暗愚な王が終焉を迎えた日
「放せ。誰がシェード子爵だ!!わしはタルマドだ。この国の王だ!!」
王都の広場に設えられた処刑場では、髪を振り乱した初老の男が叫び声を上げ続けていた。彼は叫ぶごとに衛士に小突かれ、嘲笑と一緒に観衆から石も投げつけられる。
それでも男は必死に叫んでいた。
「お前らは死刑だ! お前ら全員生きたまま焼き殺してやる!!」
「本物のタルマド王だってバレた時の方が酷い死に方になるでしょうに」
私はぽつりとつぶやいた。
何たる皮肉。
王権を振りかざして人々を不幸にしてきただけのあの男は、貴族の身分を詐称した浮浪者として虫けらのようにして処刑されるのだ。衆人観衆の中で。
カイヴァーンはなんて恐ろしい男。
タルマド崩御の報の後に、シェード子爵を名乗る男の捕縛。
カイヴァーンは浮浪者の死体をタルマドの寝室に投げ込み、その代わりとしてタルマドを誘拐して騎士団の詰め所に放り込んだのだ。
「シェード子爵を名乗る酔っ払いだ」と言って。
前線を知っている騎士や兵士達には、前線を駆け抜けるガルム隊とカイヴァーンは英雄である。そんな彼の名を騙った酔っ払いならば、少々手荒い扱いで牢に放り込む。そのうちに「自分が王だ」と言い出せば――見過ごせない不敬罪。
そうしてタルマドは今処刑台に乗せられている。
彼は誰にも助けられず、屠殺される家畜のようにそこにいる。
カイヴァーンは弟との約束を守ったのだ。彼は弟を助け出すために掛けた年月、今のこの舞台を作り出すために心血を注いでいたらしい。
決行時に協力してくれる人脈作りに軍部や政務の掌握。
そしてこの国の大貴族達がカイヴァーンに従ったのは、彼は自分を含めて弟達全員が王位継承権を放棄すると誓ったからだ。彼の誓いを破るような弟がいれば、彼本人がその弟を粛正する、と。
大貴族達はその後はお飾りの王を据え、合議制で自分達が国のかじ取りをしていく、という案に夢を見ているそうだ。というか、そう思わせたのね。
これから王位に就く人物は、タルマドの腹違いの弟だ。
王弟が若い頃しか知らない大貴族達は、彼に対して気立てが良いが気弱な優男という人物評価しか持たないそうだ。実際、タルマドに粛清される前にと国を逃げ出し、現在は母親の母国に一貴族として身を寄せている人だし。
だから大貴族達は、彼が都合の良い傀儡と思い違いしているのだろう。
「隣国においても、そして今までも脅威とみなされないように上手くやっている人よ。わかりやすい権力者だったタルマドよりも数段手ごわいはずだわ」
話を聞いた時に、私はカイヴァーンにそう言っていた。そんな危険な人を国に呼んで国がおかしくなったらどうするの、と。するとカイヴァーンは「さすが」と言って子供にするみたいに私の頭を撫でてごまかした。もう!!てやつよ。
「隣国の後ろ盾がある王様? 隣国からそりゃ素晴らしい片腕とか側近を連れてきて、こっちの貴族連中は政治から追いやられるんじゃないの? ちょっと。アブとあなたの娘が生きにくい国になったらどうするの?」
「いもしない娘を確定事項にするな。あと君は、まず俺が生きやすい環境をくれ」
「カイ? 冗談じゃなくてよ」
「ハハハ、大丈夫だって。俺は鈴をつけたんだ。どちらかが我欲で悪政を敷こうとすれば、もう一方が嬉々として悪と断罪して排除しようとするだろう。よって、互いに揚げ足を取られないように良い政治をしようとしてくれるはずだよ」
そりゃあもう悪い笑顔。
カイヴァーンはこの国の大貴族を完全に手玉に取ったのね。
「お疲れ様」
私はカイヴァーンの肩を撫でて労った。
自分の人生も幸せも喜びも後回しで、彼はこれまで必死に頑張ってきたのだろうから。身分が低い王子が発言力を得るために軍功をあげる。どれほど辛い日々があったのだろう。苦しむ弟達を想い、時間がかかりすぎだと自分自身をどれだけ責めたのだろう。
