを責め立てたのである。


それがグローリアが魔女の告発を受け、彼女が修道院を目指して逃げねばならなかったことの顛末であった。


「あいつを学園から逃がすから面倒ができたのよ。そうよ、騎士が無能だから、こうして平民の自警団とやらに貴族の私がこんな目に遭わされたのよ」


ニーラが苛立ったまま壁を蹴れば、なんと、壁がウエハースのようにしてパリっと破れて穴が開いた。彼女は壁に穴が開いたことに一瞬呆けたが、壁が石壁でも焼きレンガでもなく、単なる土壁だったことに気が付けばにんまりと笑う。


「うふふ。平民は魔法が使えないからこれでいいけど、私ってと土属性の魔法使いだものねえ。苛立ってたから、知らずに魔力出してたんだねえ」


ニーラは自分はすごい、と自賛しながら穴から外へと抜け出した。

貴族だと言えば、はした金欲しさにニーラのために我先に家に帰るまでの馬車を用意したりしてくれるだろうと、とても気楽に考えながら。


彼女は悪知恵が働くがその場しのぎの浅慮な人間。学園では優等生のグローリアを妬みながらも、グローリアのように努力するような人間ではなかった。

なので、グローリアだったら気が付いただろう、牢の中に魔法陣が施されていたなどと気が付くはずもなかった。


不安な理由を語りたくなる、それだけの簡単な術が。


ニーラは気が付かなかった。

自分が心の中で考えていたと思っていた不安や記憶をすべて、自分の口でしっかりと全部吐き出していたということに。そしてこの仕掛けによって、自警団の詰め所周囲にニーラの告白が流されていたという恐ろしい実際を。


罪のない少女がニーラのせいで殺され、そのことに一切の罪悪感もなく、哀れなもう一人の少女を魔女として告発したという告白なのだ。亡くなった少女に恩があった者、愛情を手向けていた者の心に、いかほどの怒りを生み出したのか、ニーラは気が付き考えるべきであった。


翌日、下町の廃れた教会の庭先にて、私刑(リンチ)に処されたらしき少女が発見された。

その少女は死んではいなかったがかなりの深手で、殺されていた方が良かっただろうと、彼女を治療院に運んだ者達は口を揃えたそうである。

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