「あなたは耐えた日々があるからこそ、私を得られたのよって、痛い」
カイヴァーンが私の眉間を指でぐりぐりする。
「何をするのよ」
「お前は余計なことを言い過ぎるんだよ。大体な、お前の後半部分は、俺が言うべきなんだ。お前はただ、よく耐えたわね、と俺を誉めろ」
「よく、耐えたわね?」
「お前に出会えたから帳尻はついたよ」
「ま、まあああ」
私はカイヴァーンに抱き着き、
「「「落とせ!」」」」
観衆の叫びに我に戻る。
そうだ、タルマドの処刑中だった。
処刑台へと視線を戻せば、タルマドは首に縄を掛けられ絞首台のてっぺんに上らせられている。静かに従っているのは、兵士がタルマドに対して槍を突き付けているからだ。
さあ、タルマドが台から突き落とされれば、首に掛けられた縄が締まり彼は死ぬ。
「ひ、ひぃひひ。たす、たすけて」
「地獄に落ちろ!」
観衆の叫びの中でも一段と響く、聞きなれた怒号が弾けた。声が上がった方をと見れば、観衆の中に平民の格好をした辺境伯がいるじゃないか。彼は殺気をあふれさせながら、爛々と瞳を輝かせた紅潮した顔で「殺せ」とさらに叫ぶ。
彼は愛息子と息子の嫁をあの男に殺されている。
アブがノイエンに呪われたのだって、ノイエンの心をあの男が壊したからよ。
スープの中にムカデが泳ぎ、メインディッシュが鼠の死骸。
「そいつの死に水はムカデ入りのスープにして!!」
私は怒りのまま叫んでいた。
瞬間にパシッと軽く後頭部を叩かれた。
「空気読め」
何を、と思ったが、周囲の目線は私に同調するどころか、私を極悪人の顔で見ているじゃない。
「むかつく」
「行くぞ。お前が続けて火炙りになる前にな」
「むっかつく」
カイヴァーンは私を鼻で笑う。
それから、彼は処刑台に向かって大声をあげた。
前線で兵士をまとめ進撃させてきた、歴戦の戦士の号令だった。
「落とせ!!」
ガターン。
タルマドが乗る台の床が落とされた音が広場に響く。
この日、歴史上最悪な王が貴族の名を騙った浮浪者として処刑された。
彼の遺体は晒されることなく死が確認されれば、地面に穴を掘っただけ罪人用の共同墓地に投げ入れられたと聞く。王宮に飾られていたタルマドの肖像画は全て降ろされ燃やされ、王家の霊廟にタルマドの名が刻まれることは永久にない。
王としての素養もなく義務も果たさず、ただ欲望で権力を振りかざして不幸しか作り上げてこなかった者の末路に見合う幕引きである。
ちなみに、土魔法にて王宮に自分勝手に穴や抜け道をカイヴァーンが作りすぎたせいで、私達がノイエンを外に連れ出してすぐに王城の一角が崩れた。
しかしながらそこはカイヴァーンが仕掛けを施した地下牢があった場所ではなく、ノイエンの住居となっていた王宮の東翼である。こんなにも脆く呆気なく、まるで砂の山だったのかと思ったほどに、そこは一気に崩れたのだ。被害者の遺体など掘り起こすことなど不可能だってぐらいに、ことごとく。
だからか、盲目の王子の生存は絶望的なものとの公式発表を誰も疑うものはいなかった。
そしてその後、その区域を掘り起こすどころか整地にされて墓所が作られた。墓石にはノイエンと彼の妻三人の名が刻まれた。墓の周りにはネモフィラが絨毯のようにして植えられたと聞く。
ネモフィラは、目を覚ましたノイエンが摘んできた花だ。
五歳くらいまで退行しちゃったノイエンが、カイヴァーンに「兄さまの花だ」って差し出したのだ。青い花がカイヴァーンの瞳を思わせたのだろう。
それでカイヴァーンはありがとうって受け取って、泣き崩れちゃった。
だってネモフィラの花言葉は、あなたを許す、だ。




